星那《せな》Vol:1
リュウジが、口を開き、鏡の前で
憂鬱な大人に、クレームを入れる。
ーーさっきから重いモノを感じるんですけどぉ?
ーーまったく...こっちも影響されるんだから、
迷惑なんですけどぉ?
目の前にはいないが、口を尖らせながら
竜司に、文句を垂れる姿は、容易に想像できた。
しかも、サラッと、大事な内容もセットでだ。
ーーいっておくけど、筒抜けだからね〜♩
ーー何を考えているか、感じているかも全部〜♩
ーーだから、こっちも気分が悪くなるんだけど?
きっと、イタズラ少年さながらに、
何か悪巧みを思いついた笑みを浮かべている。
その様な軽快な調子で、語りかけてくる。
「気楽でいいよな...。」
反対に、竜司は、あのニュースを見てから、
気持ちは落ち込んでいく一方だ。
いつもならば、軽口を叩いてくる小童に、
ツッコミを入れる場面だ。
だが、竜司は、事の重大さに直面した影響で
動揺を隠し切れていない。
ーーあのさぁ...。
だが、リュウジは、弱気な大人に忖度しない。
ーー結局、あの人達は、逃げただけじゃん。
ーーオレ達は、わざわざ命張って、
救いの手を差し伸べて「あげた」んだぜ。
ーーその手を払い除けたんだから、当然の結果でしょ。
ーー同情のレベルなんて、とっくに超えてるじゃん。
容赦無い言葉で、切り捨てる。
「おま...言い過ぎ...。」
竜司は、想定外の発言のオンパレードに
戸惑い、思わず制しようとする。
ーーどこが?
むしろ、リュウジを逆撫でするだけであった。
ーー逆に、あんたの身勝手な同情の方が、
オーバーだし、今更、後悔、謝罪の気持ちが
出た所で、もう手遅れだよ。
ーーむしろ、あいつらの問題行動を
これ以上、見過ごせっていうの?
ーーお姉ちゃんに言われた事、忘れたの?
竜司には、返す言葉がなかった。
元々、この夢の世界に招かれたのは、
魔王という、いわば、黒幕でありながら
正義のヒーローの行いをする為である。
裏から糸を引く、影の王様だ。
ターゲットの夢、潜在意識の世界で、
あの手、この手を使って丸裸にして調伏、
やがて、世界を平定して、平和をもたらす、
その啓示を突如、竜司は受け取った。
ーー全員が救われる訳ないじゃん。
ーーどこまで、頭がお花畑なの?
ーーいっそ、そんな野原を焼いてやろうか?
なおも、リュウジは、現実を鋭く突きつける。
竜司の胸に、刺される様な痛みが走る。
これまで、竜司は、すでに複数の女性達の
夢に潜入し、調教を施してきた。
同時に、彼女達の現実の変化を目撃した。
だが、ハッピーエンドを約束された訳ではない。
その結末は、竜司にとって、後味が悪く、
とても、胸が痛むものばかりであった。
実際に、ターゲットが誰一人として、
幸せなエンディングを辿っていない。
バッドエンディングだけである。
「...。」
改めて、これまでのミッションを思い出され、
竜司は、全身が鉛の如く、重く感じる。
洗面台に置く両手が、接着剤で
張り付いた様に離れない。
ーーでもさぁ。
先ほどのテンションとはうって変わって、
リュウジが、落ち着きを取り戻した調子で
声をかけていく。
ーーたとえ、目の前の人がどれだけダメでもさ、
他に救われる人がいるわけじゃん。
ーー夢のいい所はさ、他にも届くんだよね。
時に、一人の夢は、集団の夢にも作用する。
いわゆる、集団無意識と呼ばれるものだ。
一人だけでなく、他の人にも共通した
願望なり、欲望なり、感情や、想い、
大小さまざまだが、大枠で見ると、
それぞれ共通したモノを共有している。
つまり、一人の夢は、みんなの夢、
グループ、社会、はたまた
世界そのものにも波及する事もあるのだ。
ーーオレ達だけじゃなくて、皆も、
気づいていないだけで、もう世界は変わり始めてるよ。
ーーっていうか、もうニイチャンが
あっちに呼ばれた時点で、変わったんだけどねー♩
ーーマジ、イレギュラー♩
ーーワイは、レギュラー♩
「急な、ヘタクソラップを始めるな...。」
シリアスな雰囲気が、台無しになるのであった。