日常Ⅳ:Vol7
ーー『⚪︎体の一部を食べた。』
×月⚪︎日、
千葉県のマンションで先月末、
切断された女性の遺体が見つかった。
この部屋に住む新島はるか容疑者
(40代、職業不詳)が⚪︎体の損壊と
遺棄の疑いで逮捕された。
この日の未明、新島容疑者が親族と共に、
交番に自首した事から事件が発覚、
マンションの現場に駆けつけた
警官が、部屋の浴室や室内から、
10袋以上の黒いビニール袋を発見、
中には、切断された⚪︎体が発見された。
司法解剖の結果、被疑者の母親と判明、
死因は、首を絞めたことによる、窒息⚪︎、
また、⚪︎体はバラバラに切られた他、
一部の内臓や臓器が、丸々なかったという。
警察の調べによると、新島容疑者は、
『⚪︎体の一部を食べた。』
と旨の供述をしたという。
他にも、『霊媒師になる為に、⚪︎さないといけなかった。』
『母の首を絞めた後、包丁で切った。』
などと話しており、容疑を認めている。
現場や⚪︎体の状況と新島容疑者の供述に
矛盾した内容はなく、警察は、⚪︎人を視野に
動機や経緯などを慎重に調べている。
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竜司は、事件の概要を目を通して
スクロールすると、アプリを閉じた。
「...マジか。」
しばらく歯磨きの動きを止めて沈黙した後、
竜司は、ボソッと、つぶやきながら見上げた。
映画『羊たちの沈黙』に登場する
マッドサイエンティスト、レクター博士の様な
どこかで人間を捨ててしまった、
フィクションの人物が、実際に、尋常ではない
犯行を行なっている事実に、面食らった。
事前に、新島の情報を、インストールして
把握してはいたが、現実の結末は、惨劇だった。
夢の中のターゲットは、確かに、
常軌を逸した精神状態であった。
それは、外見からも現れており、
まるで何かに取り憑かれている様、
どこかのタイミングで、強烈な価値観を
植え付けられた事で、それが、彼女の
思考や心を支配していったのだろう。
次第に、いわゆる、スピリチュアルという、
目に見えない、不確かなモノを依代に、
どんどん現実世界と乖離してしまった。
彼女の心が、どんどん蝕まれている事に気づかず。
そして、ますます現実を受け入れられなくなり、
今、生きている人生を破壊する選択をした。
それが、あの猟奇的な行動へと繋がっていく。
竜司達は、新島の深層世界で、
はてしなく、離れてしまった彼女の
現実と夢のバランスを保つ、
浮世離れしない様に、地に足を付けた
生活が送られる様に、いわば、矯正を図った。
もうすでに、新島は、末期に近かった。
荒療治な調教ではあったが、そうでもしない限り、
彼女はもう、現実に戻れなくなる。
破滅の道を辿る、運命が待っていたのだ。
竜司自身、この事実を戒めている。
たとえ、英雄的に、魔王的に、
この夢の世界を闊歩したとしても、
それはキッカケに過ぎない。
己を縛ってきたモノ、暗い影を落としていた
トラウマやキズ、闇と向き合わない限り、
真っ直ぐに自身と向き合い、直視しない限り、
現実は、変わらない。
苦痛の連鎖を、延々と繰り返す事になる。
そして、耐えきれなくなると、現実を拒絶してしまう。
新島の場合、一線を超えるエンディングを迎えた。
彼女の呪いは、神聖視していた経典であった。
それを、竜司達に焚書され、否が応でも、
己自身と向き合わざるを得なくなった。
しかし、彼女には、その意志はなかった。
炎に包まれながら窓ガラスを破って、
喉が焼き切れる程、絶叫するだけであった。
それが現実で、あの事件となって現れた。
事の顛末を理解した竜司は、顔を顰める。
「後味が悪い...。」
ある意味、竜司は、事件のキッカケを作った、
いわゆる、黒幕、フィクサーの立場である。
竜司にしか分からない、夢の世界で、
巧妙なトリックで、彼女を唆す、
完全犯罪を行なったのだ。
非科学であるから立証不可能で、法の裁きも受けない。
治外法権を得ているに等しい。
古田ゆきめも、松田峰香の結末も、
言ってしまえば、竜司の仕業である。
彼が関与しなければ、それなりの幸せな
人生を過ごす事ができたのかもしれない。
彼女達からしたら、好き勝手に世界を侵略する
竜司は、魔王に見えた事であろう。
ーーズキン...。
ふいに、これまでの自身の行いに、
竜司は、胸に突き刺す様な痛みを感じる。
罪悪感であろうか。
いくら世界を救う大義名分があるとはいえ、
結果として、救われない人がいる。
その後押しを、自ら行なっている、
そういった自責の念が、竜司の思考に
去来している時であった。
ーーなーに、ひとりで勝手に悩んでいるのさ?