日常Ⅳ:Vol5
「繰り返しのお伝えになりますが、
リュウジくんは、竜司さんの投影、」
「つまり、もう一人の竜司さんです。」
今後においても、大事になるからこそ、
聖女は、話を重ねる。
「現実でいえば、リュウジくんは、竜司さんの肉体、
竜司さんは思考、すなわち、脳に当たります。」
「竜司さんは、いわば、司令塔です。」
「知性で、あの子をリードするのです。」
「どちらか一方でも、バランスを欠いてしまうと、
夢も現実も、思う様な動きが取れなくなります。」
「二人で一人の、竜司さんです。」
「現実でも、その事を大切にして下さいね。」
そう、聖女は今回の内容を締めた。
竜司は、まだ的を射た訳ではないが、
ひとまずは、あの少年を抜きにしては
ミッションも、現実の生活も始まらない、
その事だけは、理解した。
同時に、これまで、孤独な人生を歩んできたと
思っていたが、思い違いだったとも。
ずっと、心の中で、メッセージは発信されていたのだ。
もう一人のリトルリュウジが、
話しかけてくれていたが、
気づく事すらままならなかった。
しかし、夢を通じて、己の闇と向き合い、
この世界での果たすべき役割を受け入れた事で、
進むべき道が拓いた。
奪われた意志や本来のエゴも、取り戻しつつある。
その過程で、リュウジと出会った。
かつて、凄惨な家庭環境によって、
抑えつけられた、幼いリュウジ、
発する事もできなかった声を、
やりたくても叶わなかった夢を、
泣きたくても泣けず、楽しくても
素直に出せなかった感情的な表現を、
今ならば、失われた空白の期間、
20年以上にも及ぶ、時すらも取り戻せるのだ。
この深層世界では、過去のイベントなど、
その人次第で、ほんの一瞬の出来事、
1回のまばたき程度の刹那にすらできる。
辛かった記憶、苦しかった痛みという絶望、
それらの傷を癒し、生きる希望に変えていけるのだ。
ある意味、竜司は、現在進行形で
ケガからの復帰、リハビリ中な訳であるが、
そのキズを完全に癒した時、
彼の見る世界は、色鮮やかで、光に満ちているだろう。
あの暴れん坊の世話をする厄介事を
ひとつ抱える事になったが、リハビリの
一環とすれば、悪くはない。
竜司は、彼なりの理解でまとめようとする。
ーーうん?現実?
ここで一つ、竜司の頭に引っかかる言葉あった。
ーー現実「でも」?
その言葉に何か違和感を覚えた時、
「それと、もう一つ。」
聖女が、人差し指を立てながら、
いつもの、彼女なりの、余談を付け加える。
ーー嫌な予感しかない...。
その予感は、虚しくも的中する。
「リュウジくんが登場した事は、
当然、現実にも作用します。」
「今回の場合、竜司さんに、話しかけてきます。」
「色々と要望を出すかもしれませんが、
うまくなだめながら、時には調教しつつ、
現実での生活に慣れていって下さいね。」
ーー現実にも、ちょっかいかけてくるのかよ...。
聞きたくなかったが、聞きざるを得ない
現実に直面して、竜司は、頭を抱えた。
ついに、あの自称かいぶつくんが、
夢を超え、現実世界にまで進撃をするのだ。
つまり、竜司の面倒事が、増える。
まだ、現実に現れないだけマシであるが、
何を言い出すか、わかったモノではない。
日常の平穏を脅かされる危機を悟るのであった。
「一心同体、二人で協力する練習と思えば、
現実も良い方向に変わっていきますよ。」
「大変かもしれませんが、頑張っていきましょう。」
「では、また次の夢で。」
聖女は、少しばかりのアドバイスを添えて、
別れの挨拶をする。
竜司の憂鬱は、結局晴れないが、
ここまで物事が進んでいる以上、
受け入れるしかない。
あとは、うまく誤魔化しながら、
一般社会に溶け込んでいくしかない。
竜司が気づいた時には、もう聖女の姿はなかった。
そして、
ーーいなくなってやがるし...。
爆睡していたあのワンパク男子も、姿を消していた。
現実に戻る前に、釘を一つや二つ、
それ以上の数で刺しておこうと思っていたが、
見事に、逃げおおせられた。
ーーPPPPP!!
聖女が座っていたベンチに、スマホが鳴っている。
それはつまり、現実への帰還を意味する。
「はぁ...。」
たった一人、ポツンと取り残される竜司。
「まぁ、何とかするしかないか...。」
募るモノはあるが、どうしようもない。
あとは、実際にやり取りするしかないのである。
ため息を漏らしながら、竜司は、
スマホを手に取り、表示されている
アラートの文字をタップ、
現実世界に、舞い戻るのであった。