日常Ⅳ:Vol3
「そういう事で、これからもよろしく〜♪」
竜司のリアクションにお構いなく、
リュウジは、軽い挨拶をする。
あぐらをかき、周りの景色を楽しむ余裕もある。
ーー不幸だ...。
竜司は、心の声を叫んだ後、嘆いた。
これまでは、ある種、単独行動だったから
気分としては楽な面があった。
しかし、今後、もう一人の彼自身とはいえ、
他人との行動をする事になってしまった。
それは、竜司にとって、ハードルが高い。
頂上が見えない、険しい山を登る感覚に近いものがある。
現実世界の彼は、コミュ障だ。
うまく、周りに話題を提供したり、
集団に溶け込んだ会話も苦手で、
気の効いたコメントもできない。
ハッキリと、胸を張って宣言できる友人もいない。
当然、チームプレーで、何かを成し遂げた事もない。
だから、今回のミッションは、あくまでも
イレギュラーであって、仮の措置、
その様に、竜司は捉えていた。
加えて、リュウジが作戦のメインでもあったので、
ほぼほぼ彼に任せっきりにしていた。
だが、今度からは、目の前で、ゴロゴロと
原っぱを転がっている、わんぱく少年と
ミッションを行う事が必須となった。
つまり、もう竜司だけの世界の殻には、籠もれない。
今まで、引き戸の中に閉じこもり、
一人になる人生を選んできた竜司にとって、
未だかつてない、未体験のゾーンである。
たとえ、相手が、もう一人の自分であってもだ。
夢の中の、ある種のシミュレーションだとしても、
困難である事に変わりはない。
ただでさえハードモードであるのに、
ベリーハードモードへと、理不尽に
難易度を上げられた様なモノだ。
竜司は、聖女の言葉を聞いて、立ち尽くし、
口をあんぐりとさせて、肩を落とし、
うなだれずにはいられなかった。
対照的な二人が映し出される中、
「この子が現れたのは、偶然ではありませんよ。」
聖女は、落ち込む竜司に言葉をかけていく。
「夢の世界の深い潜在意識の中、
竜司さんは、真に、己と向き合い、
勇気ある歩みを進めてきた結果」
「徐々に、精神的な成長を進めています。」
「現実では、形としてまだ現れていませんが、
すでに、こちらではもう出始めています。」
「その一つが、彼の存在です。」
聖女は、リュウジに視線を向け、
竜司はつられて、彼の様子を見る。
「...zzz」
ーー寝ているし...。
大の字になってスヤスヤと眠っている姿は、
子供そのものである。
「以前は、声だけしか聞こえませんでしたが、
今回は、実際に、具現化された姿で現れた。」
以前の魔女のミッション中、竜司の脳内に
語りかけ、道筋を案内をしたのは、久しい。
それが今回、姿を現し、行動を共にした。
単に、リュウジのイタズラ心や気まぐれで
正体を見せなかった、
そう竜司は、思ったが聖女の口ぶりから、
どうやら事情は違っている様だ。
「竜司さんの成長と共に、夢の世界は
深く、鮮明になっていきます。」
「いずれ、現実以上の感覚になります。」
もうすでに、片足以上に突っ込んだ世界にいるが、
竜司にとっては、今いる夢が現実に感じる事が
多々あり、そういう感覚も覚えがある。
「それは同時に、竜司さんの心も露わにします。」
「その象徴が、この子。」
「つまり、竜司さんのインナーチャイルドですね。」
小難しいカタカナの専門用語が
聖女の言葉から出てきた。
要するに、リュウジは、幼い頃の竜司を
夢の中で、投影された存在である。
これは、竜司に限らず、それぞれの人間に
いろいろな姿のインナーチャイルドが、
深層心理の世界にいるという事だ。
その意味もまた、様々である。
「まず、ほとんどの人は、ここまでいけません。」
しかし、彼らの存在を認識し、意識して
生活を送る人は、皆無であろう。
「親や社会の常識・通念の影響で拘束され、
向き合う事すら難しい世界ですからね。」
たくさんの呪縛が、現実の世界にある。
竜司もまた、その縛られた側の一人、
もし、この夢の世界で、鎖となっていた
母親やトラウマの呪いを解かなければ、
きっと、リュウジに出会えなかっただろう。
ただでさえ、夢の世界にいるのが奇跡だ。
更に、いろいろな要素も、絡みあっている。
きっと、神のみぞなせる業なのだろう。
「竜司さんが産み出した存在なので、
ある意味、『かいぶつ』を創りましたね。」
ーー俺は、マッドサイエンティスト!?
ーー善意の無知が故の狂行なのか!
ーーもしかして俺も、サイコパスなのか!?
聖女の言葉に、竜司は、実は、
自身にもサイコパス適性があるのではと
驚愕の気づきを得て、震えるのであった。