日常Ⅳ:Vol2
聖女は、相変わらずの姿であった。
ベンチに座りながら、聖書の様な
分厚い本を広げながら声をかける。
前回は、黒いドレス調であったが、
今回は、ベージュチックな服装だ。
ベレー帽を斜めに被り、ロングコートを
羽織って中紐で締めている、
わずかに、ニットシャツが着ているのが見え、
スラックスのパンツとパンプス、
黒色の女優サングラスを着用している。
パリジェンヌが、カフェで読書をする様である。
背中まで伸びていた髪色は、束ねられており、
うって変わった印象を見せている。
ハイトーンのすみれ色に輝く、瞳は隠されている。
しかし、竜司の全てを見透かしたかの様な眼は、
見えなくともわかる程、彼を突き刺していく。
どこかの国の王妃と思わせる美貌と相まって
聖なるオーラを放っているが為に、竜司はいつも、
聖女と会うと、緊張の糸が張ってしまう。
会う回数を重ねる毎に、
そのプレッシャーも下がりつつあるが、
竜司にとっては、いつも気が抜けないのだ。
聖女の言葉は、いつも本質なるモノを抉る。
それが、竜司の心への負荷となる。
別に、無視をする選択もできるのだが、
それはあり得ない。
何よりも、竜司自身が、これまで生きる道を変え、
今へと至る道へ歩む事を選んだ。
ムシをする事は、つまり、かつての
彼自身との訣別をした約束、誓いを破る事、
その結果、現実の彼の世界はどうなるか?
生涯、後悔を抱えたまま、孤独な人生を終える、
それが、容易に想像できる。
だから、竜司は、勇気の要る方向へ行くのだ。
必ずしも、整備された道とは限らないし、
不安定がつきまとえど、彼の心はいつも、
正直で、濁りがない。
現に、夢にも、反映されている。
闇の要素はなく、どこか違和感もなければ、
居心地の悪さもなく、窮屈さを感じさせない。
それが、いわゆる、竜司の強さの一つでもある。
そして、今回も、聖女に何を言われるのか、
心拍数が上がり、呼吸が若干、乱れているのを
自覚しながら、竜司は、返事をする。
「どうも...。」
雑談をする仲でもないので、
必要最低限の言葉で返す。
「一部始終、見ていましたよ。」
「普段とは勝手が違ったと思いますが、
これでまた一つ、現実世界は良い方向へと
変わったでしょう。」
「それは、また現実に戻った時に見届けて下さい。」
ーーおかげさまで、だいぶ、振り回されたけどね...。
やはり、聖女は、今回のミッションを全て把握していた。
幼少期の自分自身とのバディ、
ターゲットが不明、ド派手な展開...etc
一番は、隣でニヤニヤしている
小生意気な小僧の影響で、全くといっていい程、
イレギュラーな内容ばかりであった。
なんとか任務をやり終えたが、
精神的には、倍々に疲れた感覚である。
「そうでしょー♪」
「おねぇちゃんのお陰で、すっごく
楽しかったミッションだったよ!」
「頑張りましたね。」
「へっへー♫」
一方で、少年リュウジは、この聖女を前にしても、
マイペースな姿勢が一貫しているではないか。
ある程度の距離感や礼儀は弁えているが、
彼の朗らかな雰囲気は、普段の姿、そのものだ。
ーーよくいけるなぁ...。
竜司は、聖女を前にしても不必要に、
固くならず、自身を表現する、
もう一人の自分に嫉妬とも、感嘆とも取れる
複雑な感情を向けているのであった。
「ちなみにですが、今後のミッションも、
この子と一緒に、遂行していく事になります。」
「これからも、二人で協力していきましょうね。」
「はーい♪」
「ウソッ!?」
聖女は、何の気もなく、ただ淡々と、
竜司にとって頭痛のタネとなる内容を伝える。
案の定、竜司は、素っ頓狂な声をあげるのであった。