かいぶつVol:20
ーーヒュン!ヒュン!ヒュン!
風を切る音と共に、エージェントボブは、
ゴム弾を、最低限の動きで交わしていく。
高速で動く、その体躯は残像を映している。
「フンッ...」
サングラスを片手で軽く整えると、
この黒人は、まるで話にならないとばかりに
竜司の反撃を嘲笑う。
「あの小娘と一緒にするな。」
「人工の心臓でしか生き長らえない弱者と、
不死で、強者である私とでは格が違うのだよ。」
さきの言葉に癪に触ったのか、
ボブは、側から見たら同じ原理で、
銃弾を交わす女子高生と比較された事が
気に食わず、訂正を入れる。
ーー知っているのかよ...。しかも、詳しいし...。
予想外の反論に、竜司は思わず、目の前の敵に
ツッコミを入れてしまった。
その刹那、
ーーフッ!
「...!!」
ボブが、一瞬にして、間合いを詰めてきた。
距離にして、1mもない。
接近戦は免れない。
「クソッ!」
やぶれかぶれに、竜司は、右手の拳で、
相手の顔面を殴る。
ーーバシッ!
しかし、それも儚く、手応えはない。
ボブの方は、避けるそぶりを見せておらず、
拳が当たった時に、顔を横に向けるだけであった。
顔を正面に戻すと、不気味な笑みを浮かべる。
ーーガシッ。
片腕で、竜司を胸ぐらを掴んで、軽々と持ち上げた。
ーーあっ...これ、ヤバいやつ...。
純粋なフィジカル勝負では、叶わない事は明白。
弾丸を避けられるイレギュラーのせいで、
竜司は、圧倒的に不利な立場に立たされたのだ。
シンプルに、絶対絶命のピンチである。
「とんだ期待ハズレだ。」
ある意味、ボブにとって、竜司は、因縁の相手だ。
前回の対峙では、おめおめと逃げられ、仕留め損なった。
しかし、いざ、今回、直接対決をしてみると、
手応えも、歯応えもない、やり甲斐を
感じられる事ができなかったのだろう。
あっさりと、生殺与奪の権利を得て、失望したのか、
ボブは、目の前で吊るされている
ターゲットへの関心が、急速に薄れつつある。
ーーブンッ!
おもちゃを手に入れて満足した子供の様に、
ぞんざいに、竜司を投げ飛ばした。
「グフッ!」
5m以上の距離を投げられた竜司は、
地面に当たった衝撃で、ダメージを負った。
全身の痛みで、一瞬、呼吸を忘れ、視界がボヤける。
そのわずかな間でも、いつの間にか、
黒人エージェントは、竜司の目の前にいた。
立て直すヒマを与える事なく、追い詰めていく。
「時間切れだ。」
「貴様は、ここで終わる。」
拳を握りしめ、とどめを刺そうとする。
だが、竜司の瞳は、まだ諦めていない。
ーーパンッ!
まだ拳銃に装填されているゴム弾を、
ほぼゼロ距離から放つ。
ーーヒュン!
しかし、弾は虚しく、宙を通過する。
「諦めろ。」
「貴様のあがきは、何も現実を変えはしない。」
またもや、超人的なスピードで、ボブは、回避する。
「あいにくだけどな、クソグラサン」
ここで竜司は、ボブの煽りに、アンサーする。
「俺を逃がしたクセに、イキってんじゃねぇよ。」
「俺が諦めるのを、諦める事だな。」
「3流以下のド素人エージェント。」
ーーピキッ...。
エージェントボブの額から、血管が浮かんでいる。
「完全に、葬ってやる...。」
痛い所を突かれたボブから、余裕が消え去った。
どうやら、竜司は、敵味方を問わず、
無意識に、相手の泣きどころを突くのが
得意らしい。
だが、形勢は変わっていない。
ただ、相手を怒らせただけであり、
圧倒的な不利な状況にいる事に、
変化はない。
再び、拳を振りかぶりトドメを刺すボブ、
ーーガッシャーン!!!
大きな割れ音が、フロア全体に響き渡った。
「ほっほほーーい!!!」
元気な掛け声ともに、暗闇の危機に光が差した。