魔女の呻きVol:25
「...。」
現実の松田峰香はどうなっていくのか、
詳細のシナリオまでは描けないが、
彼女のエンドロールは悲惨であろう事は
想像がつく。
竜司は、沈黙の中、聖女の言葉をゆっくりと噛み締めた。
ーー自立...か。
彼の人生で、無縁だったワードだ。
自らの意志で、決断、行動し、
現実を変え、新しい未来を創り出す、
誰かの意見や評価に惑わされず、
だからといって、排除せず、己の為になるモノは
積極的に吸収し、自らを変える勇気がある、
これまで信じていた信念も、いざとあらば手放す、
もし、竜司が非日常の世界に溶け込んでいなければ、
自立する事なく、怠惰な日常を送っていただろう。
そして、生涯独身のまま、一生を終える、
後悔や憂い、希望や楽しみなども感じず、
無感情のままに、1日1日をロボットの如く
正確無比に、繰り返す、
はたまた、この夢の世界で聖女に出会ったとしても、
非日常を否定して、忘れる事もできた。
しかし、竜司は、日常を拒んだ。
これまでの生き方を変える事を選び、今がある。
変えられない過去を受け入れ、
新たな、未知の世界へと飛び込んだ。
ーー正確には、自立させられたというか...。
強制的に、世界を救う大義の元に、
自分の足で立たざるを得なくなった、
竜司は、そう解釈し、苦笑いしているが
本当の彼は、この道を求めているのだ。
狂おしい程に、非日常が心地良い。
それをまだ彼は、自覚していないだけだ。
理解していないからこそ、言い訳しやすいモノを見つけ、
陳腐な責任転嫁をしているに過ぎない。
だが、彼が向かっている道筋は、幸運だ。
まだヒヨッコ程度の自立レベルだが、
少しずつ、竜司本来の道を歩み始めている。
この成長を止めない限り、彼の望む、
生き甲斐を得られるであろう。
「そろそろ時間ですね。」
聖女は、終わりを告げる。
竜司は、風になびく木々を眺めながら、
残念そうに、夢の終わりを黄昏る。
「竜司さんも、これからの新時代、大変だと思いますが」
「適応し、覚醒してくださいね。」
ーーすでにもう、大変なんですけどね...。
聖女の別れの言葉に、軽口風に言われても、
なかなかできる事ではない内容に、
ツッコミを入れる竜司であった。
「それともう一つ。」
ーー今度は、何ですか...。
いつもロクな事にならない、付け足しの
セリフに身構える竜司、
「竜司さんに語りかけていた声についてですが...」
ーーそうだ!あれ、誰だったんだ?
すっかり忘れていたが、何度も、彼の脳内に
話しかけてくる少年の声らしきモノがいた。
「それは、またお会いした時に、お伝えします。」
ーー言わないのかい!ってか、やっぱり知ってたのかい!
答えを教えてくれないもどかしさに思わず、
ダブルツッコミをしてしまう竜司であった。
「ちなみにですが、彼は、常に竜司さんのそばにいますよ。」
「それでは。」
そう謎の含みを持たせたまま、聖女の姿は、消えていた。
「新手のトンチかよー!」
唯一の未解決問題に、竜司は頭を抱えて、叫ぶのであった。
ーーPPPPPPP!
彼の座っている位置の隣で、スマホが鳴っていた。
しぶしぶ、竜司は手に取り着信のボタンを
タップして、現実へと帰還した。
その直後、
彼の座っていたベンチに、小さな少年が現れた。
そのまま、腰にかけ、足をブラブラさせた。
「行っちゃったかぁ...。」
そう呟きながら、彼は、晴天の空を見上げ、
口いっぱいに広がる、笑みを浮かべていたのであった。