魔女の呻きVol:24
「...。」
目を開けると、メタセコイアの木々が広がっていた。
太陽が差す光を眩しく感じながら、
いつもの公園のベンチに座っていた
竜司は、夢から戻ってきた事を確認した。
「終わりましたか。」
竜司の帰還を横目に、
分厚い聖書のページを読みながら、
聖女が、声をかけてきた。
最後に会った時と変わらない、
全身黒色で統一された服装だ。
このコーデを気に入っているのかはわからないが、
まるで、信心深い教徒で、フィットしている。
竜司の個人的な趣向としては、
いつもの白色のワンピースがお気に入りだが、
「これはこれでアリだな」と、呑気に眺めていた。
現実に存在していれば、間違いなく美女だ。
目の保養と、思い始めたくらいだから、
竜司自身、女性に対する免疫ができてきたのだろう。
最初に見た時と比べて、異様な恐怖感はないが、
それでも、ある種の威圧感を覚えるのは、
彼女特有の放つオーラなのだろうか。
とにもかく、竜司は、中年女性の悪夢から、戻ってきた。
彼の夢の中ではあるが、自然に囲まれた
公園に流れてくる大気が、愛おしかった。
「スゥ...。」
今一度、竜司は、肺に新鮮な空気を取り込んだ。
「ハァ...。」
深い呼吸をしながら、ただ息を吸う、吐くの
人間の当たり前の行為に、幸福を感じていた。
ーー生きてる...。
噛み締めながら、今、ここにいる瞬間を味わっていた。
他人の生き地獄を見て、命の危機にも晒された。
その反動で、何気ない、ふとした日常に存在するモノに
歓喜する事を覚えるのも、不思議ではない。
人間としての本来の、感受性を取り戻したのかもしれない。
竜司は、一回の呼吸さえ、噛み締めながら、
「生」を実感しているのだった。
「さて、あとは峰香さんの行く末を見届けるだけですが...」
聖女は、この後の流れを確認の意味を含めながら、
今回のミッションを締めくくる。
「彼女の生きた世代は、ある意味、
時代に翻弄された被害者でもありました。」
「3Kなどの価値観が占められていた様に、
常に、何かと比べられる社会に生きていました。」
「いわゆる、目にみえるモノへの執着です。」
「お金、ステータス、肩書き、地位...etc」
「他人よりも優れたモノを計れる尺度があれば、
それでヨシとしていたのです。」
「松田峰香さんの場合、男性との人間関係でしょう。」
「しかし、数々の失敗で婚期が遅れたと思い込み、
劣等感を覚え、次第に、アルコールに溺れてしまいました。」
言葉としては、思わず同情を誘ってしまいそうな
内容ではあるが、聖女の口ぶりは、淡々としている。
その証左に、続きの言葉は、松田峰香の心臓を抉る、
今、彼女がこの場にいたら、現実から目を逸らす為に、
発狂するであろう、真実味が含まれていた。
「しかし、今の時代は違います。」
「社会に決められた価値観やルール、
慣習に縛られない、各々が考えて生きていく、
必要性に迫られています。」
「一言でいえば、自立です。」
「それができなければ、どんどん生きるのが苦しくなります。」
「彼女は、いわば、現代に淘汰されてしまうのか?」
「その岐路に立っていました。」
聖女は、まるで、松田峰香がこの場にいて、
最後の判決を伝えようとする、
そんなリアリティが溢れる雰囲気を醸し出していた。
竜司自身、本当にそこにいるのではと、錯覚した程だ。
「そして、彼女は選びました。」
「これからの時代を生きる事を諦め、狂ってしまいました。」