魔女の呻きVol:23
松田峰香は、剥き出しの本性を露わにしている。
それに対し、何ら戸惑いも、ためらいも、恥すらもない。
自分の欲望さえ、叶えられたらそれでいい。
他人が傷つこうが、痛めつけられようが、良心の呵責もない。
現実の世界でも、暴虐の限りを尽くし、
自由に横暴を働いてきた、魔女の成れの果てが、
キリアンの目の前で、何か呟いている。
わずかだが、耳を立てると聞き取れる。
「彼が、待って、くれているのよ...。」
未だに、自称、交際中の外国人カレシへの
未練を吐露している。
「許せない...。」
今度は、怒りを滲ませる。
破談になってしまった、元婚約者への恨みだろうか。
「彼の初めてを...。」
「男なんて、お飾りなのよ...。」
「私の性処理の道具になればいいのよ...。」
言葉は飛躍しているが、恨みつらみを吐き出している。
ーーピキピキッ!
彼女の心に呼応するかの様に、最上階の崩壊も始まり、
ガラスの球体の空間のあちらこちらで、亀裂が走る。
パラパラと、細かいのガラスの破片が、降り注ぐ。
キリアンは、松田峰香の恨み節となる呻きに、
耳を貸すつもりは、毛頭なかった。
現実でも、散々、同じ内容を聞かされたのだ。
今更、彼女の話に、傾聴に値する価値はない。
スマホを手に取り、着信ボタンを押す前、
彼女に最後に言葉をかけてあげる事にした。
「ただのアル中の大年増がよ...。」
「小物風情で、女王ぶってんじゃねぇぞ、
エセ尻軽のクソ魔女。」
この上ない、罵詈雑言の置き土産だ。
その瞳は冷たく、彼女を見おろしている。
この極限状態になっても、
彼女は、まだ同じ夢を、都合の良い現実を、
生きようと、自身の心を誤魔化しているのだ。
彼女の人生は、地の底にまで堕ちてしまった。
もはや、彼女には救いがなくなったと言っても、過言ではない。
キリアンこと、竜司は、前回の夢から、学習した事がある。
自分が、どうベストを尽くそうが、
最終的には、決めるのは相手だ。
彼自身は、ほんの一部の手助けに過ぎない。
現実では、ターゲット本人が救われない事もあるだろう。
現に、前回のミッションで、痛い程、味わされた。
ーーパリン!
ガラスがあたりに割れ、支柱にもヒビが入る。
彼女の精神は、もう限界を超えていた。
現実を受け入れられる強さも、勇気もなかった。
今回の夢でも、松田峰香は、きっと救われないのだろう。
自身の現実の結末がどうなろうと、
それでも、その手を拒む選択を取った。
だが、夢の世界は、果てしなく、どこまでも繋がっている。
誰か、他の人の潜在意識の中で、
小さなキッカケが、生まれているのかもしれない。
暗闇の夢に、光が差し込んでいるのかもしれない。
竜司には、目の前の一人だけでない、
その見えない背後にいる人達の夢にも、
影響しているのだ。
キリアンは、言葉は冷酷そのものだが、
彼女を最後まで、見届ける所存だ。
「うるさい...。」
「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい...!」
彼女の瞳から、血の涙が出る。
痛烈だが、図星であった彼の言葉に、峰香は狂気で答えた。
「あんたなんて、いなくなってしまえば...!」
今までの出来事をなかった事にしようと、
彼女は、また銃を手に取り、キリアンのいる
位置へ銃弾を放った。
ーーパァン!
やっと、終わらせる事ができる。
そう思ったのも束の間、弾はそのまま、
空を切って飛んでいった。
もうそこに、彼はいなかったのだ。
「あはは...!」
「あははははははは!」
彼女は、キリアンがいなくなった事実すら、都合良く解釈した。
これで安心して、自分の夢に浸れる。
心配事がなくなった彼女に、悩みはない。
建物の崩壊とともに、彼女は、ひたすら笑い声を上げるのだった。