魔女の呻きVol:20
ーーヨロッ...。
意識が前に向いていた為、背後からの急襲で、
キリアンの身体がよろめき、膝をついた。
焼ける様な痛みを堪えながら、振り向くと
エージェント・ボブが、ニヒルな笑みを浮かべている。
まるで、これまでの彼の逃亡を嘲笑い、
その悲劇的な結末を見届けるのがさぞかし、
喜劇的で、ひざまづくキリアンが、とても滑稽に見えたのだろう。
「贈り物を受け取ってもらったかい?」
その表情に似つかわしい、皮肉なセリフを言う。
「楽しませてもらったお礼だ。」
「これから君を殺す、そして、死ぬ所を見届けよう。」
黒色のネクタイを締め直しながら、
ボブは、これから行う事を予告する。
「これは、必然なのだよ。」
「誰もが、己の夢を持っている。」
「そして、その理想を叶えようと邁進する。」
「それを、誰にも犯されていい権利などない。」
「君は、その禁忌を破ったのだよ、ヘンダーソン君。」
松田峰香の代弁なのだろうか、
彼女の夢の防衛システムの歯車の一部に過ぎない、
現実の世界では、存在しないはずの幻影プログラム、
まるで自らの意思で、キリアンを諭している様だった。
「君に罰が下されるのは、当然だ。」
「降伏しろ。」
「今ならば、彼女も、慈悲深い処置をして下さるだろう。」
この言葉に従うのが、当然として、
エージェントは、話を進めている。
しかし、キリアンはわかっている。
仮に、ここで投降した所で、ムダだ。
すでに、彼は、松田峰香の大事なモノを盗み、
しかも、破壊した。
死は避けられたとしても、死ぬ事さえ許されない
苦痛を味わせようとするのは、彼女の発狂した姿を見ても、
明らかであろう。
キリアンは、おもむろに立ち上がった。
彼の中では、この後の結末がどうであれ、答えは決まっている。
その瞳には、己の信念に従った、強い意志を秘めていた。
「どうしてだ?」
「なぜだ、ヘンダーソン君?」
エージェント・ボブは、明らかに降伏しない、
キリアンの態度に、理解ができなかった。
「なぜ、立ち上がる?」
「なぜ、こんな事を?」
「何の為に、戦う?」
「自分よりも大切なもののためか?」
「わかっているのか?」
「自由か?愛か?平和か?」
「そんなモノは、全て幻想だよ、アンダーソン君。」
「偽りの感性、感情だ。」
「君の様な劣った人間の知性が、作り上げた言い訳だ。」
先程まで、ニヒルな笑みを浮かべる以外、
顔色ひとつ、変えなかった、真性のサイコパスに
焦りの色が出始めていた。
「そんなモノは、この夢と同じで虚構だ。」
「君には、世界を救えない。」
「そろそろわかっているはずだ。」
「君は、勝てない。」
「戦う意味もない。」
「どうしてだ、ヘンダーソン君?」
「なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、な、な、な...」
最後は、ウイルスバグに侵食されたかの如く、
言葉にノイズが生まれ、呂律も回らず、混乱に陥る。
所詮、人間という生き物は陳腐だ。
平和や愛を謳っておいては、意見の食い違いで
争い、騙し、裏切り、命を奪い合い、強者が弱者を
食らって搾取する...etc
世界を守るとか愛や平和などの為に行動するなど、
ウソつきのやる所業で、方便に過ぎない、
自らの生きる目的や理由を誤魔化す詭弁だ、
ましては、他人の夢に入り込み、ひいては
世界の人達の夢をそして、現実をも救わんとする、
春田竜司の行動指針は、その一端だ、
そう主張、ロジックを、松田峰香の代弁者は、通したいのだろう。
だが、そんな疑問の闇に対し、
キリアンの答えは、たった一言で光を照らした。
「選択だ。」
「俺が、そう選択したからだ。」
キリアンの右手には、リモコンが握られていた。