表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/38

第6話 街中の白い視線

旅へ出発することを決めた私たちは再び荷馬車をフレストの街へと走らせた。地図を見る限り、隣国『ヘルダール帝国』までは結構な距離がある。行くとなればそれ相応の旅支度が必要になる。


「とりあえず、野営に必要なテントセット、それから外でも調理ができるように料理器具に、食料。あとは武器、防具、ポーションとかの戦闘用品の諸々――ん?」


私が独り言のように喋っていると後ろから熱い視線を感じ、咄嗟に私が振り返ると全員が目を伏せてしまう。何か言いたいけど言えないといった状況が未だに続いている。それは最早、一目瞭然だ。


「3人とも何か言いたいことがあるならちゃんと言ってよ? でないと私も分からないから」

「あ、あの……僕たちの分も買うんですか?」

「うん。もちろん全員分、買うよ? 大丈夫、お金ならタ~ンマリあるから!」

「あっ、いや……そうじゃなくて普通、奴隷である僕らの分は買わないんじゃ」

「え? 誰がそんなことを……」

「ええっと……その……」


私が憤るようにそう喋るとグーファは困惑するように口を濁らせた。その言葉には未だ『私と違う意見を言ったから何かされるんじゃないか』という心配な心持ちがあるように聞こえる。


「グーファ、この世界じゃ奴隷に寝床や食事も与えないこと自体が普通なのかもしれないけど、私にとってそれは『普通じゃない』からそんなことしないよ?」

「でも僕らは奴隷で、常に見下される存在で……ご飯だっておこぼれを貰うだけでもありがたいのに――」


グファ―は私に何をいわせたいのだろう。私の心の裏でも探ろうとしているのだろうか。まだ出会って間もないからその線は高いように思えた。だから、その関係性を逆手に寄るように言葉を投げかける。


「じゃあさ、グーファに質問! お腹が空いたら食べるものは何?」

「えっ?」

「命令だよ、すぐ答えて?」

「え、えっと……そ、それは……食べ物、です」

「うん、大当たり! ね、そうでしょ? それが普通だよ。あなた達の雇い主は他でもない私なの。例え、他の誰が、何と言おうと私の奴隷であるあなた達にひもじい思いはさせない。これは決定事項です! 意義反論は認めません、以上!」


威勢よく私がそう言い切ると三人は顔を見合わせていた。

そして、今度はリリアナが控えめに口を開く。


「でも、私たち……あなたに何も返せない……」

「……なんだ、そんなこと? それならこの後、長旅をするわけだし野営の時に見張り番を交互にしてくれれば、それでチャラ!」

「え? 交互にって……あなたも見張りをやるの?」

「もちろん。当然でしょ? あと前から気になってたんだけど……私は『あなた』じゃなくてエリカ。私が名前呼びしてるのにあなた達だけ他人行儀な呼び方は禁止!」

「「は、はい……」」


見なくても分かるほど息遣いで動揺しているのが分かる。私は人として当たり前のことを言っているだけのはずなのだが、3人の常識とはどうやらかけ離れているらしい。


「(まぁ、この様子を見る限り、今まで経験してきた『奴隷の待遇』なんて悪い物ばっかりだったんだろうし、じっくり時間を掛けていくしかないか……。しかしまぁ、そういう態度をしてきた過去のマスターたちはホント、馬鹿だよ。こうして実際に触れあってみると3人とも愛くるしくてギュってしたくなる可愛いさがあるのに。えへへ)」


思わず、私の顔から素の笑みがこぼれる。これからの旅路の第一目標は『ミミの体を治すこと』だけど、どさくさに紛れてマスター権限で洋服の着せ替えとかもさせちゃおうかと妄想が膨らんでいく。それはもう、留めどない程に――。


「(ツンデレチックなメイドとかにリリアナはなりそうだし、グーファは優男だから癒し系執事とか! んでんで、ミミはフワフワでキャワイイ感じのドレスを着せて――ウシシ……わぁああ!?)」


路面のうねりで馬車がガタンと揺れて意識が元に戻る。そうだ、今は目の前の事に集中しなくちゃならない。そんなことはあとから考えようと頭を切り替えて馬の手綱をきっちり握り直し、前を見据える。


「さぁ、あと少しでフレストに着くよ! 街についたらグーファとリリアナには色々、手伝ってもらうからね?」


そう荷台へと声を掛け、フレストの街中へ入った。私はとりあえず、今は装備品を揃えるために行き交う街の人間に話を聞く。


「あの、すみません! ここら辺で野営に必要な道具一式を売っているところ、知っていませんか?」

「あ? ああ……それならあっちだ」


数人の通行人から『野営の道具』を売っている店を聞いて一軒の店を教えてもらった。しかし、その親切心とは裏腹に街の人間はどこか余所余所しい態度で私たちを見ていた。


「(……やっぱりこの子達がいるから、なのかな?)」


ふとユザルダの言葉が蘇る。『奴隷を連れていると街で変な目で見られる』と――。

でも、そんな事がまかり通っているわけがないと心に言い聞かせる。だって、この子達にだって私たちと同じような心があって仲間を思う暖かさがある。どこにも私たちと違う所なんてないのだから。


「(大丈夫、私が気にしすぎているだけ。そんなことは絶対にないよね)」


私は疑念を振り切って街中の人から教えてもらった店の横に馬車を止めて、グーファとリリアナを連れて入店した。そこは正しく雑貨店のような場所で正直、何に使うのかもよく分からないモノがズラズラと並んでいる。


「こんにちは!」

「いらっしゃいませ。今日は何をお探しで?」

「旅に必要なキャンプセットとか調理器具なんかを探しているんですが、ありますか?」

「ええ、ございますよ? こちらです」


小太りの店主は目を細めて満面の笑みを見せて私たちを案内する。その先には寝袋やキャンプ用のテント、それから料理セットなどが一緒にされたものが置かれていた。


「こちらです。最近は冒険者になろうとする者が多くて価格が高くなっておりまして。しめて8,000ゴールドになります」

「なるほど……じゃあ、寝袋と毛布を3つずつ足して、それからあそこに掛かっている服を足すとどうなります?」


私は壁に掛かっている暖かそうな色違いの赤、紫、ピンクの上着と黒のズボンがセットになったモノを指さして言うと店主はうーんと考えだす。そして――。


「そうなりますと……合計で20,000ゴールドになりますね。毛布も最近じゃ魔物の発生で羽毛の出荷がよくないそうですから」

「そうなんですか? 店主さんも大変ですね」

「いいえ、これが仕事ですからね。ははっ」

「……ん? どうかした?」


私が雑貨屋の主人と話していると少しだけリリアナが私の服の裾を引っ張った。

その顔は何か物言いたげな顔つきだが、目を合わせたり外したりする。


「その、あの……」

「この商品……ぼったくりです」

「え!? 本当に?」


リリアナが言い渋っているのを見かねてグーファが代わりにそう言い放った。私が鋭い目線を主人に返すと舌打ちをして態度を急変させ、私たちの方へとズカズカ近づいてくる。


「あ? 何だとこのクソガキ!! 奴隷の分際でうちの商品がぼったくりだって言うのか!? あんた、こいつらにどんな教育してるんだ! 奴隷を引き連れているからこっちは別に門前払いしたって構わなかったんだぞ! おい、もし、これでうちの評判が落ちたらどうしてくれるんだ! あ!?」

「っ……!」


リリアナとグーファは店主の大声に驚いたのか、肩を竦めて私からも距離を取る。

余計なことに口出しをしてしまったと思っているのだろう。グーファはまたしても殴られると思ったのか、リリアナを背中に隠す。


「ったく、仲間思いなんだから……」

「くっ……! えっ?」

「グーファ、リリアナ。教えてくれてありがとう。私、バカだから危うく買っちゃうところだったよ」


後ろでぶつくさ言っている店主を他所に二人へと近づき、グーファとリリアナの頭を撫でる。グーファとリリアナはピクッと反応したものの、暴力とは違う温かみに当てられたのか頬を赤面させる。


「(可愛いっ……! スマホがあったら写真撮りたいっ!!!!!)」

「おい、だから聞いてんのか!!」


店主の大声で現実に戻された私はため息をつきながら鋭い眼光を店主へと返した。


「んで? 本来の値段はいくらなわけ?」

「だ、だからさっきから言ってんだろ!! 計12,000ゴールドだってよぉ!」

「あのさ……それに命をかける覚悟、あるわけ?」

「はぁ?」


私は振り向きざまにショートソードを引っこ抜いて店主の喉元に突きつける。


「だからさ? これしきのことに命張る覚悟、できてんのかって聞いてんのよ!!」

「ま、まて! 話し合えば分かる! 早まるな!」

「話し合って分からないからこうしてるんでしょ?」

「ほ、ほ、本気か!?」

「この剣の切れ味、まだ試したことなかったからちょうどいいかもねっ!!」


首筋から離して切り捨てるモーションを取ろうとすると店主は腰を抜かす。


「ほ、本当は5000ゴールドだぁ!! 売り値はそれでいい、それでいいから! だから助けてくれぇ!」

「あっ、そうなんだ? ってことは奴隷持ちだから高く吹っ掛けたわけだ?」


店主はうんうんと何度も頷く。多分、この店主はぼったくりだとバレたら難癖をつけて慰謝料を請求するつもりだったのだろうが、今の私には通用しない。


「<ドロップ> これで文句は無いわよね?」

「あ、ありましえん!!」


その場にジャラジャラとお金が床に転げ落ちる音が響き渡る。それと同時に私は静かに剣先を店主に向けてこう告げた。


「じゃあ、最後に謝って貰いましょうか? この子たちを『奴隷のクソガキ』だと言った事を! 大人なら誠意ある態度を見せなさい」

「本当に申し訳ありませんでした!!」

「ふぅ……。次からは相手を選ぶことね?」


膝を付いて自分たちに向けて謝罪する店主の姿を見てグーファとリリアナはまた顔を見合わせる。もしかしたら、私の態度が急変したことに驚いているのかもしれない。


「んんっ……! さぁ、二人ともテントとか運ぶの手伝ってくれる?」

「「は、はい……!」」


咳払いでごまかしながら私たち3人は足早にテントや寝袋、調理器具などを次々、馬車へと運び入れた。荷台に残っていたミミもその量に目を瞬かせている。運び終えて一息ついているグーファたちに着替えるように指示を出しながら私は少し離れたところで物思いにふける。


「(やっぱり、この世界じゃ奴隷はそういう酷い扱いをされるんだ……正直、甘かったかも。それに、そうなるとこの先も――)」

「荷物も積み終わりましたし、着替えも終わりました。何か他にやることはありますか? その……エリカ、様」

「ふふっ、いいや! 特にないよ。それよりもさ、グーファ? 私の名前、『様』呼びじゃなくて呼び捨てで良いよ?」

「い、いや……そ、それは……さすがに無理です。こんなきれいな服まで買ってもらってるんですから」


嬉しそうに赤いトレーナーを着たグーファは照れながら笑みを零す。後ろを覗き込めばリリアナが紫のトレーナーを着て、ミミのことを膝枕していた。ピンクのトレーナーをミミが着ているせいかその色合いが綺麗で二人がとても可愛く見えてしまう。


「別に洋服は恩を着せるために買った訳じゃないんだよ? だから――」

「いや、でも……それはなんというか……」

「そこまで顔を赤らめて恥ずかしがらなくても……」

「へ!? し、失礼しますっ……!」

「あっ……ったく、可愛いんだから」


グーファは私がそう言うと律儀に一礼してから馬車の方へこちらを気にしつつ、戻っていく。この子たちが他の誰から何と言われようとこの子たちの為に私は前に進む。それだけでいいんだ。まだ私とこの子たちの冒険は――異世界ライフは始まったばかりなのだから。


「よし、じゃあ早速、出発するよ!」


私はグーファの後を追いながら高らかにそう言いつつ、荷馬車に飛び乗った。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ