第5話 一人はみんなの為に。みんなは一人のために。
「だが、残念だ。この子はもう――あともって1,2週間。それで死ぬ」
その場の時間が数秒間、切り取られたかのように止まった。まだミミは15歳で少女というには幼く、まだまだこれからという年齢だ。それなのに『あと数週間の命』という事実を突きつけられ、私たちは呆然と立ち尽くすしかなかった。それでもその言葉が信じられなかった私は一歩、前に踏み込む。
「そんな……どうして? そんな、大病か不治の病なの?」
「いいや、これは多分だが、人為的なモノだろ。大方、公爵家の連中から薬物実験を受けてこうなってしまったんだろうな。魔力の許容容量を大幅にオーバーしてしまっている」
「どういうこと?」
私はその意味が分からず、エバルスに問いただす。
すると彼はコップに水を注ぎ始めた。
「要は薬物の投与によって神経がマヒし、魔力をどんどん生み出してしまっているんだ。そして、溜まり過ぎた魔力は体を蝕む。それはとめどないほどにな」
「なら、魔力を使えばそれを打ち消せるんじゃ――」
「いや、ダメだ。この状態で魔力を使えば神経が活発になって逆に症状が進行する」
「そんな……あなた有名な治癒士なんでしょ!? 何とかならないの? 治療法くらい何か――!」
さらに一歩、踏み出て思いっきりエルバスの胸倉をつかむ。しかし、彼は冷めきったほど冷静で一切、動揺することはなかった。
「すまない。この子の治療は俺にはできない。わずかな可能性があるとすれば隣国の大密林にあるグレブレット洞窟――その最深部にある泉でオルニアスの花を手に入れれば、治癒することができる。だが、大密林は魔物で溢れかえっている。お前らが行っても絶対、無事には帰って来れない。悪いことは言わんからこの子は諦めろ」
「そんな、諦めろだなんて……」
酷く冷酷に思える言葉だったが、その目は嘘偽りを言っているようには思えなかった。それでも私は諦めたくなんて無い。
「そ、そうだ! そのオルニアスの花はどこかで売ってないの?」
「絶対に売っていないな。オルニアスの花は希少価値がとてつもなく高い。だから、毎年、訓練された軍の小隊がわざわざ身分が高い奴らのために取りに向かうんだ。庶民になんぞ、手には入れられない」
「……分かった、それを取ってくればミミは治るんだよね?」
「ああ。だが……まさか、本当に行くつもりか?」
私が強く頷くと彼は驚きながらもやれやれといった様子で何かを書き始めた。
「書くだけ無駄だと思うが……。オルニアスの花以外にも必要な薬剤がある。まぁ、薬剤とは言ってもそこら辺でも売ってる植物だがな。これが調合に必要なリストだ。それで神経鎮静薬ができる」
「もし、全てが手に入ったらここに戻ってくればいいの?」
「いいや、薬学は俺の専門外だ。調合はその筋の専門家にやって貰え。オルニアスの花は生半可な知識しかない人間には難しすぎる。隣国のギルドで依頼を出せばやってくれるやつが見つかるはずだ。ほれ」
「わかった。ありがとう」
渡された紙を受け取った私は、その紙に視線を落とす。そこにはオルニアスの花以外に『火消しの種』、『アルリット草』、『オーディリット草』と3つの名前が書かれていた。この四つがそろえば、ミミを完治させる薬ができる条件が整うことになる。
「じゃあ、私たちは行くね」
「待て。少なからず俺にも治癒士としての意地がある。何もしなかったとなれば名が廃る。どの程度、効果があるかは分からんが―― <我は神域を清めし者。回り周った縁は害となりて、円環せし力を殲滅せよ。かの者に安寧はあらず。闇の権化は精霊の糧となりて転域となせ!>」
エルバスが言葉を紡ぐとミミの体の上に紫色の六芒星が浮かび上がり、その紋章は次第に体の中へじわり、じわりと消えて行った。でも、それと同時にリリアナが後ろから声を上げる。
「じゅ、呪術を……なんで……!」
「ほぅ? 君は魔術が得意なのか?」
「っ……」
「まぁ、いい。俺の詠唱と魔術陣を見て呪術だと分かったのなら『ディスペル』は使えるだろ? もし、薬が完成したらこの子に掛かった呪術を君が解いてやってくれ。そうすれば全て元通りに戻る」
その言葉にリリアナは鋭い眼光を向けているだけだった。そんな中、私は一人だけ目の前で何が起こっているのかさっぱりわからない。
「どういうこと? 一体、ミミに何をしたの? 私にも分かるように説明して!」
「今、俺がこの子に掛けたのは『精霊の力で少しずつマナを食い殺す呪術』だ。だが、これはあくまで呪い。体調不良なんかになる程度の効果しかない。いわば薬を飲むまでの緩和療法というわけだ」
「なるほど」
「あっ、それから……これを持っていけ」
そう言ってエルバスが一冊の分厚い本を取り出してきた。
「これは……?」
「さっき渡したリストに載っている植物について書かれた本だ。その感じだと植物や採取の方法も知らないだろ?」
「……何から何までありとう」
「別に大したことはしていない。だがな、最後に治癒士として反することをもう一度、言うぞ? 後ろの2人とこのミミを大切に思うなら行かない方が良い。ここに居る誰しもが苦しむことになる。それならせめて、この子と最後の時間を4人で過ごすべきだ。よく考えてから行動しろ」
「うん……正直にありがとう。ミミ、行くよ?」
私はそう言いつつ、横たわりぐったりしているミミを抱きかかえ、2人の方を振り返れば心配そうに見つめる二人の姿があった。ミミの事がひどく心配なのだろう。目をオロオロとさせている。
「……。ほら、二人も行くよ! ボサボサしないの!」
だから、私は虚勢を張ってエルバスの診療所を出た。私が動揺している顔を見せたらこの子達はどんな顔したらいいのか、きっと分からなくなってしまう。私が頑張るしかない。
「(大丈夫。私には今まで見てきた異世界モノのアニメの知識がある。誰も失わせないし、ミミも助けて見せる。いや、必ず、助ける)」
そう自分に言い聞かせて荷馬車にミミを寝かせながら私は静かに口を開いた。
「これからどうするべきか。二人の意見を聞かせて? 正直、私ひとりじゃ決められないから」
「「っ……」」
でも、二人は全く口を開こうとしない。いや、喋ろうとはしている。涙が瞳に溜まっているのも分かる。それでも喋ろうとはしないのだ。
「……私のことはいいです。だから、グーファとリリアナに痛いことはしないであげてください……」
「ミミ……」
喋り出さない二人に変わる様にミミが必死に私の袖をギュッと握って懇願する。それで私は気付いた。この子達が話さないのは私を信用していないからだ。
もし、主人の意見と食い違えば――あるいは気に障るようなことを言えば、痛いことをされると本能的に考えてしまっている。そして、ミミは自分が切り捨てられる可能性が高いことを知って『死ぬことは止む無し』と考えているんだ。
正直、そんな3人の考え方には色々と頭にくるものがある。でも、全てを頭ごなしに怒ればいいってモノでもない。だから、3人と正面から向き合うしかない。
「私はね、ミミを見捨てたくないって思ってる。絶対に助けたいって本気で思ってるの。でも、あの治癒士の人が言っていたようにすごく危険な旅になる。だから、主従とか関係なしにあなた達の意見が聞きたいの」
私は少し感情をこめて話したからか二人は少し竦む。それでも私だけの勝手でこの二人を危険に晒すわけには行かない。最悪、この子達の理解が得られなければ、奴隷契約を解除してでも私はミミを救いに行くつもりで居た。でも、2人にとってミミは大切な仲間なのだろう。グーファとリリアナは必死に頭を下げ始めた。
「ぼ、僕はどうなってもいい、だからミミを――ミミ助けてほしいっ! お願いします! ミミは辛かった時に笑顔で励ましてくれて、それで……だから……」
「私からも……お願い、します! ミミは大切な仲間なの! ミミを死なせたくないっ! だからお願い……お願いだから助けてあげて!」
「もしかしたら、ここにいる全員が死ぬかもしれない。それだけの覚悟があるんだね?」
私が2人にそう問うと深く頷いた。その覚悟を受け取った私は視線をミミに向けた。
「ミミ、2人は命を賭けた、もちろん私もね。だから、もう自分を犠牲にするような言葉も行動も許さないからね? 私たちが必ず、オルニアスの花を手に入れてあなたを助けるから。救って見せるから!」
「ううっ……うわあああんん」
あどけない15歳の少女が仲間のグーファとリリアナの為に生きることをあきらめようとしていたのだ。ミミの緊張が一気に解けると大粒の涙が頬を伝った。