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第12話 崩壊する誓い

鉱山街、テッピオを前に野営地を張った私たちは見張り番を交代しながら眠りに付いていた。グーファからリリアナへと見張り番が変わり、ついに私の番がやってきた。

ただ、今回は『どうしても見張り番をしたい』と言い出したミミと一緒に肩を寄せ合いながらの見張り番だ。


「ミミ、寒くない?」

「うん、大丈夫」

「でも、どうして見張り番をやるなんて言い出したの? 暇だし、つまらないよ?」

「だって……みんな、私のことを気遣ってくれてやらせてくれないから。お姉ちゃんがやるタイミングで「二人でやるから」って言えば、みんながやらせてくれると思って……それで……」


ミミは目線を下げて次第に泣きそうな声で言い出す。別にとがめたくてそんな事を聞いたわけではなかったのだが、ミミは私が怒っていると取ってしまったようだ。


「そっか、みんなの気持ちがかえってミミを苦しめていたんだね。ごめん」

「ううん、みんなのやさしさには感謝ばっかりなの」


パチパチと薪が燃え爆ぜる音を聞きながら毛布にくるまったミミを抱き寄せる。こんな静かで自然と対話しているかのような穏やかな時間は私にとって、安らげる時間でみるみる時間が加速していくように思えた。


「でも、そうは言ってもやっぱり、眠いでしょ? 寝ちゃってもいいからね?」

「ううん。頑張る……」


ミミが眠そうにし始めていた時、突如、地面が揺れ出した。日本でいう所の震度4くらいの大きめな揺れでミミは私に抱きつき、テントで寝ていた二人も慌てて飛び出してくる。


「エリカ様、今のは!?」

「多分、地震だね。ここ、山だし揺れても不思議はないんじゃないかな?」

「地震? 地揺れにしては妙な感じだったけど」


リリアナが訝しげにそんなことを言っていると街の方からウィイン、ウィインと手動で警報機でも回しているのかと思う様な音が木霊し始め、カンカンカンと甲高い警鐘の音が聞こえ始めた。


「警報音だ……。何か起こってるみたいですね」

「うん、理由は分からないけど、次々に街中の人が外に出ようとしているみたい……。ほら、馬車が次々に出てきてるし」

「ねぇ、エリカ、あれ!!」


リリアナが指さす方向を見るとそこには大きな岩壁を削って出来たであろう鉱山の入り口らしき場所があり、その奥から大きな赤い二つの目玉がこっちを見ていた。


「何あれ……あんなのモノはさっきは無かったよね? グーファ」

「ええ。でも、あれって――」

「アレはモノじゃないわ。きっと『魔物』の類よ。それも普通の魔物じゃないはず」

「え? どうしてリリアナはそんなことが分かるの?」

「……うまく言えないけど、さっきの地揺れに魔物の気配が混ざって乗ってたの。そんなことができるのは大型で強大な魔力を持つ魔物以外、考えられ――」

「ウオオオオオオオオォォォォ!!!!」


突然の咆哮とその音圧で私たちは思わず、耳を塞ぐ。身の危険を感じた私はすぐに決断を下した。


「今すぐここから離れるよ! まだまだ距離があるとはいってもあの化け物はきっと只者じゃないし、あの入り口から出てこっちにくるかもしれないから」

「そ、そうですね、わかりました! じゃあ、僕たちはテントを片付けます」

「うん! 私は馬を」


素早く馬車の御者台に乗り込んだ私は真っ先に地図を広げた。隣国手前まで来ているのにフレスト側に戻る訳には行かない。隣国へ抜ける安全な道を探し出さなくてはならない。地図にはテッピオに続く何本かの道が描かれているが、街を避けていくのはほぼ不可能のようで街壁周辺の道を通って抜けるしかないようだ。


「……しょうがない。あの魔物が出てくる前にテッピオを抜けるしかない」

「せーの! よいしょ!」

「よし、大丈夫よ! エリカ、いつでも行けるわ」


リリアナたちは最後に道端で既に採取していた『火消しの種』を使って火を消し、急いで荷馬車へと乗り込む。さすがに手慣れているようで野営地の撤収にも時間は差ほどかからなかった。


「多少、リスクはあるけどこのままテッピオの街の街を突っ切るよ! それが無理そうだったら迂回路を使ってテッピオを抜けるからね! てやぁっ!」


私は焦る気持ちを抑えながらも必死に馬を操り、迅速に山を下っていく。その道中でテッピオの街から爆発音とともに火の手が上がった。街に近づくにつれて悲鳴や怒号が聞こえてくる。


「まだ、さっきの魔物は出てきてないはずなのにどうして!? 一体、何がどうなってるの?」

「僕にもわかりません……。ただ相当、混乱しているのは間違いないみたいですね」

「あっ、エリカ、アレを見て! さすが防衛の要。動きも早いみたいよ」


リリアナが指さす方向を見てみるとそこには甲冑姿の兵士たちが集団で魔術を詠唱し、魔物を抑えようと攻勢を強めていた。それを良いことに街中から王国側へと馬車を走らせて逃げる人たちとすれ違う。皆、一様に必死そうだ。


「ある意味、ここが防衛の要で助かりましたね。逃げる時間を稼げなかったら虐殺が発生していたでしょうから。このまま行けば僕たちも安心して抜けられるかもしれないですね」

「うん、あの守備隊がなんとか抑えている間にどうにかしてこの街を通りすぎないと」

「お姉ちゃん! 左右の道はダメみたいだよ」


ミミの言葉で注意が道路へと向いた。テッピオの街に近づいてきた段階で街から逃げ出そうとした人たちが迂回できる道に集結し、馬車渋滞を起こし、完全にストップしてしまっていた。


「迂回路はダメだね。予定通り、街中を突っ切るしかない。二人とも武器を構えておいて! 何が起こるか分からないから!」

「はいっ!」


私たちはテッピオの守備隊を信じて街中に馬車で突っ込んでいく。街中は慌てて逃げようとする人たちばかりでごった返している。その中をすり抜けるように私たちは帝国側に最も近い、街の北口へと向かう。


そんな中、あの化け物が再び、咆哮を上げ始めた。


「ウオオオオオオ!!」

「あっ、ヤバい、ヤバい!!」

「う、嘘でしょ……?」


ドカーンと凄まじい音を立てて鉱山の入り口が崩壊し、巨大な岩が連なってできた屈強な魔物――俗に言う『ゴーレム』が姿を露わにした。今まで鉱山の狭さという概念で抑え込まれていたゴーレムの圧倒的な腕力が攻勢を強めていた兵士たちに襲い掛かる。


「うわぁぁぁあああ」

「陣形を維持しろぉ!!」

「て、撤退!! 撤退だ!!」


戦場になっているであろう場所は未だに遠い位置にもかかわらず、そんな声が馬車で走行している私たちの耳にも飛び込んでくる。それでも依然として直線的な距離はあるから問題はない――そう思っていた。


「ヌウウウワァァァアアアアアアア」

「!? まずい、こっちに走って来るわよ!! エリカ、速度を上げて!!」

「うそでしょ!? なんでよりによってこっちなの!?」


兵士たちを蹴散らし終えたからなのか、ゴーレムは巨大で重そうな体とは思えない速度で私たちの方へと迫って来る。その姿はまるで殺人ロボットのようで逃げ遅れた人を踏みつけ、ぶっ飛ばしながら街中の建物をガシャ、ガシャとなぎ倒してこっちへと迫って来る。


「お姉ちゃん、左に曲がって!」

「え!? 曲がったりなんてしたら追いつかれちゃう――」

「いいから、左に曲がって!! あいつの狙いはあれよ」


その先に見えていたのは南でも同じように見た馬車の渋滞だった。北口は帝国の主要都市に繋がることもあってか、南より多くの馬車が立ち止まっていて門の付近から全く車列が進まず、長い行列になっていた。このままゴーレムをあそこに到達すれば多くの犠牲が出る。だからといって、ここで私たちが止まってもこの街の兵士たちですら敵わなかった相手に対処できる訳がない。


「(西に行くしかない。しょうがない……しょうがないよね)」


私はゴーレムの追跡から逃れるように西へと進路を切った。少なからず、私はミミの命を救うまで死ぬわけには行かない。それに、あの場に居る大半の人間はこの子たちを『奴隷』と蔑む連中だ。少しぐらい死んだって構わない。今までのやってきた天罰だと思えばいい。


「きゃぁあああ!!」

「た、たすけてくれぇぇぇ!!」


そう思っているのになぜか、ゴーレムの襲撃を受けている人たちの絶望する声や苦しむが聞こえてくると自然と涙が沸き上がって来る。それでも私は涙を流すのを必死にこらえて後ろを振り向かないようにした。もし、ここで後ろを振り返ればきっと後悔する。それにこの子たちに責はないのに、責を感じさせてしまう様な気がした。


「あ~痛っ、砂が目に~! もう、最悪だな。あ~痛い、痛い」

「エリカ……?」

「いや、本当に馬車って乗った時から気付いていたけど土が舞い上がってさ~もう痛いの、なんのって――っ……ちょ、リリアナ? 急に何を」


私がせっかくうまく涙をごまかしているというのにリリアナが動いている馬車の中でお構いなしに御者台に移って来て私にぎゅっと抱きついた。


「別に? 私はあなたがこんなことをしても暴力を振らないか試してるだけだから」

「なっ、だからって何もこんな状況で抱きつかなくたって」

「いいから! ほら、目が痛いんでしょ? 手綱の片側を持ってあげる。ふっ、『みんなは一人の為に一人はみんなの為に頑張る』。それが私たちのやり方なんでしょ?」

「……リリアナ。ありがとう、じゃあ、ちょっとだけ」


リリアナは私が泣いていることもそれを隠していることも全てを知っていた。でも、それ以上にその訳を知って真意を汲み取り、協力しようとしてくれている。


「(本当に優しいんだから……馬鹿っ……)」


手綱を預け、少しリリアナ側に倒れ込みながら涙を拭う。ただただ、心の内側から浮かび上がってくるのは「悔しい」という感情だけだった。そんなメソメソしている私を他所に三人は馬車を安全な方向へと逃がし始める。


「ミミ、西側から回り込めるルートを教えて!」

「ええっと……ちょっと待ってね」

「西側から回り込むなら元来た道を一度引き返すしかない。僕の言う通りに――」


ミミを差し置いてグーファはそう言いだす。でも、その案内は完璧なほどに当たっていた。まるで、この街を知り尽くしているかのように。


「次の角を右。3ブロック先に黒い建物があるはずだからそこを左に」

「グーファ、あんたなんでそんなにこの街を――」

「話はあとだっ! って、おいおい……嘘だろ?」


グーファが明らかに動揺する息遣いを感じて私は現実を見るように前を向いた。

その先には逃げ遅れたであろう人たちが建物の下敷きになって居て、動ける人たちが救助活動をしていた。さらにその場には子どもたちがたくさん居て泣き叫んでいた。


「お母さんが中に、中に居るの! 誰か、誰か助けてぇ!」

「……っ! 待ってろ、今、助けに行く!」


悲痛な子どもの叫び声を聞いてグーファは馬車から飛び出そうとする。


「グーファ、行っちゃダメ……! 行ったところで何の意味もない!」

「エリカ様!? 意味がないなんてありません! 先だって……本当は行くべきだったんです! もう僕は『後悔』したくない!」

「それでも!! お願いだから行かないで! だって、また言われるんだよ? 「奴隷だから」って――そんなの、私は見たくないの!」


私はグーファの腕を力一杯、握って止めた。もう私はこれ以上、この子たちが傷つく所なんて見たくない。例え、それが倫理とは食い違ってもこれが今、私が示せる正義だ。


「エリカ様……それ、本気で言ってますか?」

「えっ?」


グーファは酷く悲しそうな視線を私へと向けながら睨みつける。そんな視線を向けられたのは出会った時以来かもしれない。私はその場で固まることしかできなかった。


「もし、エリカ様が僕の――奴隷側の立場だったとしても見捨てるんですか? 助けを求めている幼いあの子のことさえも『相手が見下すから』って見捨てるって言うんですか……? 仮に、そうだとしたら期待外れです」

「待って! グーファ!」


グーファは私に対して軽蔑するような視線を向けつつ、私の手を振り切って馬車を飛び出していく。私とリリアナは慌てて馬車を止めたが、未だ自分の手に残ったグーファの手の感触と言葉の刃に揺れ動くしかなかった。もちろん、頭ではグーファが正しいということは理解している。


「(助けられる命は助けなくちゃならない。でも、それ以上に3人も傷つけたくないし、何を取ってもこの三人を失いたくなんて無い。だから……)」

「大丈夫だ! すぐになんとかしてやる! クソっ! 上がれぇぇぇ!!」


グーファは必死にがれきの下敷きになった女性を助けようと力一杯、引き上げる。

その様子を見ていたリリアナは覚悟を決めたかのように私の方を見る。でも、その口調は焦りなど無く冷静なモノだった。


「エリカ。私たちはあなたの奴隷でミミの治療の為に危険な旅をしてもらってる。だから、これはあなたが決めて。グーファにあのまま続けさせるも良し。命令を使って引き戻すのもありだと思う。私もミミもあなたの指示に従うし、それ以上は何も言わないわ」

「っ……。二人は――」

「あなたが決めて! 私たちに意見を求めないで!! ……でないとエリカ。あなたが一番、後悔することになるわよ」

「……。私は……」


確かリリアナの言う通りだ。中途半端に行動させ続ければミミの命どころか全員の命を危険に晒すことになる。だからこそ、私は真剣に考える。でも、今まで前世を含めて見てきた景色や人の営み。すべての先入観から生まれる偏見――そんなものすべてを切り捨てれば答えなんて一つしかなかった。


いや、私の性格からしてそれ一つしか選べなかったというべきだろうか。


「本当は……本当は――助けられる人、全員を救いたいっ!」

「なら、それでいいじゃない。それを見て昼間の兵士みたいに馬鹿にしてくる連中がいたら私たちのマスターとして胸を張って言ってやればいいのよ! 「私たちがやったことに間違いはなかった」って!」

「……! ……リリアナ、ありがとう。ようやく目が覚めた気がする」

「別に? 私は大したことなんて言ってないわよ。マスターを支えるのも奴隷の役目だしね? それよりもどうしたものかしら」


リリアナは周囲を見渡す。軽く見積もっても十数件の建物がゴーレムの進撃によって崩落している。助けを求める声は数多く聞こえてくる。


「とりあえず、全員で一か所ずつ回って行こう? 下手に分散してもうまく行かないと思うから」

「じゃあ、お姉ちゃん。私は傷薬を持っていくね。それと……その、ありがとう」

「えっ?」

「私もグーファと同じで……その、助けたいって思ってたから」

「……ミミ。よし、絶対にみんなを助けよう。傷薬は有りったけ使っていいから怪我している人を助けてあげて! 行くよ!」


私たちは意を決して救助活動に参加し始めたのだった。しかし、その背後からは未だにゴーレムの破壊音と咆哮が絶え間なく響き続けていた。

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