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第9話 魔物の急襲と旅の始まり

夜空に満月が高らかに上がった頃、私は火の番をしながら近くに魔物が接近していないか警戒をしていた。でも、その緊張感とは裏腹に周囲は静寂そのもので何一つ、変わりがない。


「(あの子たちはちゃんと寝てるかな?)」


そっとテントの中を覗いてみるとみんなぐっすりと眠っている。疲れがたまっていることはその寝顔といい、眠りの深さからしても想像がつく。


「(起こさないうちに退散するかな)」


とはいえ特段、今の状況では何もすることがない。適当に石ころを握って上に放り投げてキャッチしたり、その石で地面に文字を書いてみたりして遊ぶくらいが関の山だ。


「(はぁ……暇だな~。まぁ、何も起こらない方がいいんだけど――ん!?)」


勢いよく石を前方に放った時、前方の草原から複数の赤い目玉と黒い影がこっちに向かってきていることに気づいた。まだ距離があるが、背筋にピリッとした緊張感が走った。


「間違いないっ! みんな、起きて!! 魔物が来てる!!」

「っ……!!」


手遅れになる前に私はテントへと駆けて全員を起こす。魔物たちも馬鹿ではないのだろう。接近に気づかれたことを知ってか一気に距離を詰めてくる。飛び起きたグーファと私は、もう逃げられないことを悟って剣を抜いて正面に構える。


そんな中、魔物たちは火を避けるようにぞろぞろと姿を現す。火の明かりで露わになったのは五体の白い毛並みの狼。空腹のせいかよだれを垂らして寄って来る。


「あれは……ホワイトウルフか」

「強いの?」

「まぁ、それなりには……。とにかくすばしっこい相手です!  リリアナ、来るぞ!」

「<火の聖霊よ。我が求めに応じて爆ぜて燃え尽きよ>」


私たちの話をかき消すかのように後ろから素早くリリアナが魔術を詠唱する。その刹那、固まって動いていたホワイトウルフ3体がその炎の爆発に巻き込まれ、黒い灰になって霧散した。


「ギャフウウウ」

「よし、崩れた! 行けるっ!」


グーファがそう言って剣を下向きに構えて駆けていく。それと合わせるようにホワイトウルフ一体が駆け出す。だが、それと同時に残りのもう一体が私の方へと肉薄してくる。咄嗟の事で私は無我夢中で上から下へと剣を振り下ろそうとするが、突進してきた魔物の力に負けて地面に引きずり倒される。


「グルルルゥ……!!」

「この……離してっ!」

「エリカ様っ!」


まるでおいしそうな食べ物を捉えた狩人の様にホワイトウルフは噛みついてこようとする。でも、こんなところでやられるわけには行かない。私も精一杯の力で跳ね除けようとする。


「クソ、やらせるかっ!!」


その刹那、グサッという音とヒャウンという悲鳴が木霊し、ホワイトウルフが飛び下がる。それを見越したかのようにリリアナが瞬時に魔術を発動させる。


「<火の聖霊よ。我が求めに応じて炎槍を穿て!>」


同時に後ろから炎の槍が複数飛んできてホワイトウルフを仕留め切った。一瞬の事で私は何が起こったのか分からなかったが、完全に脅威が去った事には間違いなかったようでグーファとリリアナが駆け寄って来る。


「エリカ様、大丈夫ですか?」

「怪我はない!?」

「ぁ……ありがとう。大丈夫。少し驚いただけだから……(あれが魔物。ゲームみたいにちょちょいと倒せる相手でもない。正直、甘かったかもしれない)」


気を遣わせまいと私は笑顔を零して見せるが、あの不慣れな動きをみられてしまっている以上、私が無理に笑っている事にも気づかれてしまっているだろう。逃れない雰囲気を感じてため息を一つつく。


「……見ての通り、私は戦闘のド素人なの。だからグーファとリリアナ、これから少しずつでいいから私に戦闘技術を教えてくれない?」

「ええ、もちろんいいわよ。グーファも断る理由はないわよね?」

「え、もちろんだけど……」

「何? なんか文句ある訳? 私たちの主人マスターのお願いなのよ?」

「な、ないです……」


リリアナがここぞとばかりに前のめりになって話を進める。でも、どことなくグーファがやりたくないような感じを出している。


「あの、でも! 二人とも「無理に」とは言ってないからね? 無理なら無理で言ってくれたら――」

「ああっ! いいからいいから! その件は私たちに任せて! ほら、エリカは早く寝る! ここから朝までは私たちが見張りなんだから」

「えっ、でも――」

「つべこべいわないで寝る!」

「あわわぁぁ! ちょっとリリアナ、押さないで!」


リリアナはグッと私の背中を押して半ば強引にテントの方へと連れていく。そして、挙句の果てにはテントの中に居たミミまでもが私の事を心配そうな目で見つめてくる。


「エリカお姉ちゃん……お姉ちゃんもやっぱり、『奴隷が寝たところでは寝れない』とか言うの?」

「いやミミ、それは違う! 違うんだけど……」

「さぁ、見張りは私たちでやるんだから寝た! 寝たぁ!」


威勢よく言いきられてテントの中に押し込められ、入り口のチャックを閉められてしまった。


「もう、急になんだったんだろ? あんなに強引に――」

「多分、あれはお姉ちゃんに気を使ったんだと思う。だって、ほら」

「えっ? ……あ、あれ、おかしいな……?」


ミミに手を握られて初めて気づいた。自分の手が無意識に震えていたことに――。

そして、ミミはそのまま私の体に身を寄せる。


「お姉ちゃんはすこし頑張りすぎ。私が言えることでもないかもしれないけど」

「ミミ……。えっと、あのさ……少しだけこのままでもいい?」

「うん、もちろん。だってお姉ちゃんは私のマスターだから」


人の温かみがこんなにも心を安らげてくれるなんて知りもしなかった。ミミのか弱い体に抱きついているうちに私は安心感からか、自然と眠りに落ちていた。


「お姉ちゃん、朝だよ!」

「んっ……え!? そんなに寝てたの!? ごめん、交代制にしようって話だったのに」


私がバッと起き上がると傍にはミミが居て、テントの入り口からはリリアナがにっこりと笑みを零す。


「謝ることなんて無いわよ、野営の前半を一人で見張っていてくれたんだから。それに私たちだってあんなに長く寝たのは久々だったしね? さぁ、朝ご飯はもう作ってあるから二人とも起きて、起きて」

「うん! お姉ちゃん、行こう?」

「う、うん……」


テントから出てみると地平線から出た太陽が輝きを増しながら登り始めていた。

それに鼻孔を微かにくすぐるおいしそうな香りが漂っている。


「これは……?」

「私の取った『魚』とミミが取った解毒の効果がある『アルリット草』、それからグーファが木登りをして取ってくれた『アルフルの実』を合わせた簡素な料理。焼き魚も良いけど飽きちゃうと思って」

「リリアナちゃんは凄いんだよ、料理が得意なの」

「ふふ~ん。まぁ、口に合うか分からないけど」


鍋で煮込んだものが皿によそわれて私とミミに配られるが、グーファの姿が見当たらない。それにリリアナは『どうだ』とみているだけで自分の分をよそおうとしない


「毒なんて入ってないから安心して食べて良いわよ? なんなら解毒効果は抜群だしね!」

「お姉ちゃん、毒なんて入ってないよ? はむっ」

「あ、いや、そうじゃなくてさ……リリアナは食べないの? それにグーファは?」

「あ、私とグファ―は先に……その、食べたわ。それとグーファなら今、ミミから頼れたモノを、ちょっと取りに行ってる」

「そうだったんだ……はむっ」


私は寝ぼけ顔全開でリリアナが作った煮魚を口に入れる。

これが驚きの味で魚料理なのに甘く煮詰められている。でも、その合いそうに無いティスの中に少しの辛みと苦みがあって、とても不思議な味が広がる。これはこれでありかもしれない。


「うん、なかなかイケるかも」

「そうでしょ? まぁ、とはいっても本当はトマトソースと香辛料が必要なのをすっ飛ばして作ってるからあまりおいしくないのは知ってるんだけどね」

「なるほどね。だから、若干微量な味なんだ」

「その通り。んじゃあ、私はテントの片付けとかしてるから二人ともごゆっくり~」


リリアナは手を振って私たちの元を離れていく。


「ねぇ、ミミ。リリアナっていつもあんな感じなの? 私にはリリアナがどことなく無理しているというか、昨日と違ってグイグイと来ると言うか変な感じに見えるんだけど?」

「あはは……多分、あれが正常だと思うよ。その、お姉ちゃんみたいなマスターは初めてでリラックスしているんだと思う。今までは誰にも意見が言えなかったし、言ったら言ったで『暴力こう』だったから」


ミミは静かにリリアナがこっちを見ていないか気にしつつ、グーで殴るモーションを取る。確かに今までの様子を見ればリリアナだけでなく、ミミやグーファも何か意見を進言しても主人の勘に障るようなことをいってしまったら暴力を振るわれていたことは容易に想像がつく。それが急に『フランクに接していいよ』と言われれば、あんな風になってもおかしくないのかもしれない。


「(……。それでも、変なような? うーん……気のせいかな)」


私は疑念を感じならもリリアナが作ってくれた料理を口に流し込み、ミミと一緒に片づけを始める。後片づけをしている間、私はミミの様子を時折、覗き込む。

街外れの治癒士『エルバス』の言う通りならこの子の残された時間はもうわずかしか残されていない。しかし、そんな様子を感じさせないほど生き生きと私の手伝いをしてくれている。


「(本当に無理して……ないよね?)」

「ん? エリカお姉ちゃん、どうかした?」

「あっ、いや、ミミは可愛いな~って」

「本当に? ありがとう」

「(うーん……)」


私が心配しつつ、見ていると起きてから一度も見ていなかったグーファが黄い木の実を大量に持ってこっちにやって来るのが見えた。その姿にミミが気付くと空かさず、駆け寄る。


「グーファ、すごーい! こんなに取れたの?」

「うん。でも、これだけで足りる?」

「全然足りる! リリアナちゃんにも見せてくるね」


ミミは余程、その木の実が嬉しかったのか私を置いてリリアナの方へと去って行く。

逆にグーファが私の姿に気づいて近づいてきた。


「おはようごさいます。エリカ様」

「おはよう、グーファ。……にしても、こんなに木の実を取ってたなんて」

「あはは……ミミからの頼みだったので」

「あ、そう言えばリリアナもそんなこと言ってたっけ? でも、何に使うんだろう?」

「多分、ミミはこのアルフル実と近くにあった薬草で『薬』を作ろうとしているんだと思います。こういう木の実とか薬草から『薬』を作るのがミミの得意分野なので」

「へぇ~こんな何の変哲も無い木の実で薬ができるんだ」


確かにミミがそういうことが得意だということは以前に聞いていたが、こんなありきたりなモノで薬を生成できるのかと疑問に思ってしまう。


「特に調合に必要な機材を買ってないけど、大丈夫かな……?」

「うーん、製造方法とかはさすがに僕も分からないですけど……」

「グーファ?」


そこまで語るとグーファは思いつめたような表情をする。そして、ミミが向かって行った方向を気にしながら私に向かってこう言った。


「憶測なんですけど、多分ミミはエリカ様に認められたい――いや、自分も役に立てるってアピールしたいんじゃないかなって思うんです」

「なるほどね。ミミは自分の病気のことを後ろめたく思ってるってこと?」

「あくまで可能性の話です。確証はないけど、でも……」

「うん、分かってる。それにグーファが言いたいことも。まぁ、私もミミの事は気にかけて見てみるね?」


私は洗い終えた器や鍋を一つにまとめて、木の実を持ったグーファと共に馬車へと運んでいく。リリアナとミミは談笑しながらテントの解体作業にいそしんでいる。


「どう、片付けできそう?」

「うん、あとこれを畳んだら終わりだよ」


そう言いつつ、リリアナとミミが二人仲良くテントを折りたたんで馬車の荷台へと運び込む。その様は最早、姉妹にすら見えてしまうほどだ。


「さぁ、出発するよ! 今日は行けるところまで行くからミミ、道案内をお願い」

「えっ、あ、うん!」


私は御者台に乗った後、ミミにそう声を掛けて地図を渡した。私なりの気遣いだ。

その思いにこたえるようにミミは地図を一生懸命、見始める。


「このまま真っすぐ行くけど、別れ道があったらどっちに行けばいいかミミに聞くから教えてね?」

「うんっ! 分かった!」


グーファもミミが必死になる様子を見て優しそうな目で横からサポートするように見つめる。私たちを乗せた荷馬車はそのまま、順調に進んでいった。そして、昼過ぎには3つの村を超えて木々が鬱蒼と茂る森の中へと足を踏み入れていた。



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