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九十 ゾンビとの対話。今後を考えて行動しろ。

「ちょっとそこのお兄さん、お話させて貰ってもいいですか?」


 朝日奈養鶏場の母屋に詰めかけるゾンビの最後尾。命令を受けたはいいものの、多数のゾンビが詰めかける状況で、彼等はお行儀良く列を作って並んでいた。


 それで良いのかと疑問に思ったが、ゾンビ達は命令に忠実で理路整然と列を成す。敵支配下のゾンビであっても、日本人らしく振る舞う彼等を憎む事はやはり難しい。


 適当なゾンビの肩を叩いて声を掛けると、無表情ではあるが一応こちらに顔を向けてくれるだけの反応はしてくれた。俺の背後に立つあきらさんの存在がどのように作用したかは不明である。


 ゾンビAに問いかける。

「どのような命令を受けたんですか?」

「……」


 ゾンビBに問いかける。

「命令を成し遂げればご褒美を受け取っても良いと思うんですけど、その辺りはどう思いますか?」

「……」


 ゾンビCに問いかける。

「言いたくなかったら結構なんですが、どのような命令を受けたんですか?」

「オレ……ニンゲン……マルカジリ……」


 三人目で早くも当たり。


「人間を丸かじりですか! それは凄いですね! でも今回の襲撃が失敗したら人間を食べる事は出来なくなっちゃいますよ?」


「ソレ……コマル……ニンゲン……マルカジリ……」


 こいつが人間の成れの果て……ゾンビを人間とみなしてくれるかは分からないが、小柄な男性……多少の理性を残した彼に対して誘導を試みる。


「そう言えば、その辺で蠢いてるあいつらって元々は人間なんだよ。知ってた?」


「ワカラナイ……クワシク……」


「あいつらは人間だったんだ。だから君は存分に食べても良いんだよ?」


「ナカマ、クウ、チガウ」


 ゾンビは捕食対象ではないようです。一応、同族って意識があるのか?


 とりあえず後方で暇そうにしているゾンビ達相手にアンケートを採ってみたところ、犬飼(弟)に思うところは特に無し。『王階級』だから何となく従っているだけのようだ。


 ではこちらの『王階級』たる健治さんの指揮下に加わるかと言うと、満場一致で『否』の答えが返された。


 彼等的には上位種は自分達を守ってくれる『保証をしてくれた』存在であり、『王階級』に成り立ての、実績も無い男に自分たちの命運を任せられない。と、そういう事だそうだ。


 犬飼信道が彼等を守るとは到底思えないが、それをゾンビ達に説いても詮無き事か。


 ゾンビの中でも自意識を持った個体が存在すると言うのは新しい発見だ。グールでありながら完全な自意識と記憶を保っていた健治さんと言い、ゾンビ研究者達へ波紋を投げかけるには十分過ぎる結果だな。


 とは言え……母屋周辺では相変わらず激しい攻防戦が繰り広げられていて、敵方のゾンビの指揮官である犬飼信道は突撃の命令を下したまま行方不明。

 命令を愚直に実行するゾンビ達は犬飼信道からの撤退命令が無い限り、死んでも攻める事をやめない。

 ゾンビは既に死んでいるんだけどね! HAHAHA!


 ……だからこそのゾンビ懐柔作戦だったのだが、それは失敗に終わり、朝日奈家母屋防衛作戦が失敗に終わるのは最早秒読み段階であった。




「俺の判断ミスで皆さんを危険な目に遭わせてしまいました。申し訳ありませんでした」


 俺の判断で犬飼信道に攻撃をした事の結果がコレだ。今は……何故かゾンビ達の攻撃が収まっているので小休止となって、そのタイミングで朝日奈一家と養鶏場の従業員達に頭を下げる事にした。


「……」


「そもそも、テロリストの犬飼は俺達がここに来なければ、ここを襲撃する事も無かったでしょうし、皆さんが襲われたのは全て俺のせいです。申し訳ありませんでした」


 朝日奈一家と従業員を前にして述べて、深く頭を下げる。


「朝春君……!!」

「少年……」


「蘭堂君」


 朝日奈ひなたの父、鉄治さんの呼びかけで俺は頭を上げた。


「形だけの謝罪なんて要らないよ。君は自分が悪いとは思ってないんだろう?」

「パパ!? それはいくら何でも」

「はい。俺は悪く無いです」

「しょ、少年!?」


 朝日奈ひなたさんの言葉をさえぎって、彼女の父親と言葉を交わす。


「俺は、俺達は悪くありません。悪いのはテロリストである犬飼……山猫党です」


「山猫党とやらに目を付けられた僕達はどうなのかな?」


「その不運には同情せざるを得ませんが、ゾンビが溢れるこの世の中。遅かれ早かれ、覚悟を決める必要があったのでは?」


「ははは。さっきからの君の台詞、『お前が言うな』といった内容のオンパレードだけど、内容自体は正しいと思うよ。それと蘭堂君、君は未成年だけど、もう子供では無いんだろう? 男が一度下した判断をすぐに撤回するもんじゃ無いよ。

 君が下した判断に僕達は従う。だから君らしく、卑怯な手でも何でも使ってくれ。僕達に出来る事なら何でも手伝うから」


 やっぱり怒ってるんじゃないの?


「そんな事ないさ。ひなたから君の奇想天外摩訶不思議な活躍を色々と聞いたからね。僕達に遠慮せず、君の本領を発揮して欲しいと強く願っているよ」


 朝日奈鉄治さんの妻である日七(ひな)さんがお茶を出してくれた。この状況だ。雑巾の絞り汁でも入れてくれたかと思いきや、中々に美味い緑茶であった。

 ……いや、マジで美味いな。奥さん、これってお高い茶葉なんですか?


「普通の茶葉ですよ。ただ、お茶を淹れる時にお湯の温度に気を使っているだけです」


 ふんわりと、茶葉の香りが鼻に抜けて、一口飲んでみれば緑茶独特の微かな苦み、渋み。香りと共に一口飲むと、後味にほんのりとした、気のせいかも知れない甘みが残る。


 緑茶の淹れ方が奥深いとは、知識で知っていたが、まさかこれ程とは思ってもいなかった。

 だからあきらさん、ずずーってすすらないで! エリーも顔をしかめない!


「ふふふ、蘭堂さんはお茶の味が分かるんですね?」


「あ、いえ、分かりません。ですが、朝日奈さんの淹れてくれたお茶が凄く美味しかったので、感心してしまいました」


 ゴリ押しするなら、祭さんと桜花を呼ぶべきだ。それが一番手っ取り早い。だが、手薄になったマンションに襲撃をかけられたら、若葉さんだけでは対応出来ない。むしろそれが奴らの本来の狙いなのかも知れないと考えると……

 万が一を考えてさっき若葉さんにこちらの状況と襲撃の可能性を伝えておいたからマンションは取り敢えずヨシとする。市役所? 知らん。オーガの色街が何とかするだろう。


 上位種の頭数だけで言えば六人。あきらさん、エリー、ひなたさん、まゆおばさん、健治さん、有原……


 有原は除外でいいか。とにかくこのメンツでゾンビの大群如きに遅れを取るのは指揮官が悪いな! そこんところどうよ? 小林一佐?


「確かに上位種の基本能力に頼って碌な作戦を立てなかった事は認めよう。しかし、蘭堂君も先程までは我々に戦闘を丸投げしてゾンビの意識調査を行っていたとか? 一応君もこの場では指揮官相当の身分の筈なんだが……主力の一人である三郷君を引き連れて一体何を考えて……」


「小林一佐こそ何を考えているんですか? 失敗したとは言え蘭堂様が敵勢力下のゾンビの懐柔に骨を折っていたと言うのに……抗体者とは言えゾンビに襲われる可能性はゼロでは無いと知っている筈ですよね? その身を危険に晒しながら敵兵と交流を試みて、少数ながら自意識を持つゾンビがいる事を突き止めた蘭堂様に対する発言が、自分の無能さを棚に上げて一般市民である彼に責任を求めるとは……年長者としても自衛隊幹部としても不適格としか言いようがありませんね」


「ぐ……」


 いや、十島さん? さすがにそれは言い過ぎ……


「百華、ここは戦場なんだから誰かさんの不始末を追求しても無意味よ。上司の不始末は弱みとして握っていた方がよっぽど有意義なんだから、今追い詰めちゃったら可哀想よ?」


 相変わらずブレねぇな。はたから見ている分には面白いが、最上(もがみ)千鶴(ちづる)……彼女が仲間に加わるのは絶対に阻止しなければならない。


 部下であり、年下の女性二人に吊し上げを喰らい、部屋の隅っこでぷるぷると振るえている小林のおっさん(五十四歳)の背中に哀愁を感じながら、そう心に誓った。




 それはともかく……あの犬っころ……空間転移如きで調子に乗りやがって!


 いくら『王階級』って言っても無制限に空間転移出来るなんて規格外過ぎる。ましてあの野郎は死者蘇生なんて能力も持っているんだし、相当限定された能力の筈だ。

 同じ『王階級』の桜花や健治さん、犬飼紅葉の能力を考えてもバランスが取れていない。奴が実は『王階級』より格上だとか、ラスボスだとか。そんな理由ならしょうがないが……それでも納得できない。

 絶対にシリアス展開を回避してギャグキャラとして葬り去ってやる!




 現在、九月二十日の二十一時。


 通常であれば既に寝ている時間帯だが、朝日奈家は二十二時前後に寝て、午前五時に起きるのが習慣だとか。


 朝日奈家の習慣はともかく、ゾンビが襲撃をやめたのって……


「夜になったから休憩してるんでしょ?」


 確かにそれ以外には考えられないが、もうちょっと言い方ってもんがあると……

「ぐだぐだうるさいわよ! ていうか、推測であってあたし達は寝ずの番で護衛するんだからね! 感謝しなさいよ!」


 かろうじて立ち直った小林一佐の提案で、彼等が寝ずの番をしてくれる事になった。十島さんと最上さんは散々文句を言っていたが、最終的には小林一佐を呪うと言って、渋々と任務に就いたようだ。


「トモ、母さんも起きてるから、トモは寝てなさい」

 は?


「母さん、料理しか出来ないから自衛隊の人達の為にお夜食と朝ご飯の支度をしておこうと思って。あ、終わったらちゃんと寝るから心配しないでいいわよ?」


「あの……俺は家族を守るって決めたはずなのに……母さんを巻き込んじゃって……」


「大丈夫よ。母さん、これでも強いんだから! トモ相手だったら無傷で完全勝利間違い無しよ!」


 そんなつもりは無かったのに、巻き込んでしまってごめんなさい、母さん。


 せめて母さんの安全が確保出来るよう、これからの作戦をさらに詰める。


「じゃあ、俺は仮眠をとってくるから」


 ひらひらと手を振る母さんを後にして、宛がわれた部屋――六畳間――のドアを開けると、そこには神妙な顔をして正座しているバニーガール……朝日奈あきらさんが、俺を待っていた。


 部屋は板張り(フローリング)で、彼女は座布団無しに、直に正座している。どれ程の時間そうしていたのかは伺い知る事は叶わないが……


「少年……いや、蘭堂朝春。私を戦士にして欲しい。この通り、お願いします」


 言って彼女はそのまま頭を下げて。いわゆる土下座の状態で俺にとんでもない要求を突き付けてきた。あんたを戦士にするって、無茶振りにも程があるんじゃないか?


 三つ指突いてピシッっと土下座する彼女は和服ならば非常に様になっていたと思う。何だかんだ言っても朝日奈ひなたは美しい。外見だけならば。


 俺の目の前で土下座する彼女は例の如くバニースーツで、白いふわふわとした丸い尻尾が彼女の尻でふるふると振るえている。


 こんなに残念な美女を相手にするのは十七歳童貞の俺には余り有るんですけど……?


「あの……戦士って、どういう事ですか?」


「少年はあきらやエリーを従え、更には先の変電所の一件で自衛隊をも指揮下に加えて、作戦を成功させた」


 変電所の件は先週の話とは言え、随分前に感じる。平穏では無く、波瀾万丈に満ちた日常だからこそか。体感では数ヶ月前だな。具体的には五ヶ月くらい?


 それはともかく。


「俺が彼等に指導した事は無いよ。俺はただ、作戦の説明をしただけなんだ」 


「……」

「……」


 俺と朝日奈ひなたの間に気まずい沈黙が数瞬流れて、やがて彼女が沈黙を破る。


「ならば、少年の作戦に私を組み入れてはくれないだろうか? それをもって、その働きで私は戦士に近づけるのではないだろうか?」


 朝日奈ひなたさん、あんたのそのやる気は、今更過ぎるんだよ……

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