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八十九 ゾンビの進化における考証。犠牲のエリーに手向ける花は無い。

 押し寄せるゾンビの数は多分数百。まゆさんや健治さんでも対処できるが、問題は数だ。


 祭さんや桜花だったら広域攻撃の手段を持っているがこの場に居ない。呼び寄せるにしても時間が掛かりすぎる。


 かと言ってまともな戦力になる上位種は四人。いくら何でも手が足りない。


「エリーはとにかく数を稼いでくれ! トドメは自衛隊連中に任せる位の気持ちで良い! あきらさんは上空から……」

「お断りします」


「はぁ!?」


「自分は朝春君の護衛に徹します。犬飼信道が混乱に乗じて戻ってくる可能性がある以上、君の側から離れるわけにはいきません」


「それは、この養鶏場の人達を犠牲にしてでもか?」

「はい」


 頑固な彼女の事だ。前言撤回なんてあり得ないだろう。

 俺は少し、溜息を吐いて夕暮れ時の空を見上げた。周囲に響く銃声と怒号、数によってバリケードを突破されて、滅びに向かう事しか出来ない養鶏場。


 俺はゾンビに対して、これまで友好的に接してきたつもりだが……それは彼等があきらさんの指揮下にあったからだと、今日、認識した。


 味方の上位種の指揮下か否かでゾンビ達は態度を変える。こんな簡単な事が分からなかった俺は、ゾンビ達に仲間意識を持ってしまった俺は……


 左の頬を思いっきり平手打ちにされた。ばちーん!! と。


「目は覚めましたか? 正気は取り戻しましたか? ここは戦場です。戦う意志はありますか?」


 胸ぐらを掴まれて、顔を寄せて詰問してくるあきらさんにキスしてやろうかと思ったが微妙に距離が遠い。


「指揮官は貴方です。自分は部下……ではありませんが……戦友……そう、自分達は戦友です。これまでも貴方の指揮で危機を退けてきました。今回の相手は数百のゾンビ。手勢の上位種は僅かと自衛隊が数名」


 犬飼姉弟を相手にするよりは幾らかマシ……なのか? そうじゃねぇな。


「健治さんに伝達。至急完全変化。『雄叫び』でゾンビに範囲攻撃。まゆおばさんは母屋の防衛。エリーには……進化してみせろって伝えてくれ」


『えぇぇぇぇ!!??』

 ゾンビの群れの中からエリーの悲鳴が聞こえた。己に課せられた使命の重大さにやる気を漲らせているんだろう。

 あ、食べるゾンビは多少選り好みしても良いよって伝えておいてね。


『やだあぁぁぁ!!』

 嫌なら仕方無いか。


 確かに上位種は能力とか身体能力が人間離れしているが、味覚に限って言えば普通の人間と変わりない。

 俺だってゾンビを食べろと命令されたら、答えはノーだ。もっとも、味覚以前にゾンビ――元、人間――を食べる事に強い忌避感を持っているからなのだが。

 だからメリットだけを伝えてみてはどうかな?


「『王階級』に進化できたらご主人様が何でも願い事を聞いてくれるの!?」


「そうだエリー! 実験モドキに付き合わせてしまって申し訳無いが、俺に出来る事なら何でも叶えてやるぞ!!」


 まぁ、しょうが無い。無理矢理ゾンビを食べさせる訳にもいかないし、本人のやる気にも関する話だ。




 どうやら納得してもらえたようだ。健治さんの時は確か『人間』と『貴族階級』と『一般階級』を喰って『王階級』に成ったんだったけかな? 俺の感覚ではゾンビは『人間』と『一般階級』の間なんだけど……何体食べたら進化するんだろうか。


 とは言え俺ものんびり指揮しているだけじゃ済まない状況だ。朝日奈一家と従業員を避難させた母屋はまだ無事だが、それも時間の問題だろう。散々迷って桜花を呼ぶ事は取り止めたが、だからこそ桜花に頼らずとも敵を退けるだけの戦力と戦術が欲しい。


 あきらさんにもいずれ進化して貰うのは決定として、健治さんの完全覚醒までの時間稼ぎを頑なな女吸血鬼にして貰うとしよう。


「あきらさん! 突っ込むからヨロシク!」

「え!? ちょっと! 朝春君!?」


 あきらさんの手を引いて自らゾンビの群れに突っ込む。俺の護衛を請け負ったあきらさんは『抗体者は『原則として』ゾンビに襲われない』というルールに反して、俺に襲い掛かるゾンビを文字通りなぎ倒す。


 やっぱり居るんだ。抗体者を襲ってくるゾンビ。話には聞いていたけど、実際に襲われると中々に怖い。今まで何人かの上位種を敵に回して戦ったけど……慣れねぇな、コレは。


 ある程度数が減ったところで、別の苦戦している箇所に赴き。


「助けてあきらさ~ん!!」


 俺をゾンビから守る為に、働け働け!

 俺の命令でゾンビを駆逐する事を拒否した彼女だが、俺がゾンビに囲まれてしまっては、奴らを駆逐せざるを得ない。今日は拳銃を持ってきていないので俺は完全にお荷物と言うか、足手まといなんだけど。

 俺を守らざるを得ないあきらさんを誘導するくらいは出来たようだ。




『まずいよぅ……まずいよぅ……』


 時は令和三年、九月二十日。一進一退の攻防を続ける朝日奈養鶏場の戦役。


 戦場に響く怒号や悲鳴に混じってエリーの怨嗟の念が重く、深く、戦場に響く。ゾンビからグーラーに。そして狼の獣人たるワーウルフに。

 上位種に進化した彼女は元々は十七歳の女子高校生。一体何故、本来であれば青春を謳歌しているハズの彼女が苦しまなければならないのか。人間である事を辞める事でしか、この世界で生きていく(すべ)が無かった彼女に、世界はこれ以上苦しみを与えると言うのか!


「朝春君……自分はツッコみませんからね?」

「それが既にツッコミじゃーん!!」

 鼻を摘ままれた。きゅーって!

「は、鼻を摘ままないれくらさい!」




『ボクが『王階級』になったら次はお姉様の番だよね……ご主人様には何をして貰おうかなぁ……HAHAHA』


 ヤバい。あきらさんと遊んでるうちにエリーが壊れかけてきた。

 体感で三十分~一時間ほど。それなりの数のゾンビを食べているハズのエリーが進化しないところを鑑みると、『王階級』への進化は上位種。恐らく『貴族階級』の捕食がトリガーに?

 しかし健治さんはグール時に人間と『貴族階級』を喰って上位種に。その後に『一般階級』を喰って『王階級』に成った。


 順番は兎も角として、やはり上位種を捕食する事が進化への条件、なのだろうか?

 おや? それってつまりエリーがいくらゾンビを食べても無駄って事?

 いやいや、上位種を百としたらゾンビは一くらいあるだろう。つまりゾンビを百体食べれば『王階級』にレベルアップ!


「レベルアップはともかく、朝春君。そろそろ危険な状況ですね」


 それはちゃんと理解している。さっき完全変化した健治さんの『雄叫び』で多数のゾンビを攻撃? した結果、数秒から数十秒ゾンビが怯んだ。

 勿論数十体のゾンビの足止めが出来るだけで大分楽になるんだけど……俺の望んだ結果はもうちょっと、こう、殺傷能力の高いアレであって。ねぇ?

 いや、足止めも十分有り難いけれども。ていうか健治さんならその豪腕で殴りつける方が手っ取り早いかも。


 エリーと祭さんは『人間』の死体を食べて上位種に進化した。若葉さんと桜花は『貴族階級』の上位種を食べて進化した。健治さんは『人間』と上位種の『一般』と『貴族』それぞれの階級。進化後の階級はマチマチだが……個人によって進化に必要な『階級』が違う!?


 エリーにゾンビを何百と食べさせても進化しないなら、彼女のトリガーはゾンビ以外の『階級』……。

 さすがに『王階級』が進化のトリガーだとは思いたくも無いが、その可能性は否定出来ねぇか。




「埒があかねぇな! ……ねね! お前も加われ! 実銃を撃った経験は有るんだったよなぁ!?」


「は、はい! 有ります!」

「よし、最上。面倒見てやれや」

「は? それどころじゃないんですけど?」


「「……」」


「……十島、お前が面倒をみろ。これは命令だ」


「しょうがないですね。生き残る為ですし……いえ、このミッションを華麗にこなせれば蘭堂様の覚えもめでたくなるのでは!?」


「それはどーでも良いから。とにかくヘッドショット決めれば良いんですよね? 弾丸、残りどれくらいですか?」


「宮湖橋ねね……でしたね? 私は貴方を歓迎します。だから敵を……ゾンビを殺して下さい。殺した数だけ、貴方を歓迎します。 弾は残り少ないので、撃ち漏らしの無いように」


 愚痴って三階の窓からゾンビを撃つ。本来、身体能力で人類はゾンビの足元にも及ばない。しかし、その身体能力の差を埋めるのが銃火器だ。

 ゾンビに銃火器を扱う知恵が無く、人類にはゾンビに敵う身体能力が無い。


 つまり銃が有るうちは人類が優勢。銃が無くなればゾンビの天下。


 だったら抗体者と上位種の位置はどうなるの?


 オートマチックの拳銃でゾンビの頭を打ち抜き続けて、宮湖橋ねねは感慨深げに思いを巡らす。


 日本という国は、既に無くなってしまったのだと。


「いやぁ、日本は無くなってねぇだろ?」


「朝春君も! 拳銃を持って! 参戦するべきです!」


 変わらず押し寄せるゾンビ達の波に対して、こちらの戦力は余りにもショボい。東西南北を自衛隊チーム、まゆおばさん、エリー、健治さんで守っているにも関わらず、押し寄せるゾンビの数が半端無い。現状維持は最早ままならず、多数のゾンビに蹂躙されるのを待つだけとなっているのが現状だ。


 なんか最初の頃より、ゾンビ増えてないか?

 今、俺とあきらさんは自衛隊チームの援護をしている最中だが、俺の言葉に彼等が引きつった。


 ちなみに拳銃は受け取ったが、ゾンビを撃つ気は無いんだよなぁ……

 っていうか撃っても当たらねぇし。オートマチックの拳銃を受け取って、残弾数が十分であると確認してから、小林一佐に一応礼代わりに、軽く頭を下げた。


「いや! ちょっと待って朝春! ゾンビが増えてるってマジで!?」


 見た感じで何となくそう思っただけなんだけどな……、あきらさん、どう?


「確かに自分達の駆除数に較べて追加で参戦してくるゾンビの数が勝っているように思います」


 ゾンビが数で押し寄せてくるのなら、こちらも手加減しないで攻撃するべきだ。エリーの進化は不発に終わったが、量が足りなかったのか質が悪かったのか。


『もう、イヤだからね!!』


 相手は無数のゾンビ。敵方の指揮官は存在しない。犬飼信道に命令された通りに動いているだけのゾンビだ。


 だからこそタチが悪い。戦意とか士気とか関係なく、与えられた命令を肉体が滅びるまで遂行する、言わば死兵だ。停戦条件は無し。勝利条件はゾンビの全滅のみ。今更だけど桜花を呼ぼうかな?


 と、ここで俺の脳裏にマンションの警備を任せた強面ゾンビ達の存在が思い起こされた。彼等はゾンビで自意識を持たないと説明されてきたが、その検証をここでやってみよう。

 勿論、戦場で行うべき行為ではない事は重々承知だが、今しか出来ない事であると同時に、今すべき事でもあるはずだ。


 俺の思い付きをあきらさんに説明すると「正気ですか!?」との言葉を賜った。この作戦はあきらさんが居なければ成り立たないのだが。ま、失敗しても被害は無いから自由にやってみよう!


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