八十七 ウサギを巡るすれ違いと焼き鳥。
あえかとの通話を一方的に切ってから、着信とメッセージがひっきりなしに送られてきている。
しょうがないので『しつこい女は嫌いだ』といったメッセージを送ったら大人しくなってくれた。いずれはフォローしてやらないといけないんだろうなぁ……
「とりあえず今日は我が家に泊まっていってくれ! 鶏肉は有り余っているから気兼ねなく過ごしてくれ!」
従業員がせわしなく働いている中で、のんびり過ごすのも何だか悪い気がしてしょうがないんだけど?
と、俺の心配を察したのか、あきらさん以外の女性陣が雑務を進んで引き受けている。自衛隊連中は周囲の警戒に注目でいるばかりで中心……朝日奈家自体にはさほど興味が無いようだ。
「それで、今日はどんな料理を食べさせてくれるのかしら?」
母さんが養鶏場の主人の夫人、簡単に言えば朝日奈ひなたの母親に問うた。
「今日は急でしたから、水炊きと蒸し鶏、それと焼き鳥を作ろうかと思っています」
「へぇ? 参考までに作り方を伺っても良いですか?」
「はい。もちろん構いません。よろしければちょっと手伝って頂いても宜しいでしょうか?」
そんな会話が二人の間で交わされて、俺の印象としては朝日奈さんのお母さんは随分とお淑やかな女性だなと、それが第一印象だった。
その娘はバニースーツを普段着として正義がなんだと大声で喧伝し、本人は戦いを前に失禁するほどのヘタレであるというのに。
「昆布が無いので……」
「干し椎茸の戻し汁を……」
「鶏の骨を全て、出汁にするべきでは?」
「正直、飽きてしまったので……」
なんだかんだと母さんと朝日奈さんの母親――日七さん――は意気投合したようで、仲むつまじく料理談議に花を咲かせている。
鶏をトラックに移して……移送中に問題は無いだろうな?
各方面から鶏の移送について聞いているが、やっぱり少し心配だ。
「でも、気にしたってダメな時はダメなんじゃない?」
「それはそうだがエリー。ダメにならないように気を配るべきであってだな……」
「そんな必要は無いんじゃないの? 弱いものは死ぬ。強いものは生き残る。弱肉強食が基本でしょ?」
意外と鶏に関してはドライな考えなのか?
「とにかく、檻は作ってあるんだし。明日マンションに帰ってから考える事でしょ?
環境に馴染めるかどうかは鶏の問題で、ボク達は馴染めなかった鶏を食べて、馴染めた鶏を育てる。そう言う事だよね?」
ああ、そうだ。
ようやく生きた鶏を得ることが出来た。対価を支払わずに。朝日奈父娘の気性によるところも大きいが、タダで鶏を手に入れられたのは快挙と言っても良い。
個人的には宴……いや、祭を開催したいぐらいの気持ちだ。
だがしかし、朝日奈鉄治を前にしてそのような浮かれた顔を晒すことは出来ない。へらへらと笑った顔はちょっとマズいよなぁ……と思う。
こちらの利益に浮かれる笑顔を隠して朝日奈鉄治と対面する。
結局野菜の類いは育ててはいるものの、収穫はまだ先であり、冷凍野菜や缶詰の食材が乏しいので……水炊き、蒸し鶏、焼き鳥……俺達にとってはご馳走だが、彼等にとっては食べ飽きた料理が並べられる事となった。
さらに目玉焼きやスクランブルエッグなど、かつての平常な世界では何て事無い料理が添えられて。
生卵が絶滅したと言っても過言では無い今日、卵料理は超高級料理に分類される。
「ああ、卵ってこんな味だったな……」
……と、懐かしむ位には高級な食材だ。
「いやぁ! 久しぶりの鶏肉が食い放題とは、散々根回しして一等陸佐になったかいがあるってもんだな!」
言って焼き鳥のモモ肉を口一杯に頬張る小林一等陸佐。なんか見た目は山賊のお頭みたいだな。
鶏肉料理に舌鼓を打つ女性陣を尻目に、あきらさんが鶏皮串を片手に近寄ってきた。
「朝春君、ひなたの件はどうなりましたか?」
鶏皮串を囓りつつ、あきらさんが問うてきた。その手に持つ鶏皮串はパリパリに焼かれて塩胡椒が振られていた。
「ああ、戦意向上成らず。しかし我に腹案有り。ってところかな」
「いや、その……判りやすくはっきりと、簡潔に報告して頂きたいのですが……」
桜花を真似て軽く中二病患者っぽく告げてみたが、彼女の琴線に触れる事は出来なかった。現実主義が過ぎるのもどうかと思う。もうちょっと凝った表現を楽しむ余裕が有ってしかるべきでは?
「むぅ、しょうがない。朝日奈ひなたは戦う意志を未だ持てず。しかし、エリーと模擬戦を行う事で彼女の戦意を引き出せるんじゃ無いかと。俺は思う」
「は……?」
「朝日奈ひなたを説得するのは中々苦労した。戦いたくないという彼女を宥めてエリーとの模擬戦を取り付けたんだからな。
あきらさんの狙いは朝日奈ひなたを戦士として取り込む事だったんだろうけど……俺の交渉が至らずに迷惑を掛ける事となる。申し訳無い」
「朝春君……ちょっと、人気の無い所で話ましょうか」
おいおい、出先で愛の告白とは確かに心躍るイベントだが……
笑顔のあきらさんに胸ぐらを掴まれた。
「そういうのはいいですから。いいからあっちで話をしましょうか?」
笑顔で俺の胸ぐらを掴むあきらさんにただならぬ気配を感じたが……俺の努力と言うか好意と言うか。その全てがあきらさんの意に反する行為だったと、この時の俺にそれを知る事は叶わなかった。
むしろ俺の胸ぐらを掴み、笑っていない笑顔を近づけてくるあきらさんにチューしてやろうか……と、一瞬そんな考えが頭をよぎったが、さすがに冗談では済まされないと考えを改めた。
いや、むしろ場を和ませるためにもチューしてみるべきでは!? いくら奥手のあきらさんでもキスくらいは既に……すでに……彼女は完全無欠の乙女である可能性が高い。怒れる彼女に冗談半分でキスしたら……殺されはしないだろうが、四肢切断くらいは覚悟しなければならない……かも。
「か、考えが口に出ています! チューとかキスとか! ふ、ふ、ふしだらです!」
乙女に対してはチューもキスも禁句だったようだ。
「自分は、朝日奈ひなたが戦力的に足手まといである事から、朝春君に彼女を遠ざけるようにお願いしたつもりなのですが……」
ようやく冷静になったものの、まだ顔がほんのり桜色に染まっている、初心なあきらさんがのたまう。
「いやいや! あの時のあきらさんの目は『朝日奈ひなたを戦士として覚醒させろ』みたいな目だったじゃん!?」
「ちょっと待って下さい! 自分は『足手まといのひなたにやんわりと戦力外通告をして下さい』と目線を送ったはずです!」
双方の勘違いの結果、現在の朝日奈ひなたは微妙にやる気を出している。これについては俺の功績なんだけど……
「ひなたがやる気になったからといって、直ちに戦力になるとは思えません。山猫党は敵対しないと言っていますが、それを信じる程自分は愚かではありませんので。
ひなたに訓練を施している間に、テロリスト達に攻め込まれたら……自分はともかく、ひなたが殺されます」
結局のところ、俺の契約者たるあきらさん達は自分達の生死に関わる問題なので俺の身を守る。命懸けで。
だけど俺と契約していない朝日奈ひなたはどうでもいい。かつての幼馴染みと言えども、その生死にさほどの興味は無いようだ。
そんなわけで本来縁切りを望まれていた朝日奈ひなたは、俺の勘違いによってむしろ仲間となるイベントが設定されてしまった。
今更無かった事には出来ないのであきらさん的には朝日奈ひなたの敗北を望んでいるはずなんだけど……勝敗は特に重視してないんだよなぁ……。
「朝日奈養鶏場の食料調達もひなたの仕事ですし、我々の仲間と言うよりは協力者といった立場の方がひなたには相応しいのでは?」
あきらさんが消極的なのが判明したので、俺としても朝日奈ひなたを積極的に仲間にしよう! とかヘタレな根性を鍛えて戦士にしよう! といった気持ちが薄れていってるのは事実だ。
とは言え……少なからずやる気を出した朝日奈さんに『やっぱり要らないよ』とは口が裂けても言えない。
まぁ、どうせ訓練の途中で絶対に泣きが入るだろうから、そのタイミングで『今回はご縁が無かったようで』とお祈りメッセージを奉れば問題無かろう。
なんとかあきらさんを説得して食事会場――すでに宴会場と化しているが――へと戻る。
「ガハハハハ! やはり焼き鳥は塩に限るな!」
「何を馬鹿なことを。つくねはタレ、皮は塩。部位によってタレと塩を使い分けるのは常識でしょう? その程度の知恵も無いのですか?」
やがてタレ派と塩派の口論に発展したが本格的な争いに発展するには至らなかったようだ。
タレ派と塩派……俺は特にこだわりは無いのだが、両者のこだわりは戦争に発展しかねない程だと、そのような認識を得るに至った。これこそが今回の最大の収穫なのでは無いかと、そう思う事にした。
「僕は塩だタレだと関係ないかな。どっちもおいしいと思うよ?」
昨日の今日で姿を現したか、犬飼信道!
自衛隊チームの小林一等陸佐、最上・十島三等陸尉が焼き鳥を投げ捨てて拳銃を構える。
「誰だ? 貴様は?」
日頃のふざけた言動と態度とは裏腹に、一瞬で戦闘態勢に入る彼等に感心……感動すら覚えてしまった。軍人では無い彼等がゾンビパンデミックを迎えて二ヶ月弱。かつての平和ボケした日本の自衛隊では無く、彼等は戦士の集まりたる自衛隊なんだと、今更ながら感慨深く思う。
「僕は山猫党党首、犬飼紅葉の弟、犬飼信道です。以後、お見知りおきを」
そう言って彼は、焼き鳥片手にニカッと笑ってみせた。
朝日奈ひなたの母親の名前を変更しました。




