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八十六 鶏と妹。どちらか選べ。

「相手が経験豊富な上位種じゃ無ければ良いんですね?」


「え? ま、まぁ、そうだけど……?」


「そういえば、昨日は強姦魔を成敗したようですね。悪を倒すのは素晴らしいと思いますよ」


「む? そ、そうか? いや、私も悪人だからと言ってむやみに殺してしまうのはどうかと思ってな。頑張って説得してみたんだが、聞いてくれなかったんだ。

 挙げ句の果てには襲ってきたから対処せざるを得なかったんだが」


 防衛の為に相手を殺す事は……少なくとも俺にとっては悪じゃ無い。生かしておけばいずれ復讐される可能性が有るからだ。


 ここまで話してきたが、やっぱり朝日奈さんの意識改革はかなり難しい。


「家族やあきらさんが万が一殺された場合、復讐しますよね? 上位種が相手であっても」


 答えを言い淀んだ彼女の不安そうな顔は忘れ難い。力を持たない『抗体者』としては、朝日奈さんの気弱な顔や態度は俺のカンに障ってしょうがないが……彼女の気質を考えればやむを得ないか。


 俺じゃあ、朝日奈さんを戦士に変えるのは無理だったか。ごめん、あきらさん……


「少年よ……私を焚きつけようとしているのは理解出来るし、私も奮起しなければと思っているのは事実だが……

 申し訳無いが……少年にだけ打ち明けよう。あきらにも言ってないから、秘密にしてくれ」


 分かりました。それで?


「私は……その……恐怖に直面すると、その……し、失禁してしまうんだ……い、以上だ! 後は察しろ!!」


 それは知ってるんだけど。漏らすのは勝手だが、俺の質問に答えて欲しいんだが?


「じ、自分より強い相手に挑むなんて無理に決まっているだろう!」


 彼女(ウサギ)のヘタレ具合は根が深い。


「朝日奈さんはウサギの獣人なんですよね? 獣人系は総じて近接格闘が得意だと聞きますし、特にウサギだったら脚力が凄いんじゃないんですか?

 エリーも狼の獣人で一般階級ですけど、格闘能力だったら貴族階級を追い詰めるくらいですし。

 そうだ。一度エリーと稽古をしてみたら良いんじゃないですかね。元女子高生の彼女とはスタートラインが違いますから、もしかすると朝日奈さんの方が現時点でも強いかもしれませんよ?」


 きょとんとした顔でこちらを見つめる朝日奈さん。美女に見つめられると照れるぜ。


「少年よ……それは本気で言ってるのか?」


 思い付きで色々言ってみたが、案外的を射ていると思う。エリーは一度実戦を経験しているし、夜な夜なあきらさんや祭さん相手に格闘訓練をしているらしいので、朝日奈さんが勝つ確率は低いだろうが。

 それでもその期間は一月に満たない。一年ちょっと防衛大で鍛えられた朝日奈さんとの差が、現在どの程度か。

 俺が知る術は、二人の稽古……いや、試合かな。


「取り敢えず練習試合って形で一度手合わせしてみるのはどうですか?」


「ま、まぁ、少年がそこまで言うならしょうがないな! エリーが相手なら私も実力が発揮できるし、少年の気持ちを無下にするのも悪いしな! でもお付き合いは遠慮させて頂くぞ?」


 額の血管が切れそうになったが、何とか怒りを抑え込む事に成功した。ストレスの余り、アクセルペダルをベタ踏みしそうになったのも抑え込んだ。


 ……ストレスによる脱毛がちょっと心配になってしまった今日この頃。

 俺は決して朝日奈さんと付き合いたい訳では無い。むしろ彼女から告白されても断る位には彼女を知りすぎてしまっている。


 今更朝日奈さんと付き合ったとして、『戦えない女性』という弱点が増えるだけだ。だったら、男女の付き合いなんてリスク以外の何物でも無い。

 そもそも、男女の付き合いって何なんだ? 映画館とかショッピングとかか?


「私も男性と付き合った事が無いから何とも言えないが……少年の認識で問題無いと思うぞ?」


「つまりゾンビパンデミックに冒された日本では男女の一般的なデートもままならないと?」


「……ゾンビパンデミックの時点で外出が不可能になっているんだが?」


 そう言えばそうだった。


「残念です。俺は朝日奈さんと共に散歩をしたり、穏やかな時間を過ごしたいと思っただけなんですけどね」


「そ、そうか。それほどまでに少年は……」


「朝日奈さん?」


「いや! 何でも無い。そろそろ私の実家に到着するぞ! 少年は気を引き締めろ!」


 何故かテンションが上がった朝日奈さんに、俺は曖昧に頷く事しか出来なかった。



「ここが朝日奈養鶏場ですか! 思っていたより広いですね!」

「全ては鶏の為だ。規模としては中規模程度だな」


 車を降りて全体を見渡すと鶏舎がその存在感をまず示す。次いで主張してくるのはその匂いだ。


 一言で言えば臭い。鼻がもげそうな程では無いが、畜産農家の方々はこんな臭いの元で日々働いているのか!?


「慣れればどうと言う事は無いぞ。両親を呼んでくるからちょっと待っててくれ」


 小林さん達は既に経験済みなようで、大人しくしている。それ以外の面々は俺と同様に鼻を曲げているようだが。


「いやあ、知識としては知ってましたけど、やっぱり家畜ってのは臭いもんスね」


 藤枝さんの意見には完全に同意する。鶏肉を求めてここまでやって来たが……臭いに心が折れそうだ。


「やぁやぁ、こんなご時世の中、よく来てくれたね!」


 麦わら帽子を被ったオッサンが笑顔で近寄ってきた。当然警戒するあきらさんだが……


「おお! 朝日奈さん! また世話になるぜ!」


 既に鶏の物々交換を成し遂げている彼等は顔見知りなようで、軽い挨拶を笑顔で交わす。


 これから地道に挨拶とかを交えて信頼関係を築かなければならない俺としては……正直言って面倒だな。


 簡単な挨拶をしてビジネスライクな関係じゃ駄目なんすかね?


「何でも良いよ! 美味い食料は持ってきてくれたんだろうね!?」


「ハハハ、今回はこちらの蘭堂君が鶏を受け取ると言うので同行したまでですよ」


「おお! 君がひなたが言っていた蘭堂朝春君か! なるほど。ひなたが言っていた事は本当だったか」


 朝日奈さんは父親? に何を言ったんだ?


「初めまして。蘭堂朝春です。あまり時間が無いので、話は作業しながらで良いですか?」


「アハハ! 時間を気にする事は無いよ! 今日は泊まっていってくれれば良いんじゃないかな?

 あまりもてなす事は出来ないけど、鶏肉と卵だけは大量に有るからね! 気にしないでいいよ!」


 ほらきた。帰れないパターンだよ。ここで『帰る』と言い張るのはやっぱりマズいよなぁ……


「朝春君、まずはあえかさんに連絡しないと……」


 そうだった。朝日奈さんの親父さん? に許可を貰ってあえかに電話を掛ける。


『はい、もしもし?』


「あぁ、あえか。俺だ。実は養鶏場の親父さんに泊まってけって言われてな。今日は帰れそうに無いんだ。そういうわけだから悪いけど、よろしく頼むよ」


『そうですか。そういう理由ならしょうがないですね。せっかく兄さんの為に作ったカレーうどん。愛情込めて作ったカレーうどん……全て捨てるしかありませんね……』


「ちょっと待て、あえか。もうカレーうどん、作ってるのか?」


 今は午後三時。下拵えがもうちょっと。という時間。それが終わってから本格的な準備に取り掛かる。

 つまりセーフなハズ。カレーうどんの汁を作っている最中だろう。


 今日食べないと言っても、まだ傷口が浅い段階のはずだ。


『兄さん? カレーうどんの仕込みは全て終わりましたけど?

 ここまで言ってもまさか帰って来れないと言うつもりですか?』


 言うまでも無くそのつもりだけど? て言うかさっきからそう言ってるよね?

 傷口云々の前に、既にアウトっぽい。


「と、とにかく鶏肉の為だ。悪いが今日は帰らない。以上だ!」


『カレーうどん。兄さんのために作ったカレーうどん。カレーうどんよりも鶏が大事な兄さん。それっておかしいですよね? 妹が愛情込めて作ったカレーうどんよりも鳥ごときが大事なんて、私の兄さんがそんな馬鹿げた選択をするはずがありません。そうですよね? 兄さん? 私が兄さんの帰りを心待ちにしているのに鳥ごときを優先するなんてあり得ませんよね? 私の聞き間違いですよね?』


 あえかがヤンデレ属性をゲットした!


 ゲットした! じゃねぇよ!


「あえか、鶏は今後の俺達の食生活を支える重要な家畜だ。俺は今、家族のために働いてる。言い換えれば、あえかの為に働いていると言っても過言では無い! お前と俺の今後の食生活に鶏と卵がどうしても必要なんだ。……理解してくれるか?」


『はぁ……兄さんの言い分は理解出来ました。私もあんまり我が儘を言って苦労をかけるのは本意では有りませんので了承します』


「じゃあ……」

『だから兄さんには私の望みを一つ、叶えて貰いたいと思います』


「望み……?」


『簡単な話です。兄さんは私と子作りを……』


 ぷち。つーつーつー。


 この期に及んであえかのブラコンが再発してしまったか。面倒だけど手荒に扱うワケにはいかないし……マジで面倒だな。



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