八十四 会話と本当の気持ち。殴り合いで終わる恋と賭け。
ぐだぐだな紹介が終わって……終わらせて。十島さんは隅っこに追いやってあきらさんに監視をお願いした。
「今日のお昼はサラダ風うどんよ!」
何とも微妙な献立だ。サラダ風って何だよ?
茹でて冷水で絞めたうどんを丼に盛って、ヤングコーン、キクラゲ、ウズラの卵、冷凍パプリカ、かいわれ大根を乗せたら麺つゆをぶっかける。
お好みでチューブのショウガ又はワサビをどうぞ。
ずずずっと啜る。乾麺のうどんは正直イマイチだが、具沢山のうどん。悪く無いと思う。
うどんはそれなりだけど、トッピングの具材の食感、カイワレの辛みが低レベルなうどんを押し上げているような……
「美味い! このうどんは具沢山で素晴らしいな! この拠点は日常的にこのレベルの食事を食べているのか?」
「小林一等陸佐、それは不問にして頂けるとありがたいんですが?」
「む? 聞いてはいかんかったのか?」
流通が死んだ今、食材の保有数が組織の力の基準になりつつあると思う。
多数の食材を抱えるグループは多くの人員を養えるからだ。
食材の数は人員の数と等しく、人員の数はすなわち戦力だ。
だから食糧事情を聞く事は即ち戦力事情を聞く事……って言う事なんだけど、そこんところどうよ?
「わ、分かった。オレが浅はかだったな。謝罪しよう」
「でも上位種が五人……宮湖橋夫妻を含めれば七人よね。戦力云々なんて議論する前に……ごめんなさい。ちょっと微妙な能力が何人揃ってても意味ないわよね。
大宮に有原君が百人居ても便利になるのは食料や資材の調達だけよね」
有原にとんだ流れ弾が当たってしまったが、彼は桜花に夢中で最上さんの話を聞いていなかったようだ。
仮に宮湖橋夫妻を除いた五人で犬飼姉弟を仕留められるか? と、問われるとかなり難しい。
負ける事は無いだろうが、今回のように引き分け。犬飼紅葉の洗脳次第によっては全滅の恐れもある……か。
「確かに最上さんの言う通り、個々の能力だけを見れば微妙かも知れませんが、それを覆すのが戦術であり、戦略ですよね?」
「勿論そうね。ちなみに戦術と戦略の違いは分かって言ってるのかしら?」
にこやかに話す最上さんの笑顔が逆に怖くなってきた。
「勿論。戦略は大きな目的を達成するための手段。戦術はその中の小さな問題、例えば直近の戦闘に勝利する為の手段。
戦術は戦略を達成する為の手段ですよね?」
「ええ。素人のクセに……自称プレッパーのクセに良く知っていますね。もしかして軍事関係の知識も漁っちゃったクチですか?」
最上さんの煽りスキルが高すぎて辛い。顔に貼り付けた笑顔が震えてこぼれ落ちそうだ。
俺の契約者の五人は不穏な気配を……若葉さんと桜花以外の三人――あきらさんとエリーと祭さん――は既に殺気を発している。この三人、沸点低いからなぁ……
「ま、待って下さい! 千鶴は確かに口は悪いし空気を読みませんが、彼女は蘭堂様に忠告をして褒めただけなんです!」
あきらさんの拘束が緩んだ隙に十島さんが最上さんを擁護する。
「微妙な能力云々は蘭堂様が言っていた通り、戦いに於ける作戦と連携の重要性をを説いたものであり、戦略の件は単純に蘭堂様の知識を褒めていたんです!
そうだよな、千鶴!?」
「ええ。そのつもりだったんだけど……私、生まれつき口調がキツイって言われてて。よく分かってない愚民に誤解されるんですよ……ホント鬱陶しい……
悪意は少ししか有りませんから気にしないで下さいね?」
十島さんのフォローを秒で打ち消す最上さんの言動が逆に清々しいと思えてきた。
「蘭堂様と契約者の方々と私達が争うつもりは全く有りません。そうよね!? 小林一等陸佐?」
「あ、ああ! 勿論だ。いや、世話になってばかりなのに迷惑掛けっぱなしで本当に済まん!」
「ホントよね~。大宮駐屯地のトップなんだから小娘相手にビビってんじゃ……もうちょっとしっかりして下さいね?」
珍しく言い直してマトモになったな。
「いや、このうどんは素晴らしく美味いな! 乾麺だというのが信じられない位だ!」
騒ぎに無関心な痴女が向こうでうどんをズズズッ! とすすっている。
「朝日奈さん……だっけ? あんたよく食べるね~」
「ああ! 昨日は大変だったからな!」
あんたは女子トイレで震えていただけだった筈だが?
ついでに言えば夕食でチャーハン山盛りおかわりしてたよな?
彼女の身体……主に腹回りをじっと観察してみたが、食事の最中だというのに膨れた様子は無く、見た目だけは完璧と言って良いプロポーションのバニーガールがうどんをすする姿が、そこにあった。
「やっぱり朝春はああゆうのが良いの?」
当たり前だ。……が、ねねの真剣な眼差しを見て、半端な答えでは彼女を悲しませてしまうと悟った。
「スタイルの良い女性は俺にとって……そうだな……花を愛でるとか、絵画を愛でるとか。そういった存在なんだ」
「……は?」
「それは見た目だけの美しさであって……あ、ちなみに巨乳が大好きだけど、慎ましやかな膨らみも味があって素晴らしいと思っているぞ」
「……」
「つまりだ。俺が言いたいのはおっぱいの大きさに優劣は無い。大事なのは内面、人間としての中身が伴ってこその外見だと、俺は思う……」
グーで殴られた。
「あんたって……ホントに最低ね! 女を何だと思ってるの!? あたしはあんたの性欲処理の道具じゃ無いのよ! ふざけんな!!」
「朝春君、大丈夫ですか!?」
「蘭堂様! 大丈夫ですか!?」
駆け寄る二人を制してねねに近づき、彼女の左頬をグーで殴ってやった。
「蘭堂君……? どういうつもりだね?」
空気を読まない健治さんが殺気を飛ばしてきたのであきらさん達に足止めをお願いする。
「お前はこれから自衛隊で訓練を受けるんだろ? 手加減して殴ってやったが、まさか泣いたりしないよな?」
「当たり前でしょ!? て言うか朝春如きがあたし相手に手加減なんてふざけるんじゃ無いわよ!! 本気で掛かってきなさい!!」
「ちょ、ちょっと二人とも……」
ねねなりのケジメなんだろう。俺にとっては迷惑この上無いがやむを得まい。
駄々をこねるねねに、餞別代わりに付き合ってやる事にしよう。俺は大人だからな。勿論手加減してやるぞ! さあ、かかってこい!
カンカンカン……とフライパンが叩かれて試合? 終了したようだ。
「ハッ! 普段リーダー面してる割に大した事無いわね!」
黙れ。俺は手加減してやったんだ。それに女を殴るのは趣味じゃ無いからな。まぁ、自衛隊の過酷な訓練に身を投じるねねに、俺から贈れるはなむけってヤツだ。
「思いっきり顔面殴られたんだけど!?」
「うるさい。鼻血で済んで良かったと思え」
「ハッ、あんたの鼻血よりはマシだからね。そこんところは感謝してあげるわ」
あきらさんによるレフリーストップが発動されて、不本意ながらねねに勝利を贈る形になってしまったが、祭さんに膝枕されるのも悪く無いな。
観戦していたマンションの連中からのブーイングをエリーが殺気で黙らせて、俺の手を優しく包んだ。
「ご主人様……ねねを送り出すだけなのに……ねねに自信を付けさせる為にわざと殴られる必要なんて無いのに……
ご主人様は優しすぎるよ……」
ガチ勝負で負けましたなんて言えない。絶対に。
「じゃかぁしぃ! ちゃんと並べや! 配当のカップラーメンは逃げへんから大人しくしぃ!」
「母上! 海鮮味が尽きそうじゃぞ!」
「そらぁあかんな! カレー味の在庫はどうや!?」
「まだ十分です! 若葉さん、味噌や豚骨も余っていますが……」
「駄目や駄目や! その二つはレートが低いからあかんって! あ、トムヤムクンがちょっと残っとったやろ?
あれは海鮮の二倍のレートやから丁度ええ! あえかちゃん、お願いしてええか?」
「はい! すぐ取ってきます! ついでに端数分のカップ焼きそばも取ってきますね!」
「あー、端数にはユッフォーと夜道の三平はあかんで。ピヤングとゴッツ盛りと……あとエーコックの適当なモンでええからなー」
俺とねねの喧嘩が賭けの対象になった件。そして金の代わりにカップラーメンが代用されている件について問い詰めたい。
て言うかメーカー毎に価値が異なって……通貨代わりになってるのか?
最上位は海鮮味とトムヤムクン味。次点でカレー。その下が醤油か? 以下はメーカーによって細かく基準があるようだが……俺、知らないんだけど?
いつからカップ麺が通貨代わりになってたの?
「気にする事ぁ無い。下々の遊びや。朝春さんは気にせんてえぇんやって。
ウチがちゃんと管理するからな?
単なるカップ麺のやり取りやから気にせんでええから」
……? まぁ、若葉さんがそう言うならそれで良い……の……かな?
「ねね、気は済んだ?」
ねねと同い年のエリーは彼女と気が合ったようで、エリーが上位種に成ってからは共に暮らし、親友のように接する二人。
日常の些細な喧嘩は数多くあったが。
まるで敵を見るような、冷たい視線をねねに送るエリーは初めて見た。
「ええ。騒がせちゃって申し訳無いわね
……」
「騒がせた? そんなのはどうでも良いよ。ねねは結局、ご主人様と付き合えなかったから、駄々をこねただけでしょ?」
「……! ま、まぁ? そうだと思われてもしょうがないけど? もうあたしは朝春の事は何とも思ってないし? 風評被害も良い所ね!」
「そっか……」
目尻に浮かんだ涙を人差し指で拭って、ねねに笑顔を向けるエリー。
何か……ねねの送別会的な雰囲気になってない?
自衛隊に所属して訓練するだけなのに?
それはちょっとどうかと思う。今生の別れでも無いのに『お別れ会』は無いな。
まさか、今日の一連の流れがねねのお別れ会的な……?
「蘭堂様! 有原を連れてきました! おい、有原、蘭堂様とついでにあの不愉快な女を治療しなさい」
「こ、断る! 僕は上位種だぞ! 戦えないけど、人を癒やす力を持った貴重な上位種だ! こんな茶番で負った怪我なんて……」
「なんじゃ、有原。お主はそんなに狭量な男であったのか? これは余も考え直さねばならんのぉ……」
「怪我を負った人間は優先的に治さないといけないな! それが僕の使命だからね! 好き嫌いは関係無いよ!」
有原次郎の手から粘液がびちゃり……と顔に掛かった。彼の手で患部にぬるぬると広げられて……不快な事この上ない。
有原がチョロいのは良いとしても、この治療方法はどうにかならないものなのか?
「ねねにも傷を負わせてしまった。有原、面倒だが彼女の治療も頼む」
「……蘭堂、お前はさっきまで喧嘩してた相手も気遣う事が出来るのか……」
「さすが蘭堂様です! 宮湖橋ねねに花を持たせた挙げ句に彼女の身体まで心配するなんて……愛ですか!? やっぱりそこには愛が……」
我慢できなくなったあきらさんのチョップが十島さんに炸裂した。
「……な、何をするんですか!?」
「ツッコミというヤツだ。お前は黙っていろ」
頭をさすりながら大人しく黙る十島さん。あきらさんのチョップ、痛いよなぁ……
喚くねねはまゆおばさんに取り押さえられて、有原のネチャネチャとした治癒粘液の洗礼を受けた。
悲鳴を上げるねねを見てざまぁ見ろと、思ってしまった俺は多分小物なんだろうなと……ほんのちょっぴり後悔してしまった。




