八十三 言葉の中に潜むトゲ。会話の本質を見抜け。
宮湖橋家の今後――ねねがちょっと……かなり不安だが――が決まって、大宮駐屯地の小林一等陸佐達と共にマンションへと向かうことになった。
彼が連れてきた色っぽい女性二名が気になってしょうがないので、それとなく聞いてみる。
「小林さん、随分と綺麗な女性を連れてきましたね? 小林さんの趣味なんですか?」
彼女達に聞こえないように尋ねる。
「蘭堂君、彼女達はオレの監視役だ。一応部下で二人とも三等陸尉だが……オレがやらかした時は他の幹部に告げ口する任務を担っている。
彼女達の機嫌を損ねる訳にはいかないんだよ……」
小林一等陸佐は大宮駐屯地のトップの筈なんだけど……色々と力関係が複雑なようだ。二人共二十代中頃と見た。
優しそうな最上千鶴さんと、キツそうな十島百華さんは俺と目が合うと丁寧に頭を下げてくれた。
おっさんの肩書きはどうでも……俺達に便宜を図ってくれる以上、肩書きは大事だな。
せっかくだから彼女達に挨拶をしよう。自衛隊大宮駐屯地のトップと懇意にさせてもらってる蘭堂朝春です! ヨロシク!
「初めまして。最上千鶴と申します。うちの老害共……ジジイ達からお話は伺っております」
って、言い直してソレかよ!?
「初めまして。十島百華です。蘭堂様の素晴らしいご活躍は伺っておりますが……いずれお時間がありましたら、二人っきりで詳しく、じっくりねっとり濃密に、お聞かせ頂けると幸いです」
と、いきなりぶち込んできた十島さん。俺、狙われてる?
「十島百華といったか。朝春君は護衛の都合でお前と二人きりにさせるわけにはいかない。その点は理解して欲しいのだが」
「了解しました。私も上位種に喧嘩を売るほど馬鹿ではありませんので。今日のところはご挨拶までに留めておきましょう」
おやおや?
「あの、十島さん? それってどう言う……」
「蘭堂様! 私如き底辺の、生物学上やむを得ずメスに分類されるゴミ屑女の名字を呼んで頂き大変光栄です! ああ! 今日という素晴らしい日! 蘭堂様に名字を呼んで頂けた令和三年九月二十日を私は生涯忘れません!
ええ! 忘れませんとも!!」
十島さんは興奮して喋りながらも、俺に触れる事は無かった。……って言うか、触れる直前で我慢していた様子。台詞と伴ってその挙動が、俺が感じる恐怖を倍増させるだけなのは……多分理解していないんだろう。
えっと……小林さん?
おっさんに視線を向けると、彼は顔を逸らした。ちょっと待て。あんた分かってて連れてきたのか?
「待て。この二人はオレの監視役だとさっきも言ったよな? つまりオレに同行を拒否する権利は無かったんだ」
「そうですよ。オッサン……小汚い……小林一等クソオヤジに罪は無いので責めないであげて下さい。……責めても良いけど……」
最後の小声の部分。ちゃんと聞こえたぞ。最上さん。優しそうな見た目のクセに毒っ気が強い。強すぎる。要注意人物だ。
「蘭堂様! 宮湖橋一家が大宮駐屯地の預かりになるならば! 代わりに駐屯地から蘭堂様の元に人員を派遣するのが筋だと思われます!
人質交換というわけではありませんが、お互いに人員を派遣し合う事でそれぞれに有益な……」
「長い。簡潔に」
十島さんの扱いが早くも理解出来てしまった自分に驚く。
「私が蘭堂様の元に所属する事をお許し下さい!!」
「却下」
十島さんが固まった。ついでにあきらさんは話の流れに付いていけなかったようで、さっきから固まっている。
「何故ですか! 私は料理もそれなりに得意だと自負していますし、銃器の取り扱いも優れています! 体力もレンジャー程ではありませんが、それに準ずる基準だと思っています!
何だったら蘭堂様の希望する銃器を手土産に持ってきますから、なにとぞ私を蘭堂様のお側に!」
いやいや、銃器を手土産って。それはマズいでしょ。
「バレなければ問題有りません!」
「そういう話をオレの前でするんじゃねぇよ! 十島! お前はもっと冷静って言うか、クールなキャラだったよな!? 一体何なんだよ!?」
小林さんと最上さんが同時に溜息を吐いた。俺も溜息を吐きたい。
溜息の理由は彼等と違うと確信出来るが、俺の中では面倒くさいという気持ちが全面に出て来てしまっている。
「おい! お前! 桜花さんは一緒じゃ無いのか!? どこに隠した!」
隠してねぇよ。
有原次郎、ヒールスライムの上位種だが、こいつと話すのは随分久しぶりに感じる……っていうか、有原が俺の事を一方的に嫌っている様なので会話の機会が無かったのが事実だが。男の娘たる彼はポニーテールにデニムのミニスカート……
いや、確かに似合ってるけど……
「隠してねぇよ。桜花は別行動……」
「有原次郎、貴様、蘭堂様に対してその口のきき方は何なの? 上位種と言えども容赦しないわよ?」
「ひぃっ!」
十島さんから漏れ出る殺気が、人類が出せるソレを大きく上回っている気がする。
「十島百華……人間の割には中々やりますね」
やりますね。じゃねぇよ。さすがにあの視線は俺でも怖いぞ。
「ごめんなさいね、二人とも。百華はこの間の変電所奪還作戦に参加してから蘭堂君の事を凄く気に入っちゃったみたいで。
鬱陶しくてしょうがなかったのよ。だから百華を押し付け……あなた達の拠点で置き去りにするから、後の世話はよろしくね?」
言い直して余計酷くなったんだけど!? 何なの!? 上位種二人を紹介した俺に対するこの仕打ちは!?
責任者! 一体どういう事だ!!
「あ~……、スマン。いや、二人とも大変優秀な自衛官なんだ。防衛大卒の同期で二十四歳という若さながら、頭一つ抜きん出た才能を持っているんだが……その……」
抜けてるのは頭のネジじゃねぇの?
「蘭堂様! 私、置き去りにされるようです! 下働きでも、何なら下のお世話でも何でもしますから! 末永くよろしくお願いします!」
「良かったわね、百華。末永く幸せにね……鬱陶しいから帰って来ないでね」
幸か不幸か、テンションが高い十島さんに最上さんの言葉は聞こえていないようだ。
マンションを出発する際には十島さんを拘束してトランクにでも放り込んでおこう。
一連のやり取りを聞いていた宮湖橋一家――主にねねと健治さん――の不安そうな顔が印象的だった。
何だかんだでマンションに帰ってきた。大宮駐屯地の連中は四人。小林さん以外はそんなに食べないだろう。
何だったら上位種の有原はメシ抜きでも構わない。
この後は朝日奈さんの実家に鶏を譲ってもらいに行くので、市役所からは大根さんと藤枝さんがトラックに乗ってくっ付いてきた。運転は大根さんだ。
市役所の上位種は鬼人の色街一人だけなので、遠征に向かうと拠点である市役所の防御が手薄になってしまう。
しょうがないから送り迎えのゾンビ除けをこちらで担うことにしたのだ。
ちょっと前に帰ってきていた母さん達が一階の調理室として整備した空き部屋で作業を進めている。今日の昼食は何だろうか。
「アスファルトをくり抜いた畑は土をかさ増ししているのか? しかし畑に適した土でなければ良く無い筈だが……」
余所の畑から土を持ってくる方法を小林さんに伝えると、彼は感心して頷いた。
「確かにその方が合理的だな、うちでは肥料を撒いて土を育てていたんだが……いや、君の発想は面白いな」
「さすが蘭堂様です!…… 逆にこの程度の発想が出来なかった駐屯地の連中のなんと愚かな事でしょう!」
「まぁまぁ、百華。自衛隊の脳筋……低学歴な方々は発想が貧困なんですから、そう責めないであげてね?」
そこにあんた達も含まれている筈だけど? いや、最上さんは防衛大卒の自分を除外しているな。
何だかんだ言っても幹部養成学校の防衛大はおバカでは入学出来ないらしい。
受験勉強を頑張ってようやく入学出来たと思ったら、超体育会系の寮生活。
全員マゾなのか? 十島さんはマゾ確定だが、最上さんはサドだよなぁ。
それにしても、彼女達のコメントが挟まれると俺がコメントし辛い。非常に言葉を選ぶ。
「あー、自衛隊の方々は農業は未体験でしょうから、あまり責めるのもどうかと思いますよ。人にはそれぞれ得意分野がありますし」
「蘭堂様。やはり貴方は私が思った通りの素晴らしいお方だ! 他者を思いやる心! 下劣な人種をいたわる心! 気高く優しい蘭堂様に、私は永遠の忠誠を誓います!」
最近大人しいから油断していたが、この人あえかとよく似たテンションじゃないか?
いや、あえかよりも酷いか。
あえかは下ネタに走りがちだったけど、十島さん程しつこくは無く、まだギャグで済んでいたが……そうか、あえかが拗らせるとこんな感じになるのか。
「十島百華。はっきり言って貴方の言動は朝春君にとって迷惑だ。
彼を崇拝するのは構わないが、距離をを置いてもらいたい」
「……さっきから気になっていましたが、あなたは?」
「自分は朝春君の『初めて』の契約者。上位種でカーミラの三郷あきらだ」
ちょっとあきらさん? 対抗意識高く無い?
「へぇ? あなたが? カーミラ? 女吸血鬼ですか?
そうですか。で? カーミラって何が出来るんですか?」
それを聞くのは酷ってもんだろう。
って言うか俺も聞きたくても聞けなかった事だ。
――カーミラって言うか、女吸血鬼って『霧化』以外に何が出来るの? ――
「それは現在進行形で探っている。『朝春君と一緒』にな。上位種の能力に関しては手探りだが、彼と『手を取り合って』協力している。
自衛隊の入る余地などは無いぞ? 自分と朝春君の『協力で得た結果』は教えてやるから、十島、お前は大人しく大宮駐屯地に帰るべきだろう。違うか?」
さすがにこれは俺でも分かる。女の戦いとは静かに始まり、マウントを取る事を目的として、隙あらば些細な点をネチネチと突く……
「十島百華、貴様は結局どうしたいんだ? 朝春君に好意を寄せているのは理解出来るが、自分に喧嘩を売っても何も始まらないぞ?」
「私が求めるのは蘭堂様に仕える事。それが叶うならば他の事は全てどうでも良いです」
ちょっとそれは重すぎるんじゃないだろうか?
……下手に条件を出せば……例えば上位種に成る事。と言ったら、喜んで人間辞めそうで超怖い。
「あの、そろそろ皆に紹介したいんですけど良いですか?」
一応自衛官として礼儀はたたき込まれているようで――有原を除く――昼食配膳前に皆に紹介する。……余り気乗りはしないが。
「えー、自衛隊大宮駐屯地の皆さんです。あちらが小林一等陸佐。駐屯地のトップです。皆さん、接待をよろしくお願いします」
盛大な拍手が巻き起こった。うちの連中もようやくノリというものが分かってきたかと思うと感慨深い。
「続きまして駐屯地唯一の上位種にしてヒールスライム。戦闘能力皆無の有原次郎君です。
女の子みたいな見た目ですけど男の娘です。はい、はくしゅー」
一部女性陣が悲鳴と共に猛烈に手を叩いている。
有原と俺を含めた男性陣はドン引きだ。
「で、付き添いの最上さんと十島さんです。階級は三等陸尉だそうですので、それなりの拍手をお願いします」
ぱち……ぱち……ぱち……
「ちょっと蘭堂君? 狂信者と扱いが同じなのは納得いかないんだけど?」
言い換える事無く十島さんを狂信者扱いか。さすが最上さんだと言えよう。
しかし、他に紹介のしようが無いし。一応事実じゃん?
「最後に、柏市長代行の田楽寺大根さんと、特に肩書きの無い藤枝市さんです。この二人は朝日奈さんちに鶏を貰いに行くのに同行します。
……あ、皆さんも将来的に市役所にお世話になる可能性がありますから、大根さんには媚びを売っておいた方が良いと思います。
はい、拍手ー」
熱烈な拍手と声援が大根さんに贈られた。彼はやや引きつつも頭を軽く下げる。
「……」
じゃあ、そう言う事で。
「ちょっと宜しいでしょうか? 蘭堂様」
宜しくねぇよ。何だ?
「私は……今日を限りに人間を辞めます。今後の人生は蘭堂様の犬として生きていく事をここに……」
あきらさんが取り押さえてくれたので、急いで口を塞ぐ。
背後からの視線が痛い。
「むー! むー!」
……俺、何やってるんだろう? いい歳した女性を取り押さえて口を塞いで。
俺はただ、家族と一緒にのんびり田舎でスローライフを送りたかっただけなのに。
何でマンションの住人から、冷たくて痛い視線を送られなければいけないんだろうか?
……ほんのり泣けてきた。俺の明日はどっちに転ぶ?




