八十二 必要の無い人員。彼等の嘲笑を無視しろ。
九月二十日。曇り。午前八時三十分。
市役所に行く俺とあきらさん、宮湖橋家の三人の計五人で高そうなSUV車に乗り込む。所有者が行方不明なので問題無いだろう。
ちなみに銭湯組は一時間程前に出発している。昼前にはこちらに戻ってこなければならないし、尚且つ浴場として使える状態にできるまでどれ程の時間が掛かるか分からないからだ。
ちょっと慌ただしい気もするが、ゆっくり浸かるのは次回以降という事で。
運転席に俺、助手席にあきらさん。
ガソリンも問題無いようでスムーズに発進する。
「中々良い具合ですね。やっぱり高級車は違いますね」
「それはそうだろう。私は車に詳しくは無いが、価格が高ければ性能も良くなるんじゃないか?」
頭上に桜花と同様の可愛らしい王冠を浮かべた健治さんの言葉に納得して高級車の性能を改めて確認する。
SUVは確か、『スポーツ・ユーティリティ・ビーグル』だったよな。
どの辺りがスポーツなのか判断出来ないが、これはこういうものなのか?
加速に関してはスムーズだが、それだけと言う印象が拭いきれないんだけど? 乗り心地は悪く無い。むしろ良い。車内装備に関しては分からないが、軽トラとの価格差が数百万と言うのにはちょっと納得出来ない。
俺の疑問を余所に、順調に市役所に辿り着いた。
入り口付近には自衛隊の緑色の車両が何台も停まっているので俺達が最後だったんだろう。開始時間の午前九時にはあと十五分ほどあるが、皆さん時間前の集合を心掛けているようで好感度が上がってますよ!
あきらさんを護衛役として会議室に案内された。室内には習志野駐屯地から乱悟さんと見知らぬ男性二人。
大宮駐屯地からは小林一等陸佐と色っぽい女性が二人。
大宮駐屯地のヒールスライムこと、有原次郎はゾンビ除けとして同行してきてはいたが、彼は十歳で小学四年生。年齢で言えば桜花と一緒だが、彼は年相応の頭脳なのでこの場には不参加だ。
「お待たせして申し訳ありませんでした。本題に入る前にそれぞれの認識の調整を行いたいと思いますが、両者は何か意見がありますか?」
特に無いらしい。俺は小林さんの連れの女性に意見有りまくりなんだけどね。
繰り返しになるがmallaujoでの顛末を一通り説明して、今日の議題である宮湖橋夫婦の受け入れ先を決める。
「「じゃあ、大宮に所属するって事で……」」
特に反対意見も無く、スムーズに決まった。習志野と大宮の上位種の所属数や種族を考慮しても妥当な結果だと言えるだろう。小林一等陸佐は満足げな表情だ。
習志野側は納得いかないながらも、戦力差を考慮すれば反論意見など出しようも無く沈黙。
「で、宮湖橋ねねの入隊の件ですが……」
ねねに緊張が走った。かな?
「宮湖橋ねね君、君は自衛隊に入隊を希望していて、両親はそれに反対している。そうだったね?」
「は、はい! あた……私は両親の人生を狂わせたテロリストが許せません! 可能であればこの手でトドメを刺したいと思っています!」
俺が面接官だったら問答無用で不採用だ。復讐しか頭にない狂戦士が組織として行動できるとは思わないからだ。
首を振る俺に頷く小林一等陸佐。
「君の熱意は分かった。取り敢えず一年間ほどは基礎トレーニングだな」
「あたしは早く前線に立ちたいんですけど、やっぱり基礎トレーニングをこなさないと駄目なんですか?」
「ん? そりゃあそうだろう? 銃があるとは言え、最終的に頼れるのは鍛えられた肉体だ。
女子高校生が気まぐれで入隊出来るほど甘くは無いんだよ、自衛隊という組織はね」
その一言で逆に笑みが浮かぶ自衛隊連中。女子高生の無謀な宣言を生暖かく見守っているつもりだろうが……
「では宮湖橋ねねは小林一等陸佐に預けます。酒蔵三尉の直属にして頂けると安心なんですが」
「分かった。彼の直属にすると約束しよう。……酒蔵は誠実な男だが、部下の育成に関しては容赦が無いのだが……それでもいいのか?」
各人の視線がねねに集まる。
「構いません。あたしはやる気十分ですから。完全にコネ入隊ですけど、朝春……蘭堂君の期待を裏切らないように頑張りたいと思います!」
こんな感じでねねの自衛隊入隊が正式に決まった。宮湖橋夫妻は未だに納得いかないようであったが、娘の強い意志に押し切られて渋々と承諾。
危険が迫ったら自分達で排除すれば良いと言う思いもあったのかも知れない。
「それでは、山猫党と宮湖橋夫妻、そして宮湖橋ねねの話が終わったところで、皆さん他に何か有りますか?」
「……」
何も無いようだ。
「じゃあ、俺から二つほど。まずは宮湖橋健治さんがグールであるにも関わらず自意識を持っていた事について」
自衛隊連中がざわめくが、気にせず次の議題を投じる。
「続いて、山猫党党員の斉藤に催眠を喰らった俺が、党首の洗脳スキルが効かなかった件について」
「宮湖橋健治さんについては後日調べるとして、以前君から採取した血液からは特に異常が無いと聞いている。
望みなら再び血液を採取して、さらに詳しい検査にまわすか?」
「待って下さい。朝春君の血液を採取する事は、自分は反対です」
今まで大人しかったあきらさんから、いきなりの反対意見。
「皆さん承知でしょうが、彼は自分を含めた五人の上位種と契約しており、上位種は抗体者の血液無くして生き延びる事が出来ません。
一回の吸血量は百ミリリットル程度ですが一日一人。これ以上の血液採取は彼の健康に悪影響が出る可能性が高いと自分は考えます」
「確かに……蘭堂君、今までに貧血の症状を感じた事は?」
「いえ、特には。体力が落ちたと感じた事も有りませんね」
血液に関しては俺も少し気になっていた。毎週五百ミリリットルも血液を吸われて体調に変化が無いってのは……今更ながら異常だと思う。
以前に桜花の健康チェック魔法とやらで検査された際も問題無し、健康体と結果が出た。
「或いは上位種が吸った分はこう……魔法的な何かで補填されるのかも知れねぇな」
荒唐無稽な意見だが、笑う者は居ない。それ程までに異常な量だと、この場の全員が認識しているからだ。
「案外、田楽寺君の指摘が正解なのかも知れないな」
手っ取り早い確認法方としては吸血の直前と直後の抗体者の体重を計る事か?
「その件に関しては厚生労働省と合同で調査を進めよう。他に無ければ今日は解散だな。
確かこの後は蘭堂君達の拠点で昼食、その後朝日奈養鶏場に向かうんだったな?」
小林さん、それは黙ってて欲しかった……
「なぁ、朝春? 昼メシは置いといて、今、養鶏場って聞こえたが、どう言う事だ?」
ほらぁー。乱悟さんが食い付いちゃったよ。
俺達が銭湯に行く時間は無いので午後は市役所の連中に解放するか?
いや、設備――主にボイラー関係――の詳細を聞かないと駄目か。湯沸かしに火魔法必須となると桜花しか対応出来ない……
次回以降で良いな。
「埼玉で知り合いになった朝日奈ひなたさんの実家が養鶏場で、鶏が余っているから譲って貰いに行くんです」
「それって……」
「田楽寺。鶏も魅力的だが、我々は早急に帰らなければならない。分かってるな?」
「いや、ちょっと位は……」
「仮に我々も鶏を譲って貰う事が叶ったとして、飼育はどうするつもりだ? まさか貰った鶏を全て絞める気じゃ無いだろうな?」
数羽ならともかく、飼育環境が無ければ宝の持ち腐れだろう。
大体、鶏肉だったら冷凍の物がまだ有るんじゃないの?
「蘭堂君の言う通りだぞ。蘭堂君、大根さん、貴方達が飼育して数に余裕が出来た場合、何かと交換に我々に譲って貰う事は可能ですか?」
「それは勿論、構わないけど」
「ああ、余裕があれば問題無い」
「我々の方でも鶏小屋作成と、生き残った家畜の捜索だな」
その後も家畜の話でちょっと盛り上がってから解散となった。
宮湖橋一家は――特にねねが――緊張から解放された様子で一息ついている。
そうか、ねねと離れて暮らす事になるのか……
「朝春君……幼なじみで気心の知れたねねさんと離れるのは辛いでしょう。ですが生きて再会出来る機会もあるはずです。
あまり気落ちしないで下さい」
「朝春……」
「え?」
「「え……?」」
「朝春!? あんた、あたしとの別れを惜しんでるのよね? そうなのよね!? そうだと言いなさい!!」
言えない。設計や電気工事の知識を得たねねを手放すのは惜しい……とは。
しかし、言葉に詰まった俺の態度を見たねねとあきらさんは別れを惜しんでいると判断してくれたようで。
「あ、あたしだってホントは朝春と離れたく無いのに……でも朝春はあたしの事は何とも思って無いんでしょ?
一緒に居ても辛いだけだから、あたしは朝春と離れる事に決めたのよ……」
恐らく、生きた人間で血が繋がって無くて俺に好意を寄せてくれる女性はねねが最初で最後では?
そんな気がしてならないが、幼馴染みと言うだけで俺は彼女に恋愛感情は一切無い。
かと言ってそれを正直に打ち明けるのはちょっと……いや、ねねには俺が彼女に対して持つコンプレックスについて打ち明けている。
つまりねねと離れる事が惜しいと思うこの感情は、有能な人材を手放す事に対する未練なのだろう。
それならば、俺の答えはこうだ。
「ねね、自衛隊で鍛えて貰って、強い戦士になったらまた一緒に暮らそう。銃火器をたくさん持ってきて貰えると嬉しいな」
「朝春……」
ビンタされた。結構強めに。しまった。ねねが相手だからうっかり本音が出てしまった。
「あんたって! あんたって……!!」
「ねねさん! 落ち着いて下さい! 朝春君には自分から言い聞かせますから!」
「いや、蘭堂君には私から言い聞かせよう。娘の純情を汚されたんだ。親が手出ししても問題無いだろう?」
「待て待て待て! 朝春の照れ隠しにマジ対応すんじゃねえって!」
ちょっと乱悟さん!? 助け船は有り難いけど照れ隠しって何?
「ねねっつったか? 男が女と別れる時、憎まれ口を叩くのは愛情の裏返しだ」
そうなの?
「冗談や悪口を言うのは女に心配を掛けまいとする男の配慮だ」
「そ……そんな……!」
そんなつもりはカケラも無かったけど?
「あたし、そうと知らずに、朝春を……」
ちょっと待って。実際には違うけど、万が一にもそうだったとして、あんたが男の心境を解説するのはどうかと思うけど?
「決めた! あたしは人造のハイブリッドになって朝春を守るから!」
ほら、こういう謎の決意をしちゃう女なんだから。
煽った責任は取って貰いますからね?
まゆおばさんと健治さんも微妙な表情で乱悟さんを見てるの……分かってますよね?
「お、おぅ。いや、しかし……」
「そうよ! 上位種になれば面倒なトレーニングなんてしなくても良いじゃない!
……あとは格を上げるために死体の処理をしなきゃ……お父さんも出来たんだし、気合いを入れれば何とかなるのか、な……?」
ねねの今後の人生プランが大幅に脱線している件について。
誰が彼女を正気に戻すのか?
俺か? 謹んで遠慮します。




