閑話 ホラー映画。ホラーとは?
九月十七日。晴れ時々曇り。十八時。
本来ならそろそろ寝ようかと言う時間だが、テンションが高い朝日奈さんの対応に追われて日毎に就寝時間が遅くなっている気がする。
これは良く無い。なぁなぁで宴会に突入したり、禁止している筈の照明を夜遅くまで付けたりと……
慣れからか、緊張感が失われて『まぁ、いいか』で、済まされている部分が目立ってきているように思える。
これは良く無い。非常に宜しくない。
――大丈夫だろう
――今まで問題無かったから
――面倒だし、いいか
――へーきへーき! 問題無いって!
「……今日は皆の交流を深める目的で、映画鑑賞会を執り行いたいと思います」
やっぱり交流とか娯楽は大事だよね。
決して『まぁ、いっか』というノリで開催するわけでは無い……多分。
K’zデンキで回収してきた中にホームシアターセットがあった。
二部屋ぶち抜いたリビングの壁は広く、余計な家具は無し。壁紙は白。
スクリーンシートに投写するタイプでは無く、白い壁紙ならOKな、ちょっと……いや、そこそこお高いヤツだ。
椅子を窓側に移してホームシアターの本体とスピーカーをセット。初期設定をしている間に酒やジュース、ツマミが用意される。
スピーカーは良く分からなかったが、とにかく値段が高い物を選んで配置。桜花に遮音結界を張って貰って準備が完了した。
欲を言えばポップコーンが欲しいところであったが、家に在庫が無かったので今日は諦める。賞味期限的には十分余裕があるはずなので今度回収してこなければ。
「随分ちゃんとしてるわね? 朝春にしては珍しいんじゃないのー?」
そう思うならお前も準備を手伝ったらどうだ? ねねのくせに生意気だ。
「生ハムとチータラは向こうに。柿の種は手前でお願いします!」
あえかの指示でエリーが動く。ポテトチップスやチョコクッキー等の袋を開けて、各人の準備が終わったようだ。
晩飯の後でよくそれだけ食えるな。
そして再生する映画を決める訳だが……満場一致でラブロマンスが選ばれた。純情な女性が多いから分からないでも無い。
しかし、俺としてはちょっとした驚きをプレゼントしたいと愚考する。
俺は映画はそれ程詳しくは無い。しかし現代はネット社会……だった。目当ての内容の映画など、すぐに調べが付く。
DVDをレンタルショップから回収してくる時間は無かったがしかし、定額配信サービスで映画見放題というサービスが有る……有った。まだ使えるようなので有り難く利用させて貰おう。
都合良く母さんが定額サービスに加入していたので蘭堂家では映画見放題。
口座引き落としなので残金に注意しなければならないが……まぁ、ATMが機能する以上は問題無いだろう。
もはや紙と化した紙幣を調達するのは難しくない。
紙切れをATMに吸わせるだけの簡単なお仕事です。
「えー、コホン。タイトルは『愛と略奪の果てに』です。二時間ほどの映画だけど準備はOK? トイレ休憩は無いから覚悟するように」
女性陣からのブーイングを背に、映画を再生して照明を消す。
確かにラブロマンス映画だ。前半は。
後半を観た女性陣からどのような扱いを受けるかは想像に難くないが、それでもやらずにはいられない。
願わくば、明日の朝日を拝める事を、ここに願う。
『愛と略奪の果てに』
時は現代。場所はアメリカ、ニューヨークシティ。冴えないアメリカ人のジャックはホットドッグの屋台を引いて生計を立てていた。
保険会社に勤めるメアリーは、会社の前で屋台を引くジャックからホットドッグを毎日買い、やがて二人は世間話や冗談を交わす位の仲になっていた。
「メアリー、いつもありがとうな! 俺のホットドッグの味はどうだい?」
「そうねぇ……可も無く不可も無く。かしら。全てが中途半端でマズくは無いけど美味しくも無い。
安い割にはそれなりにお腹がいっぱいになるから利用しているだけよ?」
「メアリー、俺のホットドッグはそんなに駄目か?」
「駄目じゃ無いけど、普通過ぎて売りが無いわね」
「売り、か……」
二十代後半、いわゆるアラサーのメアリーは焦っていた。職場の連中と居酒屋に飲みにいっても、誰一人として自分になびかない事実に。
居酒屋? 舞台はニューヨークだよな? 日本語吹き替えの映画だが、店員が「喜んでー!」とか言ってるのは聞き間違いだろうか?
片やジャックはと言うと……
「ねぇ、お姉さん! 俺のホットドッグはどうよ? ビンビンのソーセージが良い感じにホットだぜ!」
若いねーちゃんを引っかける気満々のジャックと、もはやジャックしか獲物になり得ないメアリー。二人の関係は主にメアリーの主張に依って、そんなに言うなら一緒に暮らしても良いかな?
というジャックの軽率な判断で同棲に発展する。
ここまで観てジャックが屑だと分かったんだけど、彼に対する批判が上がらないのは何故だ?
やがて二人は――ジャックが働かないから――金銭的に困窮する。
「ジャック、たまにはホットドッグの屋台を引いたらどうなの?」
「俺のホットドッグにケチを付けたのはメアリーじゃないか! 君が満足するホットドッグを作れるようになるまでは、俺は修行の日々を送るしかないよ!
あ、パチンコ行ってくるから金貸してくれないか? 大丈夫! 十倍にして返すから心配するなって!」
そこはカジノにしとけよ。ニューヨークにパチンコ屋はねぇだろうが……。
前半がラブロマンスで後半がホラーと言う、異色の映画だというので選んでみたが……ヒモ男を養う女の日常生活はラブロマンスに含まれるんですか?
唐突に場面が変わってクリスマス。
「ジャックは今日もハローワークに行くって言ってたけど、クリスマスくらいはゆっくりしていたら良いのに……」
待て、これはアメリカの映画だったな? 何でハローワークが……
「しっ!! 朝春、黙って!!」
怒られた。
メアリーが家賃を全額払っているアパートに居候しているジャックは現在無職だ。
だけど今日はクリスマス。七面鳥はちょっと高いし、二人じゃ余っちゃうからチキンの半身のローストを買おう。
ジャパンじゃ七面鳥よりもチキンが売れてるって聞くし、たまにはジャパンスタイルでも良いよね?
アメリカではクリスマスには七面鳥が主流だが、ここ近年では安価なチキンもそれなりの量が流通しているらしい。
メアリーは仕事帰りにチキンの半身のローストを買って、アパートに帰る。
クリスマスプレゼントは用意していなかったが、どうせジャックも用意していないだろう。
万が一彼がプレゼントを用意していたら、身体で支払えば良いだけの話だ。
「なんか、ジャックよりメアリーの方がクズっぽく思えてきたんだけど……」
「朝春君、物語はここからです。黙っていて下さい」
今度はあきらさんに怒られた。クッ……こんなツッコミ所満載の映画……選んだのは俺か。
メアリーが玄関の扉を開けると、床に倒れるジャックの姿。
悲鳴を上げてチキンを床に落とすメアリーは、涙を流してジャックの身体を揺さぶった。
しかしジャックは何も反応せず、やがて訪れたパトカーと救急車によって、メアリーのクリスマスはチキンの廃棄と共に幕を閉じた。
休憩は無しと事前に言ったが、キリが良いので撤回する事にした。
映画を一時停止にしてトイレや飲み物、ツマミの補充に慌ただしく動く女性陣を眺めながら、彼女達が思いの他メアリーに感情移入していると思った。
クズ男を養う女性に感情移入とは、やっぱりそういうシチュエーションを望んでいるか、受け入れるつもりが有るのか。
女性の考えはイマイチ良く分からないが今後の考察に値するのかもしれない……と、思う。多分。
飲み物やお菓子が再充填されたので、映画の上映を再開する。
「ジャック、七面鳥はちょっと高かったから、チキンを買ってきたのよ。一緒に食べましょう!」
扉を開けて嬉しそうに言ったメアリーの眼前には、床に横たわるジャック。
数瞬の沈黙の後に、ドサリと落ちるチキンと食材。
ちょっと待って! そのシーンさっきやったよな!? CM前のシーンをちょっと重ねる手法は分かるけど、これテレビじゃ無いし、俺、一時停止ボタン押しただけなんだけど!?
「甘いな、少年。一時停止のタイミングを先読みしたCM効果を狙ったのだろう。実に高度な映画だな。あと、ツッコミがうるさいから黙っててくれ」
映画館で上映された時はどうだったんだろうか?
「ジャ、ジャック……?」
ごくりと息を飲む女性陣一同。
「ジャック!! どうしたの!? 大丈夫!?」
混乱するメアリーはそれでも救急車を呼び、ジャックの名を呼び続けていた。
「ジャック! ジャック……!!」
やがて救急隊員が到着してジャックの身体をストレッチャーに乗せて病院に搬送しようとする。
「メ、メアリー……俺は君を……愛して……」
ジャックがかろうじて上げた右手。その手を掴んだ救急隊員の手を震えながら両手で包み、涙を流してジャックは救急隊員の手を噛んだ。
ちょっと待て。この展開は知ってたから問題無いんだけど、何でジャックの右手を救急隊員が掴んだ? そこはメアリーだろ?
「主殿、今良い所じゃから黙っておれ」
今度は桜花に以下略。
そうして、ジャックを発生源としてゾンビは各地に広まった。
クリスマスに始まったゾンビ騒動はニューヨークを起点として瞬く間にアメリカ全土へと広がり、一ヶ月を待たずしてアメリカからカナダ、南米諸国へと急速に拡大。
アメリカは既にゾンビに支配されて政府も機能していない。
自体を重く見たEU、ロシア、中国は核を見据えた軍事攻撃も辞さない構えであり……
「ちょっと待って! 止めて、一時停止して!」
ねねが喚くので止む無く一時停止。
「ねぇ、朝春? 何でこの映画にしたのかしら?」
「選考基準はノーコメントだ。ゾンビ云々は俺も知らなかったが……これって確か十年位前の作品だったな。
多少違うけどある意味リアリティに溢れる良い映画だと思うぞ?」
「問題はそこじゃ有りません! 兄さん、私達は『ラブロマンス』を要求して兄さんはそれを受け入れました。
では何故、ニューヨークがゾンビに支配されているんですか!?」
「あえか、ねね。映画の途中で文句を言うのはどうかと思うぞ。俺はちゃんと『ラブロマンス』――が、含まれる(前半だけ)――の作品を選んだつもりだ。
文句は最後まで見てから言って欲しいな」
「まぁまぁ、あえかさん、ねねさん。これはこれで面白いので自分としてはアリだと思うのですが」
「そうじゃな。西側諸国とロシア、中国の動きが気になるのぉ。日本は日和見か?」
「現実的に考えたら日本は支援の名目で自衛隊が下働きさせられるんちゃうん?」
キリが無いので上映を再開する。て言うかホラー要素はもしかしてゾンビだけか?
アメリカの衰退を機に、列強諸国が寄ってたかって……ゾンビを口実にしてアメリカの軍事施設を破壊しまくる映像が三分程流れた。
これって何処の国が作った映画だ?
各国の首脳陣やら軍部の重鎮の会議が終わり、舞台は再びニューヨークへと戻る。
廃墟と化したニューヨーク。インフラは途絶え、かつてのスラムよりも厳しい生活を余儀なくされる中、メアリーのかつての職場の近く。
地下に構える酒場の名前は『ヘヴンズゲート』。そこでメアリーはショットガン片手に飲んだくれていた。
「ますたぁ~もう一杯ちょうだい~」
酔いに酔ったメアリーがカウンターに突っ伏して空のグラスを掲げる。
「メアリー、今日はそれぐらいにしておけ」
「うっさいわねぇ……あたひはまららいじょーぶなんれすからねぇ!」
かららん
店の入り口に備え付けられたベルが来客を告げると、店内の客は一斉に手にした銃器を入り口へ向けた。
へべれけのメアリーもショットガンを入り口へと向けている。緊張と殺気に溢れたメアリーと店内の客達はこれが日常茶飯事らしい。
常連客だったら「おいおい、俺の顔を忘れちまったのか? 今日は鉛玉はノーサンキューだ。ナッツとウイスキーをヨロシクな」
と、軽口を叩く。しかし、今日の客は違った。
「メアリー! やっと見付けたよ! 生きていてくれたんだね! ああ、神よ! 感謝します!」
ゾンビ第一号の筈のジャックが、にこやかに、何も無かったかのように店内に入る。
焦るメアリーを尻目に、他の客はジャックへの興味を失った。
「ジャック!? あなた……なんで……?」
ジャックはメアリーの横に座ってエールを注文した。
「体調不良でしばらく入院しちゃったけど、ようやく退院出来たよ。メアリー、俺は真面目に働く。アメリカ全土に俺のホットドッグを広めるつもりだ。
その為にはメアリーの協力がどうしても必要なんだ! 協力してくれないか?」
ツッコミどころ満載過ぎる展開だが、お菓子を食べながら熱心に視聴している彼女達の邪魔は出来ない。
ふと目に付いた、ぷるぷると震える若葉さんと目が合ってしまったが、彼女も突っ込みたくてしょうがないようだ。
ジェスチャーで大人しくしているように指示を送ったが……この映画、ツッコミ所満載過ぎて逆に辛い。
出来れば一人で見たかった……いや、内容的には面白く無いから二度と見ないが。
「分かったわ、ジャック! 私、貴方と一緒にホットドッグの屋台を……」
抱き合ったジャックとメアリー。ジャックは彼女の首筋を噛んで血を吸った。
目から光りが失せ、手にしたショットガンが床に落ちる。
ガシャン、と音を立てて落ちたショットガン。酔客達の視線がジャックとメアリーに注がれて……
注がれて、スタッフロールが流れた。
吠える女性陣の言葉を要約すると、『何なんだ、このクソ映画は!?』の、一言に尽きる。
結局ホラー要素はゾンビだけだったし、広げた風呂敷が広げっぱなし。さすがにこれはB級映画が過ぎる……
ツッコミ所満載という面では目が離せない作品ではあったが。
クレームを一身に受けながら適当に流しているとスタッフロールが終わって、後日談的な映像が始まった。
「色々有ったけど、今はジャックと仲良くやってます。てへ!」
的な台詞が、特殊メイクによってゾンビ風の見た目になったメアリーの口から発せられた。
メアリー、君の台詞はうちの女性陣を煽るだけだ。お願いだからゾンビらしく黙っていてくれ。
「何なの、この映画は!」
「B級にも程が有ります!」
「後半の展開が雑過ぎると思うんですが!?」
「映画の余韻に浸って眠りたかったのに……どうしてくれるんだ!?」
等々。当初の計画からは少々外れてしまったが、想定内としよう。HAHAHA!
諸君の娯楽は俺の手中に有る!
言わば諸君の感情は俺の手の内に有るのだ!!
「次回からは余が作品を選ぶぞ?」
HAHAHA、桜花、それはいくら何でも……
満場一致で可決されてしまった。
背後にはしつこく流れるジャックとメアリーの日常風景。やがて夕食のシーンに移り、食卓に乗せられたのはこんがりとローストされた……
一部の女性の悲鳴と共に、本日の映画上映会は解散となった。




