八十一 少女の決意。家庭の不和をまとめろ。
「まゆおばさん、健治さんがおばさんと一緒に自衛隊の世話になりたいって言ってましたけど、どうします?」
夕飯を食べ終わった頃合いでぶちかます事にした。食前に話して微妙な空気で食べるのは嫌だったからだ。
「ちょ!? 蘭堂君!?」
俺に仲介を頼むのは良いが、俺流にいくぜ!
「……あなた? 一体どう言う事かしら? 詳しい説明をしてくれないかしら?」
固まる健治さんは冷や汗を流しながら俺を見る。
あんた、心臓止まってるよね? 上位種が汗……冷や汗を流す場面は今までもちょくちょくあったと思うけど、心肺停止状態の上位種が汗をかくのは未だに納得いかないんだけど?
「あー、その、テロ組織を壊滅したいと思ってだな……」
「それが全てらしいですよ。健治さんの動機は知りませんけど、まゆおばさんが契約者だから一緒に付いてきて欲しい。
そう言う話だそうです。」
「へぇー、それを朝春ちゃんに言わせるんだぁ? へぇー?」
「け、結果としてそうなってしまったが、私は自分の口で打ち明けるつもりだった!
蘭堂君に責任を負わせるつもりは無いが、君のストレート過ぎる切り出し方もちょっと如何なものかと思うぞ!?」
構図としては『王階級』を罵る『一般階級』なのだが。階級差よりも家庭内ヒエラルキーが勝っているようだ。
「まゆおばさんは、山猫党に対してどう思ってるんですか?」
「そうねぇー……正直に言えば『もう、関わりたくない』って思ってるんだけど、あたしが力になれるなら、山猫党殲滅に協力するのは……いえ、協力するわ。
あたしは素人だし、化け物としても上等じゃ無いようだけど、それでも協力するわ。一度死んだ身だしー?
もう怖いモノなんて無いからねー」
まゆおばさんの方が余程覚悟が決まってるな。
「ねねはどう思う?」
「あたし!? あたしは……」
死んだと思っていた両親と再会できたんだ。複雑な心境だろうが、生きていればまた会える。
「あたしも一緒に行く」
「「「ねね!?」」」
「ちょっと待て、やっぱり両親と離れたくないからか?」
「それはついでなんだけど、あたし、自衛隊に入隊する!」
「ねねさん!? いけません、自衛隊は男でも音を上げる過酷な訓練をこなさなければなりません。女だからと言って訓練が甘くなる事は無いんですよ!?」
「そうだぞ、宮湖橋ねね。辛いからやっぱり辞めますなんて許されないんだぞ!? 私……同期は毎晩泣いていたくらいだぞ!?」
泣いていたのは朝日奈さんだろう。
「だったら体験入隊って形でお願いしてみれば……」
「駄目よ。逃げ道があったら絶対続かないわ。入隊自体は朝春のコネで何とかなるでしょ?」
確かに何とかなるけど……
「ちなみに大宮駐屯地になると思うけど……三人ともそこで良いですか?」
習志野駐屯地はドラゴニュートの乱悟さんと、会ったことは無いがグリフォンの上位種が居る。
比べて大宮駐屯地はヒールスライムの有原一人だ。戦力的にも人数的にも大宮一択だ。
確か厚生労働省だか何だかのゾンビ研究機関も近くにあるようだし、更なる恩を売れる事間違い無しだ。
「大宮ならあの乱悟さんってうるさい人が居ないから丁度良いじゃない。はい、決定ー。あたしもそこに行くー」
宮湖橋夫婦はねねの入隊に反対らしく、あきらさんと朝日奈さんに意見を伺いながら説得を続けているが、それもそうだろう。
平時ならまだしも、今はゾンビ相手に戦争中と言っても過言では無い。加えて銃火器が殆ど効かない、未知の能力を備えた上位種が相手だ。
死ぬ確率が高すぎる。
しかし、周囲が説得すればするほど彼女の決意は固まっていっているような。
……何だかねね、意固地になってないか?
ねねの入隊は別にしても、乱悟さんと大宮駐屯地の……トップの小林一等陸佐に直接話した方が早いか。
小林さんは良い人なんだけど他の幹部がイマイチなんだよなぁ。
取り敢えず話をして、後は成り行きに任せよう。
『蘭堂君か? こんな時間にどうした?』
「小林さん、お……」
『お?』
そう言えば乱悟さんが盗聴がどうのって言ってたな。一応警戒した方が良いのか?
「電話ではちょっと話しにくい事なんですが、大宮駐屯地にとっては最重要で最優先の案件だと思います。
俺の希望は小林さん自らこっちに来て貰えると話が早くて助かるんですけど」
『……ついさっき、習志野駐屯地から君絡みの報告の第一報が届いた。オレは期待していいのか?』
「習志野次第ですけど、俺はその方が良いと思っています」
『分かった、行こう。明日で大丈夫か?』
おお、話が早くて助かるな。
「じゃあ、明日の午前九時に柏市役所で。あ、習志野にも話を付けてもらって良いですか? 出来れば同席して貰えると手間が省けると思うんですけど」
『確かにそうだな。分かった。調整しよう。九月二十日午前九時、千葉県柏市役所。必ず行くと約束しよう。……ちなみに
最短ルートを教えて貰ってもいいか?』
放置車両等で車両が通れない場合、迂回路を探さなくてはならない。問題無く通行できるルートを説明して通話を終える。
習志野は小林さんに任せて、大根さんにも明日の予定を伝える。連日の疲労が溜まっているようだったが、まぁ、ゆっくり風呂にでも入って……
「しまった! 忘れてた!」
俺の不注意な一言で全員の注目を集めてしまった。
「何か問題ですか!?」
「今『完全変化』できるのはあきらとエリーと母上だけじゃ! 対応策は……」
「あ、いや、そうじゃなくて……銭湯が……」
「ああ、『極楽浄土の湯』の事かぁ。焦って言うから何事かと思ったで?」
昨日、ゾンビ達に掃除を任せて放置したままだった。どうしよう?
「ならば市役所と銭湯、そして留守番と別れるのが良いじゃろう。勿論、余は銭湯を希望するぞ?」
「じゃあ、私が留守番するわよ~。皆で行ってらっしゃい~」
え? いいの? 祭さん?
「私は後日一人でゆっくり入らせて貰うからいいわよ~。私の『通常体』だと邪魔になっちゃうしね~」
ああ、そう言う事か。祭さんの『通常体』は下半身が二メートル程の蛇状の姿だ。銭湯ほどの大きさが無いとゆっくり湯に浸かるのも難しいのは良く分かる。
「じゃあ、留守番は祭さんで。他のメンツは……」
上位種陣は市役所にあきらさん、まゆおばさんと健治さん。
エリー、桜花、若葉さん、朝日奈さんが銭湯。
ねねは勿論市役所で、母さんとあえかも銭湯に行くようだ。
ついでだからマンションの住人達にも銭湯に行きたいかを問うメッセージを送る。時間的には……多分大丈夫だと思うが、幸いにも全員から返答が来た。
全員参加希望だそうだ。シャンプー類は確か在庫があったよな? タオルは各自で用意するように伝えて……
「お昼はマンションに帰ってきてから用意するわよ」
なら良し。あれ? そうなると祭さんが留守番する意味が無いような……
「だったら午前中は自由行動でいいかしら~?」
祭さんは自由行動で。バスの運転は若葉さん、お願いしますよ?
「了解や。任せとき」
ついでに桜花、向こうの食材や缶詰の回収よろしく。
「うむ、心得た」
「明日の流れに依るけど、昼前に一旦マンションに全員集合。大宮駐屯地の人達も連れてくるから昼食は多めでよろしく。
そのあと朝日奈さんの実家に寄って鶏を貰いに行こうと思う」
「そうか。なら家に電話をするぞ」
胸の谷間からスマホを取り出して電話をかけるひなたさん。……いや、何も言うまい……
「あ、ママ? あたし~……は? ひなただって! 番号で分かるでしょ!? もぅ! 前に話したあきらがお世話になってる所に鶏を……」
ツッコミどころ満載だが、電話中の彼女に配慮して皆黙っている。一部女性陣が笑いを堪えているようだが、――一応――客人の彼女に配慮してくれたようで何よりだ。
通話が終わって実家から了承を得られた事を告げる彼女に向けられる生暖かい眼差し。
「な、何だ?」
「いえ? 何でもないわよ。朝日奈さん、私は貴方の事がちょっと好きになったわ~」
「な、何だ!? 田楽寺祭! 私はソノ気は無いぞ!? 至ってノーマルだからな!?」
今更どのクチが! と、各人からツッコミを受けて困惑する朝日奈さん。
まさか無自覚だったとは……
「??」
とにかく明日の予定が決まった。
納得いかない顔の朝日奈さんは放置して今日はここで解散とする。
まゆおばさんと健治さんは五○三号室に泊まって貰った。
ねねが自衛隊に行くなら今日は最後の夜だったんだけど……銭湯に話を持って行かれてなぁなぁになってしまった。それで良いのか?
ま、いっか。今生の別れでもあるまいし、片道二時間程度の距離だ。
むしろ静かになってちょうど良いだろう。




