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七十八 納得と説明。事後処理のコスパを考えろ。

 犬飼紅葉の洗脳騒動が落ち着いて、市役所は取り敢えずの平穏を取り戻した。


 オーガである色街は健治さんに両手両足を砕かれて、現在再生中。

 再生速度、遅くない?


「で? 結局朝春は向こうの価値観と、こっちの被害を天秤に量った上で、あたしに諦めろって言ってるのね?」


「それは否定しないけど、俺が打算であいつらを見逃したって思ってるのか?」


「打算なんて関係無いわよ! お母さんを殺した連中をあんたは見逃すのかって、そう聞いてるのよ!」


 見逃すも何も、既に見逃した後なんだけど……


「そういう話じゃ無い。敵対しない限りは不干渉ってだけで……」


「分かんないわよ! あたしにも分かるようにちゃんと言って! 朝春は、犬飼を……その、どうするつもりなの?」


 知らんがな。……とは言えない雰囲気だよなぁ。結局ねねは犬飼紅葉を殺したい。だけど自分では出来ないから俺を煽ろうと頑張っている。

 そんな感じ?


「どうもこうも無い。潜伏場所は不明だし、対処は……マタタビくらいだけど、さすがに次からは対策してくるだろうしなぁ……」


「そうやって受け身でいるのね?」


「ああ。そうだよ」


 ねねの中での犬飼紅葉への敵対心の度合いは知りようが無いが、俺と彼女のソレの差は大きくなっている。


「ねね、喧嘩は良く無いぞ。お互いの言い分は有るだろうが、まずは相手の話を聞いてだな……」


「お父さんは黙ってて!!」


 宮湖橋健治、撃沈。


「ねね、お母さんは上位種になっちゃったけど、洗脳も解けたし、もう良いかなぁーって思ってるんだけどー……」


「そういう問題じゃ無いの! お母さんも黙ってて!!」


 宮湖橋まゆ、撃沈。て言うか当事者の気持ちは無視ですか?


「朝春! あんたならあの猫を殺せるでしょ!? お願い……あたしじゃ復讐出来ないから……」


 完全にねねの自己満足の領域に入りつつあるような気がする。

 犬飼を憎む気持ちは分からないでも無いけど……。


「俺は何も出来ないよ。あきらさん達に守って貰ってるだけの、口先だけの何も出来ない男だよ。ねねも分かってる筈だろ?」


「……そう……そうだったわね。ちょっと……感情的になり過ぎちゃったみたいね」


 肯定されるのもちょっと悲しい気がするけど、落ち着いてくれたようで何よりだ。


 市役所の連中は犬飼姉弟が去って正気を取り戻したようで、早速、色街と健治さんが荒らした畑の復旧に勤しんでいる。


 事件が解決して日常に戻ろうかと言うこのタイミングで、その台詞が大根(おおね)さんから向けられたのは当然の事だろう。


「で? 勿論説明してくれるんだろうな?」


 現在十四時。夕食を考えると二時間程か。


「機密情報が満載なので喋る事が出来ません。情報を精査して自衛隊に判断して貰わないと……」


 言うまでも無く嘘なのだが。それっぽく堅苦しい言葉で説明したら納得してくれた。


「了解した。習志野駐屯地に連絡を入れるから後日、君に同席を求める事になるぞ」


 習志野って言うか、乱悟さんだろ?

 大根(おおね)さんは納得してくれていなかった。自衛隊に説明とか面倒なんだけど?

 そういった雑務を頼める仲間は……居ない。俺が全体の指揮してたんだから当然か。超面倒なんだけど?


 大体、自衛隊幹部のおっさん連中は上から目線が激しいと思う! それなりにプライドがあるのは分かるけど、事情聴取が尋問って言うか、圧迫面接って言うか……。


 一般人に対する配慮が足りないと思うよ?


「それは同意するが、今はこの場の事情説明が大事ではないかね?」


 はい、ソウデスネ。どうせ今後、何回も同じ話をさせられるんだ。主に自衛隊相手に。

 横の情報共有はねぇのかって疑いたくなる位には閉鎖的な組織だから、既に諦めている。


「じゃあ俺から乱悟さんに連絡しますよ。場所はここで日時は……明日以降ならいつでも良いですよね?」


「ああ。構わないよ」


 では連絡を……スマホを手に取ってふと思い出す。


「祭さん、悪いんですけど朝日奈さん達を迎えに行ってもらって良いですか?」


「良いけど、私こんな格好なんだけど~?」


「だからですよ。ついでに服も選んできたら良いんじゃないですか?」


「あ、なるほど。ちなみに男連中はどうするの~?」


 そういやそんなのも居たな。


「見つけたら処分しちゃって良いんじゃないですかね。

 この期に及んで上位種とは考え難いけど……桜花、一応一緒に行って貰っていいか?」


「心得た。他に回収してくる物はあるか?」


「あとは朝日奈さんと女性達の欲しい物かな?」


 今回の目的の一つだったイリスとウリスの衣装は次回に持ち越しだ。


「帰りはマイクロバスでここに来て下さい。十五時頃を目安にお願いします」


「了解~。殿下、時間が無いから急ぐわよ~」


「待つのじゃ祭、余はお主ほど速く走れないからおぶってくれ!」


 桜花をおぶった祭さんが猛スピードで駆けていった。あれなら数分で辿り着くだろう。


「あ、大根(おおね)さん。女性生存者四人なんですけど受け入れて貰えますか?」


「それは最初に確認したまえ……。構わないよ」


「あきらさんはまゆおばさんと健治さんに『人化』を教えてあげて。あ、アリス達も連れて行ってな」


「了解しました」


 上位種の目が離れてアリス達が人間を襲った……などという事態はマズすぎる。彼女達が仲間である事は間違い無いが、それ以前にゾンビなのだ。

 ゾンビが人を襲うという事実を忘れてはならない。


「朝春、あたしは?」


 特に無いけど……さっき喧嘩しちゃったし、意地悪するのはマズいよなぁ。


大根(おおね)さん、鶏小屋の担当者をねねに付けて貰っていいですか? ねね、アドバイスしてやってくれ」


「了解ー。……もう怒ってないからそんなに気を使わないでいーよ! バカ朝春!」


 怒ってるじゃねぇか。


 母さんに連絡して客が二人増える事を伝えてようやく乱悟さんに電話するに至った。


『おう、朝春か? お前が電話してくるなんて珍しいな』


「さいたま第一変電所がテロリストに占拠された話は聞いてますか?」


『ああ、聞いてるぜ! お前、大活躍だったそうじゃねぇか! なんだ? 自慢話でもしようってのか?』


「そのテロリストの所属組織の自称リーダーと戦いました。大根(おおね)さんの提案で自衛隊を交えての説明会を……」


『マジか!? 今から行く! 場所は市役所か!? マンションか!?』


「……説明会を後日開催しますから都合の良い日を……」


『寝ぼけた事言ってんじゃねぇよ! あの……っと、電話じゃマズいな。今から俺が行く。場所はどこだ?』


「……市役所です」


 ぷつ。ツー……ツー……ツー……


 何なの? あのトカゲは!? 人の話を聞けよ!?


「察するに、自衛隊にとってはそれだけの事態だったのではないかね?」


 なのかなぁ? たかが変電所を占拠したり集団洗脳したり、死者蘇生出来る程度で『王階級』が二人所属してるだけのテロ組織なんだけど……

 危険過ぎるな。俺だったらライフライン維持より殲滅を優先するレベルの組織だ。


 って事は自衛隊にも山猫党の情報はある程度知れている……のか?


「それは私には分からないが……蘭堂君、君の望みは田舎でスローライフだったね?」


 俺も薄々感づいてるんです。


「そのテロ組織を潰さない事には実現不可能だろうな」


 そう言って大根(おおね)さんは今まで見た事も無い位のめっちゃ良い笑顔を向けてきた。

 このおっさん、他人の不幸に喜びを感じるタイプだ! ぐぬぬ!


「そ、それはそうと鶏の受け取りはいつにしましょうか?」


「今日か明日には小屋が完成する予定だったが。まぁ、自衛隊次第じゃないかね?」


 ですよねー。なんか揉めそうな予感がするし……


「それにしてもこれで蘭堂君の下には七人の上位種か。

 宮湖橋君の両親だと聞いたが、父親は『王階級』のようだな。彼等が加わればテロ組織殲滅はさほど難しくは無いのではないかね?」


 俺が? 俺達が? テロ組織殲滅?

 冗談じゃ無い。俺は確かに抗体者だけど一般人だ。そんな物騒な事は自衛隊にお任せします!


「とーもーはーるー!!」


 うるさいのが文字通り飛んできた。随分早かったな。


「ぜぇ! ぜぇ……! 自己最高速度出たんじゃねぇかな! 待たせたな! 朝春!!」


 全然待ってない。むしろ今日は来て欲しくなかったくらいだ。


「って、『王階級』か!? スゲェ! 俺初めて見たぜ! ってか、デケぇな! ありゃあ……勝てる気がしねぇな!!」


 『人化』に難儀している健治さんは今は『通常体』、本来は覚醒直後の姿だが、彼はミノタウロスからベヒモスへと進化したので『通常体』ですら三メートル程の身長で角と尻尾が生えた巨体なのだが。

 その姿でさえも『完全変化』ではないかと疑いたくなるような風格だ。


「で? 随分急いで来たようですけど、ここで話を始めて良いんですか?」


「いや、ここはさすがにマズいな。兄貴、人が寄りつかない部屋はあるか?」


「分かった。案内しよう」


 あ、ちょっと待って。あきらさんに言ってくるから。


「了解しました。自分も同行します」


 え? あきらさんはまゆおばさん達の『人化』の指導を続けて欲しいんだけど?


「駄目です。朝春君の側に契約者が一人も居ない状況を作るのは許されていません。

 先程までは距離が近かったので許容範囲内でしたが、ここから移動するなら自分も同行します」


 乱悟さんもいるし大丈夫だと思うけど?


「自分は朝春君の契約者以外の上位種を信頼しません。確かにそこのトカ……男は信頼に値するのかもしれませんが、君の命を預けるに足る男ではありません」


 相変わらず固いなぁ。まぁ、俺の生死があきらさん達の生死に直結するからしょうがないか。



 まゆおばさん達は自主練という事にして、俺はあきらさんを伴って市役所内の最上階の、人気の無い会議室に案内された。


「じゃあ、始めてくれ」


 ICレコーダーをセットした乱悟さんが開始を促してきた。


 しょうがないので順を追って説明する。


「自衛隊でもその女……犬飼紅葉って言ったか? そいつを追っていたんだが……まさか朝春が当たりを引くなんて思ってなかったな」


 俺的には当たりじゃ無くて外れだ。


「自衛隊は犬飼紅葉をどの程度認識していたんですか?」


「たまぁ~に現れて場を引っかき回す程度か? 洗脳に関しちゃ初耳だし、いよいよもってヤバいんじゃねぇか?」


 それを何とかするのがあんた達の仕事だと思うんだけど……あぁ、今は給料出て無いんだっけ。


 自衛隊に所属する全ての人間は現在無給で働いているらしい。


 衣食住は保証されているようだが、いくら何でも無給は……無給は……


 現在、通貨や紙幣に価値は無い。日本政府の保証が無いからだ。同様にドルやユーロも価値は無いが。


「ケツ拭く紙にもならないぜ!」


 そんな感じだな。



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