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七十七 少年の決意。最後の手段の効果を見ろ。

「蘭堂朝春、まず言っておくがあたしは二十七歳だ」


 だから何だよ。

「お前なんかババアで十分だ」


「全く分かっていないな。あたしをババア呼ばわりするなら、宮湖橋まゆもババアだろ?」


「? まゆおばさんはババアじゃないぞ? もしかして年齢だけで考えてる? 分かってないなぁ! 年齢はそれほど重要じゃ無いんだよ。

 問題なのは中身だって、両親に教わらなかった?」


「……」


「それが分からないからババアって呼ばれてるって……自覚あるぅ?」


 市長の執務『机』に座る犬飼を条件反射で煽る。奥には市長代行の田楽寺(でんがくじ)大根(おおね)さん。

 周囲には……小中学生と思しき男女が数人並んでいる。


 子供を人質にするか。救いようのないババアだな……


「ふん……お前の悪口も最後の悪あがきと思えば何と言う事も無い。むしろ興ざめだね」


「へぇ? 結局、口喧嘩じゃ敵わないから洗脳するんだろ? それって負けを認めたワケぇ?」


「ガキが、好きに吠えていろ。それはそうと、あたしは一人でここに来いと言ったと思うんだが、何で上位種が居るんだい?」


「あ? 市長室には一人で入っただろ? ここまで一人で来いって言われなかったから付き添いを頼んだだけなんだけど? 犬飼様はご自分で仰った言葉も覚えておいでで無い?」


 正確には市長室『まで』一人で来いだ。思いっきり指示を無視した形になったが……


「……ちっ! まぁ、良い! そこの女が何かしたら……分かっているだろうな?」


 党首様は記憶力が残念だったようで何より。

 それとも、俺を追い詰めたから『貴族階級』のあきらさんはどうでも良いのかな?


「人質を殺すってハッキリ言えよ。勿体ぶっても効果無いよ?」


「……」


「でさぁ、お前は俺をどうしたいんだ? 洗脳するなり殺すなり、さっさとして欲しいんだけど?」


「蘭堂朝春、お前は敵ながら状況判断に優れ、手持ちの戦力で状況を打開する機転にも優れている。

 山猫党は日本を、かつての既得権益者達から解放する事を目的とした組織さ。

 分かりやすく言えば、今までの全てを壊して、優秀な者達で日本を再建しよう、と言う組織さ。

 ここまで言えばお前なら理解出来ただろう? あたしの元で働きな」


「確かにゾンビパンデミックによって国は混乱し、既得権益者を一掃する最初で最後のチャンスに思えるけど……人間の強さと弱さを舐めるなよ?

 結局お前らが既得権益者になって弱者を扱き使う、今までの日本の劣化コピーが完成するだけだよ、ヴァ~カ」


 最後のヴァ~カはちょっと発音に拘り過ぎてしまったか? 普通に『バーカ』の方が良かったか?


「蘭堂朝春。お前はまだ何も理解出来ていないんだな。あたしはお前を洗脳する気は無い。むしろ力を貸して欲しいと思っているんだよ?」


「俺に力を貸して欲しいと本気で思ってるんだったら人質の即時解放と全面降伏が絶対条件だ。

 これが飲めないんだったら好きにしな。一応、覚悟は決めてきてるからな」


「そう、それがお前の答えか。残念だね。

 さっきから催眠を掛け続けているんだけど、何故かお前には効果が無いんだ。

 上位種を何体も従えるお前を味方に出来れば……とも思ったけど、そこの上位種の殺気がさっきから鬱陶しくてかなわないしなぁ……」


 ようやく話が動いた。のらりくらりとした問答が終わったから行動に移る。失敗したら俺はテロリストだ!


 拳銃を構えてトリガーを引く。


 破裂音を伴って放たれた弾丸が犬飼の頬に当たり……


「拳銃で上位種を殺せないのは分かっていると思ってたんだけど?」


 勿論知っていたが、全く意に介さないのも腹が立つな。


「おっと、そこの上位種。お前が動いたら人質を殺すぞ?」


「くっ……」


「分かった、降参だ。アンタに従うよ、犬飼。俺にはもう手が無い」


「朝春君!?」


「ふふふ、あはは! 所詮は悪知恵だけの高校生のガキか! やはり力には敵わないようだね!!」


 降参した途端にそれかよ。品が無いなぁ。


「犬飼……」


「犬飼と呼ぶな! 紅葉様と呼べ!!」


「はいはい。ところで紅葉様、俺に催眠が効かない理由。教えてあげましょうか?」


「ふん……? 言ってみな」


「でもなぁ……後ろの吸血鬼はともかく、そこの一般人達に聞かれるのはマズいと思うんだよ。

 ちょっと部屋の隅っこまで来て貰える?」


「? まぁ、そう言う事なら……」


 犬飼は俺を信用……して無いだろうが、無力な抗体者と格下のあきらさん、複数人の人質が居る事で油断しまくりだな。


 実際、今あきらさんが特攻してきたら上位種二人以外は――俺も含めて――巻き添えくって肉片コース確定だろうしなぁ。


 今日は下準備無しで上位種との戦闘が重なったから、殆どをゴリ押しで処理してきたけど……


「紅葉様、内密の話だから耳を寄せてくれないか?」


 土壇場で賭けに出られる位のアイテムは持ってきた。


「……変な事したら首をかき切るからな?」


 今の犬飼は黒猫の顔をした猫獣人。さすがの俺でも猫に欲情はしねぇよ。ついでにおっぱい大好き少年だから貧乳も守備範囲外だ。

 もちろん、変な事する気満々だから早く来たまえ。平静を装うのって意外と大変なんだから。


 何だかんだ言って、無警戒に耳を寄せてきた、馬鹿丸出しの犬飼の鼻先に、ホームセンターでゲットしてきた俺の最終兵器、マタタビの粉を大量に押し付ける。


「!!」


 これが俺の最後の一手にして、命を賭けた最終手段。犬飼に効かなかったらそこで終了。俺の将来はテロリストか肉片だ。


 咄嗟に距離を取った犬飼だったが……


「おま……え……いきにゃり……なんにゃ……」


 効いた!


「全員に伝達!! 市長室に集合! 祭さんと健治さんは待機!」


 マタタビが効いてくれた! て言うか即効性半端無いな! 実際の猫もこんな感じなのか?


大根(おおね)さん!」


 まず第一に彼等が洗脳されたままか否かを確認して……


「朝春君! ご無事ですか!? 怪我は!? 何で君が命懸けの賭けをする必要があったんですか!?

 ちょっとは自分の気持ちも察して下さい!!」


 あきらさんに後ろから抱き締められ……羽交い締めと表現した方が正しいかも。

 革ジャン越しだから柔らかさはイマイチ減点だが……俺、もしかしてモテ期到来?


「蘭堂君、イチャつくならまず、そこの犯罪者をどうにかしてくれないか?」


 大根(おおね)さんは正気に戻ってくれたようだ。しかし、あきらさんの貴重なデレ期を逃してなるものか!

 いや、冗談です。無力な高校生を睨まないで下さい。


「ふん……『元』高校生だろう?」


 退学処分を喰らった覚えはねぇよ!

 ……卒業は見込めないけどね。


「あきらさん! 犬飼の首を……!」


「跳ねて貰っても良いけど、姉さんの遺体は僕が引き取るからね?」


 いつの間にか犬飼の側に立っている金髪のイケメン。敵か!


『主殿……!! 無事か……!?』


 到着した桜花達がイケメンを前に息を飲む。

 なんだ? 結局桜花も男は顔か?


『余計なギャグは不要じゃ……貴様……山猫党とやらの関係者か……?』


 それどころか犬飼の弟らしいぞ?


「ああ、改めて自己紹介させて貰うよ。僕の名前は犬飼(いぬかい)信道(のぶみち)、二十二歳。

 春から新社会人だったんだけどね。ゾンビパンデミックのおかげでたった四ヶ月で無職になっちゃったよ。

 しょうがないから、今は姉の紅葉と一緒にテロリストをやってるんだ。よろしくね」


 社会人の件は不要な情報だが、友好的なイケメンは最大の敵だって死んだ爺ちゃんが言ってた。


「君が蘭堂君かい? 聞いていたよりも……見た目は普通だね。でも……うん。魂の器はちょっと人並み外れているね。

 普通の抗体者はどんなに多くても三人までしか契約出来ない筈なのに五人って。君、規格外過ぎるよ。あはは」


 現状でこちらが得ている情報。

 金髪イケメンの犬飼信道とやらは犬飼紅葉の弟。

 テロリスト。イケメン。敵。

 そして『王階級』。


 野郎のチャラい金髪の頭上に輝く冠は桜花のそれと同じで、出来る事なら今日はお帰り願いたい。


「ああ、そんなに緊張しなくても良いよ。

 さっきは物騒な事言っちゃったけど、実際蘇生作業って面倒だし疲れるし、触媒だって手に入れ辛いしで、ホント面倒なだけなんだよ。

 だから蘭堂君が姉さんを見逃してくれるなら、僕も君達に手を出さないって誓うよ?」


 さっきから重要過ぎる話を連発するこのチャラ男は頭の中身もやっぱりチャラいんだろうか?


「ついでにアンタの種族と特殊能力を教えてくれると有り難いんだけど?」


「種族? 僕は犬の獣人だけど見ての通り『王階級』でね。一応アヌビスを名乗らせて貰っているんだ。

 あ、犬って言っても正確にはジャッカルの獣人なんだよ」


 へ? いや、その……


「それと特殊能力だったね! 僕の能力の目玉は何と言っても『死者蘇生』だよ!

 森平さんとか宮湖橋さんとか頑張って復活させたんだよ。凄くない!?」


 俺の鼻は夕食がカレーだと嗅ぎ当てる位には優秀だが、犬飼信道の危険っぷりはヤバい匂いがプンプンする。

 敵に自分の能力を自慢気に喋る男の何を信頼すれば良いのか?


「それから太陽光線を集束させて、レーザーみたいにして攻撃する事も出来るよ? コレって凄くない?

 そうそう、アヌビスってのはエジプト神話の神の名前でね、簡単に言えば死者の罪を裁くエジプト版の閻魔様かな?」


 俺もオタクの端くれなのでエジプト神話に於けるアヌビス神の何たるかは、浅いレベルで知っている。


「お前達を見逃したら俺達に手を出さないってのは、いつまで有効なんだ?」


「それは勿論、次に敵対する時までだよ! でもそれまではこっちから手を出さないから、君達が大人しくしててくれたら今後争う事は無いと思うよ?」


 アヌビスと『死者蘇生』は置いといて、太陽光収束の熱線が危険だな。

 仮に信道の言葉が全て正しかったとしても犬の獣人である以上、格闘能力に特化している筈だし、祭さんと桜花の疲労も無視出来ない。


 そもそも戦場を屋外に移さないと二人は本領発揮出来ないワケで……


「……わかった。犬飼紅葉には手を出さない。だからなるべく早く、立ち去って欲しいんだけど……」


「そうか、無駄な殺しをしなくて良かったよ。

 約束通り君達とは関わらないように活動範囲を変えるから、君達も活動範囲を広げないでね?」


 その言葉を残して犬飼姉弟は文字通り消えた。転移魔法か? 転移魔法なんだろうな……。


 とりあえず『王階級』の敵二人は居なくなった。


「はぁ~……疲れた……『王階級』と喧嘩なんてするもんじゃ無いなぁ……」


「トモ君! 怪我は無い!?」


 祭さんが尻尾を振りながら突撃してきた。彼女はベージュ色の布を身体に巻いたままで俺の体を念入りに確認しているが……それってカーテン?


「私の服は回収不可能だからしょうがないのよ~。それよりも痛い所は無い!? 怖い思いはしなかった!? ゴメンね、役立たずの水龍で……あ、喉渇いてない? お水飲む?」


「祭、落ち着け……」


 大根(おおね)さんの一言に俺を抱えた祭さんから殺気があふれる。どんだけ兄貴が嫌いなんだよ。


「祭さん、落ち着いて下さい」


 霧散する殺気と圧。大根(おおね)さんの立場が無いが、面倒なので話を進める。


「祭さん、余った水は?」


「殿下の魔力に還元したわよ~」


 は?


「余の魔力から生まれた水を余の魔力に戻した。それだけの事じゃ」


 いつの間にか『通常体』に戻った桜花が言う。

 それなりに消費した筈だが、それでも余った大量……莫大な水が魔力に還元されたならそれは良しとすべきだ。すべきだよね?

 大量の水を持て余す事が無くて何より。


「朝春! あたしは納得いかないんだけど!?」


 俺は疲れてるんだよ。


「戦いたくないからアイツらを見逃したんでしょ? それは分かるんだけど、でもお母さんを殺した事には何か一言あっても良かったんじゃないの!?」


「『死者蘇生』出来る以上、あいつらにとって『死』は単なる状態異常に過ぎないんだよ。

 蘇生出来るから『死』は……風邪ひいたくらいの価値しか無いんじゃない?」


「……それ、本気で言ってるの?」


「ああ。あいつらの価値観は分からないけど、そんなもんだと思うよ?」


 犬飼信道の言葉を信じるなら、蘇生は結構面倒らしいが。

 触媒が手に入り辛いとか言ってたな。


「そんなので納得出来るわけないでしょ!? アイツらはお母さんを殺したのよ!? あんたがあたしの立場だったらどう思うの!?」


 もちろん許さないけど……まゆおばさんが『抗体者』だから始まった話だと思う。

 今にして思えば、だけど。


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