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七十五 獣王の戸惑い。妻の覚醒を喜べ。

 『完全変化』を成し遂げた健治さんはちょっと呆けた様子で周囲を見渡す。


「これは一体……私は……どうしたのだ?」


「『完全変化』を成し遂げてくれて感謝しますよ! 健治さん!」


「私の身体は、一体……」


「それが『完全変化』です! 気分はどうですか?

 『王階級』の『完全変化』、しかも筋力全振りっぽいステータスですよ!」


「良く分からないが、力が溢れている。この力の行く先を、君の敵に向けて放てば良いんだな?」


「そうです! だから思い切ってやっちゃって下さい!」


 と、煽ってはみたものの……健治さんはドスドス! と、音を立てて歩いて……その歩みはゆっくりと、お世辞にもこの状況を打開してくれるとは思えない。


 彼の一撃が当たれば犬飼は瀕死になるだろうが、その一撃が当たる未来が想像出来ないのが最大の難点だ。


 犬飼は祭さんの攻撃を避け、犬飼を追う健治さん。言葉にすれば簡潔だが、両者の間には致命的な速度差がある。

 ノロマな健治さんがすばしっこい犬飼を追うのだから、結果がどうとか言う以前に、これって何の茶番?

 と言った有様だ。


 これはヤバい。かなりヤバい。現状では犬飼の攻撃を健治さんが受け止めている形になっているが、犬飼が標的を変えたら、戦場のバランスが崩れてしまう。


「あきらさん! 桜花と交代して時間稼ぎを!」


「了解しました!」


 弾けるように飛び出したあきらさんが骸骨連中の群れに突っ込んで、人骨が間欠泉の様に周囲に飛び散る。


 しかし、飛び散った骨はやがてカタカタと震えて元の骸骨戦士が復元された。


 敵としての脅威は低いが、復元する彼等はうざったい事この上無いな。


 死体……っていうか骨なのであきらさんの死体を灰に変える『浄化の青炎(せいえん)』が有効だが、いかんせん数が多すぎるようで焼け石に水状態だ。


「桜花! 祭さんに追撃を……」

『分かっておる……祭も初めての事じゃから……少々様子を見ておったのじゃ……

 水龍……アクアドラゴンの……本領をとくと見よ……』


 桜花の言葉に呼応して、犬飼と骸骨戦士共に降り注ぐ水の槍。


 犬飼は辛うじて避けているようだが、骸骨達は砕けに砕け散る。


「しかし、これじゃあキリが無いな」


 確かに祭りさんの攻撃で一応の均衡は得られているが、ここから攻めの一手に転じなければならない。

 それが出来なければ俺達は滅びを迎えるだけだ。


 現状は健治さんが犬飼の相手をしている。そして、あきらさんがまゆおばさんの召喚した骸骨戦士達の相手をしている。

 まず切り崩すべきは彼女だ。主観的にも、客観的にも問題無い。


 最後の問題は如何にして彼女の正気を取り戻すか。だが。


 取り敢えず漫画の知識を元にして正気を取り戻す算段は思い付いた。


「じゃあ桜花、ヨロシク~」


 作戦の概要を桜花から各人に伝えてもらっていざ、開始。


『主殿の要請ならば……しょうがあるまい……少々堪えるかも知れんが……我慢せよ……』


 桜花の言葉と同時にアリス達には近くの軽トラの荷台に移ってもらった。



 直後に鳴り響く轟音と、目を瞑っていても尚、まぶたの向こうから感じる激烈な光。


 祭さんの攻撃によって水浸しとなった駐車場に、桜花の魔法によって齎された落雷は時間差で数回落ち、スケルトンの集団を壊滅させたが……犬飼に直撃するには至らなかったようだ。


 雷を避けるか……『王階級』の獣人ってチート過ぎないか?


 しかし、祭さんの度重なる攻撃で濡れた地面とその体。犬飼以外にはあらかじめ雷耐性の魔法が掛けられている。


 ……掛けられている……筈? おかしいな? 目を開けている筈なのに前が見えないよ?


 ――桜花? 一体どうなって……――


 喋っている筈なのに自分の声が聞こえないんだけど!?


『ああ……済まん……閃光と爆音に対する耐性魔法を掛け忘れておった……てへぺろ……』


 てへぺろ……じゃねぇよ! 桜花の――『完全変化』した契約者の――言葉はテレパシーの様に頭の中に直接響くから影響は無いが、俺の言葉が伝わらないし戦況の把握も出来ない。


『問題無い……主殿の言葉はちゃんと聞こえておるぞ……』


 じゃああきらさん達も目や耳に異常は無いのか?


『余、以外は全員フラついておるな……術者が自分の魔法で被害を被ることは無い……そう言う事か……』


 ふざけんなと叫びたかったのをギリギリの所で飲み込む事に成功した。

 そうだ。桜花だって周囲に被害が及ぶ魔法に慣れていない。十歳の新米リッチーなんだからしょうがない。


 むしろ俺が先んじてアドバイスしなければならない事だった。そうだ。悪いのは気が回らなかった俺だ。桜花は悪くない……悪くない……


『森平相手の練習で気付いておったが……うっかりしておった……許してたもれ……』


「たもれじゃねぇよ! どこの平安貴族だ!! 折角飲み込んだ罵倒の言葉を返せ! 俺の忍耐を返せ!」


 お? 自分の声が聞こえた。視界もややボヤけているが徐々に回復してきているな。


『主殿達には特に強い雷耐性の魔法を使ったからな……その分回復も早かったんじゃろう……それから余は十歳の女児じゃぞ……? いくら主殿でも女児に暴言は……マズいじゃろ……? マズいじゃろうなぁ……』


 しまった! 俺はもしかして桜花相手にやらかしてしまったのか!?


『幸い主殿の暴言を聞いたものは居ない……主殿に何を強請(ねだ)ろうか……今から楽しみじゃの……』


 ぐぬぬ……桜花め。俺を強請(ゆす)るつもりか。無茶な要求はしてこないだろうが、ちょっと……かなり悔しい。


 いや、いくら契約者で気安い仲とは言え、七つも年下の桜花に暴言を吐いた俺が悪いのは分かる。ここは甘んじて桜花の我が儘を聞くのが年長者としての行いか……


『殿下? あんまりトモ君をいじめちゃだめよ~? トモ君も気にしないで良いからね~』


『祭……!? しまった……余の発言を主殿だけに聞こえるように制限するのを忘れておった……』


 抜けまくりじゃないか? 大丈夫か? ちょっと不安になってきたんだけど?


『茶番は終わりじゃ……状況が動くぞ……』


 お前が言うな……という言葉を飲み込むことに成功した俺は、褒められても良いと思う。


 軽トラの荷台に退避した俺達は水に濡れていたとは言え、タイヤがある程度の絶縁体の役割を果たしてくれたが、そうでないあきらさん達は耐電魔法の恩恵があってもそれなりに被害を被ったらしい。


 少なくとも俺と桜花が茶番を繰り広げている間は動けない程に。


 先に回復したらしい、まゆおばさんがその手に剣を握ってあきらさんに近づくのが見えた。


「あきらさん……!!」

『まぁ、見ておれ……主殿の作戦はちゃんと伝わっておるから……心配はいらんぞ……?』


 うずくまるあきらさんにその手の剣を振るうまゆおばさん。そしてタフな健治さんよりも仕留めやすいと思ったのか、あきらさんに向かう犬飼の姿が確認できた。


「あきらさん! 犬飼が……」

『もう遅い……』


 まゆおばさんの剣があきらさんに振り下ろされて……アスファルトを傷付けた。


 あきらさんの姿が空気に溶け込み薄くなり、その姿を完全に消すと二メートル

程離れた場所で彼女の姿が浮かび上がる。


 まゆおばさんの剣で手傷を負ったあきらさんを仕留めるつもりだったのだろう。犬飼は右手の爪を伸ばしてあきらさんに振るうつもりだったその爪を。


 『霧化』したあきらさんの身体を、まゆおばさんの剣が通過してアスファルトを少し傷付けて。剣を振るった彼女の態勢が少し崩れた。


 吸血鬼の能力である『霧化』は短時間、自身の身体を霧に変える能力で、主に建物に侵入する……泥棒スキルの筈だったのだが。


 初見の相手には中々有用なスキルのようだ。


 予想外の事態に態勢を崩したまゆおばさんに、本来そこに居るはずのあきらさんを狙った犬飼の爪が……止められなかったのか、止めるつもりが無かったのかは知る術は無いが、犬飼の爪がまゆおばさんの背中を大きくえぐったその瞬間を。

 見知った人物が凶刃に倒れるその瞬間を見てしまった。


 血がドバーって出て、まゆおばさんは地面に叩きつけられて、アスファルトに広がる血!


 いや、俺もちょっと混乱しているのかな。死体の処理は慣れてきたつもりだが、戦闘における負傷は……変電所でエリーの腕や足がはねられたのは目撃したが、今回はちょっと生々しいから別カウントにする。


「まゆ!!」


 不測の事態に陥った時、自分よりも混乱している人間が居ると、逆に自分は冷静になる。

 なんて言葉をどこかで聞いた気がするが、それは事実だったようだ。


「……っち! 最早この場では勝ち目が無いようだね! ま、すぐにあたしの部下にしてあげるから。楽しみにしてなよ!」


 言って逃げる犬飼。負け犬の遠吠えは聞いて心地が良いが、仕留めきれなかった事で今後の不安が残ってしまった。


「まゆ! 俺の声が聞こえるか!? 俺だ! 健治だ!」


「あなた……久しぶりに……再会……できましたね……」


「まゆ! 無理に喋らなくても良い……俺が側に居るから……だから……」


「あー、えっと、まゆおばさん、お久しぶりです。蘭堂朝春です」


「あら、朝春ちゃん、お久しぶりー」


「まゆ……?」


 抗体者にして上位種たるまゆおばさんは背中に負ったその傷を短時間で修復して今に至る。


 そして山猫党によって復活されてからの記憶も断片的ながら覚えているようで。


 彼女は犬飼紅葉との第二ラウンド、その場所を俺達に告げる役割を担っていたようだ。


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