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七十四 水と龍。王階級と家族の絆を確認しろ。

 上空に浮かんだ巨大な水球はまるで湖のようで、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。


 その中を泳ぐ祭さんの鱗も煌めきながら、初の『完全変化』を楽しむかのように泳いでいる。


「ありゃあ海蛇かい!? 『貴族階級』ごときの為に時間稼ぎまでした結果があの大量の水とは……無駄な努力だったね!」


 水龍、アクアドラゴンだ。


「桜花、作戦開始だ」


『うむ……』


 犬飼の言葉を無視して桜花に伝言をお願いする。さすがに遠すぎるし、水中の祭さんにこちらの声は届かないだろうからな。


『海蛇かどうかはその身で判断しなさい! 手加減抜きでいくわよ!』


 『完全変化』した上位種の声は直接頭に響いてくるんだけど……祭さんも例外では無いようだ。俺の声は届かないのになぁ。


 そう言えば敵の上位種が『完全変化』しても、その言葉は頭に響かず、普通に音として聞こえてくる。……契約相手じゃ無いからか?


 上空の巨大な水球から一メートル程の水球がぽこぽこと湧き出て上空を漂う。

 ぱっと見、四、五十程の水球がふわふわと漂って、その動きが止まった。


 一瞬の静寂の後に、水球から放たれたのは水の線。

 ウォーターライン……いや、アクアライ……コホン。


 あきらさんに群がる骸骨達を超圧縮水流でみじん切りにしつつ、こぶし大の『圧縮水球弾』を併用して骸骨を砕く砕く。


 同様の攻撃が犬飼にも向けられているが、さすがは『王階級』。

 辛うじて回避しているようだが、それがいつまで続く事やら。


「桜花はまゆおばさんに死なない程度の雷撃を。何とか正気に戻るように頑張ってくれ。あきらさんはこっちに!」


「ちょっと朝春!? お母さんに何する気!?」


 今説明しただろ?


『心得た……余の電撃魔法の神髄……見せてくれようぞ……』


 いや、ちゃんと手加減してあげてね?


 俺の肩から降りた桜花がこちらを振り返った。

 黒地のローブには、要所要所に金糸で刺繍がしてあり、シンプルながらも高級な雰囲気が漂っている。


 それは良いのだが、ローブを目深に被った彼女の顔が有るべきあたりは闇に覆われて、瞳が有るべき場所では深紅の炎が揺らめいていた。


「「うわぁ……」」


 俺もねねも心の準備が出来ていたので叫ぶ事は無かったが、ローブの下も高級そうな……貴族が着るようなデザインの服に、何故か同様のデザインのハーフパンツ。足元はショートブーツと……


 ローブを除けば貴族のお子様(男の子)の様な格好だな。手足、骨だけど。


『カハハ……格好良かろ? ……余の『完全変化』は衣装付きと言うのが素晴らしいじゃろ? ……では……行ってくるぞ……』


 犬飼がエジプト神話のバステトだとして、貴族の少年風の桜花は一体?


「御用でしょうか!? いやぁ、祭さんの全力攻撃は凄まじいですね!」


 その言葉には全面的に同意するが。犬飼の回避速度が上回っている現状ではあと一手が足りない。


「そういうワケで健治さん、『完全変化』してみましょうか」


「『完全変化』? 化け物の姿になる事か?」


 その認識でOKです。ほら、ねねも後押ししろって。


「えぇー……お、お父さん! 朝春の作戦はお父さんが『完全変化』出来ないと皆が危険なの! だからお願い! 頑張って!」


 もうちょっと上手く鼓舞して欲しかったんだけど……健治さんは娘の大根演技でもやる気を出してくれたようだ。


「あきらさん、最短でヨロシク」


「了解しました! 殿下……いや、宮湖橋健治!!

 貴様を今から『完全変化』させる!

 覚悟はいいか!!」


 戦闘中の真っ只中で繰り広げられるスパルタ教育。まずは『王階級』の健治さんがいかなる種族でどんな能力を持っているのか把握する必要がある。


 多分、筋力全振りの脳筋だと思うけど、そこはさすがに『王階級』。

 何らかの特殊能力が有るはずだ!



 通常、上位種が『完全体』に至るには

自身の種族と能力を元にしたイメージトレーニングが必要不可欠らしい。


 エリーの狼獣人だとか、若葉さんのスペクター……幽霊という括りではイメージしやすかったらしいが。


 知名度の無いモンスターや、そもそもファンタジー知識に欠ける健治さんは大変だろうが何とかしてもらう。


 隙間無く降り注ぐ祭さんのアクアライ……圧縮水流を躱し、障壁で防ぎ……


 おお、犬飼も防御障壁が使えるのか。


『あら? 障壁なんて猫のクセに生意気ね。どれだけ耐えられるか試してあげるわ』


 言うなり、犬飼に降り注ぐ水の槍。慌てて後方に逃げる彼女だったが、数発障壁に当たってそれはパリンと砕けた。


 再度障壁を展開するも、上空から広範囲を攻撃できる祭さんから逃れるのは難しいらしく……このまま決着してくれると楽なんだけどな。


「そうもいかないでしょう。一見、犬飼は追い詰められた様に見えますが、まだ余力は十分に感じられます。

 こちらが隙を見せれば一気に逆転されるかも知れません」


 なるほど。で、健治さんの進捗はどう?


「どうもこうも、やはり種族が特定出来ないのがネックですね。ミノタウロスの上位種族と言われてもピンと来ませんが……牛系のモンスターに拘るのは間違いかも知れませんね」


 確かに『王階級』レベルで牛となると……パッと思い付くのは西遊記の牛魔王くらいだけど……あれって精々数百年前の中国の小説が元だし……待て、だったらリッチーやスペクターの方が歴史は浅いな。


 何やら「ふおぉぉ……」と気合いを込めている健治さんを見る。あれに何の意味があるのかは謎だが、尻尾を見る限りでは牛の可能性は低そうだ。


 外見的な特徴は角、太くてトゲの有る尻尾。手足の太い爪。鱗は無し。


 龍種の可能性が否定しきれないが、元がミノタウロスだった事から龍種は無し。単純に獣系の最強種と考えると……


 ベヒモス?


「もーそれで良いじゃん! 時間無いんでしょ!? お父さーん! ベヒモスだってー!」


「「「ベヒモスって何?」」」


 あきらさん、ねね、健治さんの三人がハモった。


 えーと、神話に出てくる獣で……って、言っても伝わりにくいか。


「簡単に言えば旧約聖書に出てくる巨大で超強い獣です」


 スマホで検索した『ベヒーモス(・・・・・)』の画像を健治さんに見せる。


「これがベヒモス……強そうな怪物だね……」


「それが殿下の、いや、宮湖橋健治! 貴様の本来有るべき姿だ! 過去の常識は全て捨てろ! 貴様が守るべきは妻と娘だろうが!!

 これがベヒモス!? 強そうだね!? のんびり構えているヒマがあったらさっさと『完全変化』してみせろ!!」


 犬飼は相変わらず水の槍に苦戦している。

 桜花は祭さんのサポートを受けてまゆおばさんに近づきつつも、風魔法で骸骨達を砕いている。


 桜花がまゆおばさんの手前十メートル程で歩みを止めると、それまで湧き続けていた骸骨が動きを止めて、桜花とまゆおばさんが互いを見つめる。


 その顔は互いに無表情だが、一触即発の空気をまとって、今まで骸骨を召喚し続けていただけのまゆおばさんの手には、両刃の剣が握られていた。


『召喚か? ……それとも……物質創造か……あるいは周囲の金属を取り込んで即席の剣を作ったか……まぁ、どちらでも良い……余に刃向かおうとは……考えるでないぞ……』


 桜花の圧を浴びて身動きが取れないのか、まゆおばさんは動かない。


 骸骨も召喚しないで無表情なままで桜花を見つめるその眼差しは、どこか諦めと安堵の色が伺えるが……直後に響く破裂音に、彼女はその身を一瞬痙攣させてから、水によって黒く変色したアスファルトにその身を横たえた。


「お母さん!!」


「まゆ!!」


「よそ見をするなぁ!!」


 あきらさんの蹴りが健治さんに炸裂した。ダメージは通っていないようだが……寧ろ蹴ったあきらさんが足を痛めたようだ。


 悔しがるあきらさんは健治さんに罵詈雑言を浴びせて、精神的に追い詰める方法に切り替えた。


『目覚めよ……宮湖橋まゆ……貴様の罪と家族の思いを……自覚せよ……』


「無駄だよ! 無駄無駄ぁ! その女には特に念入りに洗脳(・・)を施したからね!

 あたしの兵隊を舐めるんじゃないよ!」


 祭さんの攻撃を避けつつ喋る犬飼。まだ余裕、有るんじゃない?


 ゆらりと立ち上がったまゆおばさんは剣を片手にフラフラと揺れて……一足飛びに桜花に斬り掛かった。


 物理障壁で防御する桜花。手数で障壁を破壊しようとするまゆおばさん。


「ちょっと、マズいんじゃないの!?

 お母さん、ヤる気満々なんじゃない!?」


 俺の目にもそう見えるよ。やっぱりマズいよなぁ。


「ハハハ!! やれぇ! 皆殺しにしろ!」


 犬飼がうるさい。


 健治さんの様子はどう?


「順調と言えば順調ですが、通常の変化手順における進捗でして……今すぐの『完全変化』は難しいかと……」


 だったら俺の出番か。心の切っ掛けで『完全変化』出来るんだろうけど、その切っ掛けを与える俺は嫌われるんだろうな……って、今更な話か。


 さて。時間が無いから手短にいこう。


「宮湖橋健治さん。向こうで桜花がまゆおばさんに殺されそうになってるの分かりますか?

 アレ、貴方が『完全変化』出来ないせいですよ?」



「……!?」


「桜花が殺されたら、まゆおばさんは俺とねねも殺しに来ますね。桜花がまゆおばさんの洗脳を解けなかったから。

 健治さんがもたもたしてるせいで俺とねねもまゆおばさんに殺されます。

 剣でバッサリと。」


 あきらさんが口を挟みたそうにしているけど、今は黙ってて。


「待て……」


「俺達を殺したまゆおばさんは健治さんにも襲い掛かるでしょうけど、多分貴方に傷を付ける事は出来ないと思いますよ。良かったですね。」


「待てと言っている……」


「犬飼は祭さんが処分してくれるでしょうから、夫婦水入らずの生活が再開出来ますよ! 良かったですね! 俺とねねは死んでますけどね!」


「黙れ!! クソガキ! 妻と娘を侮辱するなら……なら……?」


 俺の目の前には身長五メートル程の『化け物』が自身の変化に戸惑いつつも、俺を睨んでいた。


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