七十三 王階級とカラス。徹底的に、やれ。
遂に桜花が『完全変化』した。
彼女の本気具合が伺えるが、俺の胸元に見える彼女の足は予想通りの骨。
何やら細かい装飾が施された高級そうなブーツを履いているが……『王階級』ともなると衣装まで変化するのか?
周囲が薄暗くなり、何処からともなくやって来たカラスの群れが上空で鳴き喚く。集中の邪魔にならないのかな?
「な、なんだ!? 何をやっている!?」
犬飼が狼狽えるが……これってやっぱり桜花のせいだよなぁ?
俺達の姿は健治さんの巨体に隠れているし、こちらに近づこうにも祭さんの『圧縮水球弾』に邪魔される。
一々避けるって事は直撃は言うまでも無く、防いだとしても多少はダメージが通るのかな?
「これじゃあ埒があかないね! そっちの『王階級』が何を企んでるのかは知らないけど、あたしも本気出させて貰うよ!」
犬飼からの圧が高まり始め……『完全変化』か!?
ぺちょり
圧が消えた。
「……?」
犬飼の頭に何かが降ってきたようだ。彼女は頭に手をやると、その指先には白いネバネバした何かが……
カァ……カァ……
固まる犬飼の頭上に再びぺちょり。
カラスの糞だ……ばっちいな……
見ると彼女の上空でカラスが群れを成して飛んでいる。群れというか、遠目に見ると黒い雲と言っても良いだろう。
「この……! クソカラスがぁ!!」
クソはお前だよ。
犬飼をあざ笑うかのように、その言葉を切っ掛けにして彼女に降り注ぐ大量の糞。
アレは桜花の仕業……なんだろうな……俺にはとても真似できない。
糞の爆撃から逃げる犬飼に追撃の『圧縮水球弾』が撃ち出され……肩に当たった。
「がぁっ! クソ!」
さらに撃ち出される弾を避けようと意識を集中すると、空からカラスの糞がぺちょり。
敵ながらちょっと可哀想になってきた。
だが次の瞬間、犬飼の姿がブレたかと思うとその姿がいきなり消えた。
大きく距離を取って立て直そうってつもりか。ていうか桜花さん、まだですか?
ちょっと離れた車の陰から再び、今度は強烈な殺気を伴って犬飼の圧が広がり始めて、今度は上空からのカラスの急降下攻撃に晒される。
再び消える圧。
「ちょ! 痛っ! 纏わり付くなぁ!!」
急降下したカラスのクチバシ攻撃は威力としては無いに等しいだろうが、それが数十羽。
そしてクチバシアタックを終えたカラスは犬飼に纏わり付いてケモ耳や目や鼻や……彼女の体中を突いたり引っ掻いたりとやりたい放題だ。
そして車もろとも犬飼に向かって撃ち出された水球弾は車を鉄屑に変えて、カラスもろとも犬飼を蜂の巣にする。
あぁ、カラスさんが犠牲に……
と、思ったが、水球に貫かれたカラスは黒い羽を残して消え去り、その羽は犬飼にへばり付く。
あのカラス、魔法で作られた擬似的なカラスだったのか?
『主殿……準備完了じゃ……目に物見せてやろうぞ……』
「桜花、あのカラスって……」
『無論……余の魔法じゃ……正確には魔法準備中の無防備な余を守る……セキュリティのようなものじゃな……カハハ』
カラスと水球弾のコンボで犬飼の体力はゼロに……はなってないか。
『余の魔法の極致……混沌から出でし原初の水は……全てを産み出し……全てを飲み尽くす……何人たりとも……』
「あの、それって詠唱?」
『詠唱などと言う……ナンセンスな物では無い……様式美じゃ……』
「この期に及んで中二病を炸裂させるんじゃない! 油断してたら犬飼が復活するだろ!」
『全く……主殿は戦いの美学を分かっておらんな……ほれ、いくぞ。祭』
俺達の頭上、五メートル程上空に生み出された水は風呂桶一杯程度の量でその場に浮かんで留まっている。
「く……どれだけ水を補充してもあたしには当たらないよ! まだ分からないのかい!?」
ほらぁ、復活しちゃった。
涙目で吠える彼女の服はボロボロで、纏わり付いたカラスの羽を鬱陶しそうに払いのけるが……羽は剥がれずそのままだ。
『カハハ……あの羽は対象の魔力と体力を吸い取って……余に送っておる……防衛とは……相手を無力化する事が……神髄じゃぞ……』
あれだけおちょくった挙げ句に吸収効果のオマケ付きかよ!
えげつないにも程がある……
『主殿……指揮権を返してもらうぞ……』
よく分からないけど俺に委譲されていた指揮権が桜花に戻った。アリス達に命令する機会は無かったが、元々緊急事態に備えての保険みたいなものだ。
桜花の命令でアリス達が移動。お互いの姿がよく見える位置になったところで犬飼が俺の頭上の桜花に気付いた。
「あんたが王階きゅ……ひぃぃっ!!」
震えて立ち尽くす犬飼。若干距離があるからか、恐怖のインパクトに欠けたようだが……桜花はどんな姿なんだ?
ただの骸骨じゃ無いだろうし……
『犬飼……紅葉と言ったな……余に従うべし……従うべし……』
威厳たっぷりに降伏勧告を出す桜花だが、俺に肩車されたままじゃ威力半減だろう。
「ハッ! 冗談じゃ無い! あたしは『秘密結社山猫党』党首、犬飼紅葉様だ! あんたみたいなガキに従う通りは無いよ!」
秘密結社……山猫党……?
「うわ……いまどき秘密結社って……ダサ……」
気持ちは分かるが、ねね……
『秘密結社じゃと……! 悪の組織……しかも山猫党とは……! 主殿……余達も対抗して格好いい組織名を考えねば……!』
桜花の中二病の琴線に触れてしまったようだ。予想通り、作戦が脇道に逸れだしたので修正を試みる。
「犬飼! こちらの迎撃準備は既に完了している! どうせ無駄な抵抗だろうから、痛い目見る前に大人しく投降しろ!」
「あ"ぁん!? ……抗体者のガキが! 上位種達に守って貰ってリーダー気取りかい!
ガキはすぐ調子に乗るからヤだねぇ~。見逃してやるから帰ってカップ麺でもすすってな!」
「そうですか。お年を召された女性に掛けるには失礼な口調だった事をお詫びします。
ところで、ご高齢の割には煽り文句が下手クソなようですが、社会経験は十分にこなしてきましたか?」
「誰がババァだ! クソガキがぁ!!」
「あなたの事ですよ、犬飼おばぁさん。……あ! ご高齢のババァに対して失礼しました。耳も頭も不自由なんですからしょうがないですよねぇ~」
ぷちんっ!
よし、キレた。
「ちょっと朝春! わざと煽ったの!?
いくら何でもあれはちょっと……煽り過ぎだったんじゃない?」
『さすが主殿じゃ……煽り文句では余はまだまだ……文字通りお子様じゃな……』
なんか向こうでまゆおばさんが複雑な表情をしているように見えるけど、多分気のせいだ。
犬飼から強烈な殺気と圧が急激に膨れ上がる。『完全変化』に至る、発動前の硬直状態だ。
その硬直時間を利用してさっきまでは散々おちょくられていたのだが、怒りで我を忘れた彼女には関係ない過去らしい。
「なんでわざわざ『完全変化』させるの? この隙にやっつけちゃえば良いんじゃないの?」
「『完全変化』状態の死体を食べれば大幅な覚醒が期待出来るからだ。
変化前の状態で実験出来るほどの余裕は無いんだよ」
頭上の水球が上昇と共に一気に膨れ上がり、直径数十メートル……百メートルを超える大きさで上空に浮かぶ。デカすぎじゃない?
『強めにいくぞ……覚悟は良いな……?』
祭さんのスカートが風になびき、太ももが露わに……
「ちょっと殿下!? まさか……!!」
直後に祭さんの足元から巻き起こった突風――規模で言えば竜巻だな――が、彼女を上空の水球へと弾くように、撃ち出すようにその身体を空へと射出した。
「いやああぁぁぁ……!!」
今、祭さんのパンツがチラッと見えたか!?
一瞬過ぎて判別出来なかった。無念。
遠ざかる祭さんの悲鳴を聞きながら、作戦の成功を祈る。
あらかじめ『完全変化』に備えていた祭さんはその為に集中し、集中しながら魔法発動中の桜花のサポートで『圧縮水球弾』を撃ちまくるという離れ業をやってのけていた。
お陰で犬飼よりも早く、超巨大な水球に到達する直前に彼女の衣服は弾け飛び、巨大な水龍へと『完全変化』した。
彼女は水球内で自身の具合を確かめるかのように、一周泳いでからその瞳を開く。
全長は二十から三十メートルはあるだろうか。遠いからイマイチ大きさが分からないな。
珊瑚のような形の太い角と、優雅にたなびく背びれはピンクと紫を混ぜたような、貝殻のような色彩で日の光を反射して輝き、背中に生えた翼が水棲生物ながらも龍種である事を主張しているように感じられる。
白い鱗で覆われた身体は、光の加減で薄紫に輝いて、しかし牙を伴った爬虫類のようなその顔は正しく龍であり、深紫の瞳からは他者を圧倒する圧が放たれている。
祭さんの準備が完了したタイミングで犬飼も『完全変化』を終えたようだ。
カラスの羽は変化の際に一掃されたようだが……目付きの悪い人間大の猫にしか見えないんだけど?
しかし今までのカーゴパンツにTシャツとは異なり、白地のワンピースに薄紫や金色のレース生地があしらわれ、各所にゴテゴテした装飾品が……動きにくそうだな。
何だか派手な冠も追加されて、目元に施されたアイシャドウは『ザ! エジプト!』って感じで……生意気にも右目が金、左目が銀のオッドアイだ。
エジプトで猫の『王階級』……バステトか!?
よりにもよってエジプト神話の女神かよ!!
その能力は……能力は……何だっけ?
龍対猫の構図となったが、犬飼の能力が分からない以上、場の緊張が肌にピリピリと感じられる。
にゃー。




