表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/102

八 叫ぶ声。たわわな果実を手放すな。

 八月二十五日。夜。小雨。


 物陰に注意しながら血痕に彩られたエントランスを出る。チラリと覗いてみたが、管理人室の主は不在のようだ。


 街灯に照らされた道路に人影は見当たらない。しとしとと降り注ぐ雨が衣服に染みこんでいく。通常であれば徒歩五分に位置するコンビニが、今日は宇宙よりも遠く思える。


 車道には複数の放置車両。陰に潜むゾンビに警戒しつつ歩道の端を歩く。


 一歩毎に後方確認。

 一歩進んで周囲の安全確認。

 一歩歩いて付近の観察。


 周囲にはまだらに灯る民家の明かり。思っていたよりも生存者が多いようだ。カーテン越しに漏れるソレはかつての日常を想起させるが、彼等はちゃんと食えているのだろうか?

 扉を開けると、明かりの下に餓死者が横たわり……。想像して鳥肌が立った。合掌。


 水たまりを避けて歩く。無理矢理五感が引き上がる。心臓が激しいリズムで踊り狂う。身体を濡らす、雨と汗。


 たった数分の距離を歩いただけで疲労感が身を襲う。



 日本各地の勇者達は闇夜に紛れて食料を求めた。動画サイトにライブ配信しながらだ。後に続く同胞の為に、より多くの情報を残す為に。ある勇者はコンビニ目前で果て、別の勇者は食料調達に成功した帰り道で。


 散っていった彼等の経験を糧にゆっくりと歩を進める。勇者は教会で復活できない。しかし映像を媒介として、その魂は受け継がれていくのだ。勇気と蛮行を伴った魂は続く同胞に宿る。

 機材が無い俺の魂を同胞に託す事は出来ないが。それでも先人達の魂は俺の心で生きている。


 今日は俺の番だ。続く同胞の灯火になれないのが残念だが、燃料くらい自分で準備しろ。俺は女の為に命を賭ける。女こそが俺の生きる理由だ!



 そして辿り着いた見通しの悪い交差点。ここを曲がればコンビニはすぐそこにある。曲がった先にゾンビが居なければ。


 震える足で姿勢を下げる。塀の陰からそっと様子を伺う。


「――ッ!!」

 俺の鼓動が激しくビートを刻む!


 視界の先に一人の男! ソイツは濡れそぼったスーツを気にする事も無く、所在なさげにたたずんでいた。外傷の有無は確認できないが、ハードモードの路上でぼんやり突っ立っているのはゾンビ確定だ!


 いつから居たのかなんて関係ない! どけよ! あっち行け! しっしっ!!



 夜道を出歩くゾンビは少ないけれどゼロじゃない。先人達の献身で、降水量が多いほど外出するゾンビが減ると証し立てられている。気象庁職員達がボイコットした現在、天気予報サービスは停止中。

 次の『夜の雨』がいつか分からない今、この日が最後のチャンスでは無いと誰が言える! だからどいて!


 石でも投げて誘導しようか? 周囲に石は無い。

 一人のようだし、いっそバールで決闘を挑むか!? いやいや、それは最終手段だ。

 むしろ今日は周辺調査だったから。このまま帰ってもねねは文句を言わない筈だ!

 そうと決まったら今すぐ帰ろう。踵を返して逃げ帰るのだ。ゾンビに恐怖した? だからどうした。文句があるならお前がやってみろ!



 そして俺の肩がぽん、と叩かれる。


 小雨がちらつく夜の街に、男の悲鳴が響く。



「す、すみません! そんなに驚くなんて思わなくって!」


 背の高い目の前の女は黒い革のパンツに白いTシャツ。黒い革ジャン(残念、長袖だ)の姿は世紀末の正装としてそれなりに正しい。ビニール傘を差していなければ。マスクをしているが美人であることに疑いは無い。茶髪で巨乳だし。


 間もなくゾンビがやって来る。俺とこの女の命はあと何秒だ?


 尻もちついた格好で女を見上げる俺の姿はマフラーのようにバスタオルを首に巻き付け安全第一ヘルメット。空のリュックにバールはその辺に転がっている。


 ショック死しなかったおかげで寿命が数秒延びたが、代わりに股間に温かい染みが広がっていく。


 俺の最期は美人のおねーさんの前でお漏らしか。なかなか悪くない。新たな性癖の扉を開けた先は、イージーモードの来世でお願いします。


「あの? 大丈夫ですか?」


「ゾ……ゾンビは?」


 本来ならダッシュでやって来るであろう、彼は来ない。耳が不自由な方だったのだろうか?


「ゾンビ? ゾンビがどうかしましたか?」


 だって向こうの木陰で白いワンピースのお嬢さんが犬と戯れて……あれ?



 いつの間にか外された首元のバスタオル。換わりにおねーさんの牙がそこに在った。


 扉の先はハードモードのままだ。むしろ来世がルナティック?


 純白のワンピースを着た犬が水着姿のお嬢さんと戯れている。

 今日は日射しが穏やかだな。テラスで珈琲のほろ苦さを楽しみつつ、子供達が殴り合う様を優しく見守る。

 びしょ濡れのスーツが気持ち悪いよ。



 目が覚めるとぼんやりした視界に白い天井が見えた。楽しい夢を見ていた気がする。なんだよこのベッドやけに堅いな。視界の片隅にはコーヒーサーバー。反対側を見ればずぶ濡れの男。


 おじさん、左頬の肉が無いよ? どっかに忘れてきちゃったの? 遺失物の相談はお近くの警察署又は交番まで。


 夏用の白いセーラー服を着た女の子からペットボトルのお茶を受け取る。よく冷えたそれは外気に晒され水滴がついている。女の子の腕は肉がえぐれて白い骨が外気に晒されている。遺失物の相談は以下略。


 震える手でキャップを外し、お茶を一気にあおる。ごっごっごっ!!


 ぷはー! うまいっ!

 何なんだよ! 何でゾンビに介抱されてんだよっ!! お前ら人間を襲うんだろ!? のんきに見てないで掛かって来いや! カモーン!!


 来ない。俺も既にゾンビに成っているのか? 扉を開けた先はイージーモードでした。お望み通りのゾンビ化か!


 ……なんか泣けてきた。格好付けて出てきた結果がゾンビ。母さんやあえかに何て言おう? ねね? どうでもいいや。


「気が付きましたか?」


 俺の性癖の扉を開いてくれたおねーさんが優しく声を掛けてくる。かろうじて覚えているぞ! お前が! 俺を! 噛んだんだな!


「申し訳ありません。待ち望んでいた抗体者の匂いで我慢できなくて。……でもこれで、ようやく契約出来ました」


 へぁ? 契約?


 新情報が出て来たが構わず吠える。ゾンビに成っちまえば情報なんてどうでもいいや。


「俺は母さんとあえかの為に食料を調達しなきゃいけないんだよ! ゾンビに成ってるヒマなんて無いんだよ! お願いだから、食料を……!!」


 どうせ失禁を晒した相手だ。涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔など、毛ほども気にならない。


 おねーさんに縋り付く。その先がたわわなおっぱいだった事は幸か不幸か? 色欲が勝った俺の頭にゲンコツが炸裂。


 ムラムラしてやった。後悔はしていない。


 ゾンビって会話、出来たっけ??






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ