六十七 ウサギと渋谷。原因の考察の果て。
九月十九日。晴れ時々曇り。午前九時。
ねねと朝日奈さんに鶏小屋の監修を任せて、桜花とあえかにガソリンの回収をお願いする。
「朝春の予定は?」
「ピッグカメラと銅寿司の裏手にショッピングモールの『mallaujo』があるだろ? あそこの探索だな」
色々と起こりそうな予感は有る。
しかし、ゾンビパンデミックと言えばショッピングモール。
行くつもりは無かったけど、結局好奇心が上回ってしまったんだからしょうがない。
「朝春? ゾンビ世界でショッピングモールって言ったらイベントの宝庫よねー?」
「そうね~。生存者がいるかも知れないし、調査は必須よねぇ~?」
? そうですね。
「そんなイベント満載のショッピングモールに同行したいと願うのは、罪ではあるまい?」
「ショッピングモールか! 生存者達があり合わせの道具でゾンビを撃退しつつ、ラブロマンスが育まれるアレだな? 私も同行するぞ! あきらも勿論来るよな?」
なんでこの人達はショッピングモールでテンションが上がるんだ? 確かにゾンビ、イコールショッピングモールの図式は一般的なのかも知れないが。……一般的かな?
それぞれの希望を無下にする事は後の禍根に繋がる。
ガソリン回収は比較的急務の部類に入るが、回収したところで短期間しか保たない。
昨日回収した分でもそれなりの量があるようなので、後日の回収でも問題無いか。
「朝春! あたしも行くわよ! 文句は受け付けないからね!」
「……ねね、お前が同行する事で護衛の手間が増えるんだけど? たかがショッピングモールに何で固執すんの?」
「あたしが行くって決めたのよ。リーダーはあんたなんだから、良いか悪いか。今すぐ決めなさいよ。でもあたしは何があっても付いて行くけどね!」
それはリーダーに対する言葉じゃ無いよ? ていうか無理矢理付いてくる宣言で拒否出来ないし?
結局mallaujoに同行を希望したねね、祭さん、桜花、朝日奈さん。
朝日奈さんに同行を求められたあきらさんが最終的なメンバーになった。
若葉さんとあえかに、昨日話題に上がった野菜や他の食材の回収をお願いしてマイクロバスで目的地に向かう。
向かう前にエントランスで車を停めてアリス達をバスに乗せた。
イリスとウリスの衣装もちゃんとしたモノを決めなければいけないからな。
「朝春、あんた……」
「おお、主殿。アリスのコーデは中々秀逸な出来じゃな。OL……いや、女教師。しかしそれならばハイヒールにすべきだったのでは?」
「俺もパンプスかヒールかで悩んだ。しかし、ふと目にしたロングブーツに運命の出会いを感じたんだ。
コンセプトはちょっとブレちゃったけど、アリスに乗馬用のムチを持たせたら似合うと思わないか?」
「なんと! そこまで考えてのロングブーツか! やるな、主殿!」
「はいはい、どーでもいーわよそんなの。……それにしても、三人ともおっぱい大きいわね……」
ブツブツと呟くねねを無視してアリス達にもバスに乗って貰う。
マイクロバスの中で生きた人間は運転手の俺と、一般客のねねだけだ。
ねねを運転席近くに座らせて、アリス達は後方に座らせた。
ちょっと面倒だけどしょうがない。
「あきら、このチョコクッキーが美味しいぞ。ほら、あーん……」
寧ろソコは口に咥えてあーんだろ? 百合的には。
朝日奈さんはあきらさんに依存しまくっていて、むしろ精神的な、百合的な片思いの域に到達している。
それは既に朝日奈さんの行動で判明しているが。
その先の展開に進まないのが朝日奈クオリティか?
「もぅ……引っ付くな、ひなた。全く、再会してからのお前は自分に構い過ぎじゃないのか?」
「う、うるさい! あの日渋谷駅で私がどれ程怖い思いをしたか、あきらは知らないからそう言えるんだ。
実家の食糧補給はあと一週間は大丈夫だし、それまでは一緒にいるぞ!」
あと一週間なんて冗談じゃ無い。……いや、鶏貰ったら接待も終わるし、居座るなら働いて貰わないとなぁ……ふふふ。
「って言うかあの日の渋谷って八月三日の? 朝日奈さん、あの場に居たんですか?」
「ん? ああ、居たぞ。あきらと待ち合わせをしてお洒落なイタリアンを食べる予定だったんだ。それなのにあきらが来るのが遅いから……」
「待て、ひなた。待ち合わせは十二時だったな。お前は何時に着いたんだ?」
「十時だ。コースの下見をしようと思って周辺をうろついていたぞ」
この人も何だかんだで重いな。デートじゃ無いんだから……いや、朝日奈さんにとってはそのつもりだったのかも?
「確か渋谷スクランブル交差点でゾンビが暴れ出したのが十一時過ぎ……だったよな? ねね?」
「そうだけど。ねぇ、朝春。あの時のニュースの内容、覚えてる?」
「えーっと……確かデモだか暴徒だかが車道を塞いでスクランブル交差点に進入。警察官が襲われて……ってとこまでだったよな?」
「朝春にしては良く覚えてたわね。問題はその後だけど、朝日奈さん。その後はどうなったんですか?」
朝春にしてはって何だ。
「あの後? ……確か交差点で騒ぎが起こってからすぐにパニックになって……その後の記憶はちょっと曖昧だな。
あきらとも連絡が取れなかったし、電車も動いてなかった。たまたま近くに居た陸上自衛隊の部隊に合流させて貰って、成り行きで大宮駐屯地に行く事になったんだ」
俺達が引き籠もっている間、彼女は彼女なりに苦労したみたいだ。その挙げ句の果てがバニーガールとは。防衛大学の学生だったとは言え、当時彼女の合流を許可した自衛官も浮かばれまい。
「あたしが思うに、あの日渋谷にいた暴徒は既にゾンビだったと思うの。ライブ映像で誰かの首筋に噛み付く瞬間が映ってたし、確定で良いと思うわ。
で、問題なのはそれまでゾンビが大人しくしていたって事。ゾンビって人間相手に問答無用で襲い掛かるんでしょ?
だったら交差点まで大人しくパレードする理由なんて無いわよね?」
「あの場に上位種が居たと?」
「そう考えるのが自然じゃ無い?」
マイクロバスを路肩に停めて、一旦深呼吸して心を落ち着かせる。
「あきらさん、上位種に進化する条件って死体を食べ続けるか、別の上位種の死体を食べるかの二択……ですよね?」
「はい。例外はひなたですが、『世界同時多発』とされていた筈のゾンビ発生現場に上位種が居たとなると、状況が少し変わってきますね」
少しどころじゃ無い。原因不明とされていた世界同時多発パンデミックが人為的な無差別テロ行為になってしまう。
世界的なテロ組織?
八月三日の時点で既に上位種だったなら、何らかの実験の果てに人為的に生み出された人造上位種。もしくはゾンビウイルスの実験の果てに生まれた自然発生の上位種。
どちらかで間違い無いだろうが、このパンデミックが人為的な実験の帰結である事に間違い無いだろう。
「その程度の事は自衛隊も把握していると思うが?
気になるならトカゲなり大宮の小林なりに教えてやればそれで良かろう? 余達に出来る事はそれ位じゃと思うが?」
それもそうか。ドヤ顔で新発見だ! って騒いで恥かいても嫌だしな。
一応時間のある時に乱悟さんに報告するか。「もう知ってると思いますけど一応念の為……」って言う体で話さないとな。
運転を再開してmallaujoへと向かう。対向車がいない事を確認してから信号を無視して右折。道なりに進んで駐車場に辿り着いた。
千葉県にいくつかあるショッピングモールとしては中規模程度だが、ホームセンターを併設している分、俺としては興味を引かれる。
時間が余ったら桜花の『亜空間収納』で根こそぎ回収して貰おう。
あきらさんが俺の護衛に。祭さんがねねの護衛。
配置としてはあきらさんと祭さんが前衛。俺とねねとイリスとウリスが中衛。
イリス達の抑えと護衛の要に桜花。
しんがりは朝日奈さんとアリスに任せる。
「緊急時はあきらさんと祭さんで敵の排除。桜花は俺とねねとアリス達に防御結界。状況次第で祭さんに水分補給。……そんな感じか?」
「今回は敵の排除に重点を置くんですか?」
「うん。桜花が居れば祭さんの『水球弾』や『水刃』が使い放題だろ?
エリーが居ないから近接格闘はちょっと厳しいかも知れないけど、あきらさんも居るし、無難にアウトレンジで一気に潰せば問題無いでしょ」
「対処が難しい場合はどうするんじゃ?」
「アリス達が騎馬形態になって俺がそれに乗る。桜花は大宮の時と同じく俺の背中でアリス達に指示。
あきらさんはねねの運搬。祭さんがしんがりだ。他に質問は?」
特に無かったので建物内に侵入する。
一階はレストランエリアとスーパーとその他。
「何処かに変わった気配は感じますか?」
「スーパーの辺りに何か……多分グールだと思うけど、そんな気配が有るわね」
珍しく索敵が機能したのか? スーパーにグール。特に珍しくも無いが……グールは貴重な存在なんだっけ? 回収しないと後で文句言われるかな?
「言われるでしょうね~。トカゲあたりに」
ですよね。面倒だけどしょうがない。最初にスーパーにいくか。
レストランエリアは無視。この規模の店舗に設置されている業務用冷凍冷蔵庫は家庭用に毛が生えたくらいの低温保存しか出来ない。
つまり中身の食材は全部ダメになっている。
現状で回収に値する物は乾物と缶詰。後は一部の調味料のみ。既にそう言うステージに移行しているので、業務用の低温冷凍庫、もしくは低温冷凍倉庫で保管されている食材以外は廃棄対象だ。
時間が有れば各店舗の在庫を調べるとして、道中の雑貨屋や輸入食品を取り扱う店を見て回り、その大半を桜花に『回収』して貰ってスーパーに辿り着いた。
特に入り口などは無く、フロアの一角が割り当てられているのだが、問題の人物は俺達が訪れた事に気付いていたのだろう。
正面から待ち受ける姿勢で、しかし自然体で、その場に佇んでいた。
彼が祭さんの索敵に引っかかったグールだろう。顔の左半分の皮がえぐれて大変な事になっている。左目は辛うじて無事なようだが、左頬が裂けて久々に『ザ! ゾンビ!』といった風貌のゾンビ……いや、グールに出会った。
彼は俺達に対して身体を正面にして佇み、特に構えをとるでも無く、自然体のままで悠然と立っている。
「お、お父さん!?」
ちょっと待って。何なら最初から待って! ねねのお父さんって……!
母親のまゆおばさんの最期が判明した直後にグールの父親と再会とは……。さすがにねねに同情する。
ねねの父親――宮湖橋健治さん。四十五歳――は彼女に気付き、驚きの表情で何かを言おうとして……。
朝日奈さんとアリスが視界に入ったのか、複雑な表情になった。
随分表情豊かなグールだな。
「ねね、生きていてくれたか」
グールが喋った!?
「お父さん!? お父さんは……無事……じゃ無い……よね? 上位種……なの?」
「健治さん、久しぶりです。蘭堂朝春です。覚えていますか?」
「ああ。勿論覚えているよ。ねねが世話になっているようだね」
「健治さん、貴方はグールですよね? それとも上位種なんですか?」
「ちょっと待ってくれ。ゲームの話か? いきなりグールだ上位種だと言われても私にはよく分からないんだが」
ゾンビとグールと上位種について掻い摘まんで説明した。
ゾンビやグールに自意識がある事を疑わしく思ってはいたが、まるで上位種のように――見た目以外は――振る舞う彼は一体何者なんだ?
「ねねの父親か。グールである事は間違い無いようじゃが……まさか喋るとは……お主、一体何者じゃ?」
「何者と言われても、私は普通の人間……だった。母さん……まゆと一緒に市役所を目指している最中にゾンビに襲われて、気が付いたらゾンビになってしまっていた。
すでにまゆの姿は無く、市役所に行くわけにもいかず、数日彷徨ってここに辿り着いたんだ」
「お父さん……とにかく無事で良かったよぉ……。
でもお母さんは死んじゃったし、あたし……あたし……」
健治さんの胸で静かに泣くねね。無事かどうかは議論の余地があるが、グールならば追加で十数体死体を食べれば上位種に……
――そう言えば健治さんって死体、食べたんですよね? ――……とは、さすがに聞けないな。ストレート過ぎる。もうちょっとオブラートに包んで……
「宮湖橋健治といったか。貴方はどれ程の死体を食べたんだ?」
「朝日奈ひなたぁ!! 今は! 親子の感動の再会シーンだろうが! いい加減に空気を読めよぉ!!
向こうで様子を伺ってる生存者さん達も困ってるだろうが!」
「わ、私が悪いのか!?」
「あ、僕達は後ででいいんで、再会シーンを再開して下さい」
上手い事言うんじゃねぇよ!




