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閑話 三郷あきらの苦悩と歓喜。(下)

「あきらちゃんは考えすぎやって」


 椅子をセッティングして、テーブルに一升瓶をドカンと置いた若葉さんは自分と祭さんの前に紙コップを置いて、瓶の中身を注いでいる。


「まぁまぁ、ちゃんぽんやろうけど、ウチら上位種は酒なんてジュースみたいなもんやろ? せやけど一応酔っ払えるんやから、楽しまなアカンって」


「若葉さん、日本酒の差し入れは有り難いですけど、屋上で晩酌する際はツマミを持参するべし。

 というルールは忘れてはいないでしょうね~?」


 自分達上位種が屋上で酒盛りをするようになって、自然発生したルールだ。


 『ツマミ無くして酒を呑むべからず』


 各人が――大抵は乾き物や缶詰だが――ツマミを持ち寄って酒を交わして交流する。


 自分と祭さん、若葉さんの三人しか屋上での晩酌をしないが、いつの間にかそんな決まりになっていた。


「あったり前やろぉ!? さいたまのコンビニで見付けたお高い缶詰やで! 牡蠣とベーコンとオイルサーディンや!

 こんだけあれば文句無いやろ?」


 いわゆる『高級缶詰シリーズ』として販売されていた物で。

 そう言えば朝春君はあまり興味を示さなかったな。


「朝春さんはなぁ、缶詰や乾物はイマイチ好みや無いんやで~」


「あら? それは今更な情報じゃないのかしら~? 契約者の食の好みは真っ先に調べる事だし? 確認の意味で言ってくれたなら……情報が古いとしか言いようが無いわね」


「二人とも! お願いですから喧嘩は控えて下さい!」


「あはは、ウチは喧嘩するつもりなんてあらへんよ?」


「私も勿論。ただじゃれ合っていただけよ~」


 今になってようやく、朝春君の努力と苦労が良く分かった。祭さんと若葉さんの仲裁を黙って眺めていたあの時の自分は、朝春君の苦労を何一つ分かっていなかった……!


 彼は自給自足のために、大宮では陣頭指揮を、日常ではまとめ役。彼のカリスマ性に疑問の余地は無い。少なくとも自分はそう思う。


 まさに滅私奉公と言ってもいいんじゃ無いだろうか?


「さすがにそれは持ち上げすぎなんじゃない?」


「せやなぁ、朝春さんは頭は回るけど、基本エロガキやしなぁ」


「え、エロガキはいくら何でも失礼だと思います! 朝春君に失礼ですよ!」


「あー、ウチが朝春さんに対して言うエロガキやアホやらの悪口は親愛の証しなんや。

 東の人にはちょっと分かりづらいかも知れんけど、そういう文化やって流したってーや」


 親しい人に悪口を言う西の文化。

 自分には理解出来ないが、若葉さんが言うならそうなんだろう。


 付き合いは浅いが、彼女が誠実な人間である事は既に知れている。……少々、ギャグと言うか、漫才と言うか、お笑いに走りがちだが、さいたま第一変電所では彼女の活躍無くして勝利は得られなかったとも聞く。


「あきらちゃんは考えすぎなんやって。過ぎた事でウジウジ悩んでもしゃあないやろ? 同じ失敗しなけりゃええだけの話や」


「私も若葉さんに賛成ね。今更大塚紫乃が蘇るワケも無いし……ねぇ、あきら?

 もしかして彼女……連れてきて無いわよね?」


「大塚紫乃とは、彼女がゾンビになった場所で別れました。

 当時の自分は覚醒の条件も分かっていませんでしたし、何より彼女の顔を見るのが辛かったので……」


 今だったら連れて来ただろう。上位種に覚醒すれば……今まで通りとは言わずとも、ゾンビに怯える生活からは解放される。


「でもトモ君の契約者はこれ以上増やさない方がいいわよね~?」


「せやなぁ。今のペースでもギリギリちゃうん?」


「? あの、何の話ですか?」


「……あきら。私達は週に一度、トモ君から血を頂いているわよね?」


「量は一回に付き百ミリリットル程度やけど、それが週に五回や。つまり週五で献血しとるようなもんやな」


 もしかして朝春君の負担になっているという話だろうか?


「だろうか? じゃないわよ。献血だったら、二百ミリリットルでも三ヶ月は間を開けるみたいよ。半分でも一月半。

 私達はトモ君の血を吸わないと死んじゃうけど、血の吸われ過ぎで倒れちゃわないか心配だわ~」


「それって大問題なのでは?」


 薄々感づいていたので、最近は必要最低限の量しか頂いていなかったが、事は朝春君の生死に関わる問題だ。


「そ、早急に対策を講じないといけないのでは?」


「一応桜花の魔法で診断してもらったんやけどな? 何か問題無いって結果しか出ぇへんかったん。

 抗体者の特性か、巴さんの食事のお陰か、あるいは両方か」


「とにかくトモ君の契約キャパシティは五人って事。多分規格外に多いと思うんだけど、六人目の契約は絶対に阻止しなくちゃ駄目よ~」


 若葉さん達と契約してから、朝春君が貧血を理由に体調不良を訴えた事は無い。

 ならば今のペースが彼の健康を維持する許容量の手前なんだろう。


 どれ位手前かを知る術は無いが、自分は今の吸血量で特に不満は無い。



「で、大塚紫乃と別れた後、あきらちゃんは真っ直ぐこっちに来たんか?」


 朝春君の負担に関する話は問題無いようで、先程までの話題を振られた。


「大塚紫乃と別れたのが確か八月二十二日。

 そのまま実家に戻る気にもなれなかったので、当初の目的通り柏に向かうことにしました」


 特に用事は無かったが、何らかの形でワンクッション置こうと考えた。


 千葉県内ではそれなりに栄えていると聞いていたし、沈んだ気持ちを物欲でフォロー出来ないか……なんて考えてもいたな。


 国道沿いに柏市を目指して、道中のレストランやショッピングモールを無視して、極力生存者と出会わないように気を付けた。

 敵意を持って襲って来てくれた方が逆に有り難い。


 助けを求める彼等のその手を、自分は再び手に取る自信は無かったからだ。


「それで? トモ君と出会ったの?」


 日本酒を少し飲んで、オイルサーディンを摘まんだ。

 悪くないが、これは白ワインが合うと思う。


「結果としてはそうですが……国道を歩いていると、どこからか食欲をそそるような、爽やかで、甘い匂いがしてきたんです。

 柑橘系のソースを掛けたスイーツの匂い……が妥当な表現ですかね」


「朝春さんの匂いやな! あきらちゃんはそんな感じなんやなぁ。ウチはちょっと焦げた、香ばしいソースの匂いなんやけど?」


「私は……お鍋……いえ、味噌汁? 鰹節や昆布の香りにお醤油やお味噌の、家庭的なホッとする匂いね~」


 同一人物の匂いを評価する言葉の筈が、三者三様、異なった評価が下された。


「個人の主観以前の問題ですね。上位種が感じる抗体者の匂いはそれぞれで異なるようです」


「そうみたいね~。一言で言えば私は肉じゃがみたいな匂いだけど、あきらはスイーツで若葉さんはお好み焼きでしょ?

 比べる気にもなれないわ~」


「お好み焼き……せやな。焼き上がったお好み焼きにソースを塗って、こぼれたソースが鉄板で焦げる匂い……あぁ、たまらんなぁ……」


「ちょっと、お好み焼きが食べたくなっちゃったじゃない! 食レポ禁止よ!」


 自分も食べたくなってしまった。マヨネーズを掛けて、青のりと鰹節を振り掛けて、鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てるお好み焼きを、はふはふと食べる。


 お好み焼き用の粉はスーパーにある。期限も問題無い。豚バラも冷凍の在庫が十分にある。キャベツは……朝春君が何とかしてくれるだろう。


 明日はお好み焼き! ……では無く、ラーメンだった。巴さんがチャーシューを仕込んでいたんだ。


「自分は匂いを頼りにこのマンションに辿り着いたんですが……この話、まだ聞きたいですか?」


「勿論よ。あきらとトモ君の最初の出会い。それが物語の始まりだったんでしょ?

 私は途中参加だから、興味あるわよ~」


「ウチも興味有るな。簡単には聞いたけど、改めてじっくり話してや」


 二人が聞きたいと言うならば、マンションに辿り着いた当時を思い出す。


「このマンションに辿り着いたのが確か……八月二十三日の午前でした。

 ここまでの道すがら、スマホで情報収集を行っていたのでゾンビや上位種、抗体者の基本情報は問題無かったのですが、まさか朝春君が抗体者だったとは思ってもいませんでしたよ」


「ちょぉ、待ちぃ。色々ツッコミたいけど……上位種や抗体者の情報って一応国家機密だったんとちゃうん?」


「今でもそうなんですけどね。……自分は自衛隊幹部養成学校、防衛大学校の二学年に在籍していたので、自衛官や隊員に伝手があります。

 生存報告を兼ねて色々聞き出してみました」


 自分の報告が上層部――多分、幕僚監部レベル――まで伝わったんだろう。

 機密とは? といったレベルで細かく教えて貰った。


「とにかく上位種は抗体者の血を吸わなければ一週間から十日程度で死んでしまうから、まずは付近で探すようにと。

 それが難しければ習志野駐屯地へ向かうように指示されました。

 当時既に、田楽寺乱悟の契約者を保護していたようですね」


「じゃあ、その時トカゲは契約済みだったの?」


「確かあの時の話の流れでは……」


 ――習志野駐屯地で保護している少年は何故かゾンビに襲われない特異体質だ。

 他の駐屯地からの情報による、『上位種』とやらの食料たる『抗体者』の特徴と一致する。

 確定では無いし、彼は性格に難があるようなのであまりお薦めできないが――


 そんな感じの内容だった。


「食料って……間違って無いけど、他人に言われると何だか腹が立つわね~」


「せやなぁ。あ、抗体者の匂いについては何も言うてへんかったん?」


 ――契約に成功した上位種は抗体者の匂いについて、『食欲をそそる匂い』だとも言及していたようだ。匂いと血で上位種を釣って保護して貰う、言わば共生関係なんだろう。

 この件は未だ研究が始まったばかりで検証も出来ていないが、頭の片隅にでも入れておけ――


「一応、アドバイスとしては役に立ちましたが、手に入れた力を国のために使え。とか、ゾンビの分際で口答えするな、とか。

 中々愉快な考えをお持ちの方でしたね」


 とは言えども、ゾンビパンデミックという前代未聞の大災害時に、上位種とはいえ下部組織の防衛大の生徒風情に情報を提供してくれただけ、まだ親切な対応だったと思う。


 腹が立ったのは事実だが。


「とにかく、得られた情報から抗体者がこのマンションに居るという確信を得た自分は誰がそうなのかを特定する為に、しばらく様子を伺う事にしました」


 そう決めて駐車場からベランダを眺めること数分、朝春君がゴミ袋をゾンビ達へ放る姿を見た時は……


「運命の出会いを果たしたワケね~?」


「いえ、朝春君が抗体者だという確信は得ましたが……特にこれと言った感情は……」


 嘘だ。あの時の感情は誰にも、朝春君にも話していない。恋心などは微塵も無かったと断言できるが、祭さんの言う通り運命の出会いだったと思う。

 あの時の胸の高まりは今まで生きてきた中で最高の……


 ちょっと恥ずかしいな。


 ベランダからゴミを投げ捨てる彼を見て運命を感じました。


 精神に問題があるとしか思えない。やっぱり黙っていよう。


「何や、つまらんなぁ。そこはビビッと来たとか、彼から目が離せなかったとか、色々あるやろ?」


「恋愛ドラマじゃないんですから……」


 朝春君はゴミ袋を捨てた後もゾンビの動きを観察して、空き缶を投げて彼等の反応を細かくチェックしたりもしていた。


「へぇ~、ゾンビの生態チェックをしていたのね~」


「当時の朝春君は自身が抗体者である事を知りませんでしたから、ゾンビの反応具合を細かく調査していましたよ」


「でも、その時あきらちゃんが声掛けてたら朝春さんも怖い思いせぇへんかったんちゃうん?」


 それは確かにその通りだが。

 だが、当時の自分は出会いをちょっとドラマチックにしてみたいという願望もあったし、何より基礎知識が無いと思われる朝春君にいきなり声を掛けても話を聞いて貰えなかっただろう。


「逆の立場だったら相手を信用出来ない自信がありましたから」


 自分が彼を外に連れ出すのは不可能だ。

 なら、彼に出て来て貰えば良い。彼が外出しなければならない理由は?


 食料だ。


 当時八月二十三日。午後。晴れ。


 ゾンビの生態調査をしている位だ。日中に外出するのは自殺行為だと理解しているはず。


 行動するなら夜。余裕があるなら雨を待つ。自分もゾンビの生態はそれとなく気にしていたから分かる。


 ゾンビが活動を控える条件は『夜間』と『雨』だ。


 近所のコンビニに来ると決め付けて作戦を練る。出会いの演出は派手に美しく。

 絶対に余計な邪魔が入らないように周辺のゾンビを指揮下に置いて、来たるべく当日に備えて訓練を施す。


 自分の計画はこうだ。


 コンビニに向かう朝春君。曲がり角の先のゾンビが邪魔で先に進めない。

 そこで声を掛ける見た目は人間の自分。


 ――自分もコンビニに行きたいのですが、あのゾンビが邪魔で難儀していました。

 ――分かりました! 俺と一緒に力を合わせてゾンビをやっつけましょう!


 完璧な計画……の、ハズだった。立案時においては。


「ツッコミどころしか無いわね……」

「ツッコむ気にもならへんなぁ……」


「いやいや、自分と朝春くんの出会いを演出する完璧な作戦じゃないですか」


 結局、声を掛けた途端に彼は悲鳴を上げて……その、コホン。我慢できずに首筋に牙を立ててしまった。


「あんまおもんく無かったなぁ……」

「そうねぇ~。あきらが思ってたよりもポンコツだったってのは分かったけど」


 なんですかそれは!?

 話せと言うから話したのに、その評価はどうかと思いますよ!?


「せやかて、聞いてた話とあんまり変わらへん内容やったし?」


「そうねぇ~。もっと運命的な出会いを期待してたんだけど~?」




 八月二十三日。駐車場から見上げた朝春君と目が合う事は無かったが、あの時が運命の出会いだったと断言できる。


 恋愛感情とか従うべき相手とか、そう言う次元の話では無く、生涯を共に生きていく相手だと確信した。ただそれだけの話だ。


 陳腐な表現をすれば運命の相手だったというだけで……



 当時の喜びを語ること無く、胸の内に秘めていたいと……今は静かに、そう思う。



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