表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/102

閑話 三郷あきらの苦悩と歓喜。(上)

 九月十八日。曇り。二十三時。


 マンションの屋上で三郷(みさと)あきらは赤ワインを片手に、ぼんやりと夜の街並みを眺めていた。


 一軒家やマンションで照明が点いている部屋は十にも満たないが、その明かりの下に居るのは死体かゾンビだろう。


 今月の満月は確か二十一日。月の満ち欠けは自分――カーミラ――には関係ないが、スライスチーズと生ハムを巻いた簡単な肴を摘まみつつ、時折顔を覗かせる『ほぼ』満月の下で月光浴を楽しんでいた。


「お邪魔しても良いかしら?」


 屋上へ至る階段を昇った先は四畳程のスペースがあり、コンセントもいくつかあったので朝春君の許可を得て、晩酌用の酒や肴を保存する冷蔵庫が設置してある。


 先程からごそごそと物色する音が聞こえていたが、祭さんだったのか。


「勿論です。生憎の曇りで、月は見えたり見えなかったりですが」


 クーラーボックスを脇に置いて持参した折り畳み式の椅子を、自分が設置した同じく折り畳み式の簡易テーブルを挟んだ正面に設置する祭さん。


 椅子もテーブルも野ざらしにするのは躊躇われたので、アウトドアショップでそれなりに高級な物をいくつか、冷蔵庫の横に置いてある。


 晩酌に訪れた人間――上位種――が自分でセッティングして、使い終わったら元の場所に戻す。


 食器は基本的に紙皿、紙コップ、割り箸だ。屋上でも水道は使用できるが、洗うのが面倒なので使い捨ての食器で済ませる。


 紙コップで飲むワインはちょっと味気ないが、まぁキャンプだと思えばこれはこれで味がある。


 祭さんはクーラーボックスから缶チューハイを取り出して、軽く乾杯。紙コップには注がずにそのまま飲むようだ。


「ワインに合うかは分からないけど、良かったらあきらも食べてね」


 以前朝春君が貰った自衛隊の戦闘糧食の缶詰。ソーセージと沢庵の蓋が開けられた。


「祭さんは寝なくていいんですか?」


「たまには良いんじゃないかしら? それに二人でゆっくり飲むのも良いかと思ったんだけど~?」


「そうですね。自分や祭さんが朝春君と契約してから今日まで、色々な事がありました。

 睡眠が必要無い身体が、こんな形で祭さんとの交流に役立つとは思っていませんでしたよ」


「相変わらず固いわね~。まぁ、それがあきらの性格なんでしょうけど」


 自分はいたって普通のつもりなんだが、『頭が固い』というのは良く言われる。やはりそうなんだろうか?


「ねぇ、前から聞きたかったんだけど、あきらはあの日からトモ君と契約するまで、どう過ごしてきたの?」


 何気ない彼女の言葉で、自分はあの日の惨劇を思い出した。


 祭さんも同様だと思うが、一ヶ月以上経ったとは言え、あの日味わった恐怖は今でも忘れがたい。


 しかし、あの日の恐怖の上に今の賑やかで……ちょっとエッチな朝春君やその家族達との楽しい共同生活があると思うと、過去を振り返るのもそんなに苦では無い。


「自分は八月三日、ひなたと遊ぶ約束があったので渋谷に向かっていました」


 自分は朝春君ほど喋ることが上手では無いが、それでも構わない。

 酒の肴に気軽に話してくれれば良いと、祭さんが言ってくれたので細かいところは省略して過去を振り返る。


「正午の待ち合わせで、自分が渋谷に着いたのは十一時四十分頃だったと思います。

 電車は動いていましたが、駅構内もスクランブル交差点付近も大混乱で、回線が混み合っていたんでしょう。ひなたとも連絡が取れないまま、自分は待ち合わせ場所の銅像に向かいました」


「確か渋谷はスクランブル交差点がパンデミック発生地点だったのよね? 周りはゾンビだらけだったんじゃないの?」


「今にして思えば、ですが事件発生直後だったようで、ゾンビよりもパニックになった民衆で阿鼻叫喚……と言った具合でした」


 当時のあの場所は逃げまとう人々と、ドサクサに紛れた強盗や痴漢が横行していて、自分も被害に遭いそうになったな。

 女とはいえ、日常的にトレーニングを強いられている上に、自分は校友会――防衛大学校に於ける部活動だ――は少林寺拳法部に所属している。


 本職の格闘家でも無ければ一般人相手に負ける道理は無いので、撃退しつつひなたを探していたのだが……


「結局ひなたとは合流出来ず、自分もゾンビに襲われてゾンビ化したようです」


「でも渋谷とこことじゃ大分離れてるし、実家に向かったにしても方向が違くない?」


 沢庵をパリポリを食べながら祭さんは三本目の缶チューハイの蓋を開けた。


 自分もワインを飲みつつ、生ハムとスライスチーズにオリーブオイルを少し垂らしてブラックペッパーを振りかける。


「自分が上位種として覚醒した場所は千葉県の松戸駅付近でした。

 ゾンビになった自覚はありましたし、断片的に死体を食べた記憶もありました。確か……八月二十日ですね」


 意識が戻ってポケットに入れっぱなしのスマホを確認してみたが、当然バッテリー切れ。

 人の居ないコンビニで充電させて貰って、日本と世界が終わりつつある事を知ってしまった。


 自分が既に人では無い事を自覚していた。最初はゾンビに怯えていたが、彼等の方が自分に怯えている事が分かり、簡単な命令なら従うことを発見して……


「真っ先にやった事が革ジャンの調達と髪の染色でした。

 当時の自分は何かから解放されたという意識が強かったのだろうと思います」


「それは……私には分からないけど、そのままここまで来たのかしら?」


 紙コップのワインを一口飲んで、ソーセージを一つ食べた。やや塩気が強いが、ご飯のおかずとしても酒の肴としても有りだろう。


 かつて先輩達に連れて行ってもらったバルで食べたソーセージとは比べ物にならないが、チープな味わいもたまに食べる分にはむしろ美味しく感じてしまう。


「自分はそのまま、埼玉県草加市の実家に向かうつもりでした。

 ですが道中で少女に出会ったんです」


「あら、それは初耳ね。じゃあ女の子を避難所に連れて行ったから、ついでにこっちの方に来たの~?」


「いえ、そうでは無いんですが……」


 少女は自称十五歳で、名前は大塚(おおつか)紫乃(しの)……と名乗った。


「彼女は柏市に連れて行って欲しいと言っていたので、やや遠回りですが二人で柏市を目指しました」


「松戸駅の近くって言ってたわよね? 大塚さんの他に生存者は居なかったの?」


 言われて少し違和感を覚えた。パンデミック発生数日後ならまだしも、十七日間を少女一人で生き延びるには少々厳しいかも知れない。


 当時の記憶を注意深く思い出すが、やはり大塚紫乃以外の人間は居なかったように思える。

 実際、十七日間を生き延びるだけならば、水と食料さえ有れば後はゾンビに見付からなければ問題無い。

 考えすぎだったようだ。


 ついでに敵意ある人間に食料を奪われない事も追加しておく。


「特に不審な点はありません。あの時は周囲のゾンビを遠ざけていたので出会う事が出来たんでしょう。

 彼女は友人達とはぐれて一人で隠れていたと言っていましたし……」



 自分が居ればゾンビは脅威では無い。むしろ単純な命令なら従ってくれる彼等に、自分はいつしか仲間意識を持っていたと思う。さすがに大塚紫乃に近づける事はしなかったが。


「当時の自分はゾンビに対して余りにも無知でした。自分に従うゾンビ達を前に、まるで権力者になったと勘違いするほどに思い上がっていたんでしょう」


 祭さんは新しい缶酎ハイの蓋を開けて、ジャイアントコーンの袋を開けると、一粒口に放ってポリポリと食べる。


 自分も一粒貰って食べる。煎餅よりは若干軽い食感だけど、コーンの甘みとまぶされた塩が酒に良く合う。


 酒に関して語れる程の人生経験は無いが、塩気が強ければ何でも有りなんじゃないだろうか?


「徒歩で柏に向かっていましたが、コンビニで食料を調達している最中、彼女はゾンビに噛まれてしまいました」


 当時の自分は無知で、ゾンビのあしらいかたも知らず、|ゾンビは自分に協力してくれる《・・・・・・・・・・・・・・》と思い込んでいた。


 命令しなければ駄目だと知ったのはあの時だったな。


「つまり大塚紫乃は、あきらが目を離したからゾンビになっちゃったって事?」


「はい。当時の自分は彼女をゾンビにしてしまったのは自分のせいだと、酷く後悔して周囲のゾンビを皆殺しにしてしまいました」


 完全に八つ当たりだったが、あの件は今でも後悔している。自分の不注意で少女をゾンビにしてしまった。


 国民を守るという、自衛隊気取りでいた自分は、何て思い上がった無能なんだろうと。

 自分の身体能力が劇的に向上したのは自覚していたが、何でも出来ると思い上がっていた当時の自分は、一人の少女を守る事が出来なかった。


 ゾンビを挽肉にする事は出来ても、少女一人守れない自分に一体何の価値があるんだろうか?


 今、朝春君と行動を共にして、彼とその家族を守るのは自分のエゴでは無いのだろうか?


 彼等を守る事で大塚紫乃を守れなかった自分を正当化しようとしているだけじゃないのだろうか?


 あまつさえ、祭さんに告白する事で彼女の同情を得ようとしているんじゃないのか?


 ――あなたは何も、悪くない――


 祭さんからその言葉を掛けて欲しくて、自分の罪を告白しているんじゃないのか?


 心臓はとうの昔に停止したはずなのに、動悸が激しくなって呼吸が荒くなる……ような気がした。


「あきらちゃん、考えすぎやろ?」


 その関西弁で、確認するまでも無く若葉さんだと知れたが、振り返ると一升瓶を肩に担いだ彼女が月明かりの下で、爽やかな笑顔で立っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ