六十六 蘭堂家の食卓。若葉のツッコミ指導。
九月十八日。曇り。十六時三十分。
若葉さんと共に、アリス達を一○八号室に案内する。
アリスにロングブーツを履かせてしまったので、玄関で脱がせるか、いっその事この部屋は土足OKにするかで少し悩んだ。
「若葉さん、アリスって自分でブーツ脱げたり履いたり出来そうですか?」
イリスとウリスはパンプスなので問題無い。室内用スリッパへの履き替えもスムーズにこなしている。
「ちょっと待って。……せや、一旦そこで座って……後ろにチャックがあるやろ? それを下ろせば……」
目立たないように細工されているが、彼女のブーツはチャック式で、比較的楽に着脱が出来るタイプだ。
玄関に座って若葉さんの指導の下、緩く足を広げてブーツを脱ごうと頑張るアリスはミニのタイトスカートで。
隙間から覗く漆黒のショーツに俺の視線が吸い寄せられる。
自分で選んだ下着だが、やはり着用されてこそ。女性の美しさを彩るレースの下着とタイトスカート。トドメにガーターストッキングとくればガン見しない方が失礼だ。
「朝春さん? 雑巾絞りの刑に興味があったようやけど、いっぺん体験させたろか?」
ひんやりとした、むしろ冷たいその手で首筋を撫でられて鳥肌が! ゾワゾワゾワって来た!
脱ぎ終えたロングブーツを隅っこに置いて、満足げな表情のアリスはスリッパを履いてリビングへと向かっていった。
彼女達は普段どのように過ごしているのだろうか?
「若葉さん。そろそろ晩飯ですから。待たせても悪いし、急ぎましょう」
「はぁ、普段は本当に性欲に忠実な高校生なのね。変電所の件が無かったら信じられない位だわ」
むしろ性欲ありきの判断基準だったような気もしないでも無い。
家に帰るとガソリン調達組のあえか、祭さん、桜花が少し前に帰宅していたようで、特に報告するべき件も無く、順調に回収出来たようだ。
「兄さん、ガソリンスタンドの貯蔵タンクからガソリンを回収するのが手間なんですが……何か良い解決策はありませんか?」
「貯蔵タンクから直接? 普通に車に給油するみたいにやれば良いんじゃないの?」
「「「え……?」」」
あれ? 何かが引っかかったので質問を続ける。
「電源は生きてた?」
「はい」
「だったらタッチパネルでガソリンの種類を選んで給油するだけだろ? カウンターで給油許可の操作しないといけないけど……あぁ、あと現金も必要か」
「どういう事じゃ!? つまり余達が苦労してバルブの開け閉めをした労働が、実は指先一つで済んだと言う話か!?」
「聞いてないですよ! ……ですけど、その、そういう方法があった事は確かに失念していました……」
「でも割と良い感じに回収出来たと思うけど~? ガソリンが私の水流操作の対象だったからスムーズに回収出来たわよね。普通に給油するより早かった筈よ
~」
それなら良いんじゃないの?
現金なんかはそこらのゾンビからいくらでも回収できるし、なんならATMを破壊して……警報が鳴るとうるさいか。
今のご時世、紙幣なんてガソリン交換チケット程度の価値しか無い。
いや、量が多いから紙幣も大量に必要になるのか? だったらタンクから直接回収した方が結果的には楽なんだろう。
今日の夕食は明太子スパゲッティと焼き立て食パン。やっぱりパンか。
明太子スパゲッティは少量のマヨネーズで和えて、尚且つおろしニンニクが加えられて明太子の風味とか辛さとかは吹き飛んでしまっている。
明太子要素はピンク色の見た目だけだが……いや、微かに残るこの味わいと風味は他の料理では出せないんじゃ無いだろうか?
しかし、一番目を引くのは中央にトッピングされた緑と白の物体。これはまさか……!
「かいわれ大根が収穫出来たのよ。蘭堂家最初の自家製野菜なんだから、感謝して食べなさい」
マンションの住人達とホームセンターに行った際に回収した種を育てていたらしい。種蒔きから十日程度で収穫できるとは、かいわれ大根恐るべし。
野菜と言うより、薬味の認識が強いが、生鮮野菜に変わりは無い。
スパゲッティと一緒に食べると、独特の辛みとシャキシャキした食感がこってりとしたマヨネーズに、刺激と清涼感を与える。
明太子マヨネーズスパゲッティの正しいトッピングはかいわれ大根だったのか? と思ってしまう程だ。
「確かにジャンクな味わいじゃが、スーパーの惣菜でよくあるタラコスパゲッティのサラダを考えるとそう、おかしな品でもあるまい。
マヨネーズでコクを、明太子と摺り下ろしたニンニクで味と風味。かいわれ大根で辛さと食感。
……むしろこれこそジャンクの称号を与えても良いのではないか? いくらでも食えてしまうぞ!?」
「だけどスパゲッティもパンも炭水化物だな。私達は構わないが、少年や巴さん達は栄養的に問題無いのか?」
かいわれ大根はそれなりに栄養豊富だそうだが、薬味程度の量じゃあまり意味は無いだろうな。
「今日はチャーシューを仕込んでたから余裕が無かったのよ」
――チャーシュー!? ――
助手のねねを除いた全員がツバを飲む。
「さすがに麺は乾麺だけど、明日は卵無しのチャーハンっぽい何かと冷凍の餃子でラーメン定食だからね! お腹空かせてきなさいよ!」
明太マヨスパゲッティも十分美味しいけどなぁ。チャーシューの魅力には勝てないか。
チャーシューに沸き立つ女性陣を代表? して桜花が、
「巴殿、ラーメンは醤油か味噌か豚骨か? それとも担々麺か? 出来れば豚骨醤油でモヤシとキャベツたっぷりの三郎風のラーメンが食べたいんじゃが……」
「トモ?」
「モヤシとカット野菜がスーパーの冷凍倉庫にまだあったと思う。……けど豚骨醤油は……」
「豚骨スープにチャーシューの煮汁をちょっと混ぜればいけるでしょ? 作り方は調べておくから期待していなさい」
料理に関しては頼もしすぎる母さんだ。明日の予定にスーパーが組み込まれた。
「あの! 煮卵は無理でもウズラの卵の水煮なら大丈夫だと思うんだけど!」
「パックの水煮はもうアウトですね。缶詰なら確か二、三年大丈夫だったと思いますけど」
「確か極楽浄土の湯の倉庫に缶詰があったわね。明日回収してくる?」
朝日奈さんには悪いが桜花達は明日もガソリン回収だ。近くのスーパーの在庫に缶詰あったかな?
野菜回収時に確認するか。無かったら諦めて下さい。
「んぅ~、しょうがないな。あまり我が儘を言って迷惑を掛けるのも本意では無いしな!」
朝日奈さんの台詞に今更どの口が言うんだよ! という、俺と女性陣達のツッコミが炸裂しそうになったが、すんでの所で発言は抑えられた。
これは接待。鶏をゲットするための試練。そうやって各自、自分を言い聞かせて溢れる感情を抑える。
夕食が終わり、乱悟さんから貰ったケーキの箱が恭しく運ばれてきた。
エリーが酷く緊張して挙動不審になっているが、他は特に問題無い。知り合いから貰った貴重なデザートを食べられるとあって、皆笑顔だ。
エリー以外に唯一中身の状況を知る俺は、箱が開けられた時の皆のリアクションが楽しみでしょうが無い。
「さぁ、頂いたケーキをたべましょう。十人でどうやって分けようかしら……」
言って母さんが蓋を開けると、四分の一が綺麗に欠けたホールケーキが姿を現した。
固まる母さん。何も知らないあえかとねねが紅茶やコーヒーの準備をしている。
事情を知るエリーは冷や汗だらだらで、逃亡を試みるも母さんの質問によってその退路を封じられた。
「エリーちゃん? ケーキがちょっと足りないみたいだけど、心当たりはあるかしら?」
ケモ耳を伏せて尻尾を股の間に挟んだエリーは、あとほんのちょっとの切っ掛けで仰向けの『服従のポーズ』をする事間違い無いだろう。
かつて色々な事態に怯えてきたエリーだが、震えること無く諦めた表情で佇む彼女は初めてだ。
裁判に発展しかねない雰囲気に、俺は当事者として当時の状況とエリーの情状酌量を訴えて、俺のケーキの取り分を放棄したところでエリーは赦された。
これって普通に蘭堂家式裁判じゃないの?
何でもうちの裁判で被告になるのは俺だけだそうだ。何だよソレ!!
「だって毎回やらかすのは兄さんだけでしょ? 裁く方の労力も考えて下さい」
そんな事無いぞ! 俺はやらかしてなんか無い! 全ては誤解だ!
待遇の改善を要求する! 経営陣は労働組合から訴えられてもいいのかぁ!!
労働者の人権を無視するなー!
「少年。折角のケーキがマズくなるから黙っててくれないか?」
あきらさん! 朝日奈さんがいじめるぅ!!
チョップの嵐を喰らったのであきらさんの胸元に飛びつくのを断念した。解せぬ。
ケーキの四分の三を九人で等分して楽しみつつも、四分の一を三等分した自分達より、四分の一を二等分した藤枝さんと小町ちゃんにヘイトが集まっている気がするが……そこはどうでもいいや。
明日はスーパーに野菜を取りに行くって事で。
「ねね。鶏小屋はどうなんだ?」
「も、問題無いわよ! ……順調よ。なんか文句ある?」
お前の態度に問題が有るな。「朝春様。全ては順調です」と言えてこそ……
あきらさん! アイアンクローはまずいって! 頭から聞こえちゃいけない音が! ミシミシっていってるから!
「朝春君、冗談は控えて下さい。毎回突っ込むのも正直、面倒なので」
「はぁー!? あきらちゃんは、な・に・を! ワケ分からん事ゆうとるん!?
ちょっとしたギャグに反応し過ぎやで!? ええか? あえて! あえて説明したる!
ねねちゃんのツンデレに朝春さんが返した言葉は照れ隠しのギャグや。そこでツッコミとしてのアイアンクローならまだええねん。
やけどソコをガチでやったらあかんやろ!? アイアンクローしました。ゴメンナサーイ。が基本的な流れやろ? ソコ、ガチでやったらボケもツッコミもどうしてええか分からへんやろ?
基本ツッコミは派手に殴ったりしてるように見えるけどな、アレ演出やからな?」
その解説こそがボケのような、ツッコミ待ちのような気がしてならないが、確かに俺に暴力を振るって場が収まりました。めでたしめでたしってパターンが多発している。
ワンパターンは芸風の一つだけど、そればっかりじゃいけないよな。
「そもそもトモ君が余計なボケに走るのが原因なんじゃないの~?」
「でもストイックで真面目なご主人様はつまんないし、逆にキモいよ?」
エリーの言葉に一部の女性陣達がショックを受けたようだ。
いや、エリーの言葉も酷くない?
「自分が間違っていました! 朝春君は場を和ませるため、コミュニケーションの一環としてあえて汚れ役を演じていたんですね!
それに気付かなかった愚かな自分は無用な暴力を振るった挙げ句に面倒などという暴言を……! お願いです! 自分に何か償いをさせて下さい!」
また何か勘違いして明後日の方向に解釈しだした。償いなら勿論、その巨乳を……
「撤回しなさい、あきら。どうせおっぱい揉ませてって言われるのがオチよ」
「せやなぁ。んで、誰かにチョップかケリ喰ろぉて終いや。いつものパターンやな」
「たまには主殿のエロい要求が通るというのはどうじゃ?
衆人環視の中あきらの乳を揉む度胸が主殿に有るのか、試してみるのも面白かろう」
「待て待て。あきらのおっぱいは私の癒やしだぞ? いくら少年でもこればかりは譲れないな」
「それってつまりあきらちゃんの代わりにひなたちゃんがおっぱい揉まれるって事かしら?」
なんか話の方向が二転三転してるんだけど? 結局俺は朝日奈さんのおっぱいを揉めば良いのか?
「何言ってるんですか。兄さんの不始末は私が責任を負います。だから兄さんが得る利益も私に還元されるのは当然でしょう?」
あえかがワケの分からない理論をぶちまけた。何その『お前の物は俺の物』理論。ていうか俺の不始末であえかが責任負った事ってあったっけ?
「……? 結局あえかちゃんが朝日奈さんのおっぱい揉むって事?」
「そもそも何でウサギのおっぱい揉む話になったんだっけ?」
「確かウサギさんが志願したからだったわよね~?」
「せやったな。自分から揉んで欲しいって、アンタ中身も痴女やんなぁ……」
「わ! 私は揉んでくれなんて一言も言ってないぞ! 何だその伝言ゲームは! 元々はあきらが少年に償いを申し出た話だっただろう!」
「……っていうのが多人数参加型の伝言ゲーム式ボケ倒しギャグや。
ひなたちゃんのオチがちょっとイマイチやったけど、ドッキリ企画としてはまぁまぁな結果やと思うで?」
わざわざ作ったのか、『ドッキリ大成功』の小さいプラカードを掲げた若葉さんが解説に入った。
「どうせ朝春さんはどっかでエロいボケに走るやろ?
やからあきらちゃんのツッコミを起点にアドリブで試してみたんや。いやー、正直おっぱいがキーワードでこぉまで話が膨らむなんて思ってなかったで。
おっぱいだけに良ぉ膨らんだなぁ! アハハハ!」
「つまりあきらさんはドッキリの為だけに俺にアイアンクローと暴言を喰らわせたと?」
「いえ! その! そのぉ、朝春君の気持ちを考えないで安易にドッキリに参加してしまった事は反省しています。
ですから自分に償いの機会を与えては頂けないでしょうか?」
「それじゃあご希望通り、その大きな胸で! 俺の悲しみを受け止めて……」
結局チョップを喰らってオチが付けられた。過程が長くなっただけでオチが同じだったら意味無くない!?
「それはトモ君の行動パターンが同じだから……」
「兄さんの行動がワンパターンだから結果も同じ。世の道理ですね」
俺の行動パターンを否定する事は人格否定と一緒だぞ!
俺は負けない。
いつの日か、セクハラから暴力オチのパターンが崩れるその日まで!




