六十五 風呂とスーツと私。ちょっとした収穫。
九月十八日。曇り。十四時三十分。
若葉さんとアリス達を伴って施設内を巡る。浴場は昨日確認したから休憩所その他を一通り見て回ったが、意外と綺麗に片付いていた。
勿論、埃は溜まっているし要所要所で重点的な掃除は必要だろうが、ゾンビ達に任せれば後は細かい部分だけで済むだろう。
掃除用具を持ってこなかったのが悔やまれるが……。
「バックヤードに有るんじゃない?」
確かにそうなんだけど、その収納場所が……あった。ご丁寧に看板で案内されていたから難なく見付ける事が出来た。
若葉さんにゾンビを集めて貰って……老若男女、二十名程が招集された。
彼女の序列は祭りさんの下、あきらさんの上だそうで、彼女の前にゾンビ達が整列して……なんだかあきらさんやエリーの時とは違ってちょっとユルい雰囲気だな。
格はともかくとしても、統率者の性格が出ているのか?
「ほらー、あんたらしゃんとしぃやぁ。今から説明するかんなー。
ウチと朝春さんの期待に応えられへんかった愚図は雑巾絞りの刑やでー」
雑巾絞……今、何て?
「ええか? 風呂場の目地の黒ずみ。これはカビ用スプレー吹いてちょっと置いてから擦るんや。で、鏡の曇りは……」
俺の疑問を余所に元専業主婦の若葉さんのお掃除講座が続く。
「分かったら作業開始や! あんじょう気張りや!」
続いて館内清掃組の指導に続く。
箒でどうの、雑巾で窓枠や棚を拭けと。果たしてゾンビ達が理解出来ているかは疑問だが、彼等は指示された作業に取り掛かった。
「明日になったらそれなりに綺麗になってるんじゃないかしら? ちょっと楽しみね?」
そうだけど、雑巾絞りの刑が気になってしょうが無い。でも怖くて聞けない。
「ライフラインも生きているみたいだし、桜花に頼らなくても運営に支障は無さそうですね」
「そうねぇ。でもここまで整備して、たまにしか使わないのも勿体無いわよねぇ?」
「それはそうですけど。管理人は上位種じゃないと駄目だし。使う前にゾンビ達に掃除させれば良いと思いますけど?」
「そうね。管理者が居ないとね……」
「アリスは駄目ですよ!?」
「ややわぁ~。そんなつもりで見たんちゃうって~」
どうだか。『丁度都合の良いのが……』って目をしていたぞ。
施設内のレストランを覗く。ここだけ掃除が行き届いていて、今からでも使えそうな位だ。藤枝さん達が使っていたんだろう。
食材は冷凍庫に僅かに残されていて、他には乾麺が少々。結構ギリギリだったみたいだな。消費期限も問題無いから持って帰って皆に配るか……昼食で消費して貰った方が早いかな。
「朝春さん! ちょお、これ! これ玄米ちゃうん!?」
マジで!? ふおぉぉ!! 未開封の玄米の袋が山積みに!! スゲー!
「凄いですよ、若葉さん! 大発見じゃないですか! これだけあればしばらくは米食い放題ですよ!」
調理場に併設された倉庫には様々な食材の缶詰と玄米の袋が保管されていた。
言っちゃ悪いがスーパー銭湯併設のショボいレストランにこれ程大量の食材が保管されているとは思ってなかった。
多分常温で長期間保存できる缶詰や玄米を大量に仕入れてコストを抑えたんだろう。
業務用精米機も大型では無いものの、――むしろマンションで使うには十分なサイズだ――操作方法と手入れの仕方が印刷された紙が壁に貼られていて、不慣れなバイトに優しい仕様になっている。
ギリギリどころか一年以上はここで暮らせるな。栄養は偏るけど。明日にでも桜花を連れてきて回収せねば。
それにしても隣とは言え屋外を通らなければ往き来は出来ないのだが、毎回命懸けで往復していたのか?
その疑問は裏口の扉を開けた事で解消された。
銅寿司の裏口との間に、バリケードによって通路が形成されていた。軽自動車を無理矢理押し込んで、隙間を椅子やらテーブル、棚などで塞いでいる。
抗体者と思われるまゆおばさんの関与があったかは定かでは無いが、上位種の庇護無しにここまで立派なバリケードを作り上げた執念には恐れ入る。
て言うかこっちを拠点にすれば済んだんじゃ……?
「それだとピッグカメラの生存者達と連絡が取り辛かったからじゃないかしら? 向こうはスーパー併設で食料も豊富だったみたいだしね」
まだ確認していないがピッグカメラも拠点としての重要度は高い。交流を絶つには惜しい相手だったと言う訳か。
「これで一通りの確認は終わりましたね。帰りがてら、アリス達の服を調達しましょう」
むしろそっちが本命と言っても過言では無い。
「はいはい。それで何処に行くの? 近くのショッピングモール?」
国道に面した極楽浄土の湯。裏手の公園を挟んで、ホームセンター併設の中規模ショッピングモール『mallaujo』があるが。あるんだけど……生存者、居るだろうなぁ。ぶっちゃけ面倒くさい。
いや、時間があって『今日はショッピングモールを攻略する!』っていうテンションなら良いんだけど、生憎今日は違う。
下手に踏み込めば生存者救出イベントは確定にしても、敵対上位種が居たらかなりマズい。
「確かにエリーちゃんみたいな格闘が得意な上位種だと相性が悪いわね」
現時点で若葉さんの攻撃能力は『人化』時の直接攻撃しか無い。
幻覚魔法には精神汚染や混乱などの効果は期待できないようで、身体能力が上がっているとは言え、彼女が直接攻撃で無双出来るのは一般人だけだ。
言っちゃ悪いが彼女は戦力として期待できない。変電所の時のように、隠密行動や幻覚魔法を使った罠等、支援においてこそ、その能力が発揮される。
そう言う事情で却下。ただでさえゾンビパンデミックにショッピングモールはつきものなんだから、さっさと帰ってメシ食って寝る。
「近くにスーツ専門店がありますからそこにしましょう」
「あら、意外と無難な選択ね?」
ふふふ。それは甘い。甘いぞ若葉さん。あなたはスーツに秘められたエロスを分かっていない。
五分もかからずに到着したスーツ専門店『AKAGI´』。
アリス達を伴って入店すると数人のゾンビ達がこちらに気付いたようだが、すぐに興味を失ったようで彼等は店内の徘徊に戻った。
スーツ姿に胸元の名札が確認出来たので店員だったんだろう。すぐに寄ってきたK´zデンキとは店員の教育方針が違うようだ。
「まずはアリス達のサイズを測らないと……」
「朝春さん、さすがにそれはあかんで? ウチがやるからあんたは服を選んどき!」
わくわく身体測定イベントが! スリーサイズを直接測るのを楽しみにしていたのに!
よく考えたらウエストとヒップはともかく、バストの測り方なんてよく知らないからしょうがないか。いや、スマホで検索すれば簡単に調べられる。
「早く選ばんと夕飯間に合わんくなんでー!」
急かされた。本当はアリスがスーツ。イリスとウリスは別の種類で考えていたんだけど……今日は我慢して後日にするか。
若葉さんから渡されたアリスの服のサイズのメモを片手に店内を物色する。
期待していなかったが、何故か在庫にあったミニのタイトスカート。色は黒。
ジャケットも同色でブラウスは白。これだけでも十分だが、喪服みたいな色合いなので紅色のタイリボンをワンポイントに。
ミニのタイトスカートがあるという事は……やっぱりあった、ガーターベルト。
この店はドコを目指していたんだろうか? 鈍器ホーテならまだしも、AKAGI´はちょっとお堅い店だった筈だが?
まぁ良いや。探す手間が省けたと考えるべきだろう。何故か併設されている女性物下着コーナーで黒のガーターベルトとセットのシンプルなデザインのストッキング。
ショーツとブラはレースのお高いので……やはり黒で統一するべきか。
「朝春さーん? 決まったー?」
最後までハイヒールにするかパンプスか悩んだ挙げ句、若葉さんの声で振り向いた先にあった革製のロングブーツと運命の出会いを果たした。
ホントこの店、スーツ専門のコスプレショップなんじゃないだろうな?
「このコーデは……ミニタイトや無かったら満点やったんけどなぁ……。これのせいで一気にエロい女教師かOLやんか。
いや、待ちぃ。ロングブーツが加わるとSMチックな雰囲気になるな? そうなると上半身のフォーマルな格好がアンバランスやけど、紅色のリボンタイが文字通りの紅一点や。
勿論意味はちゃうねんけど、上下のバランスがリボンタイで強引に保たれとる。
……これは一つの完成されたコーデなんとちゃうか!?」
高評価なようで何よりだ。それじゃあアリスの着替えを始めようか。
「それは勿論ウチがやるからな? 朝春さんはあとの二人の服を選んだってや」
やっぱり駄目か。ちょっとユルめの若葉さんと言えども、アリス達への直接の手出しは許容範囲外らしい。
しょうがないからイリス達の服を選ぶが……ぶっちゃけ二人にスーツは似合わないと思う。
時間も無いし面倒なのでイリスにはパンツルック。ウリスはフレアスカートのそれぞれリクルートスーツでお茶を濁す事にした。
心なしか、二人の表情が不満げに見えるのは多分気のせいだろう。
着替えが終わった三人が俺の前で直立で並ぶ。
吟味に吟味を重ねたアリスの佇まいは圧巻の一言で、指示棒……いや、馬術用のムチが似合いそう……むしろそれ以外に考えられない。
大人のおもちゃ屋さんで桜花が回収してないかな?
あとの二人も一般的なリクルートスーツだけど胸のぱっつん具合がやっぱりエロいな。これはこれで素晴らしいけど二人の着地点はそこじゃ無い。
時間が無いから今日のところは妥協して帰るとするか。
「今日の夕飯は何かしらね? 巴さんにお世話になりっぱなしで申し訳無いんだけど、料理の腕は全然敵わないから楽しみだわぁ」
トラックを運転する若葉さんが夕飯に思いを馳せる。マニュアル車の運転もそれなりに慣れてきたようで、ギアチェンジもスムーズだ。
かつては専業主婦として、気合いを入れて料理にとり組んでいた若葉さんは母さんにあっさりと敗北宣言をしてその軍門に降った。
グルメな桜花の舌を満足させる為にその腕を研鑽したのか、研鑽したが故に桜花がグルメになったのかは定かでは無いが、彼女が母さんの料理に満足しているのでヨシとしよう。
「献立は聞いていませんけど、パンが出てくるのは間違い無いんじゃないですかね。ホームベーカリー、気に入ってたみたいだし」
「パンも良いけどあたしとしてはお好み焼きなんかも……キャベツが無かった!」
「ついでに卵もありませんよ」
「ウチのお好み焼きがぁ……」
本日の夕食にそれぞれの思いを馳せて……お好み焼きじゃ無いのは確定だが、それ以外の好みの料理を頭に浮かべる。
生鮮野菜が無い事だけは分かっているが、それでも期待に胸を膨らませて家路を辿る。
期待に腹を空かせて。の方が正しいか?
日が沈む時間も日に日に早くなっている。
早く帰ろう。




