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六十四 少女と女性の苦悩と葛藤。鶏へ収束する話。

 九月十八日。曇り。午前十一時。


 市役所の屋上で黄昏れているねねを発見。


「おーい、そろそろ帰るぞー」


 俺の声に振り向いたねねの目は少し赤い。そう言えば最初に訪れた時もこのメンバーだったな。……今回はあきらさんは居ないけど。


 あの時も市役所の生存者リストを見て落ち込んでいたねねだったが……彼女はここと相性が悪いのか?


「まぁ、何だ。うち帰って昼飯食おう。そしたら鶏小屋の作業だ。俺も手伝うから元気出せよ」


「朝春が作業手伝うなんて珍しいわね。雨でも降るんじゃ無いの?」


 ……軽口が返せるなら大丈夫かな?


「俺もたまには手伝わないとな。リーダーたる者、時には汗を流す事も大事だ」


「……そうね。朝春も元ニートのクセに頑張ってるし、お母さん達の事は前に受け入れたんだから、ハッキリ死んだって分かって逆にスッキリしたわ」


 だからニートじゃねぇって。


「ご主人様ってニートだったの?」


「違うよ!? ねねやあえかがからかってそう言ってるだけだからな!?」


「あーあ。夏休みに入った途端、食っちゃ寝でゲーム三昧の朝春の姿、エリーに見せてあげたかったわねー」


「ご主人様……?」


「だから違うって! ちょっと遊んでたけど宿題もちゃんとやってたし!?

 大体来年は受験する筈だったじゃん? 今年くらいダラダラしてても問題無いだろ!?」


「あっれー? 八月三日にあたしが聞いた時は「やってない」って答えが返ってきたわよねー?

 まさか契約者のエリーに嘘をつくつもりかしらぁ? リーダーで抗体者の朝春君?」


「ちょっとずつだけど本当に進めてたんだ。……ちょっと悪ぶりたかっただけだよ」


「え? 何で?」


「さぁ? 美人で人気者のねねに反抗したかったのか、でなきゃ嫉妬か。真面目で優等生のお前にコンプレックス抱えてたからな」


「……本気で言ってるの?」


「あの時は本気だったな。今思うとやたらとガキっぽくて恥ずかしいけど、とにかくそういう事だ」


「……ねぇ、朝春はあたしの事をそんな風に思ってたの?」


「つまりねねは幼馴染みのご主人様に片思いをしていたんだね?

 でも優秀なねねにコンプレックスを抱いたご主人様は、ねねが頑張れば頑張る程にねねから離れていく、と。

 そうやって悪循環が続いた結果が今の関係なんだね」


 ……エリー、それは余りにも直球過ぎるんじゃあ……?


「な……」


「「な?」」


「何でエリーにそこまで分かるのよ!?」


「え? あえかちゃんが詳しく教えてくれたからだけど?

 それにご主人様の事は全部把握しておくのが契約者としての嗜みだからね」


 エリーの愛がちょっと重い。……今更か。


「今のボクならご主人様の新しい扉を完全に開けられると思うんだ! 頑張って練習したからね!」


 言ってエリーの表情と目付きが冷たくなった。ゾンビに向けるような彼女の眼差しは、かつてのグーラー時代、川井(かわい)絵璃鈴(えりりん)と呼ばれていた頃に俺に向けられた眼差しそのものだ。


 その瞳に吸い寄せられるように俺の両手が、震えながら彼女の胸に近づいていく。

 無表情で俺を見つめるエリーの胸に、俺の視線が突き刺さる。

 あと、ほんの僅かで彼女の胸の柔らかさを、その鼓動を確認出来るか否かの距離で、エリーのビンタが俺に炸裂した。


「朝春!?」


 エリーは変わらず無表情だが。


「エリー、何で手加減したんだ?」


「ご、ごめんなさい……。やっぱりご主人様をビンタするなんて出来ないよ……」


 先程のビンタは『びたん!!』では無く『ぺちんっ』程度の軽いものだった。表情は良かったんだけどなぁ。


「……変態朝春の性的嗜好はどうでも良いから、帰ってご飯にしましょ。

 あたしお腹空いちゃったー!」


 なんだか色々な事が中途半端に有耶無耶になった気がするが、そろそろ帰らないと食いっぱぐれてしまうのは確かだ。


 物陰で覗いていた乱悟さんと色街をエリーが睨み付けて威圧。今度こそ俺達はマンションへと帰還する。



 マンションの駐車場入り口に設置されたゾンビ除けの門の脇、扉の鍵を開けて門のかんぬきを外す。

 門を開けてねねが我が家のミニバンを門の内側まで進め、ゾンビが侵入していない事を確認してから門を閉じる。


 エリーは万が一に備えて待機して貰っているが、桜花が居ないとこんなに面倒くさいのか。便利に慣れると人間堕落するって本当なんだな。


 外門を閉じて改めてゾンビの侵入が無い事を確認した後、今度は同様の手順で内門を開く。面倒くさい。


 計画では見張り台を設置して警戒要員が門の開閉を担う予定だが……早めの設置を検討すべきか?


 所定の位置に駐車して本日のミッションは終了。ねねの運転も大分スムーズになってきたようだ。

 数日前のあきらさんの青い顔が懐かしい。


 本日の昼食はピザトースト、牛丼乗せという……牛丼!?


「おお、少年。帰ってきたか。牛丼では無く牛バラ肉と根菜の甘辛煮を乗せたピザトースト、が正しいな」


 言って朝日奈さんは厚めにカットされたピザトーストをサクリとかじる。

 甘辛く味付けされた根菜と牛バラ肉がピザソースと、たっぷりのチーズと絡まって「はふ、はふ」と熱そうに頬張る彼女の顔はムカつく位に幸せそうだ。


 牛肉と根菜の甘辛煮は汁気が少なく、ちょっと濃い目の味付けで白米と共に丼にしても美味だと思うが、調子に乗って食べ過ぎるとそろそろヤバいんじゃ無い? って位には米が減っている。

 だからパンで食べるのか。ホームベーカリーが導入された事で食の幅が広がったと考えるべきだろう。


 少なくとも保存食ばかりの住人達には好評のようだ。


「ピザ生地作ってちゃんとしたピザにすれば良かったんじゃないの?」


「オーブントースターじゃ一度に一枚ずつしか焼けないし、サイズも小さくなっちゃうでしょ? トモがピザ窯作ってくれれば話は別なんだけどなぁ?」


「……住人の誰かが仕切って進めるなら資材を調達してくるよ」


「じゃああたしがやるー。こう見えてもイタリアンレストランの出店の時にピザ窯の勉強はしたからね!」


 祭さんのかつての同僚、七○七号室の花小金井(はなこがねい)(みやび)さんが立候補してくれた。


 建設予定地は休憩室兼昼食作成のキッチンに使っている一○三~五号室の庭で良いかな。


「完成したら報酬として家電か高級食材を……」


「え!? 報酬出んの!? じゃああたしもやる!」


 報酬が出ると分かった途端に騒ぎ出す住人達。貢献した人には報酬をって、最初に言わなかったっけ?


「野菜がどうのって話しか聞いてないけど?」


 あの時はまだデパ地下襲撃前だったか。


「とにかく先に名乗り出た花小金井さんには良い物を。手伝った人達はそれなりの物を渡します」


 焼きたてのピザトーストを食べながら答える。あちち……!


 二枚のピザトーストを食べ終えて鶏小屋の進捗を伺う。駐車場の片隅に集められた車の一部が撤去されて、空いたスペースを建設地と決められたようだ。


 早朝の鳴き声や臭いが問題だと朝日奈さんが言うので可能な限り遠ざけたようだが。桜花に遮音結界でも張って貰うか?

 匂いはどうなんだろう? それも後から考えればいいか。


「食肉として見ればブロイラー方式。つまり過密飼育だな。日本の養鶏の大半はこの方式だぞ」


 過密飼育で運動させずに太らせて、生後四~五十日で食肉となるのが一般的だそうだ。

 いわゆる『地鶏』と呼ばれるブランド鶏は二倍程の飼育期間を設けられるらしい。だから地鶏は高いのか。


 ネットで片手間で調べただけの知識だが特に否定される事は無く、食肉用と繁殖用の飼育の違いを延々と説明された。


 結局食肉として鶏を見た場合、運動させずに太らせるのが手っ取り早い。飼育期間が長くなれば飼料もその分消費される訳だし、それが効率的か。


「それと、いかに手早くシメられるかが重要だな。鶏は頭を落としてもしばらく走りまわるくらいだ。おっかなびっくりやっていたらかえって肉質が落ちてしまう。スパッとやってズバッと羽と内臓を処理するのが肝要だ」


 スパッはともかくズバッが分からないんですけど?


「それは実践で教えるしかないな」


 さすがに捌く行程は出来るようにならないとマズいか……。死体の数なら既に鶏より人間の方が見た数は多いが。

 慣れる他無いな。


 午後は各所のバリケードの確認と補強を主に、合間に鶏小屋作業の雑務や掃除を手伝った。

 上位種が四人も揃っているので力仕事の出番は無く、男性陣も門の作成での経験を生かして小物や棚、柵や扉を作っている。

 作業経験の無い俺が出しゃばっても邪魔になるだけだ。


 プラモデル感覚で出来上がっていく小屋に感心しつつ、木屑をポリ袋にまとめる。


「あら、朝春。掃除なんて珍しい事してるわねー。他にやる事無いのー?」


「今日はもう無いよ。……工作作業は足引っ張りそうだから掃除してるんだよ。皆で協力して作業するのが苦手なのは知ってるだろ?」


「もちろん知ってて聞いたに決まってるじゃない。

 そうじゃ無くて、雑用なんて誰でも出来るんだから、朝春が仕切らなきゃいけない仕事は無いのかってことよ。時間有るんだったら前倒しで進められる事無いの?」


 そんな緊急の案件は無いはずだ。食料も十分余裕が有る。資材も十分。そもそも桜花が居ないから調達系の仕事は……


「あ、忘れてた」


「ほらみなさい。で、何なの?」


「いや、急ぎじゃ無いんだけど桜花が銭湯に入りたいって駄々こねててな。ちょっと下調べに行ってくるよ」


「そう。で、誰を連れて行くの? またエリー?」


「いや、若葉さんと行く。若葉さーん!」




 ねねに別れを告げてから若葉さんに事情を話して自衛隊仕様のトラックで出掛ける事にした。

 現在十四時。ちょっと様子を見てくるだけだし問題無いだろう。


 駐車場から出てマンションエントランス近くで路駐。


「忘れ物?」


 ついでと言うか、むしろこちらが本命でも良いくらいだ。ふわふわと漂う若葉さんを連れて一○八号室の鍵を開ける。


「朝春さん? アリス達を連れて行って何をするつもりなのかしら?」


「待て! 待って! いい加減アリス達にちゃんとした服を用意してやろうと思っただけだ。他意は無いぞ!」


「……ホントかしら?」


「ホントだって! あんまりのんびりしてるヒマは無いから、とにかくトラックに乗るように伝えて貰える?」


 ――あんたら聞こえてたやろ? さっさと行くでー。

 ――承知しました。イリス、ウリス。支度しなさい。

 ――支度も何も靴履くだけじゃん。うち何が良いかなぁ! とりあえずエロ可愛いのかなぁ!

 ――だったら若葉様のスリングショット譲って貰ったらぁ? あたしはフリフリヒラヒラのゴスロリが良いなぁ~。

 ――無駄口叩いとらんとささっとしぃや! それとスリングショットはウチのモンやからな!


 改めて言うが、彼女達の会話は俺の妄想だ。若葉さんだとイマイチ厳しさが表現出来無いな。


 ――あんたらは素っ裸で十分や! 部屋まで貰うて自堕落な生活しとるニートが服着る資格なんてあらへん!

 素っ裸で四つん這いになってワンワン鳴いてたらええんや! 分かったか! この駄犬共!


 ちょっと違うな……。もっと関西弁を生かした罵り方を勉強しないと。


「朝春さん? ボーッとしてどうしたの?」


「いえ、ちょっと思い付いたことがあるんで、アリス達をトラックにお願いします」


「そう? 三人とも、ついてらっしゃい」


 若葉さんに付いていく三人の尻を尻目に……コホン。大根(おおね)さんに電話を掛ける。

 あらかじめメッセージを送って通話の了解なんてまだるっこしい。いきなりの直電だ。


『蘭堂君か。今度は何だね?』


 丁寧な口調じゃないからちょっぴりご機嫌斜めかな?


「度々済みません。昨日の(カッパー)寿司の奥……っていうか隣に銭湯あったじゃないですか。あそこ整備したら使います?」


『極楽浄土の湯か。頻繁には無理だが、使わせてくれるなら有り難いな。……作業人員を貸せという話か?』


「いえ、作業はゾンビに任せますんで。対価は野菜を少々で良いですよ。

 それとさっき言い忘れてたんですけど、鶏のアテが付いたんで、欲しかったら飼育小屋作っておいて下さい」


『鶏!? 一体どういう事だ! 詳しい話を聞かせてくれないか!?』


 このタイミングで打ち明ける話じゃなかったな。


「あたしが運転するから続けていいわよ?」


 おお。若葉さんマニュアル車いけるんですね。


「十五年ぶり位だけど大丈夫。運転してれば勘を取り戻すわよ!」


 鶏の話に食いついた大根(おおね)さんに説明している途中、数回エンストして会話が中断してしまったが、何とか理解して貰えた。

 朝日奈さんに聞いた鶏小屋作成のハウツーをそのまま伝授して、俺達が鶏を受け取りに行くであろう予定日に合わせて突貫で作業に取り掛かるとの事。


 乱悟さんは既に習志野駐屯地へ帰ったようだが、今回の鶏譲渡は習志野の分は元から考えていない。

 余剰分の鶏の羽数はマンションと市役所の分で終了だからだ。


 習志野の分はこちらの飼育が軌道に乗ってからだな。



 若葉さんがマニュアル車の運転に慣れてきた頃、ピッグカメラと(カッパー)寿司の隣にある『極楽浄土の湯』の駐車場に辿り着いた。

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