表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/102

六十三 母親の最期。守るべきは何だ?

 九月十八日。曇り。午前十時。


 大根(おおね)さんが藤枝さんと小町ちゃんを伴って会議室に入ってきた。

 正直、小町ちゃんに用は無いんだが、来ちゃったからには無下にも出来ない。


「まずは昨日の今日でこの場をセッティングしてくれた事にお礼を申し上げます。今日の俺達の目的は……」


「堅苦しい挨拶は不要です。さっさと要件を済ましてくれないか?」


 祭さんが彼を毛嫌いする理由がちょっと分かった気がする。

 俺がキレる訳にもいかず、なんとか謝罪の言葉を捻り出してねねの発言を促した。


 まゆおばさんの容姿や言動、態度や(カッパー)寿司に訪れた日にち。当時の様子や彼女の父親の事など、事細かく質問するねねに藤枝さんは誠実に答えているように見える。


 まゆおばさんがピッグカメラ側の男性をそそのかしてゾンビ化させた件については小町ちゃんも加わって当時の様子が詳しく話された。


 聞いた言葉、話す際の印象、彼女達が嘘を話している事を前提に設定して、言葉を吟味した結果……二人は正直に話していると判断せざるを得なかった。


 ねねの父親は最初から存在せず、宮湖橋(みやこばし)まゆ、ただ一人が(カッパー)寿司に辿り着いたと。


 保護したのは八月十九日。これは藤枝さんの証言のみだが、おかしな点は感じられない。


 彼女は保護された当初からやや言動がおかしく、藤枝さんも立場上心配していたようだが指示された仕事は問題無くこなしていたようだ。

 そのうちまゆおばさんが他人のフォローも出来ると気付き、彼女に『そういう人だ』というレッテルを貼って、最低限の関わり合いだけの関係になっていった。


 そうして避難所の維持に務める彼女が、ピッグカメラの男性を外におびき出してゾンビ化させた挙げ句、その死体を食べるという凶行に至った理由が分からない。


「その辺りはあたし興味無いから。結果だけ教えてくれない?」


 母親の凶行の詳しい分析なんて聞きたくないんだろうな。立場を変えて母さんがまゆおばさんと同じ事をしたと思うと、何とも言えない気持ちになってしまった。


「死体を食べる彼女を力尽くで拘束したっス。ゾンビ化せず、会話も出来たんで動機を聞こうと思ったんスけど……」


 まゆおばさんは『革命を起こす』『電力施設を抑える』『格を上げて人間を支配する』等という言葉を叫んで、やがて奇声を発しながら暴れだし、止む無く殺害するに至ったと……


「そっか……お母さん、何でおかしくなっちゃったのかな……」


 興味無かったんじゃないのかよ。


「それは分かりませんが、彼女を殺したのはアタシです。ねねさんには何とお詫びしたら良いか……」


「いえ……お母さんもゾンビを使って人を殺しちゃったみたいだし、藤枝さん達の安全を考えたらしょうがなかったんだと思います。

 藤枝さんを責める気は無いんで、あんまり気にしないで下さい」


「……有り難う御座います」


 藤枝さんが頭を下げると、ねねは「ちょっと外の空気、吸ってくるね」と部屋を出て行った。単独行動は望ましくないが、一応敷地内は安全が確保されている。

 それにいまのねねは一人になりたい気分だろう……。


「あいつの母親が抗体者だったっていう推測は俺も異論はねぇな。て言うか確定だろ。

 そばに上位種が居なけりゃ母親……まゆ、っつったか? まゆさんが生き残って父親はゾンビになっちまったんだろ。そこは問題ねぇ」


「問題はどうやって男性達をゾンビ化させたか……」


「蘭堂君。君は自分が何者か忘れたのかね?」


「分かってても思い付きゃあしねぇよ。朝春は祭達に守ってもらって後ろから指揮するだけだからな」


 エリーから殺気が溢れる。


「別に朝春を馬鹿にしてる訳じゃねぇって! 一般人と殆ど変わらねぇのに敵の上位種を前にして指揮出来るだけでもスゲェっての。

 俺だったら安全地帯から無線で指揮が精一杯だな!」


「それで俺が抗体者だとどう言う話になってくるんですか?」


「『抗体者はゾンビに襲われない』絶対じゃねぇが、ほぼ確実なルールだ。

 適当なゾンビを物陰にでも隠しておいて、そこに人間を連れて行ったらどうなる?」


「抗体者以外が襲われてゾンビ化……」


(カッパー)寿司までの道中、警官ゾンビから拳銃を得るのは無理な話では無いだろうな。

 藤枝さんは宮湖橋まゆさんに、当初ボディーチェックはしたのかね?」


「いえ、しなかった……と思います」


「ゾンビは頭を打ち抜けば殺せるしなぁ。発砲音は聞こえたのか?」


「……記憶に無いっス」


「さすがに鉄砲の音は聞こえた筈だろう? ボクは近くで聞いた事は無いけど、ちょっと離れててもパン! パン! ってうるさかったぞ?」


 多分俺とあえかが公園で試射した時の話だろう。

 まゆおばさんの凶行は夜だったという話だし、ただでさえ車の走行音や他の雑音が無い世界だ。

 拳銃の発砲音はさぞや響いた事だろう。それが印象に残っていないと言うのはやや不自然な話だが……?


「小町ちゃんは発砲音は聞いてないの?」


「小町ちゃんって言うな! あとあたし年上だし! ……聞いてない。と思う。少なくともウチの連中からそんな話が上がった事は無いね」


「じゃあ鉄砲に映画で観るような消音器(サプレッサー)? を付けたとか?」


「M36かニューナンブか知らねぇが、サプレッサーが付けられるのかは疑問だし、何より専業主婦だったんだろ? 警官がそんなもん持ってる訳ねぇからサプレッサーは無いな」


「俺もサプレッサーは無いと思う。映画とかだと『プシュッ』って感じだけど実際は車のクラクションとか爆竹とかと同じ位の音量だって言うし」


「そもそも拘束した時に、まゆさんは拳銃を持ってたのか?」


「いえ、持って無かったっス。これはさすがに間違い無いっスよ」


「では問題はゾンビの殺害方法か。抗体者にとって無抵抗なゾンビとは言え、包丁一本で仕留められるようなものなのか?」


 大根(おおね)さんの質問に会議室が静まった。普通に考えれば専業主婦が包丁一本で成人男子を殺す事は少々難易度が高いと思われる。

 じゃあ、相手が完全無抵抗だった場合はどうだ?

 そんな検証した事無いから分からない。その結果の静寂だ。


「藤枝さん、男性達の死体はどうだったんですか?」


「うぇ!? えっとぉ……済みません。良く覚えて無いっス。あ! でも首が切断されてたとかは無かったっスよ!」


「乱悟さん、ゾンビの首の骨って……」


「折れても問題ねぇな」


 ますます訳が分からなくなってきた。

 そもそもまゆおばさんが凶行に走った理由を探るのは俺の仕事じゃ無くね?

 まゆおばさんの死が確認出来ました。で、俺とねねの目的は達成出来た訳だから後の検証は自衛隊で……


「まぁ待てよ朝春。最後まで付き合えって。森平ってテロリストと接触経験があるお前達が居ねぇと話が進まねぇんだよ。

 大体、お前の幼馴染みの母親の話だろ? お前が帰ってどうするよ?」


「俺の知る情報は全て話しました。後の検証なり調査なりは自衛隊の仕事でしょ?」


「そんなつれないこと言うなって。エリーっつったか? お前もガトーショコラ、食いてぇだろ?」


「ガトーショコラ!?」


 待て! エリーをケーキで釣って味方にする気か!? 卑怯だぞ!


「ただのガトーショコラじゃねぇぞ? 甘さ控えめの生クリームで全体を覆ってフルーツを盛り付けた一見、普通のショートケーキだが、ナイフを入れれば中はオレンジピューレ香る濃厚なショコラ。


 ショコラにオレンジの軽い酸味と爽やかな香りで一段上の、ただ濃厚なだけじゃ無い奥深さを付け加えた挙げ句!

 甘さ控えめの生クリームとトッピングのフルーツが全体をまとめて後味の爽やかさまで演出する、それでいてガトーショコラとしての満足感も忘れない、計算され尽くされた奇跡のガトーショコラだ!

 朝春が帰るってんなら、折角の土産が無駄になっちまうなぁ?」


「蘭堂君! すぐに帰りなさい! あたしが食べるから! っていうか今この場で出しても良いんじゃないの!?」


「そうっス! 旦那はハーレムでお腹いっぱいだろうからケーキは過剰摂取っス! 恵まれない生存者はケーキを要求するっス!」


 ああ……保護されたばっかりの女性達の前でケーキの話なんかするから収拾が付かなくなっちゃったじゃないか……


「田楽寺乱悟、他にケーキは?」


「ねぇな」


 事態の沈静化を最優先に考えたのだろう、エリーの質問は無慈悲な回答によってその思惑を潰されてしまったようだが、苦肉の策として四分の一であれば小町ちゃん達に提供しても良いとエリーからの提案。


「え~。あたしそんなに強く要求した訳じゃ無いんだけどなぁ~。でもエリーちゃんがそう言うならしょうがないよね~」


「アタシもケーキは別にどうでも良いっスけどぉ~。エリーちゃんがそう言うならしょうがないっスよねぇ~」


「じゃあやめる」


「「ケーキを下さい! エリー様!」」


 何で無駄なマウントを取ろうとするんだろうか? 食べたいなら素直にそう言えば良いのに……


 ケーキを餌に小町ちゃんと藤枝さんを従えたのは良いとして、その所有権は未だに乱悟さんにあった。


 俺達は彼に反抗できない……と。ケーキ一つで場を支配する乱悟さん恐るべし。


「ケーキはともかく乱悟。これ以上詰める話があるのかね?」


「ん? 特にねぇな。情報は集まったし、今日はもう解散で良いんじゃねぇの?」


 じゃあ何で俺を引き留めた!? 必要だから残れって言われたんだけど!?


 乱悟さんの言葉に今度こそエリーが切れた。


「つまり何か!? お前は茶番の為にケーキの四分の一を提供させたと言うんだな!?」


「それを決めたのはお前だろ? 俺に八つ当たりするんじゃねぇよ」


 いや、俺の扱いは……?


「田楽寺乱悟、お前は何も分かっていない! 持ち帰ったケーキの四分の一が無かったとして、その理由を正直に打ち明ければ、ボクの取り分が無くなるんだぞ!?」


 あぁ、つまりケーキの四分の一が失われたのはエリーのせいだから、エリーにケーキを食べる資格は無い。っていう論調か?


 女性陣に吊し上げられるエリーが容易に想像出来た。

 確かにそれは辛いな。ケーキに懸ける女の情念。それは味方とか家族とかを無視して、自身の欲望を他者にぶつける。


 最終的にはエリーが折れて、小町ちゃんと藤枝さんがケーキを食べるに至った。

 この四分の一が欠けたケーキを見て、うちの女性陣は何と言うだろうか?

 せめて俺だけでもエリーの弁護を頑張らねば。……弁護。いや、まさかケーキ如きで裁判開催なんて、そんな馬鹿な。


 実際にやりかねないうちの女性陣にちょっとビビりつつ、ケーキが収められた箱を閉じて帰宅を宣言した。


「おう。近いうちに連絡が行くかも知れねぇが、ヨロシクなぁ!」


「祭に……その、宜しく言っておいてくれ。……下さい」


 大根(おおね)さんと祭さんの溝は未だに深い。


 二人の問題に積極的に介入するつもりは無いが、仲が改善するに越した事は無い。悪化させないように心掛ける程度でいいだろう。

 ヘタに介入しても逆効果だと思うし。


 聞けることも聞いたし、これ以上の滞在はケーキが危うい。

 早々にねねを回収してマンションに戻ることにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ