六十二 死を告げる車内。龍の言葉に苛立つ狼。
「ねねちゃんのお母さんがそんな事に……ねぇ~」
藤枝市さんに聞いた話をかいつまんで祭さんに打ち明けた。まゆおばさんの最期の話と共に。
「森平ってテロリストとの関係はともかく、事実は事実として伝えるべきじゃないかしら~?」
キッチンでは母さん達が夕食の準備で忙しく立ち回っている。
俺の自室で、祭さんと二人で向かい合って彼女に相談する事を決意した。
「まゆおばさんが死んだ事はともかく、それをいつ何処で伝えたら良いか。それを相談してるんですけど?」
「そんな重い話に答えなんて有るわけ無いじゃない~。適当なタイミングでぶちまけたら良いんじゃ無いの~?」
この人、他人事だと思っていい加減が過ぎないか?
「いい加減じゃないわよ? とにかく伝える事が大事。
シチュエーションとか考えてるうちはダメダメよぉ~。伝えた後のフォローを気にしないと、いつまでたってもモテないわよぉ~?」
そういう方法も……待って。俺はねねに対して何も思うところは無いから!
「明日ねねと一緒に市役所に行って、藤枝さんに詳しい話を聞きに行こうと思います。祭さんは……」
「私はパス~。わざわざ大根に会いに行きたくなんてないわ~」
ですよね。じゃあ今日留守番だったエリーと若葉さんかな?
「ねねには明日、市役所に向かう途中で話しますから。今日は黙ってて下さいね」
夕食はK´zデンキでゲットしたホームベーカリーを使った焼きたてパンと、ロングライフ牛乳でホワイトソースから作ったマカロニとチキンのグラタン。
あっさり仕立ての具沢山野菜のミネストローネ。
ミネストローネはあえかが、グラタンは母さんの指導の下、若葉さんとねねが協力して作った一品らしい。
グラタンにミネストローネは一見重い組み合わせだが、どちらかと言うとトマト風味のコンソメスープのような味わいだ。
柔らかくなるまで煮込まれた人参や玉葱と……ゴボウと……里芋!?
「あえか。これ豚汁用の野菜パックか?」
「はい。余っていたので使ってみました。意外と美味しく出来たと思いますけど?」
コンソメとトマトで煮込まれた洋風の味付けだが違和感無く美味い。意外な発見だ。
焼きたてパンに騒ぐ朝日奈さんを筆頭に、今日も賑やかな夕食が続く。
九月十八日。曇り。午前八時。
季節がゆっくりと秋に向かっていく。今日は曇りで、雨の心配は無さそうだが日差しが無い分、いつもより気温が低めだ。
昨夜は酒を控えたので酒宴に発展することは無く、普通に朝食を終えていつも通りに住人達の前に立って朝礼を開始。
「今日からは以前から計画していた鶏小屋の作成を初めて貰います。
こちらの朝日奈さんは実家が養鶏場を営んでいますので、色々とアドバイスをお願いして貰います。
全体の指揮はあきらさんに任せますので、不明な点は二人に聞いて下さい」
他はいつも通りバリケードの増強や細かい雑用。
朝日奈さんとあきらさん、若葉さんと母さんがマンションで作業。
俺とねねとエリーで市役所に向かう。
あえかと祭さんと桜花はガソリンスタンドを巡ってガソリンや灯油を回収して貰う。
戦力でみてもエリーとあきらさんは問題無し。祭さんも近接格闘は二人ほどでは無いし、水を生み出せる桜花とペアなので敵は居ないだろう。
「じゃあ、祭さん、桜花。あえかをお願いします。」
「ええ。殿下? 劣化防止剤はちゃんと持ってきてる?」
「うむ。余の『亜空間収納』内にちゃんと収まっているぞ」
「じゃあ、夕食までには帰ってきます。何かあったらあきらさんに連絡しますね」
「了解です。三人ともくれぐれも気を付けて下さい」
あえかも俺が留守中に軽自動車の運転を練習していたようだが、今回は祭さんの運転で出発した。
「さて、俺達も行くか」
「それは良いんだけどさー。何であたしまで行かなくちゃいけないの? 鶏小屋設計したのあたしなんですけどー?」
「本人が居なきゃ使えない設計図なんて役に立たないと思うんだけど?」
「あ、あたしの設計図は完璧なんだからね! 朝日奈さんが付いてるしそれで十分よ!」
じゃあ問題無いな。運転席に座ってエンジン始動。しゅっぱ~……
「ねぇ? あたしが運転しようか?」
エリーと二人で丁重にお断りした。
市役所へと向かう道中、ねねにまゆおばさんの死を伝える。可能な限り淡々と、事務的に事実だけを伝えた。
「それ……ホントなの……?」
「藤枝さんは免許証で確認したって言ってた」
「……お父さんは?」
「聞いてる時間が無かった。後で藤枝さんに確認してくれ」
「そっか……」
さすがに車内の雰囲気が重くなった。
「でもねねのお母さんは市役所に向かったんでしょ? なんでそんな場所にいたの?」
「お母さん、方向音痴だったから……」
なんとも突っ込みづらい空気だな。
ねねの家からは国道沿いに歩いて別の国道との交差点を右に曲がり、そこから五分も歩けば市役所だ。
交差点を左に曲がるとピッグカメラと銅寿司に辿り着くのだが……
その時点でねねの父親が生きていれば市役所に辿り着けた筈。
平時であれば徒歩でも交差点から一時間もしない距離だが、ゾンビを躱しつつ辿り着くには絶望的な距離だ。
だからこそ藤枝さんや小町ちゃん達はあの場所に留まっていた訳で。
「ねねのお母さんってもしかして抗体者だった……とか?」
テロリスト、或いは別の組織が関わっていたら市役所を放置する理由が薄い。
抗体者説が有力だが……詳しい話を聞かないと何とも言えないな。
「抗体者って朝春みたいにゾンビに襲われないんでしょ? だからお母さんが抗体者だったってのは分かるけど……今更よねー」
確かに。先月行ったねねの家にあった書き置きでは……何日だったっけ?
「お母さん達が出て行ったのは八月十九日よ」
「そうそう。藤枝さん達がそれ以前におばさんに会ったって言うと話がややこしくなるから、二人とも日付は黙っててな?」
「お母さんの偽物だった可能性が有るって言うつもり?」
わざわざ一般市民の専業主婦を名乗る理由は皆無だろうが、一応念の為だ。
「朝春って昔っからそうね。何でもかんでも疑って。実はあたしやエリーの事も信用してないんじゃないの?」
幼馴染みに向かって失礼な質問だな。……今のねねは精神的にちょっと疲れてるだけだろう。俺は大人だからねねの八つ当たりは軽く受け流せるぞ。
「二人の事は信用してるし信頼してるよ。家族を疑うワケ無いじゃないか」
「「か、家族……」」
二人の顔が赤くなった。今まで何度も家族だと言ってきたと思うんだけど?
車内の空気が少し軽くなったところで市役所入り口に到着した。
大根さんには昨日の時点で今日の訪問の許可を得ているが、わざわざバリケードをどかしてもらうのも悪いので車を降りて、エリーにバリケードをちょっとズラしてもらって中に入る。
約二週間ぶりに訪れた市役所の敷地内は所々アスファルトが剥がされて畑として耕されている。
放置されていた車もその数を随分減らし、ビニールハウスまで作って何かを栽培しているようだ。大根さんの本気具合がひしひしと伝わって来る。
ビニールハウスかぁ。ちょっと興味あるな。何を育ててるのかな?
畑作業に従事している周囲の人達は俺達の訪問に騒いだ様子は無く、こちらをチラリと見て自分の作業を続ける。
歩道はアスファルトが残されているのでそれに従ってビニールハウスに近づくと、中に見慣れた角と翼を生やした人物が……
「よぉ、朝春。待ってたぜ!」
乱悟さん、何であんたがここに?
「お前が今日、市役所に来るって兄貴から聞いてな。ちょうど良いから変電所の件を詳しく聞いて来いってんで、俺が派遣されたってワケだ」
市役所内の会議室。乱悟さんから受け取った土産のホールケーキは一旦冷蔵庫に保管してもらって、変電所でのあらましを根掘り葉掘り聞かれた。
当事者は俺とエリー。わざわざレコーダーまで用意して音声収録をする辺り、習志野駐屯地がそこまで先日の事件を重要視している事を少し疑問に思う。
「そりゃあ、朝春。今後似たような事件が起きた場合、俺達だけで対処出来るか検討する為に決まってんだろ?
一応朝春や祭達は一般市民扱いだからな。余程の事態じゃなけりゃあ、俺達で対処しないと自衛隊の面目丸潰れだしな」
言われてみれば確かにそうだな。……でも変電所奪回作戦で自衛隊が役に立ったのって人質の救出とC-4爆薬くらいじゃなかったっけ?
「だとしても! だ! お前が成功させた作戦をたたき台にして自衛官達でも遂行出来る内容を考えるのは今後の為にも重要な仕事なんだよ!
作戦成功しました。良かったね。じゃ終わらねーのが面倒だがな!」
「組織って面倒臭いな……」
「それについては完全に同意するが、エロゾンビに履かせたブルマの効果に付いて、掘り下げていこう」
何だかんだ言って最終的な話題はブルマに集約された。お茶を一口飲んで、気持ちを落ち着かせる。
ここからは微に入り細を穿つ説明が必要だろう。気合いを入れて詳細を説明しなければ!
「自衛隊の人達がチラチラ見てて、鬱陶しかったみたいだよ」
ちょっとエリーさん?
「そもそもゾンビで騎馬なんてご主人様……抗体者じゃなきゃ意味無いでしょ? 側に上位種が居ないと移動も出来ないんだし、参考にするだけ無駄だよ。
お前はそんな事も分からないの?」
乱悟さんはエリーの売った喧嘩を……
「んな事は分かってんだよ! ちょっと興味本位で聞いてみただけじゃねぇか! ったく、これだから女って奴は……!」
幾分童貞臭い返しだが、彼が大人の対応をしてくれて助かった。
この場でワーウルフ対ドラゴニュートの肉弾戦なんてされたら市役所が崩壊してしまう。
敷地内に居る上位種はオーガの色街だけなので戦闘が回避されたのは行幸だ。
乱悟さんはともかく、エリーと色街のタイマンだったら彼女が勝つだろう。いかにオーガの膂力が優れていようとも、彼の攻撃はエリーに当たらない筈だ。
いや、それを言ったらエリーの攻撃が当たっても色街にダメージが通らない可能性もあるのか。
引き分けの可能性が高い……かな?
エリーも仲間以外には意外と沸点低いんだった……。抑え役が居ないとちょっと不安だな。
「朝春……あんた何やらかしてきたの? ゾンビにブルマ履かせて騎馬戦って……」
「まぁ、待て。ねね。さっき説明したように騎馬は俺の移動能力のアシスト。
ブルマは単なる体操服だ。なぁ? エリー?」
「アレを選んだのが殿下だって聞いてボクはゾっとしたね。二人が悪ふざけで暴走したら止められる人が居ないんだもん」
そうか? いっぱい居そうだけど?
「そろそろ時間なので藤枝さんと蒲公英さんをお連れしました。乱悟、お前の話は終わったのか?」
ちょうど良いタイミング? で大根さんが二人を伴って会議室にやって来た。
小町ちゃんは「あたし蒲公英じゃないし……」とぼやいているようだがスルー。
ようやく今日の用事の本番が始まる。




