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六十一 小町と市の小さな攻防。射撃大会と銭湯の行方。

 ちょっとした切っ掛けで始まった小町ちゃんと藤枝さんの罵り合いが続く。


「大体先輩はケチくせーんですよ! 困った時はお互い様じゃねーっスか!」


「それは市が銭湯を使わせてくれなかったからでしょ! あたしのせいにするんじゃないわよ!」


「先輩がスチーマーとか美容家電とかくれなかったからじゃないスか! アタシが悪いみたいに言わないで欲しいんスけど!?」


「良く言うー! 「汚い連中に入られたら後の掃除が面倒っス」って言ったのは誰よ!」


「それは先輩の捏造っスー。十年経ったとは言え、かつてアタシの次に強かった女子剣道部主将、蒲公英(たんぽぽ)小町(こまち)先輩に歴代最強の主将のアタシがそんな暴言吐くはず無いっスよー」


 どうやら小町ちゃんの本名は蒲公英小町というそうだ。蒲公英って名字、日本に何人いるんだ?


「本名で呼ぶなー! あたしは小野(・・)小町なの! あたしは蒲公英の名を捨てたのよ!」


「タンポポみたいに小っちゃくて可愛らしい見た目のクセに何言ってるんスか。

 『名は体を表す』を地でいってるクセに……」


「ござる! 獲物を寄越しなさい! あの無礼な回転寿司屋の頭に一撃食らわせてやるわよ!」


「いやー、懐かしいっスねぇ。かつて県立西校の黄金世代と呼ばれた先輩とアタシの一本勝負。

 百九十九戦中、アタシの百勝九十九敗でしたか」


「逆よ逆! あたしが百勝だったんだからね!」


「えー、でも先輩の面、アタシに届かなかったし……」


「あんた達、いい加減になさい!! 今の状況分かってるの!?」


 遂に祭さんが切れた。漫才みたいでちょっと面白かったんだけど……いえ、何でも無いです。


 話の流れから察するに、二人は県立西高校出身で共に剣道部主将の経験有り。年下の藤枝さんが小町ちゃんをからかうのが常だったようだ。


「「……」」


 さすがに調子に乗り過ぎたと反省しているのか、しおらしい二人に、俺は祭さんから促されて話す。


「で、双方のグループを避難所の市役所まで送りますから、それぞれ人数を教えて下さい」


「……八人よ」

「……十三人っス」


 合わせて二十一人か。バス一台で足りるな。大根(おおね)さんにその旨を連絡した。すぐに迎えに来てくれるそうだ。


「フン! 先輩のところは随分少ないっスね!」


「アンタの所の頭のオカシイ女がやらかしてくれたからでしょうが!!」


「う……あの件に関しては面目次第も御座いません。しかしあの女はきっちり処分致しました。

 一旦手打ちになった件でいじめないで欲しいっス……」


「……その『頭のオカシイ女』の話を聞かせてくれませんか?」


 後方では桜花が植え込みの草をいじって何故か火柱が上がり、焦る俺達の前に今度は滝が出現した。


「ま、祭! なんとかするのじゃ!」


「はいはい。殿下ったらもぅ~」


 焦って出力を間違えた桜花の後始末を祭さんが担当する。辺り一面水浸しになろうかという量の水を祭さんが制御して圧縮。

 ペットボトルに収めて嬉しそうな表情の彼女に、それが如何なる兵器になり得るのか、俺にそれを聞く勇気は無かった。


 かと思えば、母さんとあえかとねねはそんな騒ぎを余所に、看板相手に射撃訓練に興じている。


「あそこの『コ』の角! 綺麗に打ち抜けた人が勝ちですよ!」


「えー、あたし拳銃って初めてだから上手く出来るかなー」


「母さんも初めてだけど、日本で鉄砲が撃てるなんてちょっとドキドキするわね?」


 まぁ、気分転換になるなら細かい事は言わないよ。安全には気をつけてね?



 今更だが上位種がゾンビを遠ざけられる事を説明し、市役所からの迎え――多分色街と大根(おおね)さんがやって来るだろう――が来るまでの間、各グループは撤収の準備を進め、その僅かな時間で話を聞く。


 要約すれば藤枝さんのグループの女性が小町ちゃんグループの男性を数人、無許可で外に連れ出してゾンビに襲わせた。

 ゾンビ化した彼等を殺害して捕食しているところを拘束して尋問した結果、『革命を起こす』『電力施設を抑える』『格を上げて人間を支配する』等の一発アウトな言質が取れたそうだ。


 彼女は既に処分されたようだが、『電力施設を抑える』の言葉に、さいたま第一変電所を占拠した森平将介の姿が頭にちらつく。


 その『頭のオカシイ女性』は森平の所属していた組織の一員か、或いは影響を受けてこの場で何か、いや、生きたまま上位種になろうとしたんじゃないかと、考える。

 ……そもそも生きた人間がゾンビに感染した死体を食べて上位種になれるのか? それ以前に感染……しなかったんだろうな。尋問出来た位だし。


 確証は無いが、そう考えるのが自然だと思う……が、日本政府が事実上崩壊したこの国で、ゾンビを利用してアレコレやらかしそうな国に心当たりは有りまくる。

 そういうのは自国の安全が確保されてからするもんだと思うが。


 いや、思い込みは良く無いな。単に何も考えていないテロリストの可能性も有る。森平とその女性の接点があると疑わしいだけで色々と考えすぎた。


 やがて遠くからバスのエンジン音が聞こえてきた。


 国道を逆走してピッグカメラの駐車場に乗り入れたバスから、予想通りオーガの色街龍一と市長代行の田楽寺大根(おおね)さんが降りてきた。


「ああ、蘭堂君。お久しぶりですね。元気そうで何よりです。それで、生存者の方々は?」


 行く先々で出くわすんだけど、代行って暇なのか?


「暇ではありません。物資の配分、避難民の仕事の配分や人間関係のトラブル。

 私が直接動く訳ではありませんが、部下に指示を下すのは私です。

 こうしてたまの外出を楽しまないとやっていられない程には激務ですよ?」


 そうですか。お疲れ様です。

 ちなみに祭さんはどっかに隠れた。


「それじゃあ、皆さん。バスに乗って下さい。慌てず騒がず、順番にお願いしますよー」


 それぞれのグループの全員が乗車したのを確認してから小町ちゃんと藤枝さんが騒ぎながらバスに乗り込む。

 あの二人は仲が良いのか悪いのか……。


 出発直前になって藤枝さんが単身降りてきた。トイレかな?


「蘭堂君、ここだけの話をします。時間が無いので質問は手短にお願いします」


 俺の側で小声で呟く彼女。


「先程話に上がった『頭のオカシイ女』の名前は『宮湖橋(みやこばし)まゆ』といいます。

 旦那達の会話から察するに、あそこのお嬢さんの親類縁者と察しましたが……迷った挙げ句、土壇場での報告となってしまった事お詫び申し上げます」


 宮湖橋まゆ。その名はうちに居候している宮湖橋ねねの、母親の名前だ。


「間違いないんですか?」


「はい。免許証で確認しました」


「まゆ……まゆおばさんは最後に何て?」


「この世に対してあらゆる罵詈雑言と憎しみを……。抵抗が激しく奇声を発して、とにかく抑えるのに精一杯でした……」


 重苦しい雰囲気で向かい合う俺と藤枝さんに小町ちゃんのヤジが飛ぶ。


「いつまで話してるの! さっさと行くわよ!」


「分かってるっス! 相変わらず先輩は身長に比例して気が短いっスね!」


 小町ちゃんが騒ぎ始めたので、これ以上引き留めるのも迷惑か。

 ……煽り上手な藤枝さんのせい、という来もするけど。


 藤枝さんは最後に軽く会釈をして、バスに乗り込んだ。

 中から甲高い声で騒ぐ声が聞こえるが、それは無視して今後の問題……本当に最後の最後で。とんでもない爆弾を残してくれていったな。


 ねねにどう言えば良いんだ?


 少なくとも俺が知る宮湖橋まゆさんは普通の人だった。家庭菜園を趣味にした優しい性格で。

 そうか、おばさんは亡くなってしまっていたのか……。


 ねねの父親……なんて名前だったっけ? あんまり話した事が無いから顔も良く覚えていないんだけど……居たらねねが気付いたハズ……だと思う。


 射撃大会に夢中になっていても、いや、看板に向かって銃を撃ちまくる彼女達は生存者達の注目を浴びていた。

 浴びまくっていた。むしろ父親が居たら彼の方がねねに気付かない訳は無いな。


 一部の口論以外はあっさり終了した生存者達の救出は終わり、元市営バスに乗った彼らを見送った。


「で? 主殿。勿論銭湯が使えるか確認しにいくんじゃろな?」


 今そういう気分じゃ無いんだけどなぁ……。当事者のねねも銭湯には興味が有るようで、むしろ女性陣全員が希望したので回転寿司屋の奥にある、スーパー銭湯へと向かう。


 今日の予定は資材ショップに寄って帰るだけなので万が一入浴したいと要望があっても問題無いんだけど、風呂上がりで上機嫌のねねに「まゆおばさん死んだってよ」なんてぶちまける勇気はさすがに無い。


 じゃあどういったシチュエーションで告げるべきか。例えばこう、マンションの人気の無い倉庫に呼び出して……俺の単独行動は絶対禁止だった。


 話はそれるがこの『単独行動絶対禁止』はかなり徹底されているらしく、自室と風呂とトイレ以外で俺が一人きりになった記憶は無い。

 例外としては埼玉でおもちゃ屋を楽しんだ夜だが、あれはアリス達が付いていたし、トラックの周りであきらさん達に警護されていたのでノーカンだろう。


 つまり何が言いたいのかというと、入浴していくならば俺の警護という名目で、上位種の誰かが俺と一緒に入浴せざるを得ない。と言う事実だ。

 家ならともかく、銭湯で俺を一人きりになど出来まい。


 これはしょうがないな。俺の警護が目的だからな。一緒に入るのは言わば不可抗力だな。うんうん、しょうがない。

 出来ればあきらさんか祭さんでお願いします。


 いっその事、朝日奈さんでも可。


「少年? 何をブツブツ言っているんだ?」


「いえ、欲情が綺麗だったらいいなぁ、と考えていただけですよ」


「兄さんの欲情が綺麗になる事は未来永劫、あり得ないと思いますけど?」


 おっとあえか、欲情と浴場。イントネーションが同じなんだから突っ込むのは野暮ってもんだぞ?



「さて、中はどうなっておるのかのぅ! 扉を開けるぞ!」


 桜花が楽しそうに女湯の扉を開けた。


 欲情……浴場は大変綺麗で清掃が行き届いて、今すぐにでも使えそうな程だ。……手前の三割程度が。


 奥は辛うじて清掃されているようだが、進むに従って目地の黒カビが目立ち、浴槽に至っては苔が生えている有様だ。

 入浴を諦めた結果なのだろう。人数が少ないから手前部分のシャワーだけで済ませていたようだ。


「余の、余の大浴場でクロールする夢がぁぁーー!!」


 それは普通に迷惑だからやめた方が良いと思う。


「すぐに入浴は無理みたいだし、予定通り資材屋に行きましょうか」


 桜花の気持ちは分からないでも無いが、これから掃除なんて冗談じゃ無い。


 混浴相手のあきらさんや祭さんや朝日奈さんをを妄想しつつ……むしろ三人と一緒にというのはどうだろうか?


「兄さん? 妄想は程々にして下さいね?」


 俺達は浴場を後にした。決してあえかの笑顔が怖かったからじゃないからな!

 時間の都合上、やむを得なくだからな!



 資材屋で商品を根こそぎ回収してマンションへ帰る。帰りの道中で頭に浮かぶのは『宮湖橋まゆ』。ねねの母親の名前だ


「朝春君! ここ右折ですよ!」


 俺も知るねねの母親。あの優しそうなおばさんがわざと人間をゾンビに襲わせて、あろう事かその屍肉を食べて格を上げようとは……


「主殿! 今の交差点、左じゃった筈じゃが!?」


 その事実を知る俺は、どのようにしてねねに事実を伝えたら良いんだろうか?


「トモ君! マンション通り過ぎちゃってるからぁ~!」


 大分過ぎたところで気付いて、回り道をして戻ってきた。


「トモ君? さっきから心ここに有らずって感じよね~?」


「そうよ朝春! 運転手がボケボケだと困るんですけどー?」


 反論のしようが無いが、原因はお前だ。まゆおばさんの死をどうやって伝えようか悩んでいるのに、相手のねねがこうも通常運転だと彼女に対するフラストレーションが溜まって仕方が無い。


 桜花の収納でマイクロバスを所定の位置に戻してもらって、紙袋を抱えて嬉しそうな女性陣達と一緒に階段を昇る。


「トモ君? 何があったのかしら? お姉さんに相談してみてもいいのよ~?」


 誰かに大事な何かを相談した経験なんて無かった。

 今まで一人で問題事に立ち向かってきたが、俺の手に余る問題。初めて誰かに相談……頼ってみよう。



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