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六十 隣り合う避難所。家電と寿司。

 稲荷寿司を食べて気分が落ち着いた。市販の――スーパーやコンビニで売っている――稲荷寿司は甘ったるくて好きでは無い。

 たまに作ってくれる母さんの稲荷寿司はちょっと酢が効いて甘みが無くて……いや、そうじゃ無いな。


 油揚げにはやや甘みがあるのだが、そのかすかな甘みと酢飯のバランスが神懸かっているとしか言いようが無い。

 たかが稲荷寿司に何だと思うかも知れないが、それほどまでに甘さと酸味が絶妙なバランスを保った一品なんだ。


「という、脳内食レポが繰り広げられたわけね~」


「主殿は考えを声に出し過ぎじゃな」


「しかし少年の稲荷寿司に対する愛情は確かに私に伝わったぞ! 母親の稲荷寿司を想う少年の気持ち、十分に伝わった!」


「えっと、稲荷寿司……作った事あったかしら……? 今回が初めてだった……ような……」


 そこはそれ、息子の光り輝く思い出を尊重して作った事にして貰わないと。ねぇ?


「……少年よ。さすがに過去のねつ造は駄目だと思うぞ?」


 うるさい! 稲荷寿司にまつわるエトセトラは確かにあったんだよ! そうだと言って!


 祭さんが差し出してくれたお茶を飲んで気持ちを落ち着ける。


「雨、やんだみたいね~」


 食事の終了に合わせたかのように、雲間から日の光が差し込める。

 食休みに祭さんに膝枕をして貰いつつ、この後の予定を考える。


「兄さん、膝枕は私がしますから!」


「いやいや、ここは幼馴染みのあたしの出番でしょー」



 騒ぐ二人の相手をしているうちに幾分か時間が経過してしまったので、次の目的地を目指す事にした。食休みにはならなかった。


 交差点でUターンしてから同じ国道を引き返す。スーパーが併設された家電量販店――ピッグカメラ――の軒先には『SOS』と書かれた旗――というかシーツ――が(ひるがえ)っていた。


 バスを停める。バリケードで塞がれた店舗入り口からはこちらに向けてLEDライトがモールス信号の様にぴかぴかと点滅している。


 ぴかぴかぴか。

 ぴかーぴかーぴかー。

 ぴかぴかぴか。


 普通にモールス信号だ。

 トントントン、ツーツーツー、トントントンで『SOS』。

 SOS自体は有名だが、それを示すモールス信号を知っている日本人はあまり多くないような気がする。


 元プレッパーの俺にとってはモールス信号は基礎知識みたいなもんだけどな!



 それにしても、周囲のゾンビは数人程度だが……未だに生き残ってる連中が居たとは恐れ入る。


「トモ君? どうしたの……って、アレ、生存者じゃないの~?」


「なんだと!? 生存者がいるなら救助するべきだ! そうだろう!?」


 敵じゃ無かったらね。……さて、どうするか。


「まずは自分が接触して情報を得ましょうか?」


「トモ! 困ってる人達は助けてあげなきゃ駄目よ!?」


 困ってる略奪者じゃなければ良いんだけど。


「私が話をしてこよう! なに、私の正義を思う心があれば全て上手く行くぞ!」


「じゃああきらさん、お願い」


「少年!?」


 スウェット姿の……部屋着全開の朝日奈さんの言葉に説得力なんて微塵も無い。経験と実績を重ねた革ジャンのあきらさんには遠く及ばないだろう。


 彼女がバスを降りて入り口に近づく。


「自分はこの近辺に住まう者だ!

 無事な避難所に伝手が有る! 希望するなら送ってやるぞ!!」


 あきらさんの良く通る声が辺りに響いて、少しの沈黙の後に店舗入り口で騒がしい雰囲気が感じられた。


「貴方達が敵対しないのならば! 自分が貴方達に危害を加える事は無い!

 代表者と話をさせてくれないか!!」


 変わらずザワついた雰囲気が続く。

 耳を澄ますと


 ――避難所に連れてって貰えるんだから良いでしょ!?

 ――相手が女だからって油断するな! それで死んだ一郎を忘れたのか!?

 ――どっちみちここで籠もってても死ぬだけじゃない! あたしは行くわよ!

 ――待て。向こうの人間と言葉を交わしてから判断すべきじゃ無いか?

 ――フフ、拙者はここでの生活はそろそろ限界だと感じてござった。

 ここは死中に活。一発逆転を狙って巨乳革ジャンの甘言に敢えて乗るのも一つの手だと思うのでござるが、如何か?


 最後の奴が若干問題有りだけど、生存に対する意識だけは間違って無い。そう思う。


 上位種は居ないようなので――最早全く当てにならないが――祭さんを護衛に伴ってバスを降りた。


 変わらず揉めているようだが、ここで無駄な時間を浪費するつもりは無い。


「生存者諸君に告ぐ! 俺はリーダーの蘭堂朝春だ! 俺に従うなら全員避難所、市役所まで連れてってやる!

 イヤならここで朽ち果てろぉ!!」


「と、朝春君。あまり過激な言葉はマズいですよ!」


「何言ってんの? 内部で意見が分かれてるんだったら、後は外から揺さぶるだけじゃん?」


「えぇ……?」


 店舗入り口でしばし口論が続いて、やがて二十代中頃? のイケメンが一人、バリケードから外に出てこちらに歩み寄ってきた。


 またイケメンか!? 若葉さんは居ないが俺一人でも相手になるぞ!


「フフ、お主がリーダーの蘭堂朝春氏でござるな?

 拙者は柳生(やぎゅう)十兵衛(じゅうべえ)と申す。以後、お見知り置きを」


 名前にツッコミどころしか無い。ていうか絶対偽名だろ。


 残念すぎるイケメンの柳生十兵衛さんが出て来た。えーと、柳生さんがリーダーって事で良いんですか?


「フフ。何故かそうなってしまった。これも拙者のカリスマ故でござるか……」


 どうでも良い。そして喋り方が鬱陶しい。アルミ製の物干し竿を持って一応武装? しているつもりなのかも知れないが、あまりお近づきになりたくないタイプだ。


 あきらさんと祭さんが俺と柳生さんの間に立って警戒する。


「フフ、威勢が良い割には年上の女性に守ってもらってリーダー気取りでござるか? 大した男でござるな?」


 カチンと来たが全く以てその通りなので、敢えて反論はしない。


「ねぇ? 私達に喧嘩売るつもりなら買ってあげるけど? それから助けは要らないって事よね? 

 私達はアンタを半殺しにしてから帰るから。ここで死ぬまで救助を待ってなさい」


 代わりに祭さんが怒ってしまった。意外と沸点低いんだよなぁ……この人は。


「待つでござる! 拙者そのようなつもりで申したのでは無い!

 蘭堂氏に嫉妬した故の失言でござった! 勘弁して頂きたい!」


 あきらさんが無言でナイフを引き抜くと急に怯えて謝罪が始まった。かつてマンションで手に入れたゴツいナイフだが、パックの袋開け以外で役に立ったのを初めて見た気がする。

 基本的に自前の爪で事足りるようだし。


 こちらの不穏な空気を察して、バリケードの向こうから小柄な女性が飛び出してきた。


「ちょっと待って! そこの顔だけ時代劇オタクの失礼はお詫びします!

 そこのクズは好きにいたぶって良いから、とにかく話を聞いて下さい!」


 あんた達のリーダーじゃ無かったの?

 それにしても顔だけ時代劇オタクとは中々素敵なあだ名だな。あえかと同じくらいの歳だろうか。

 年齢の割に落ち着いた雰囲気の彼女が柳生さんの尻を遠慮無く蹴っ飛ばして彼の代わりに謝罪した。

 迷いの無い、良い蹴りだ。


「ゴザ!? 痛いでござるよ、小町殿~」


「あたしは小野(おの)小町(こまち)と申します。まずは変態ゴザルで様子を見た事を謝罪します」


 この子も偽名だ。『おの()こまち』の間違いなんじゃないのぉ~?


「あ、はい。言い出しっぺはそこの顔だけゴザルなんですが、何となく歴史上の偉人を名乗る風習が出来てしまって……

 あたしの事は小町さんって呼んで下さいね」


「それで小野(・・)ちゃん。結局君達はどうしたいの?」


「蘭堂氏! ちゃん呼びはいかんでござるぞ!!」


「何で? 小野ちゃん中学生位でしょ? 俺は十七歳だから……」


「へぇ! 蘭堂君は十七歳ですか。そうですか。あたしは中学生に見えますか……ソウデスカ……」


 小野ちゃんがぷるぷると震えて……


「あたしはこれでも二十八歳なのよ! ちょっとは大人扱いしろー!!」


 初対面でそれは無茶な話が過ぎる。

 あきらさんも祭さんも呆れた様子で事の推移を見守っているが、依然として警戒態勢は維持されたままだ。

 この人達、怪しすぎるしなぁ……。


 それにしても見た目中学生で実年齢二十八歳とは。年齢詐欺にも程が有る。


 店舗入り口、バリケードの向こう側に目を向けると数人の男女が防災用のヘルメットを被って、ホウキやらモップやらで武装? している様が見えた。


 ――小町さん! 負けるな!

 ――小町さん! ぶちかませ!

 ――小町さん! 俺達が付いてるぞ!


 無責任な応援を聞きながら思う。

 あいつら、良く今日まで生きていられたな……


 呆れながらも、ちょっとだけ彼等の生命力と生きる意志の強さに感動して溜飲を下げる。

 改めて二人を見れば髪はボサボサ。服はヨレヨレ。頬は痩せて肌ツヤも良く無い。

 ピッグカメラに併設されたスーパーの食料で今まで生き延びたのだろう。人数は知らないがゾンビに恐怖しながら四十日以上、よくぞ規律を守って生きていてくれたと、賞賛を送りたい。


「貴方達は市役所が避難所になっている事は知らなかったの~?」


「フフ、勿論知っていたでござる。しかし道中にゾンビが居る以上、拙者達が市役所に辿り着く事は不可能でござった。

 かつてであれば歩きでも三、四十分程で辿り着ける距離が、今では宇宙(そら)よりも遠いでござるな……」


「だけどあたし達は生き残った! 生きてみせた! 市役所に、避難所に連れて行ってくれるんでしょう!?

 もう、ご飯我慢しないで良いんだよね!?」


 見た目中学生の彼女にそう言われるとグっと来るものがあるな……。


 俺達が普段焼き肉や鰻を楽しんでいるとは絶対言えない……。

 昨日しゃぶしゃぶと刺身の盛り合わせで酒飲んで宴会してましたとは……言っても信じて貰えないかも知れないけど。


 色街が来てからは市役所連中も好きに行動出来ている筈だが、お互いの発見には至らなかったのか。


「朝春君、国道のこちら側に無許可で来るなという取り決めが原因では?」


「「「「……」」」」


「要救助者確保! これより市役所に支援を要請する!」


「あんたのせいかぁ!! あんたのせいであたし達の避難生活が長引いたのかぁ!!」




「えっと、全員市役所に避難するって事でいいですか?」


 小野さんを落ち着かせて――この場に市役所の連中が来なかったのは駅前にピッグカメラが有るせいだと主張して――今後の話を進める。


「ちょっと待ってて下さい。皆の意見を聞きに行ってきます!」


「小町殿! 拙者も行くでござるよ!」


 終わりが見えない籠城生活に生き延びる道が示された。浮かれるのは理解できるが、何で俺達を信用しちゃうのか?


 自分が待ち望んでいた言葉は無条件で信じてしまうのだろうか? 彼女達を騙す気は無いから良いんだけど、少し心配になってしまう。


 しばし考えて彼女の呼称を『小町ちゃん(・・・)』に決めた。年上の女性をからかってあしらう練習にはちょうど良いだろう。


 小町ちゃん達が相談している中、ちょっと久しぶりの田楽寺大根(おおね)さんに電話を掛ける。


『蘭堂君か。どうした?』


 前回会ってから十日も経っていない筈なのに少し懐かしさを感じるのは気のせいだろうか。


「生存者のグループを発見しました。人数は不明ですが少数だと思います。受け入れは可能ですか?」


『ほう。しぶとい連中もいたものですね。

 勿論です。迎えに行けば良いですか? それとも送ってきてくれますか?』


「人数が確認でき次第、折り返します」


『分かりました。連絡を待ちましょう』


 余計な挨拶は一切無く話がまとまった。事務的に過ぎるが、無駄が無くてスッキリしていて逆に気持ちが良い。

 業務連絡とはこうあるべきだな。知らんけど。


「蘭堂君! 皆の意見がまとまりました! 全員市役所への避難を希望しています。人数は……」


「ちょっと待ったぁーー!!」


 待たねぇよ。今度は何だ?


「聞けば旦那さん方は家電屋の連中を避難所へ連れて行くご様子!

 黙って様子を伺っていましたが、ここで名乗りを上げないのは生粋の千葉っ子としてはあるまじき行為と思い、割り込ませて頂きました!


 家電屋連中のおこぼれに預かるようで些か心苦しいですが、旦那さん!

 アタシらも避難所に連れてって頂けないでしょうか!?」


 隣の回転寿司屋『(カッパー)寿司』から慌てて飛び出してきた二十代中頃? の女性が長い口上を述べた。


 ちなみにブロンズは『青銅』だぞ。


 あきらさん達に緊張が走ったが所詮生身の人間。不測の事態に警戒しているようだが、敵意が無いなら……と。事の推移を見守る姿勢だ。


「申し遅れました! アタシは藤枝(ふじえだ)(いち)と申します! 生まれも育ちも地元の生粋の千葉っ子。

 (よわい)二十六の身でありますが、避難民達のまとめ役を受け持っております! 以後、お見知り置きをお願い致します!」


 分かったから。いや、何も分からないけど。とにかく人数を教えてくれ……

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