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五十九 遠足気分。ウサギとおにぎり。

 九月十七日。雨。午前九時三十分。


 弁当が出来上がったので一連の茶番が終了となった。


 当初の予定通り、若葉さんとエリーに留守を任せて玄関を後にする。

 過去の公園での一幕があるので母さんの挙動に注意しなければならないが、天候を考えればそれほど心配する必要もないだろう。


 マイクロバスで雨の国道をひた走る。


「え、次の交差点をぉ左折しまぁす」


 何となく、備え付けのマイクでバス運転手の真似をしてみる。

 イマイチ反応が無いので続けてぶっ込む。


「え、お降りのお客様はぁ、お近くのブザーを押して下さぁい」


 車内は静かなままだ……


「え、えっと! バスじゃないだろー! 違った! やろー!」


「ねね、お主の勇気は賞賛に値すると余は思う。じゃからこれ以上、主殿を苦しめてやるな……」


「朝春君! 自分はバス運転手のモノマネが秀逸だったと思います!」


「滑ったんならむしろ叩くのが慈悲なんじゃない~?」


「皆さんが発言するたびに兄さんのメンタルがゴリゴリと削られていきます。お願いですからもっと兄さんに辛辣な言葉をお願いします!」


 最近大人しかったクセにそれか! お前の俺に対する感情が訳が分からないよ!


「なんだか遠足みたいで楽しいな。あきら、お菓子食べて良いか?」


「程々にしておくんだぞ? それと散らかさないように……」


「分かってる! 全く、相変わらずあきらは一言多いな」


 それはあんたが毎回やらかしてるからだと思う。


「朝日奈ちゃん? あきらちゃんの言う事をちゃんと守るのよ?」


「はい! 分かりました!」


 母さんがいる限り、ウサギの暴走は無さそうだ。

 途中で何回か、邪魔な車両をどかして家電量販店に辿り着いた。この付近は三つの量販店が密集していて、かつては客の奪い合いでしのぎを削っていたのだろう。

 二軒は反対車線なので、K’zデンキに入る。一階部分が駐車場なので、雨もしのげてちょうど良い。


 入り口部分にバスを寄せて駐車。周囲のゾンビを桜花の命令でどかしてもらってから店内に入る。


 電気が生きているらしく、自動ドアが動いた。……つまり中にもゾンビが居ると。

 母さん達には纏まって行動するように徹底してもらう。祭さんとあきらさんを護衛に付けて、俺と桜花はパソコン売り場に向かう。

 朝日奈さんに護衛をお願いするのは不安要素しか無いので彼女は自由行動だ。


 ――いらっしゃいませー。パソコンをお探しですかー?


「主殿、パソコンはどんなのが良いのじゃ?」


 店員ゾンビを追い払って桜花が尋ねてきた。死してなお接客に励むゾンビ達……社畜にも程がある……


「普通は目的と予算で候補を絞っていくんだけど……今は全品十割引きだからなぁ。桜花はパソコンで何がしたいんだ?」


「ネットじゃな。後は暇つぶしに動画を見るくらいかの」


「良し分かった。あっちのゲーミングパソコンにしようか」


「? 余はゲームはやらんぞ?」


「ゲームをストレス無くプレイできる程の高性能パソコン、っていう意味だ。

 メーカー製じゃ無いから余計なプリインストールソフトも入っていないし、SSDを二台搭載でメモリも……」


「待て、小学生に分かるように説明せんか」


「簡単に言えば値段が高くて高性能って事だ。だいぶオーバースペックだけど、快適な方が良いだろ?」


「高性能なのは理解できた。ならばそれで良かろう。で? また根こそぎ回収するのか?」


 その必要は無いと思う。スマホなんかは新規契約出来ないからWi-Fiタブレットとしてしか使い道が無いだろうし、他は……


「面倒だから根こそぎいくか。桜花的には問題無いんだろ?」


「うむ。一々選んでいたら帰りが遅くなりそうじゃからな。それが良かろう」


 展示品は必要無いのでそれ以外を端から収納していく。電池やLED電球は消耗品だから幾らあっても問題無い。

 謎の健康器具は……市役所の連中に寄付するのも良いかも。


 通り道にあったバックヤード入り口から中に入って在庫品を片っ端から収納。

 改めて『亜空間収納』の便利さを思い知る。


 桜花の『亜空間収納』は中身の一覧の検索機能が付いているようで、桜花自身が名前を知らない物も正式名称と商品名、収納した年月日と場所、個数などが記されているらしい。

 異世界モノでよくあるアイテムボックススキルもそんな感じだが、チートっぷりが凄まじいな。


 母さん達は目当ての品を紙袋に入れて自分で持って帰るそうだ。

 金銭の支払いは発生していないが、久しぶりの『お買い物』を楽しんでくれたようで何より。


「おお、少年。ちょうど良かった。ビデオカメラが欲しいんだが、どれを選んだらいいと思う?」


 カメラは詳しくないんだけどな。


「一番高くて好みの色の奴で良いんじゃないですか?」


「身も蓋もないな……。もっとこう、使用目的だったりコスパの良い物だったりあるんじゃ無いのか?」


「コストゼロなんですからコスパなんて概念は捨てて下さい。……ちなみに何を撮るんですか?」


「よくぞ聞いてくれた! 滅びに向かう日本の現状を家族や同胞、そして未来の子孫達に向けて映像記録として残すのだ!」


 へぇ。案外まともな発想も出来るんだな。


「ついでに私の美しい肉体美も記録しよう!」


 この人は余計な一言を言わなきゃ気が済まないのか? 撮影は俺が担当しますよ。


「ふむ。抗体者と上位種のハイブリッドの生態記録として考えればアリかも知れんな。朝日奈ひなたよ、動画編集の知識は有るのか?」


「無い! あきらに教えてもらう! あ、もしかして少年や桜花ちゃんは詳しかったりするのか?」


 ホントにこの人は自由だな……。


「詳しく無いですけど、取り敢えずカメラ一式とノートパソコンと……」


 面倒なので品物の吟味は後回しだ。ねねに任せれば何とかなるだろう。裸体撮影時だけ呼んでくれればそれで良い。


「は、裸は無理だぞ! さっきは桜花ちゃんに上手い事言いくるめられてしまったが、やっぱり恥ずかしい!」


 ちっ、泣いて感動してたクセに。待てよ? 撮影前に言いくるめてノリでゴリ押しすれば或いは……


「勿論その時は余の出番じゃな。今から台本と衣装を吟味せねばならんのぉ~。カハハ」


 桜花が十歳だという事実に疑問を持ち始める。中身は転生したおっさんとかじゃ……無いよね?




 駐車場の一角、植え込みが見える場所でシートを広げて昼食をとる事にした。


 スウェット姿の朝日奈さんが中央に座り「そこは弁当を置く場所だ」とあきらさんによって移動させられた。

 バニースーツもそうだが、屋外でのスウェットってのも中々マニアックなエロさが有るかも……?



 大きめのタッパーがいくつも並べられて、その『ザ・弁当』といった内容に驚嘆の声が上がる。

 おにぎりに稲荷寿司。だし巻き卵に唐揚げ、タコさんウインナーと焼きソバ。サンドウィッチと温野菜のサラダ。


 これを一時間ちょっとで作ったのか……三人がかりだったとは言え、生野菜と卵使用不可の制限がある中……だし巻き卵は? 冷凍の残りですか。そうですか。

 やや炭水化物多めだが弁当ならこんな感じだろう。そう言えば稲荷寿司のお揚げは? これも冷凍?


「そうよ。冷凍した油揚げがそろそろ使い切りたかったからちょうど良かったわ」


 稲荷寿司は枝豆だったりヒジキだったりと、色々具が混ざっているな。


「では食べるとしよう! いただきます!」


 いただきます!


 皆で声を合わせて、雨の中での食事が開始された。


 初手、おにぎり。


「これ、中身は?」


「中身は食べてからのお楽しみよ!」


 ねねの言葉にいつぞやのコロッケを思い出して手を引っ込める。


「今日はちゃんとした具なんだから! えーと、明太子と佃煮と梅干しと黒胡椒ね」


 待て、最後がおかしい。おにぎりに黒胡椒って何だよ?


「確かに変わってるけどこの間マンガで胡椒飯ってあったからそれをヒントに作ってみたのよ。巴おばさんのお墨付きなんだからー!」


「ええ。美味しかったわよ」


 母さんが保証するなら間違い無いか。見た目で判断出来ないから適当に選んで食べる。


「美味い! おにぎりに黒胡椒がここまで合うとは……いや待て。これは鶏ガラ出汁か? さては顆粒出汁を使ったな! そうだろう!」


「朝日奈さんせいかーい! マンガだと鶏油(チーユ)――皮に含まれる脂肪――を使ってたんだけどね。あとは鰹節をちょっと混ぜてみたんだー」


 俺のは海苔の佃煮なんだけど? 確かにこれも美味しいけどさぁ。ロシアン方式禁止じゃなかったっけ?


「それは激辛を含む場合です。ちなみに明太子はそのままのと明太マヨの二パターンありますよ」


 いや、お弁当にギャンブル要素は必要無いと思うんだけど? ロシアンコロッケで激辛と激甘を引いた事を未だに根に持っているらしい。

 我が妹ながら業が深い女だ。


 唐揚げは冷凍品、焼きそばはインスタントラーメンの麺を流用。サンドウィッチはハムとチーズを辛子マヨネーズで。

 どれもそれなりに美味い。サンドウィッチにレタスとキュウリが入っていれば満点だったが、無い物をねだっても仕方ない。


「そう言えば家庭菜園の野菜は?」


「まだまだですよ。二十日大根はもうそろそろですけど、植えた量が少ないですからね」


 失って初めて気付く、野菜の大切さ。

 特に万能野菜のタマネギの収穫が初夏というのも辛すぎる。


「そうねぇ。タマネギが使えないのはちょっと辛いしねぇ」


「冷凍されている分の残りはいかがですか?」


「うちだけならともかく、作業の日の昼食でよく使うから、ちょっと心許ないかもね」


 美味そうにおにぎりを頬一杯に頬張る朝日奈さんを見る。


「んぅ? ふひへははひゃへへにょはいはいははっほはんほ?」


 朝日奈さんの空になった紙コップに麦茶を注いでから、しばし待つ。


「はんら。ほんはにひつへはへふほ、ふいふはいはほ?」


 いいから早く食えよ! リスみたいに頬張ってんじゃねぇ!


 ごっくん!


「少年よ、先程も言った通りうちでは玉葱の栽培は行っていないぞ?」


 そうですか。今聞いたよ。


「玉葱の露地栽培は春から初夏が収穫時期だが、この唐揚げも美味いな。これが冷凍食品だと!?

 いや、最近の冷凍食品は美味い……うん。ビニールハウスで……この焼きそばは素晴らしい! まさに弁当における正当な焼きそばだ……!」


 俺の堪忍袋の緒もそんなに太くないと思うんだけど、そこんところどうよ?


「待て少年。話はお稲荷さんを食べてからだ」


 アンタはこの期に及んでそんな台詞を……


「ま、まぁまぁ! トモ君! 黒胡椒のおにぎりよ。はい、あ~ん」


 胡椒の刺激と鶏ガラ出汁と……いや、それは終わったんだ。


 あきらさんは終始申し訳なさそうにペコペコして、朝日奈さんの面倒をみる。


 朝日奈さんの傍若無人っぷりもそうだが、あきらさんが世話係として奔走するのもちょっと納得がいかない。


 俺のイライラを知ってか知らずか、クソウサギが「あきら、米粒が付いているぞ。だらしがないなぁ」と、あきらさんの唇の端に付いた米粒をその舌で舐め取った……。取った……!?


 その光景を目にした俺に、先程までの悪感情の一切が綺麗に消え去った。

 多少の疑いはあったが、朝日奈さんはガチの百合だと、今なら断言せざるを得ない。


 そうか。やっぱりそうだったのか! あきらさんがネコで朝日奈さんがタチだったのか!

 そうだとしか思えなかったが、ようやく確証を得られた! それならば朝日奈さんのこれまでの行いも理解できる!


 ウサギのくせにネコっぽい振る舞いが多かったような気もするが、朝日奈さんがネコはまず無いだろう。


「トモ君? 落ち着いたかしら~?」


 勿論だ! 百合属性が追加されたウサギにもう用は無い! いや、鶏の件があるな……。とにかく、強気でいくぞ!



「枝豆が入った稲荷も中々美味だな!」


「こっちのヒジキの稲荷も塩気がいい具合ですね」


 俺の稲荷を残しておいてよ?


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