五十八 個性についての少女の見解。 宴の始末を誰がする?
九月十七日。雨。午前七時。
「うわぁ、酒くさぁー」
「それとニンニク臭いですね」
ねねとあえかの言葉で目が覚めた。俺達は昨日の宴会でうどんを食べたまでは記憶しているのだが……、その後があやふやだ。
女性陣の着衣に乱れが無いのを確認してちょっと安心した。記憶が無い以上、何を言われても弁明の余地が無い。
俺達は五○二号室の和室で雑魚寝をしていた。適当に放り出された敷き布団や掛け布団の上にそれぞれが寝転がっていた。
朝日奈さんはあきらさんを抱き枕にしてその巨乳に顔を埋めている。なんて羨ましい真似を……!
外は雨。雨が入り込まないように窓を少し開けて換気。あえかとねねとエリーが昨夜の宴会の後片付けをしてくれている。
エリーに冷たい麦茶を貰って飲み干す。昨夜の酒が残っているようでちょっと気持ち悪い。
「なんじゃ、主殿。二日酔いか?」
「そうみたい。桜花は大丈夫なの?」
「うむ。何も影響は無いようじゃな。元々の体質か、それとも上位種としての体質か……朝日奈、お主はどうなんじゃ?」
桜花が朝日奈さんの小ぶりな尻を引っぱたいた。パチン! と小気味良い音が響いて彼女が目を覚ます。
「んな! 何だ!? 桜木桜花! お前の仕業か!?」
「ほれほれ、さっさと目を覚まさんか」
パチン!
「や、やめ……! 網タイツが破れる!」
パチン!
「起きるから! 起きたからぁ!」
「ん……? 一体なんの騒ぎですか?」
「あきらぁ! 桜木桜花がいじめるぅ!」
「カハハ。何とも叩きやすい尻じゃったな。後でまた頼むぞ?」
「助けてあきらぁ!!」
桜花のサドっ気の一端を垣間見た。嫌がるバニーガールの尻を引っぱたくとは何て楽しそうな……コホン。
「それより朝日奈さんは二日酔いは大丈夫なんですか?」
「う~……。ちょっと残ってる。
しかし、シャワーを浴びれば問題無い。あきら、浴室はどこだ?」
遠慮を知らないのか? このウサギは。
「それは構わないがひなた、着替えは持ってきたのか?」
「あ……」
ホントに何しに来たんだ? このウサギは。
「も、問題無い! あきら、着替えを貸してくれ」
「それは構わないがひなた、さすがに下着は貸せないぞ」
「あ……」
「備蓄物資の中に女性用の下着があったでしょ。多少サイズが合わないかも知れないけど我慢なさい」
「おお、それは助かる! では言い出しっぺの……田楽寺祭と言ったか? 取ってきてくれ!」
「ま、祭さん。落ち着いて」
祭さんが怒鳴る前になだめる。鶏を貰うまでの辛抱ですから。と、小声で伝えて彼女と一緒に二階の倉庫へ向かう事にした。
「トモ君はウサギを甘やかし過ぎなんじゃ無いの~?」
「一応客だし、騒がれると面倒ですからね。彼女が帰るまでですよ」
今日は雨だし、帰る気は無いんだろうな……。
「まさかあのウサギ、このまま居着く気じゃあ……」
「あと二、三日位は大目に見てあげましょう。実家の物資の調達は彼女がやってるみたいだし、見捨てて居着く気は無いと思いますよ」
「……だと良いけどね~」
倉庫でシャツや下着、歯ブラシやらを回収して家に戻る。
ちょっと期待していた朝日奈さん関係のエロいトラブルは起こらず、朝食が開始される。
母さんとあえかとねね、そして朝日奈さんは根菜の味噌汁とご飯。漬物と冷蔵庫の余っている惣菜各種。
エリーはシリアルにロングライフ牛乳をかけて美味しそうにサクサクと食べている。
二日酔いの俺と他の女性陣は各種飲み物。
「今日は雨だから作業はお休みよね? トモはどうするの?」
鶏小屋の図面変更は昨日のうちに、ねねと朝日奈さんによって終了している。
材料が幾分足りなさそうなのでホームセンターかな?
「朝春ー、出掛けるなら住人達の希望物資のリスト持って行きなさいよー」
いつの間にそんなリストが?
「主殿! 余のパソコンを調達しに行くというのはどうじゃ?」
「となると駅前の家電屋ですね? 家電関係ですとドライヤーとかヘアアイロンとか……」
駅前の家電屋だとホームセンターと逆方向だな……いや、ちょっと遠いが国道沿いに家電量販店とプロ向け? の資材販売店があったな。
「じゃあ、行きたい人は……」
全員が手を挙げる。母さんもか。
「んー……じゃあ、若葉さんとエリーで留守番お願い」
「ちょお待ちぃ! 何でウチとエリーなんや!? 納得いく理由が有るんやろなぁ!?」
「そうだよ! いきなり決め付けるのは良く無いと思うよ!」
「だって埼玉遠征組が留守番候補に挙がるだろ?」
「せやな」
「そうだね」
「桜花は『亜空間収納』があるから外せない。あきらさんは元々留守番組だった。俺は全体のまとめ役。残った二人が留守番だ」
「「ぐぬぬぬぬ……」」
「それとも俺の代わりに誰かまとめ役に立候補するか? 格で言えば桜花だけど?」
「うむ。面倒じゃ。」
「次点で祭さん?」
「あたしは仕切るの苦手だから~」
「自分は殿下や祭さんに命令など出来ません」
「母さんは?」
「母さんは何も分かっていない一般市民だから無理よ」
「私も兄さんのように上手に指揮出来ると思うほど自惚れてはいません」
「じゃあまとめ役はねねだな! 就任おめでとう!」
ぱちぱちぱち……
「え!? あたしぃ!? ちょっと、いくら何でも冗談でしょ!?」
「うん。勿論」
チョップを喰らった。キレがイマイチだな!
「そう言う事ならしょうが無いわね。エリーちゃん、あたしが留守番してるから。エリーちゃんは行ってらっしゃい」
「だ、ダメだよ若葉さん。ボクも一緒に留守番するよ。」
「でも……」
「もし何かあったら一人より二人の方が良いでしょ?」
さすがにそう言われては反論の余地が無いようで、若葉さんが折れた。
もしかしたらおもちゃ屋で手に入れたブツを堪能しようと考えていたのでは……いや、考えすぎか。
「そこまで言うならしょうがないわね。エリーちゃん、ウチが色々教えたるさかい、楽しみにしたってやぁ~」
ニヤリと笑った若葉さんの笑顔で、自分の考えが正しかった事を知る。
エリーの新たな扉が開かれる事を……期待すべきか? 阻止するべきか?
「まぁ、いいや。それじゃあ各人準備が済み次第出発を……」
「ちょっと待って、トモ。お昼ご飯はどうするつもり?」
「カップラーメンで……」
「お弁当作るから待ってなさい! あえか、ねねちゃん! 手伝って!」
母さんはやる気だ。雨だってのになぁ……。とは言え、過去には近所の公園とホームセンターとスーパーに行っただけか。
それならはしゃぐのも仕方が無い。雨足も弱く、駐車場から店までの短距離なら傘も不要なくらいだ。
久しぶりの雨がゾンビウイルスも誰かの不幸も、洗い流してくれたら良いのに。
キッチンでせわしなく動く母さん達を横目で眺めつつ、グラスに注がれた琥珀色の液体を少量、喉に流し込む。
氷がカラランと小気味良い音を響かせて、窓辺から雨に濡れる街をぼんやりと眺める。
「なぁ、あきら。少年は麦茶片手に何をやっているんだ?」
「ひなた! しー! 朝春君の邪魔をしてはいけません!」
「トモ君はハードボイルドごっこが好きねぇ~」
「いや、祭。あれはもしかしたらウチらのツッコミ待ちなんかも知れんで?」
「はーどぼいるどごっこか。中々面白そうじゃな?」
「皆さん、ご主人様に聞こえてますよ! ああ、耳まで赤くなっちゃったじゃないですか! そっとしておいてあげないからぁ!」
折れた……心が折れたよ。うん、『はーどぼいるど』ごっこはもうやめる。
「カハハ。その程度で折れるとは情け無いぞ、主殿?
余もかつてはこだわりも美学も持ち合わせない愚民共に散々陰口を叩かれた。しかし余は折れる事は無かった。何故だか分かるか?
それは余が選ばれた人間だからじゃ! その証拠が頭上に輝く王冠ぞ! 余の伴侶であり抗体者にして五人の上位種を従える主殿がその辺の、一山いくらの凡夫と同じである筈は無い!
他人と違う事を恥じるな! 誇るのじゃ! 個性無くして人の上に立つこと能わず! 凡夫と同じ事をしていたら凡夫にしかなれんのじゃ! それを心に刻むが良い!」
ぱちぱちぱち!
上位種女性陣の拍手が響く。桜花の演説は特に朝日奈さんの琴線に触れたようで、
「桜木桜花! いや、殿下! 殿下の御言葉、この私の胸にいたく響きました! 心が救われたとはこの様な気持ちを表すのでしょうか……私は! 私は……!」
「む……? うむ。朝日奈ひなたよ。お主もその格好ゆえ、風当たりは強かったじゃろう。じゃが己の意志を貫く者にこそ、人は導かれるのじゃ!
凡夫の言う恥は恥では無い! 自分達と違うモノを受け入れられない狭量さが生み出した、それこそが恥ずべき概念じゃ!
人は好きに生きてこそ、その個性が輝くのじゃぞ!」
なんだか新たな宗教が生まれそうな勢いだな……。
朝日奈さんは涙を流して桜花に跪き――あきらさんのスウェットを着て――何やら祈るような勢いだ。そのまま朝日奈さんをコントロールしてくれないかな?
「少年! 私は今日、悟ったぞ! 服など飾りでしか無かったんだ!
私のスタイルで救われる男性の為に、これからは全裸で……」
服を脱ごうとする朝日奈さんに、あきらさんのチョップが炸裂した。
さもありなん……。
「あきら! 何をする!?」
「ひなた……ちょっとこっちに来なさい……!」
「ま、待て! あきらがいじめる! 助けてあきらぁ!!」
ジタバタともがきながら叫ぶ彼女の「助けてあきらぁ!」は定型文なのだろうか?
いじめる相手から助けて貰う為にいじめる相手を呼ぶとは……訳が分からない。
しかし全裸で街を闊歩する朝日奈さんは……。
「トモ君~、何を考えているのかしらぁ~?」
公然わいせつ罪で逮捕されちゃうな。それはいけないな!




