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五十七 贅沢な食事。宴と酒。

 九月十六日。曇り。午後五時。


 死体と俺の葛藤を処理して数日ぶりの我が家での食卓についた。


 祭さんと桜花はさすがに食欲が無いようで、当初はお茶だけで良いと遠慮していたが、霜降り和牛のしゃぶしゃぶと聞いた彼女達はその態度をくるりと変えた。


 彼女達上位種は食事の必要が無いが、嗜好品として食事を楽しむ。


 日常の食事に興味は無いが特別な日のちょっと豪華な食事は話が別らしい。


 ぶっちゃけて言えば高級食材目当てなのだろうが、まぁ、いいや。


 鍋奉行は言うまでも無く母さん。


「お野菜が無いからちょっと物足りないわねー。キノコとタケノコで我慢してね?」


 しゃぶしゃぶは肉を食う。それが目的で野菜は付け合わせ、又は箸休めに過ぎない。

 だから乾物の椎茸やキクラゲだったりタケノコの水煮が混ざっていても文句は言わない。


 五○二号室と繋がって広くなったリビングダイニングに入ると、六人用の大きめのテーブルが二つ並べられていた。


「テーブル、新しくしたんだ?」


「そうよ~。前のは高さがちょっと違ってたじゃない? 家具店でお揃いのテーブルを調達してきたの~」


 ダークブラウンで木目調の、お洒落なテーブルと同じ材質の椅子が十二脚。


「中々高そうなテーブルですね」


「そうなのよ~。椅子とセットで三十万なのよ~」


 二セットで六十万……とんでもない値段に俺と朝日奈さんを含めた帰宅組が驚く。


「今更とがめる気は無いが、少年達はちょっとやり過ぎなのでは無いか?」


 本当に今更な話だな。


「こんなご時世だからこそ、普段出来ない贅沢を楽しまないと。やりたい事をやってストレス発散するのは大事ですよ」


「確かにその通りだが……」


「はいはい、準備が出来たからお食事にしましょう! 朝日奈さんはお客様だから真ん中に座ってね」


 カセットコンロを二つセットして土鍋が置かれる。漬物や温野菜のサラダ。各種惣菜の盛り合わせ。

 刺身の盛り合わせにはアワビにフグとデパ地下産の高級刺身がてんこ盛りだ。


「さ、刺身が……こんなに……」


 トドメに運ばれてきた霜降り和牛は大きめの皿に綺麗に並べられて、鍋の隣でその存在感をアピールしている。


 成人女性はビールと、朝日奈さんがお土産で持ってきた高い――らしい――日本酒。未成年組は冷たいお茶。


 総勢十名での宴会が開始された。


「これが霜降り和牛か! 初めて食べたが、口の中でとろけるようだな!」


 朝日奈さんの食欲が止まらない。アワビやフグ刺しも初体験だったようで、感動の食レポが食卓を賑やかす。


 祭さんもバニースーツについての言及を諦めたようで……バニーガールが普通に食事している違和感については皆、スルーする事にしたようだ。


 それにしても肉もそうだけど、刺身も美味いな。


「今日は牛タンのしゃぶしゃぶもあるわよ。トモ、取ってきて」


 大放出過ぎない? 空いた皿を回収してキッチンから薄切りの牛タンを取ってくる。


「朝春ー、ついでにご飯のおかわりー」


 自分でやれよ。


「ご主人様、手伝うよ」


 エリーは良い子だ……ねねとは大違いだな。

 希望者の茶碗を回収してご飯を適当によそう。急がないと俺の肉が無くなってしまう!


「牛タンのしゃぶしゃぶも初めて食べたが、焼き肉とは違ってあっさりしていて良いな」


「うむ。適度に残った脂とこりこりとした食感が素晴らしいのぉ」


「巴さん、このお出汁は昆布の他に何が……?」


 かくして蘭堂家の宴は続いていった。酒が入った事で気が大きくなった俺の一声で夜間照明禁止が解除され、騒ぐ俺達を心配した桜花が遮音結界の魔法を張った。


「桜花スゲー! 桜花に拍手ー!」


 女性陣――成人組――の盛大な拍手と歓声が桜花に向けられたが、彼女は曖昧に笑うだけだ。


「桜花! テンション低いで! 新しい家族とのコミニケーションもしゃんとせなぁ!」


「ママ、お酒臭い。あとコミュニケーションだから」


「あら~、殿下も試しに呑んでみたらいいんじゃない?

 カクテルだったら飲みやすいわよ~。ねねちゃん、グラスとジンジャーエール持ってきて~」


「ねねちゃん、ついでにオツマミもヨロシク!」


「ああもう、酔っぱらい達が……」


「殿下~。ビールとジンジャーエールを混ぜると『シャンディ・ガフ』っていうカクテルになるのよ~」


「そ、そうなのか。お酒とジュースを混ぜるとは意外な組み合わせじゃな」


「桜花ちゃん、お酒とジュースの組み合わせは一杯あるのよ? お酒控えめにして色々試してみましょうか?」


 母さんまで桜花に絡み始めた。


「だからあきら! 私は自分の信念に基づいてバニースーツを着ているんだ!

 それを破廉恥だの痴女だのと! 確かに扇情的なのは認めよう!


 しかしこの体型を維持するのにどれだけ努力してきたか。腕立て地獄の防衛大の生活をお前も送ってきただろう!


 私よりもおっぱいが大きいクセに革ジャンなんて認めないぞ! まずは吸血鬼らしくマントを羽織れ!」


「いや、ひなた。酔っ払っているのは分かるがマントと吸血鬼に関連性はあるのか?」


 あまり酔っていないあきらさんが朝比奈さんを相手にしている。

 どちらに加わるのが正解か?


「おお! シャンディ・ガフとやらは飲みやすいのぉ! 本当にビールが入っているのか?」


「取り敢えずあきら、お前は明日からミニスカで婦警のコスプレだ。その上からマントを羽織れば吸血鬼としてもバッチリだな」


 桜花達のグループに加わろうと決意したところであきらさんと目が合った。


 ――朝春君、救援を要請します。

 ――あきらさんも酔っ払えば楽になるんじゃない?

 ――逆に酔いが覚めてきました! これがひなたの本性だったなんて! 自分はショックです!


 しょうがないからあきらさんと朝日奈さんの方に加わる。初手で朝日奈さんにセクハラかますのはどうだろうか?


 いや、さすがにそこまでしたら被害が出るか? 今の俺なら彼女の胸の谷間に手を突っ込む位は余裕だ。


 だが、その後の惨状を予想出来るだけの理性が残っていたのでかろうじて我慢出来た。


「追加のオツマミ出来たわよー!」


 ねねはまだ、別のおつまみを調理中で、あえかとエリーが配膳と片付けを担当する。


 運ばれたのは餃子。冷凍食品ではポピュラーなソレに、上からスライスチーズを乗せて焼き上げたのだろう。

 チーズのやや焦げた部分が餃子の羽を演出して、コッテリパリパリな味と食感が見ただけで伝わってくる。やるな! ねね!


「まずはそのまま食べてね!」


 ねねの言葉に従って、チーズが糸引く餃子を半分かじる。熱い! しかしチーズのコクと塩っ気が餃子に良く合う。焦げたチーズがパリパリとして濃厚で。

 それをビールで流し込むと、やや重たい後味をビールの苦みが流してくれるようだ。


「美味しい~。これはビールにも合うけどやっぱり白ワインかしら~」


「ふふふ、祭さん。あたしの餃子はここからが本番ですよ! 特製のピザソースを付けて食べてみて下さい!」


 追加で運ばれてきたピザソースがチーズと合わない訳がない。スプーンでソースを餃子に、たっぷりと乗せる。

 貴重な冷凍タマネギとピーマンのみじん切りが加えられて、未だ湯気が立ち上る餃子がトマトの赤色に染まっていく。


「これは……! ソースが加わった事で味わいは完全にピザになった筈なのに! 餃子の肉汁と皮の食感が中華を意識させる!

 一見単純なツマミに思えるが中華とイタリアンがここまで見事に調和するとは! ねねよ、相変わらず素晴らしい料理センスじゃ!」


 かつてのピザでねねの料理センスを褒めた桜花だったが、やや物足りなかった前回とは違って今回の餃子はお気に召したようだ。


「え? あ、ありがとうございます。でもソレ、ネットで検索したレシピだから……」


「何だと!? あきらっ! これは一般的な料理なのか!?」


「自分は料理に疎いのだが……巴さん、いかがですか?」


「確かに餃子のアレンジメニューとしてはよく見るわね。

 ピザソースは珍しいけど、でも美味しいならそれで良いじゃない?」


「うむ! 巴殿は良い事を言った! 料理は味が全て! パクリだろうと何だろうと美味ければそれでいいのじゃ! カハハ!」


 チーズ餃子を食べてビールをグイっと飲む俺。チーズ餃子を食べて白ワインをちびりと飲む桜花。大分酔いが回っているようだが大丈夫だろうか?


「アハハ! 桜花ぁ! アンタいけるくちやったんやなぁ! 娘と呑めてウチ嬉しいわぁ!」


「も~、若葉さん。あんまり殿下に呑ませすぎたら良くないんじゃないの~?」


「心配し過ぎやって! 祭ちゃん! ウチらはアンデッドやで!? 健康管理なんか気にする必要無いやろ?」


「ほらほら! 追加のオツマミが出来たよ!」


 追加で出された皿には何かを巻いた生ハムが盛られている。酒のツマミに生ハムは既に正解だろう。問題は何を巻いているかだが?


「これは追加のソースとか無いからそのつもりでね!」


 配膳を終えてねね、あえか、エリーが「じゃあ、あたし達寝るから」と去って行った。もうちょっと付き合ってくれても良いんじゃないだろうか?


「少年! この生ハム、中にキムチと刺身が巻かれているぞ!

 生ハムの塩っ気とキムチの辛み! これはサーモンか! 脂っこさを程良く中和しているな。

 そして僅かに感じる香ばしい香りはごま油か。クドくならないように少量のようだが、キムチとごま油は良く合うな」


 言われて俺も一つ摘まむ。コリコリとした食感が美味いが、これはアワビか?


 つまり余った刺身を生ハムとキムチで巻いたのがこのツマミの正体だと。


 生ハムの塩気。キムチの辛さと酸味。刺身によって変わる味と食感。それらをまとめるごま油。


 シンプルだがツマミとしては極上で、余った刺身の有効利用も兼ねている。


 ただ一つの難点は刺身の繊細な味が吹き飛んでしまっているのが残念だ。

 ……まぁ、細かい事は言うまい。美味ければ正義だ。


 中には温野菜サラダの余りや、惣菜のキンピラゴボウが巻かれたものもあったが、キムチと生ハムで巻かれたそれらは新しい味を伴って俺達の舌を楽しませてくれる。


 余った食材を有効利用してここまでのツマミを作り上げるねねのセンスに驚愕しながら、朝比奈さんの台詞を聞いてしまった。


「そろそろ締めでは無いだろうか? 鍋の締めはうどんか、雑炊か?」


 この顔ぶれで鍋を決行したのは今日が初めてだ。まだ九月中旬なので当然な話なのだが、それについてはどうでも良い。


 問題は鍋の締めは米かうどんか。その一点だ。


「私は雑炊を希望する! お客様なんだから私に従って貰うぞ! 異論は無いな!?」


 朝日奈さんの暴言は尤もというかやむを得まいと言うか……。

 ちなみに俺はうどん派だ。


「雑炊は良いんですけど、卵がありませんけどそれでも良いですか?」


「なん……だと?」


 やはり雑炊には卵派か。その気持ちはよく分かる。出汁を吸った米に絡む溶き卵は確かに一つの米料理における頂点と言っても過言では無いだろう。


 卵が有ればの話だが。


 卵の無い雑炊など相手になる筈も無く、満場一致でうどんが可決された。


 冷凍うどんを鍋に放り込んで火力を上げる。沸騰したら食べ頃だ。


 ここで冷凍の万能ネギを散らす。真空パックの外国産ニンニクを摺り下ろし、ポン酢と醤油を加えて好みの味に整えてからうどんをすする。


 ずるずるずる~! ……と、各人がうどんをすすって口いっぱいに頬張る。


 咀嚼して飲み込んでから、全員が溜息を吐いた。


「はぁ~……」


 ニンニク臭い溜息を吐きつつ、鍋のうどんを奪い合う。一部の人達は雑炊派じゃなかったっけ?


「派閥は関係無い! うどんが美味い! それで十分だろう!」


 朝日奈さん。それ、冷凍うどんですよ。


「だから何だ! 美味いものを美味いと言って何が悪い! 少年はこのうどんが美味くないのか!?」


 勿論美味しいです。


 乾麺とは違った冷凍うどん独特のコシ。キャッサバという芋のデンプンが混ぜられる事でこの食感が成り立っているらしい。


 キャッサバと言えばちょっと前に流行ったタピオカの原料で有名だが、――勿論陰キャの俺はそんなお洒落スイーツは食べていない――まさかうどんにまで使用されていたとは驚きだ。


 酒を無視してうどんをすする女性陣。我先にとうどんを奪い合う女性陣を目にして、俺の女性に対する密かな憧れとか幻想とか、そういう色々な感情が失われてしまったような。そんな気分になってきた。


 いや、女性は柔らかい。良い匂いがする。優しい。エロい。あと何だ?


 ずるずるとうどんをすする位、何でも無いよ。むしろ気持ちが良い位だね!


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― 新着の感想 ―
[良い点] ひなたはバニースーツ着用は信念のつもりがウサギが年中発情期で兎獣人もやはり年中発情期なせいだと思うのです。本人が種族特性に気がついて、自分の露出癖を理解した時に愕然としそうwww
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