五十六 ウサギと老鶏。ウサギをもてなせ。
「とりあえず百羽でどうだろうか?」
朝日奈さんの爆弾発言が続く。
「ひなた、そんなにいいのか? 生きた鶏は貴重なんだぞ?」
「ちゃんと理解している。正直に言って、需要が無くなったので持て余しているのが現状なんだ。
飼料は今のところ問題無いが卵は廃棄が続いているし、老鶏も増えつつある。
需要が無くなったとは言え、両親は飼育規模を縮小するのは本意では無いようでな。むしろ売り込みに行けとやかましいんだ」
「老鶏! 老鶏余ってるの!? 要らないなら欲しいんだけど!」
母さん? 何で老鶏に食いつくの?
「トモ! アンタは老鶏について何も分かってないのね。いい? そもそも老鶏は……」
母さんの老鶏に対する愛が重い。良い出汁が出るとか、肉質は固いがそれを個性に置き換えて歯ごたえ重視の鶏レシピだとか……
そこに朝日奈さんが食いついて老鶏談義から鶏料理のレシピ。雄と雌の肉質の違い等、専門的な会話に発展している。
ウサギの指南する鶏料理……ちょっとシュールだな。
ひとまず交渉を終えて、ねねの図面を吟味する朝日奈さん。
今日の作業はもう終わりだそうだが、朝日奈さんの尻に夢中の男性陣に苛立つ一部の女性達。
黒瀬虹ちゃんの脳天かかと落としが不安になる音を伴って兄の豊水に炸裂。
気絶した兄を引きずっていく彼女。豊水……生きてるよね?
あえかはむしろ優しい部類なのでは無いだろうか? 虹ちゃんの――遠慮も手加減も無い――綺麗に決まったかかと落としを見るとそう思わざるをえない。
「悪くは無いが狭すぎるな。これでは精々二十羽程しか飼育出来ない。もっと広い小屋が必要だな」
俺もねねもいきなり百羽なんて想定していなかったからしょうがない。
「そりゃあ、いきなり百羽なんて考えてなかったし……」
「ならば失敗を回避出来たと喜ぶべきだ! 少女よ! 私と共に最高の鶏小屋を作ろう!」
「? う、うん! 宜しくお願いします!」
ねね陥落か? どうでもいいけど必要な資材の見積もりは早めにヨロシク。
後はガソリンだな。いいかげん回収しないと本気でヤバい。腐敗的な意味で。
重量の問題から桜花の同行が必須だな。先にカーショップに寄って劣化防止剤を回収しないと……
「劣化防止剤なら既に回収済みですよ」
なんだと?
「兄さんが中々帰ってこないから暇つぶしに回収しておきました。いかがですか?」
「凄い! 素晴らしい! いや、そこまでやってくれてるなんて正直期待してなかったよ!」
「私は兄さんにそこまで無能と思われていたんですね……。少し悲しいです……」
「いや、そういう意味で言ったワケじゃ無くて」
「あんまりトモ君をいじめちゃダメよ? あえかちゃん~?
それでトモ君、近場のガソリンスタンドなんだけど~……」
「待て待て、ガソリンも大事じゃが、銭湯の件は忘れてはおらんだろうな?」
そろそろ収拾がつかなくなってきた。
鶏小屋は資材が足りなさそうだ。
ガソリンは劣化防止剤を持って回収する。
銭湯の件は……手の空いた上位種の誰かの主導でゾンビ達に任せれば良い。
で、あるならば。トラックを運転できるあきらさんは必須。桜花も収納魔法があるから必須。
銭湯は後回しで良いか。
「良くない! 良くないぞ! 主殿! 銭湯を整備すると、主殿は確かに言った筈じゃ! まさか約束を違えるつもりではあるまいな!?」
そんなつもりは無いけど、風呂に対する桜花の執着心は凄いな。
じゃあ、桜花を銭湯責任者……には出来無いか。彼女にはガソリン関係で頑張ってもらわないと。
それではどうするか?
あきらさんを軸に考えるべきだろうか。ガソリン関係を桜花に任せて資材調達をあきらさん。
生活必需品の調達を俺がまかなうとして……
「ちょっと待って。私も大型車の運転、頑張って練習したんだからぁ。あきらばっかりに運転頼らないで欲しいわぁ~」
ここで祭さんのアピール。祭さんにトラックの運転を任せられるなら、なら……? 考えがまとまらない。疲れが溜まってるのかな?
「今日の作業が終わったら解散で。朝日奈さんは……」
「勿論泊まるぞ。今夜の食事は期待して良いんだろう?」
厚かましいにも程があると思う。
しかし鶏を受け取るまでは彼女の暴挙に耐えなくてはならない。……ストレスが溜まるな。
母さん達を説得して、接待と思って接するようにお願いした。
……鶏を得るには、こんなにまでの労力を払わなければならないのか。世間とはかくも厳しいものなんだな。
結局、あきらさんの強い要望でアリスと強面ゾンビをそれぞれグーラー、グールに進化させる事になった。
桜花が回収してきた死体を貪る二人を見守るのは俺とあきらさんと祭さんと桜花の四人。
祭さんと桜花はゾンビが死体を処理する場面を見た経験が無いので辛そうだ。
それにしても、アリス達を初めて見た祭さんの表情は中々形容し難いものであったと言わざるを得ないだろう。
パッツンブルマを責めたい気持ちはあるが、用意したのが桜花なので強く言えない。
加えてそれが俺の好みである以上、自分も何か個性的な格好をするべきでは無いだろうか? ……と。
あきらさん達に比べて没個性な祭さんの悩みは理解できなくも無いが、『常識人』枠からは外れて欲しく無いものだ。
もっとも、エロい格好なら大歓迎だけどな! ブルマとバニーは既に居るから……スク水……はちょっと弱いな。
ミニのタイトスカートでOL風スーツなんてどうだろうか? 元々――ミニでは無かったが――スーツ着てたんだし、原点回帰って事で良いんじゃないだろうか?
「スーツはともかく、タイトスカートは尻尾出すとき邪魔だから却下よ~」
残念。まぁ、そういった格好はクール系美人のアリスの方が似合うか。
待てよ? いっその事アリスをOL、イリスをキャバ嬢、ウリス……は何だろう? それぞれのキャラに合った衣装で着飾らせるのも良いかも知れないな。
「あの? 朝春君? 二人の進化が終わりましたけど?」
それぞれの衣装に思いを馳せていたが、あきらさんの言葉で現実に引き戻された。
アリスはグーラーに。強面はグールに……
「彼の名前は?」
「大豪院鬼丸だそうです」
「待って。確かに強面マッチョでその名前なら百歩譲って良いとしても、さすがにそれは偽名でしょ?」
「そう言われても……自分は事実を伝えているだけですので」
確かにあきらさんは俺の質問に答えただけに過ぎない。だが、何だろう。このモヤモヤとした感情は……?
「まぁ……いっか。じゃあ大豪院さんは今後、強面ゾンビ達の仕切り役って事で。
アリスはイリスとウリスの面倒を頼むよ」
アリスに近づいておもむろに胸を揉んでみた。ビンタに備えて目を瞑って……? ビンタが来ない。なんで? 代わりにアリスに抱きしめられて頭を撫でられる。
かつて無い反応に戸惑うも、アリスはグーラーでありながらセクハラOKな貴重な人員として……
「二人とも? いつまでイチャイチャしてるのかしら~?」
「アップグレード後は動作チェックが常識ですよね?」
アリスに抱きしめられながら、彼女のたわわなおっぱいの柔らかさを入念に調べる。調べているんだ。ゾンビからグーラーに進化して、おっぱいの柔らかさが変わっていないか……
「トモ君? いい加減にしましょうか~?」
はい! いい加減にします! 祭さんの圧に怯えて言葉に従う。
俺は抗体者で祭さんの血の契約者だが、どうにも尻に敷かれている感が否めない。
何と言うか、亭主関白を目指さないといけないな。メシ。風呂。やるぞ。みたいな。
未練たっぷりでアリスの胸から手を放し、スマホで時間を確認するとそろそろ夕食の頃合いだ。
それじゃあこの場はお開きにして、皆さん帰りましょう。
「それは良いのですが殿下。死体はあとどれ位残っているんですか?」
「ん? あと十三体じゃな。さて、どう処理したものか……」
超微妙。
「だったら強面に処理させたら良いんじゃないの?」
「確かにそうじゃが、ちょっと勿体無い気もせんでは無いぞ?」
桜花が言いたいのは死体の調達が面倒だから有効活用したい。と、そういう事だろう。
死体を食べればゾンビの格が上がる。しかし俺はゾンビを殺すつもりが無い。
じゃあ人間を殺すか? しかし殺すに値する敵対者が都合良く襲ってきてくれるとも思えない。居たとしてもまとまった人数が揃ってないと意味が無い。
結果として死体が貴重になってくる。
何とも心に重く響く概念だが、ゾンビの進化を考えたらば仕方ない。
人は死体となってその身に価値が発生する。
硬貨も紙幣もその信用を失って、現在の取引は物々交換が主流だ。
食料と消耗品等の物資が行き交う中で、上位種を有する一握りのグループ、或いは抗体者を有する彼等は餌となる死体を求めるのだ。
ただ単純に、進化の糧として。
ソレがかつての同胞であった事を無視して。
これからはそんな価値観が生まれるんだろうかと、ぼんやり考えながら……残りの死体を強面ゾンビ達に処理して貰った。
九月十六日。曇り。午後。
死体を強面ゾンビに処理させて、俺は自身の命を確かめる。
この命が尽きた時、俺の死体は価値あるモノとなるんだろうか?




