五十五 ウサギとハヤシライス。とにかくハヤシライスを食え。
「せめて上に何か羽織りなさい! 男達が困ってるのが分からないの!?」
「見たければ存分に見るが良い! 私の美しい体は娯楽に飢えた諸君の癒やしになるだろう! これも美女の務めだ!」
祭さんと朝日奈さんが言い争って……通常運転の朝日奈さん相手に、祭さんの言いたい事は何も伝わっていない。
「トモ君! お帰りなさい! 寂しかったわ~!
って、それもそうなんだけど! この変態痴女ウサギは何なの!?」
遠巻きに見守る住人達も同意見なようだが、男連中はやや前屈みではあるものの好意的な印象。
『見た目だけは』美人でエロいバニーガールだ。その気持ちは痛いほどよく分かる。
ちょっと意外な事に、女性達も彼女のプロポーションに感心しているようだ。
改めて観察してみる。
扇情的なバニースーツだが、元々背の高い朝日奈さんが更に高さのあるピンヒールと合わせる事で、エロさと格好良さが共存した素晴らしいスタイルを演出している。
防衛大学校は女性も過酷な訓練が強いられるようで、無駄な贅肉など――胸以外には――一切無い。
「まずは落ち着いて下さい。二人とも、朝日奈さんの紹介は?」
若葉さんと桜花にダメ元で聞いてみた。
「祭さんが服を着ろって騒いでてそれどころじゃ無かったわ」
「その祭の言葉を殆ど無視して畑や門、休憩所やバリケードに興味津々じゃったからのぅ。説明役の姉上とねねがあっちでへばっておるぞ」
桜花は中二病モードの時はあえかを『姉上』と呼ぶ事にしたらしい。俺と血縁関係に無いねねは呼び捨てか。ちょっと不憫に思う。
「祭さん、朝日奈さんに服を着せる事は諦めて下さい」
「ちょっ! トモ君は私よりウサギの味方をするの!?」
面倒だから放置するだけです。
「そうじゃなくて、バニースーツは彼女の信念に基づいた戦闘服だからです」
自分で言ってて意味不明だ。
「そのウサギの信念だから邪魔するなって事~?」
「少年よ! ようやく理解してくれたか! さすがは『貴族階級』と『王階級』を四人も従える男だな! その慧眼に感服するぞ!」
隣に立つ『一般階級』のエリーがあからさまに不機嫌になったのが分かる。
「ハイブリッドだからって『一般階級』のウサギが偉そうに言うな! 大体、ボクとお前じゃ狼のボクの方が格上なんだぞ!」
「エリー、気持ちは分かるけど落ち着いて……」
「ははは! 浅い! 浅いぞ! 狼の少女よ! 確かに野生動物として見れば狼はウサギより格上だろう。
しかし獣人として見た場合、格の上では大差ないのだ!」
「へぇ? それじゃあ、今からここで試合でもしてみようか? それならどっちが上か、ハッキリするよね?」
ちょっとエリー! 落ち着けって!
「断る!」
朝日奈さん? アンタあれだけ煽ってそれってどうなの?
「なんだ? 怖じ気づいたのか?」
「その通りだ! 私は実戦経験が無いからな。
種族の優劣は別にして、『貴族階級』のサンダーバードを追い詰めるような猛者と戦う気は全く無い!」
威張って言うなよ……。て言うか最初から煽るなっての!
グダグダになったので仕切り直す。朝日奈さんを皆に紹介して、中二病重症患者の相手をする覚悟があるなら、彼女に話しかけても良いと説明した。
そろそろ昼食の準備が始まる中で六○四号室の大学生、白峰真司と四○二号室の高校生、黒瀬豊水の二人が朝日奈さんに言い寄っているのが伺えた。
確か白峰真司が二十歳、黒瀬豊水は十八歳。朝日奈さんと歳が近い二人だが、その女は中身が普通じゃ無い。
予想通り会話が噛み合わず、敗北した二人がこちらに向かってきた。
「なぁ、蘭堂君。あの人、マジで何なの? 正義だ悪だって言って、会話が成り立たないんだけど?」
「さっき説明した通り、彼女は中二病重症患者です。会話を成り立たせるにはいくつかコツが有りますけど……貴方達じゃ難しいでしょうね」
「おいおい、蘭堂君。朝日奈さんは君の女ってワケじゃ無いんだろ? だったらそのコツを教えてくれないか?」
「そうそう! あんなエロい体放っておくのは勿体ないっしょ! 白峰さんには悪いけど、俺が頂いちゃいますからね!」
俺とは相反する陽キャの彼等を前にして、俺の独占欲が鎌首をもたげる。
俺は『抗体者』というだけで、あきらさんを始めとした美女達と縁を持つ事が出来た。朝日奈さんもその一人だ。
白峰さんと黒瀬さんは人格面では何も問題無い。むしろ率先して働いてくれているし、花菱姉妹を気遣う優しさも持っている。
つまり俺の大嫌いなイケメンリア充だ。
何の事は無い、敵だったんだ。敵は身内に有り。獅子身中の虫とはこの事か。
一応、素直に『コツ』を教えた。非オタクの彼等が中二病重症患者相手にどれだけ善戦できるかも興味があったが、エロ目的だけじゃ朝日奈さんを攻略出来まい……
最初は朝日奈さんに話を合わせていた二人だが、話が進むにつれて朝日奈さんの質問を捌ききれなくなっていく。
終いには「結局お前達は何が言いたいのだ?」と、ダメ出しされて撤収する二人。ざまぁ見ろ。
ユルいようで意外と身持ちが固い朝日奈さんだった。
「あれは可哀想ねぇー。外見完璧で中身オタクって地雷でしょー」
茶畑さんに話しかけられた。
「結局中身が大事って話ですか?」
「まー、そういう事になるんじゃ無いの?
エロいバニーガールだって十年後はぶくぶくに太ってるかも知れないんだし?」
それは上位種に当てはまるんだろうか?
そもそも朝日奈さんの中二病はオタクとはちょっと違う気もするけど……いや、『正義オタク』と言えるな。納得。
ホント、中身がもうちょっとマシだったら俺も頑張ったのに……
今日の昼食はハヤシライス。冷凍の牛バラ肉と牛すじ肉。
冷凍の根菜類を使って、市販のルーとお高めのレトルトを混ぜ、トマトの缶詰と赤ワインその他を加えた意欲的な料理だそうだ。
正直に言って、俺はカレーも好きだがハヤシライスの方がやや上だと、個人的に思う。
ハヤシライスがカレーより優れていると言うつもりは無い。
しかし、見た目が似ているというだけでカレーの下位互換に位置付けられているのがちょっと納得いかないだけだ。
単に好みの問題なんだ。カレーもハヤシも。女もゾンビも。
だから「カレーの方が美味いよなぁ?」とか「カレーモドキかぁ……」とか「ハヤシって何で存在してるんだろ?」とか聞こえても寛容の精神で聞かなかった事にする。
「美味い! なんて美味いハヤシライスだ! シェフは誰だ!?」
おお! 朝日奈さんもハヤシ派か。心強い……? 味方? が増えた。
「アタシです。蘭堂朝春の母で巴といいます。息子がお世話になったそうですね?」
「あ、どうも。いやーお世話なんてそんな。ちょっと縁があって知り合っただけですから」
なんで母さん相手だと普通に会話が成り立つんだ?
そこは「私の正義を愛する心がもたらした運命が~」とか言う場面だと思うんだけど?
「それで朝日奈さんは今日はどんな御用事で?」
「はい。しょうね……朝春君が鶏小屋を作ると聞いたので、自分の意見を参考にして頂けたらと」
「兄さん、兄さん。母さん、だいぶ警戒してますね。目が笑ってないですよ」
言われてみると確かにそんな感じだな。
初対面のハイレグバニーガールに気を許す奴も居ないだろうが。
「母さん。朝日奈さんは実家が養鶏業をやってて、家族も鶏も無事なんだって。
で、鶏を譲ってもらえる事になったんだよ」
「そうなの!? もう、トモったら、そう言う事は最初に説明しなさいよ?」
状況がカオス過ぎて忘れてただけだ。俺のせいじゃない。多分。
そして鶏の言葉で母さんの警戒心も幾分和らいだようだ。手の平返しが早すぎない?
「もしかしてトモ君がそのウサギの肩を持つのって、それが原因なのかしら~?」
どちらかと言うと中二病の相手が面倒なだけです。
「祭よ。そう、ふて腐れるでない。主殿の気を引きたければ祭もバニーガールになれば良いのではないか?」
桜花の言葉で周囲の男性陣が固まった。
確かに胸の大きさは朝日奈さんと良い勝負だが、ゆったりした服を好む祭さんのスタイルはイマイチ判別が出来ない。
いや、それでもかなりのスタイルだと予想が付くが……祭さんのバニーガール姿か。
「トモ君は見たいのかしら~?」
周りの視線が痛い。特に男性陣の嫉妬の視線が痛いが……同性からの嫉妬の視線って優越感に浸れるな。
ちょっと良いかも。
「祭と言ったか? お前の種族は知らんが、ウサギでないならバニースーツを着る理由は無いだろう?
種族に合った服を着るべきだと、私は思うぞ?」
「私はトモ君に聞いてるんだけど?」
「少年の好みは破廉恥な服だろう? あのいかがわしい格好をしたゾンビ達のような……」
ちょっ! アンタこんな場所で何て爆弾発言を!!
「トモ君? どう言う事かしら? 詳しい話を聞かせてもらえるわよね?」
祭さんの目が妖しく光る。いつの間にか尻尾と角を生やして、アクアドラゴンの『通常体』に近い姿になっていた。
彼女の左右にはあえかとねねが同様に殺気を放ち、後方に立つ母さんは冷たい微笑みを浮かべている。
助けて桜花! ブルマの原因はお前だぞ!
「大したことは無い、普通の体操服じゃ。
少々サイズが小さかったのでボディラインが強調されたが、朝日奈はそれをもっていかがわしいと表現しただけじゃ。何も問題は無いぞ?」
「そうなのかしら? ウサギさん?」
「む? ……言われてみれば確かに体操服だったし、少女の言う通り……なのか?」
「なのじゃ。大体、余が自ら選んだのじゃぞ? 十歳の少女がいかがわしい服など用意出来ようものか。のぅ?」
あきらさん、エリー、若葉さんに強めの視線で同意を求める。
十歳の少女という立場と『王階級』という格をフルに活用した素晴らしいゴリ押しだ!
「殿下がそう言うなら、この場は引いてあげるわ。後でじっくり聞かせてね~」
祭さんに同意するあえか達。単なる時間稼ぎにしかならなかったか? いや、何とか誤魔化さなければ!
「そ、そう言えばねね! 鶏小屋の図面は出来たのか?」
「とっくに出来てるわよ。朝春達が中々帰って来ないから、材料を調達しに行くか検討してた位なんだからね」
これでも早く帰ってきた方だと思う。おもちゃ屋の件は俺は悪くないし。
朝日奈さんが図面を見たいと強請ったので、念の為エリーに同行を頼んで取ってきてもらう。
「ところで朝日奈さん、鶏はどれだけ譲って貰えるんですか?」
「少年の正義を愛する強さの分だけだ! さぁ! 私に示して……冗談です」
朝日奈さんの隣に笑顔の母さんが立っている。ホントに、何で母さんの前だと大人しくなるんだ?
「だってママに雰囲気が似てて……あきらぁ~」
ぐしぐしと泣きながらあきらさんの胸に顔を埋める朝日奈さん。あきらさんは彼女のウサ耳が鬱陶しいようで顔を背けている。
どうにもあきらさんへの依存度が高いな。背が高い上にヒールを履いているので、尻を突き出す格好であきらさんの胸に顔を埋める彼女のふりふりと揺れる尻と丸い尻尾を、男性陣と一部の女性陣達と一緒に鑑賞しながら……
「だから痛いって。ツッコミで本気で殴るのはマナー違反だぞ、あえか?」
「そうよ、あえかちゃん。ツッコミはグーよりも音が出やすいパーでするのが基本よ?」
若葉さん、そう言う所を細かく拾わなくていいですから。
早稲田大吉さんは奥さんの向日葵さんにビンタを喰らって――中々キレのあるビンタだ――、黒瀬豊水は妹の虹ちゃん――十四歳――に蹴りを喰らっている。
虹ちゃんの蹴りに迷いや戸惑いは無い。素晴らしい中段蹴りだ。しかも、振り抜いているあたり、手加減も無いのだろう。空手部か何かかな?
暴力系の妹を持つ身として、豊水にほんのちょっぴりだけシンパシーを感じてしまった。
リア充相手に不甲斐ないと、自分を恥じる。
朝日奈さんの尻を、網タイツに覆われた小ぶりな尻を堪能してから、
「で、鶏は?」
なんでいつもこう、話がスムーズに進まないんだろうか?
俺はこんなに真面目にやっているというのに……




