五十三 帰路とゾンビ。ウサギと踊れ。
九月十六日。曇り。午前八時。
高速道路を運転中、桜花に昨夜の詳細を聞かれる。後続のトラックを運転するあきらさんへの影響を考えて、当たり障りの無い返答をする俺に桜花はちょっぴり不満げな様子だ。
どうせテレパシーで繋がってるのは分かってるんだぞ。昨日、一昨日と、エロ成分を補充しまくったあきらさんだが、運転中の彼女の心をかき乱すのは危険だろう。
「それより桜花は散歩してきたんだったよな? 何か収穫はあったのか?」
話題の方向を変えてみる。
「答えたく無いならまぁ、よかろう。
余は近隣の空き家を巡って死体を回収していたのじゃ」
俺の運転するミニバンと後続のあきらさんが運転するトラックが激しく揺れて急ブレーキを掛けた。
「いやー、腐乱死体など初めて見たからのぅ。さすがの余も戻してもうた。
もっとも、胃の中は空っぽだったから何も出んかったがのぉ! カハハ!」
後続のトラックから三人が慌てた様子で近寄って来た。どういうことだと詰め寄る彼女達に桜花は、
「アリス達を覚醒させる為じゃ。少なくともグーラーになれば意思疎通も容易くなるじゃろ?」
確かにそうだが。しかしアリス達をグーラーにした場合、俺がビンタされる未来しか想像できない。
ゾンビの時は素直なのにグーラーになった途端、何故か嫌われるんだ。理不尽この上ないが、アリス達もそうなる可能性が高い。
特にアリスはキツそうな見た目だからな。彼女のビンタはさぞ、キレが良さそうだ。
「アリス達は無理に覚醒させる必要は無いんじゃ無いか? あんまりグーラーや上位種を増やすと自衛隊がうるさそうだろ?」
「確かに朝春君の言う通りですね。ただでさえ目を付けられているのに、今以上の戦力増強は余計な詮索を受けかねません」
「じゃあ、ご主人様はアリス達をどうしたいの?」
暇な時にセクハラをかますに決まってるじゃないか。
「もちろんマンションの警備をしてもらう。強面ゾンビもちょっとはやる気が出るんじゃないかな? ははは」
じっとりとした目で三人に睨まれた。間違った事は言ってない筈なんだけどな?
俺の二枚舌が通用したのか、看破されたのかは不明だが、死体の件は一旦棚上げして帰路を進む事にした。
桜花の『亜空間収納』で蛆やら蠅やらの虫は除去されているとは言え、時間停止が無い彼女のアイテムボックス内で熟成されていく死体を思うと胃液が上昇してくる。
早く忘れよう。
高速道路は障害無く、俺達はスムーズに帰路を辿る。
そうして高速出口からやや離れたコンビニの駐車場に停車して、いったん休憩する事にした。
初来店のコンビニにはゾンビ達がたむろして、俺達を警戒しているようだ。
――おぉい! お前らドコの学校だ!? 女が出しゃばってんじゃねぇぞ!?
――おいおい、セイヤ。カタギのお嬢さん達をいじめちゃ駄目だろ?
――そうだぞ。ここは冷静に話し合いをすべきだろう。
――うるせぇ! ここは俺のシマだ! ガキでも女でも関係ねぇ!
などといった会話が……
「余を前にしながら跪かないとは……お前達、消されたいのか?」
桜花の強烈な圧がゾンビ達を襲った。彼らは一斉に跪いて、桜花の一挙手一投足を震えて見守る。
「桜花、ちょっと威圧し過ぎじゃないか?」
桜花にタメ口をきく俺に、ゾンビ達がちょっとした圧を向けてきた……が、桜花の一睨みで霧散する圧。改めてゾンビ達の格差社会を思い知らされる。
各自の好みのドリンクを回収してコンビニを後にする。分かっていた事だが、コンビニは既にゾンビに占拠されていた。
コンビニがゾンビに警備されているという事実と、生存者がコンビニで食料を調達する際に邪魔になるゾンビ。
心情的には生存者を応援したいが、……俺には関係無いか。
微糖の缶コーヒーを飲みつつ、休憩していると朝日奈さんからメッセージが入った。
『少年はいつこっちに来るんだ?』
鶏小屋が完成してからだと伝えた筈なんだけど? その旨を返信。
『じゃあ、私が鶏小屋を監修してやろう』
しなくていいよ!
大体、別れたのは昨日だろう! 待ちきれないにも程がある。
「あきらさん、朝日奈さんの実家ってどこにあるの?」
「埼玉県草加市です。草加煎餅が有名ですね」
『返事はまだか?』
『既読が付いているのは分かってるんだぞ?』
『少年がいじめるってあきらに言い付けるぞ?』
連続して送られてくるメッセージ。
ウザ過ぎる……
『実はもう、少年達のマンションのすぐ近くに居るんだ。住人の皆に紹介を頼む』
何なのこの人!? こっちの都合を考えろよ!? 大体、事前連絡しろって言ったのそっちだろがぁ!!
「と、朝春君、落ち着いて下さい」
「あきらさん、よくあんなのと付き合っていられましたね……」
「確かに面倒な部分もありますが、根は正直で優し……」
スマホが震える。我慢できずに電話してきやがったな。
「もしもし?」
『少年! 何故メッセージを返さない!? さては私をいじめて笑いものにしようと言うんだな!?
クッ……やはり少年は悪の組織の……』
「それはもういいから。ていうか俺達まだマンションに帰ってないんですけど?
それに事前連絡するって言ってましたよね? なんでいきなり来ちゃうんですか?」
『だ……だって家に居てもやる事無いし……バニースーツでうろつくなって家族がうるさいし……』
プツッ……。一方的に通話が切られた。
そして震えるあきらさんのスマホ。
「もしもし?」
『あきらぁ! 少年がいじめる!!
お前の契約者だろ!? 何とかしてくれ!』
頭痛がしてきた……
「阿呆でヘタレで甘ったれとは、救いが無いのぉ……」
再び震える俺のスマホ。今度は何だ?
『兄さん? 向かいのマンションの屋上でバニーガール姿の痴女が騒いでいるんですけど?
あきらさんの知り合いみたいですけど、心当たりはありませんか? 上位種みたいですし、祭さんに対処して貰った方が良いですか?』
向かいのマンションは四階建て。肉眼でも地上からその姿は確認できるし、車の通行も無い。
ちょっと騒げば話の内容も良く聞こえるだろう。
「残念だけど知り合いだ。ヘタレの根性無しだから害は無いと思う。向こうから接触してきたら適当に相手しておいて。
あ、中二病重症患者だからそのつもりでな。俺達はあと一時間もしないで帰れると思うからよろしく」
『そうですか。三泊四日の旅行は随分充実した内容だったみたいですね。土産話を期待していますよ?
そうそう、裁判の準備をしておきますから楽しみにしてて下さい』
「ちょ! あえか!」
プツン! ツー……ツー……ツー……
俺のせいじゃ無いのに……
「ご主人様、ご主人様は悪くないから大丈夫だよ!」
「そ、そうや! 悪いのはあの痴女なんやから!」
「余は裁判にちょっと興味があるがの?」
あれは裁判という名のつるし上げだ。法も何もあったもんじゃ無い。
気分が重い。本来日帰りだった筈が自衛隊に見付かって面倒な事件に巻き込まれ……アリス達をゲット出来たからヨシとしよう。
おもちゃ屋ではしゃぐ女性陣のせいで帰宅が一日遅れて朝日奈さんの来襲に間に合わなかったし……俺、悪く無いよな?
そもそもの話、ドラム缶回収時に朝日奈さんが絡んでこなければ全ては予定通りに進んだんだ。いざとなったら朝日奈さんを差し出して……鶏貰えなくなったら困るな。
複雑な気分で運転する俺に、助手席の桜花が悩みの種を増やしにかかってきた。
「で、余が回収した死体はどうしたら良いのじゃ?」
非常に悩ましい問題だ。アリス達をグーラーにするのは良いが、高確率でセクハラ出来なくなる。じゃあ強面ゾンビの誰かをグールに?
強面達のまとめ役とするならちょうど良いかも?
「ちなみに何体くらいあるの?」
「五十体程じゃ。適正量が分からんかったし、途中でうんざりしたからじゃが……どうかの?」
「ゼロスタートでグールになるのに必要な人数は知らないけど、運が良ければ二人はいけるんじゃないか?」
「なるほど。強面ゾンビをグールにしても面白くも何とも無いが、まとめ役が居れば多少楽になるのは確かじゃな」
そういう事だ。現状では彼等の必要性が薄れているのが難点だが、今後必要になるかも知れない。
先行投資と思ってグール化させよう。




