閑話 桜木親子の歓迎会その後。食レポは続くよ、いつまでも。
九月十二日。快晴。十八時。
新たに家族として加わった若葉さんと桜花の歓迎会も終了し、中華料理を食べ終えてさぁ寝るか。
といった段階で祭さんからある提案が出された。
「ねぇ、若葉さん? 私達は相互理解を深めてトモ君の役に立たなきゃいけないと思うんだけど、あなたはどうかしら~?」
「そうね。あたし達がいがみ合っていても朝春さんに迷惑が掛かるだけだし、お互いが歩み寄る事は大事だと思うわ」
おお。険悪……とまではいかずとも、ちょっと空気が良く無かった二人が歩み寄ろうとは。さすが大人の二人だ。
「で、若葉さんはお酒は大丈夫かしら?」
「勿論よ。格上とか年上とかはひとまず忘れて、お酒を楽しみましょうか?」
そういう事ならと、母さんとあきらさんも酒宴に加わる。
ジャンケンに負けた俺が洗い物を片付ける中、あえかとねね。そしてエリーと桜花はジュースで宴に加わり二次会のような何かが始まった。
「確かに若葉さんは若々しくてスタイルも良いとは思うんだけど~。
……やっぱり殿下の手前、ちょっと控えた方が良いんじゃないかしら~?」
「あら、桜花はむしろ積極的に応援してくれてるわよ? それに朝春さんは年上好みみたいだし?
……祭さんも適任だと思うけど、包容力のあるあたしが適任だと思うわよ?」
確かに俺は年上が好みだけど。いや、エリーが駄目って話じゃないから。
「でも実の母親の巴さんの二歳下ってのは、ちょっとねぇ~?」
全員の視線が俺に突き刺さった。
「血が繋がって無いから問題無いと思うけど?」
その言葉で母さんが複雑な表情になった。
「トモ……あんた守備範囲広すぎない?」
そうかな? 高校生なんて……少なくとも俺は相手の外見が全てで年齢はあんまり気にしないけど。
強いて言うなら大人の女性の色気が好きだって話だ。
あ、エリーはちゃんと色気があるからな!
「トモ、ねねちゃんは?」
ねねは既に兄妹みたいなもんだしなぁ。美人でも残念スタイルには何も感じません。
「じゃあ桜花ちゃんは? さすがに範囲外よね?」
落ちこむねねを余所に母さんの質問が続く。さすがの俺でも十歳の桜花は問われるまでも無く範囲外だ。
「なんじゃ、余は範囲外か。主殿はつれないのぉ」
「で、殿下はご主人様がその気だったら……その……」
「それもまた伴侶の務め。余も大人の付き合いとやらには興味があるしの。カハハ」
「桜花!? アンタ、ウチを応援しとるハズやなかったんか!?」
「駄目ですよ桜花ちゃん! 兄さんは私と結ばれる運命なんですから!
こんなニートの出来損ないに惑わされちゃいけません!」
「そうよ! こんな人間のクズの相手が出来るのは幼馴染みであるあたし位しか居ないんだから!」
待て。誰がニートでクズだと?
「じゃあ間をとって母さんがトモとくっ付くって事で……」
――それはちょっと……――
全員が綺麗にハモった。何で間をとったら母さんになるんだ?
混迷深まる雰囲気の女性陣達からツマミを要求されたのでナッツ類を適当に盛って出した。
俺も久しぶりにちょっと飲んでみようかな?
ビールは苦いしワインはアルコールがキツイ。冷蔵庫の中にレモンサワーの缶を発見したので飲んでみた。
甘みとレモンの酸味がジュースみたいで美味しい。炭酸強めなのも良いな。
「お? 朝春さんイケるクチやん? 高校生なのにイケナイなぁ~」
「ねぇ、トモ君? お姉さんの隣に座らない~?」
俺は安全地帯であるあきらさんと桜花の間から離れる気は無い。
皆の前――実の家族である母さんとあえかの前――で羽目を外すのはさすがにはばかられるからだ。
「それにしてもおツマミがちょっと寂しいわね。お刺身……は、解凍してなかったわね」
「はぁ!? 何で刺身があるん!? ……あ、し、失礼しました」
「良いのよ、若葉さん。あなたもトモの契約者で新しい家族なんだから、アタシの事はお姉様と……」
「有り難う御座います。巴さん。これからお世話になります。桜花共々、以後宜しくお願いします」
早口でまくし立ててお姉様呼びをやんわり拒絶する若葉さんに、母さんが首を少しかしげた。
デパ地下での一件を説明して納得して貰ったが、刺身が凍ったままだという事実は変わらない。
「ポテチでも持ってこようか?」
「えー、もうちょっとちゃんとしたのが良いわぁ」
酒が入ってワガママになってきたな。
「……昨日乱悟さんに貰った戦闘糧食温める?」
「「「なんか違う……」」」
桜花が興味を示したみたいだが、母さんとあえかとねねによって却下された。
「じゃあ、あたしが用意するね。エリー、隣の部屋の冷蔵庫に食材取りに行くから付いてきて!」
「え? わ、分かった!」
隣に座っていたエリーを伴ってねねが五○二号室へと向かった。
そう言えば夜間照明禁止って言い出したの俺だったな。
ゾンビはともかく敵意ある人間や上位種の目印になるからって……今更か。今日ぐらいはいいだろう。
「あきらさん、前から聞きたかったんですけど、どうやったらあきらさんみたいな巨乳になれるんですか?」
「っ!! あ、あえかさん!? いきなり何を!?」
噴き出したワインが向かいに座る祭さんを直撃。あきらさんが飲んでいたのはよりにもよって赤ワイン。染みになるんじゃなかろうか?
「もー、あきらぁ……」
「す、済みません! 祭さん! 今すぐタオルを……」
「あきらちゃん、ええって! ええって! ほれ祭。バンザーイ」
「??」
若葉さんの言葉に素直にバンザイする祭さん。母さんとあえかは布巾でテーブルに飛び散ったワインを拭いている。
「ほれ。ぽろーん!」
若葉さんが祭さんのTシャツを豪快に脱がす。
純白のブラジャーに覆われた祭さんの豊かなそれが、ぶるんと揺れた。
「ちょ、ちょっと若葉さん!?」
「おお! 祭! アンタ思うてたんより大っきいなぁ!
ウチと良い勝負……いや、ウチより大きいんとちゃうか? サイズいくつなん?」
「これが……私の目指す巨乳……!」
「うむ。あきらにはやや劣るとは言え、その存在感は立派なものじゃな。主殿も巨乳三人に囲まれて嬉しかろ?」
俺の意識と視線は既に祭さんの胸部に固定されている。雑音の全てを聞き流して全神経を……
あきらさんにチョップを喰らった。
「ガン見しすぎです! 失礼ですよ!」
「その、トモ君が見たいなら……って、そうじゃ無くて! あきら、タオルと着替え持ってきて!」
「ウチのシャツにもちょっとワインが掛かってまったな~。せや! 朝春さん。ついでにこれでどうや!」
若葉さんもシャツを豪快に脱ぎ捨てて、そこから現れた祭さんに勝るとも劣らない大きさと張りを兼ね備えた双丘は……残念ながらグレーの地味なスポーツブラで覆われていた。
「やらかしたぁ! 色気の無いスポブラやったぁ!」
サイズに多少の幅を持たせられるので、災害用物資の女性用ブラジャーは全てスポーツブラだ。
それでも身体をくねらせてぷるぷると震わせる若葉さん。そこまでやられるとエロスよりもギャグが勝ってくると思うけど?
「そうなん? むつかしいなぁ。まぁ、えぇわ。ウチはTシャツお湯につけてくわー」
祭さんが複雑な表情で若葉さんを見ていたが、あまり悪感情は感じられないのでヨシとしよう。
「「何があったの?」」
ある意味で絶妙なタイミングで戻ってきたねねとエリーの質問に答える者は居なかった……。
既に収拾の付かない場を何とか収めて、宴会が再開された。
まだ続けるの?
いつまでも固定の席では良く無いと言う祭さんと若葉さんの意見が採用されて、何故か二人の間に俺が座る事になった。
――あきらさん、タスケテ。
――自分の力では不可能です。
――エリー、タスケテ。
――ご主人様はおっぱいに囲まれた方が楽しいんでしょ? 知らないよ!
――桜花、タスケテ。
「ん? 二人を押し倒す位の男気を見せてみい。余が許すぞ」
「トモはモテモテねぇ。母さんちょっと寂しいわぁ」
「ぐぬぬ……! やっぱりおっぱいが正義なんですね!」
「ほらほら! ピザが焼けたよー」
ツマミに何を作っているのかと思えばピザと来たか。確かに酒に合うと思うが、カロリー……いや、野暮な話はやめよう。
スーパーで売っているチルドの安いピザを冷凍していたらしく、具やチーズを足してオーブントースターで焼き上げたそれが、大皿で二枚運ばれてきた。
通常のカットとは違い、お好み焼きのような格子状にカットされたピザは一口サイズで、フォーク必須とは言え食べやすいサイズだ。
ピザ自体もチーズが増量されて一枚がアンチョビと黒オリーブ。
もう一枚はプリプリのむきエビにマヨネーズとマッシュルーム。
そして双方の全面に掛かっている赤い粉。
「それはトマトパウダーよ。辛くないから安心してね」
かつてねねはコロッケにチョコを加えるという大罪を犯した身である筈なのに、一口食べたアンチョビのピザはその塩気が酒に合うのは言うまでも無い。
そそてトマトパウダーの効果なのだろうか? 表面的では無い、日本料理の出汁に通じる旨味を感じる。
「これは……双方とも何の変哲も無い安っぽいピザじゃが、ドライトマトの粉末を掛けるだけでここまで美味くなるとは。驚きじゃな」
ややトゲのある食レポだけど、桜花は結構グルメなのか?
「せやなぁ。巴さん程上手く無いけどウチも桜花の食べるモンは気合い入れて作っとったし……次第に桜花がウチの料理にケチ付け始めてな?
味付けがなってないとか出汁の取り方がなってないとか文句付けよるんよ。
六歳だか七歳のガキがやで? んで、ウチも頭にきて「絶対旨いモン食わしちゃる!」ってなってなぁ……」
「は、母上! そんな昔の話はよすのじゃ!」
「あら、羨ましいわぁ。トモなんかアタシが凝った料理作っても「まぁまぁ」とか「いいんじゃない?」とか気の無い返事しかしてくれなかったし?
あえかも美味しいって言ってくれるんだけど毎回それだけだったしねぇ?」
ここで流れ弾が!?
「母さんの料理が美味しかったのは事実ですから! 兄さんよりはマシだと思います!」
「まぁまぁ。ねねちゃんのピザも十分美味しいと思うわよ~?」
「せやな。アンチョビの塩気とエビマヨのコクがそれぞれ効いててええんちゃうん?」
「うむ。先程安っぽいと言ったが取り消すつもりは無い。しかしアンチョビと黒オリーブ。エビマヨとマッシュルーム。具材の調和は取れていると思える。
後は一手間加える事で安っぽさが無くなると思えるが?」
「土台のピザは一枚三百円位の安物だけど?」
「カハハ。大量生産の安物でも一手間加える事で旨くなる。お主がアンチョビやエビマヨを加えたようにな。
何も高級食材を使えとは言わん。適切な材料とちょっとした手間が、ありきたりな料理を一段階上に引き上げるのじゃ。
余は幼い故に口うるさく文句を言うしか出来んが、お主の腕はまだまだ伸びると思うての言葉じゃ。
長々と語ってしまったが、お主の今後の料理。期待しておるぞ?」
「で、殿下の御心のままに! ……って、えぇ!?」
反射的に敬服するねね。お前は上位種じゃ無いだろうが。
「それ、ウチも何遍も聞かされた台詞や。桜花に期待された以上、覚悟しときや、ねねちゃん」
「ちなみに母さんの料理は?」
「うむ。巴殿の料理は基本に忠実で、しかし代用品に依って新たな発見をもたらしてくれる独創的な料理であった。
あくまでも元の料理に忠実であるにも関わらず、麻婆豆腐では高野豆腐を。酸辣湯ではナンプラーを使うことで先程言った新たな発見。つまりそれぞれの料理の新たな可能性を突き付けられた気分じゃった。
各材料の下拵えも適切であり、高野豆腐を鶏ガラスープで戻すという一工夫には、ありそうで無かったそれに余も驚いたものじゃ。
野菜の餡かけにしても中華の技法に乗っ取り、野菜を一度素揚げにしてあったな。言わんでも余には分かるぞ?
そういった手間を加える事で安い冷凍の食材が美味な料理へと……」
桜花の食レポが延々と続く。上位種の女性陣は『王階級』の桜花に口出し出来ず、母さんとねねは興味深そうにその食レポに聴き入っている。
俺とあえかはそっとその場を離れて静かに歯磨きを済ませ、それぞれの寝床へと潜り込んだ。
桜花の食レポを子守歌にして、リモコンで灯りを消した。明日の予定は何だったかな……




