五十 ウサギとカーミラ。茶番を続けるな。
俺達の前に黒いバニースーツが着地した。言うまでも無く……関わりたくないが、朝日奈ひなただ。
なんでこのタイミングで来るかなぁ?
「爆発音を確認したので赴いてみれば……殺人現場だったとは! やはり少年! 貴様は悪の……かん……ぶ……」
俺達を見つめる朝日奈さんの顔が見る見る赤く変わっていき、続きを喋りたいであろう彼女の口が、音を発する事が出来ずにパクパクと動く。
もしかして朝日奈さん、アンタもあきらさん同様、初心な女の子……なのかな? 痴女のクセに?
ゾンビのブルマ姿で照れる成人女性など天然記念物級だが、実際にあきらさんと同等の初心がいるのだからしょうがない。
存分に相手をしてやるぞ! 覚悟しろ!
「一体どういう事なんだ! 説明しろ! 少年! いかに貴様が悪の組織の幹部であろうとも!
いかがわしいにも程があるぞ! 恥を知れ!」
アンタに言われたくねぇよ。そして加えるならば、アンタの相手は疲れるから後日にしてくれないかな?
『ひなた……ひなたなのか!?』
よりにもよってあきらさんの知り合いかよ……
「……あきら? あきらなのか!? 無事だったのか!?」
久しぶりの再会でお互いの安否を確認できた二人は喜びを分かち合う……事も無く。
『ひなた! 貴様何という破廉恥な格好をしているんだ!
いかがわしいにも程があるぞ! 恥を知れ!』
「あきら! 貴様がその男を殺した実行犯か!
悪の組織に加担するとは情け無いにも程があるぞ! 恥を知れ!」
中二病を除けば、案外似た者同士なんだな。
聞けば二人は幼馴染みで、共に防衛大学校に入学したとか。子供の頃から中二病の朝日奈さんと付き合いがあるとか……なんで更生させてあげなかったんだよ……
『中二病? いえ、ひなたは正義感こそ強かったですが、至って真面目で……あんな痴女のような格好で出歩くような人間ではありませんでした』
「痴女とはなんだ! これは動きやすさと美しさを追求した私の戦闘服だ! そこの変態ゾンビと一緒にするな!」
「変態ゾンビとは何事じゃ! 余の仕立てたパッツン体操服とブルマこそ、動きやすさとエロスを追求した至高の一品じゃ!
なおかつ必勝迷彩柄ハチマキが気合いと可愛らしさと言う相反する概念を両立させておる!
そして、迷彩柄で自衛隊らしさも加えた趣深い仕上がりじゃ! それを言うに事欠いて変態などと……」
「分かった! 分かったから三人とも落ち着いて! 話が進まないから!」
気を取り直して、話を本筋に戻す。
「朝日奈さん、この男は上位種で、『さいたま第一変電所』を占拠して人質をとっていたテロリストです。
不幸な行き違いで殺害してしまう結果になってしまいましたが、彼の要求は百名の市民と人質の死でした。
過程を無視してテロリストの殺害を弾劾するほど、朝日奈さんは浅く無いですよね?」
どうせ自身の訳の分からない正義感でこちらを罵倒するつもりだろう。最初に予防線を張っておく。
ようやく集結し出した自衛官達が朝日奈さんを包囲し始める。
実戦になれば人間が上位種に敵う道理は無いが、対朝比奈さんを想定した作戦があるかも知れないので黙って見守る事にした。
「私はそこの少年が犯した殺人の罪を裁くべく! ここに参じた! 自衛隊諸君!
そこの少年は悪の組織の幹部である疑いが強い! 決して騙される事無きように!!」
ツッコミどころしかない台詞を叫んだ朝日奈さんを尻目に、ようやく到着した酒蔵さんが真顔で俺に問う。
「……?」
「彼女の言葉は全て妄想です。検証するまでも無く、全ては妄言です」
酒蔵さんが発言する前にこちらの要求を押し通す。交渉術の一つだが……酒蔵さんが朝日奈さんを知れば知るほど、こちらが有利になるのは間違いない。
「もちろん彼女の性格や過去の言動は全て報告が上がっています。
朝日奈さん、蘭堂君は悪の組織などとは関わりが無く、そこの森平将介というテロリストの殺害も我々が依頼したのです」
「騙されるな! そこの少年は一人で四人もの上位種を従える男だ!
抗体者とは言え、一般人にその様な真似が出来る筈も無いのは明白だ!」
『ひなた。朝春君と契約した上位種は自分を含めて五人だぞ』
あきらさん? 火に油を注がないで欲しいんだけど?
「ご……! 五人だと!? 少年! 貴様やはり世界征服を企んでいるんだろう!?
上位種が五人もいたら冷静に考えても世界はともかく、日本制圧など楽勝ではないか!」
果たしてそうだろうか? 『貴族階級』の森平ですら、C-4爆薬で瀕死になるレベルだしなぁ……。
「俺達が目指しているのは田舎でのんびりスローライフを送る事ですよ。その為にドラム缶を回収に来たんですけど?」
主にアンタのせいで自衛隊に見付かったんだ。鶏小屋の図面は既にねねが完成させているだろう。
材料は桜花が持ってるから制作に着手出来ていない。どうしてくれる。
「スローライフ? ふふん、世迷い言を。上位種が五人もいればやりたい放題ではないか。わざわざ田舎に引っ込む理由がどこにある?」
「日本が半年から一年以内に『確実に』復興するなら、確かに必要ありません。でも、業務用の低温冷凍庫でも食品の保存期間は残り十ヶ月程度。
それまでに自給自足を確立させないと危険なんですよ。栄養バランス的な意味で」
「!! か、缶詰や保存食、それに栄養サプリがあるだろう?」
「毎日の食事がそれで良いんですか? 俺はイヤですよ。ていうか朝日奈さんって食事は……」
動揺しまくるバニーガール。上位種としては自分の血液だけで問題無くとも、抗体者としては食事が必要……なのか?
「ふ、ふふふ……。少年よ。私は最初に会った時から君の事を、マトモな人間ではないと見抜いていたぞ」
「喧嘩売ってます? あきらさんが買ってくれますよ?」
『ちょ! 自分ですか!?』
「間違えた。凡人では無いと見抜いていたのだ! しかし悪の組織の幹部であるという疑いも晴れていない。そこでだ! 自分が監視を……」
「お断りします」
「なに、美味い食事とスローライフとやらの方法を教えてくれれば……」
「自衛隊で学んで下さい。酒蔵さん達も自給自足を目指してるんですよね?」
「ん? うむ。朝日奈さんが自分達に協力してくれるなら個室と三食を保証します」
朝日奈さんは絶対に自衛隊に押し付けなければならない人物だ。俺の直感がそう告げている! 単に相手するのが疲れるだけだけど。
この中二病重症患者の相手はエロいバニーガールという点を考慮しても全力で遠慮したい。
アリス達を連れて帰れれば、俺はそれで満足なんだ。
「じ、自衛隊はお断りする。別に嫌いとかそう言うのでは無く、貴方達が正義の戦士だとちゃんと理解しているが、とにかく私は少年に付いていく。
これは決定事項だ。理解して欲しい」
早口でまくし立てる朝日奈さん。動揺しているのは分かるが、一体何故?
『なんで痴女がおるん? ……るん? ……ん? ……』
『あ! 変態の痴女だ!』
若葉さんとエリーが仕事を終えたようだ。こちらに近づいてくる二人の……若葉さんの周囲には銀色の毛並みのエリーの手足が十数本、ふわふわと浮かんで……怖いよ! なんで持ってきた!?
『そらぁ、朝春さん。そこのブルマ達に喰わせたろ思うてな。
エリーの許可も取ったし、もしかしたら覚醒するんとちゃうん? ……うん? ……ん? ……』
若葉さんはもう『通常体』に戻って下さい。エコーが鬱陶しいです。
「い、いやぁぁーーー!!! お化けぇぇぇぇーーー!!!」
朝日奈さんの絶叫が夜の住宅街に木霊する。これが普通の反応だな。帰ったらねねにも若葉さんの『完全変化』状態を見せてやろう。
爆発によってアスファルトが剥がされてむき出しの地面。腰を抜かして尻もちついた、彼女の周囲の地面が黒く染まっていく。
……恐怖の余りの失禁だ。あきらさんは耐性があったようだが……この空気、どうやって収集つけるの?
大泣きする朝日奈さんをあきらさんが介抱して、替えの服を……無いので汚れた部分だけでも脱いで……バニースーツなので全裸になってしまうか。
「なんや、済まんかったなぁ。怖い思いさせてもて……」
『通常状態』も怖がる可能性があるので『人化』して貰った。エリーの手足は向こうに積んである。
ちょうど良いタイミングなので朝日奈さんが落ち着くまでの間に、若葉さんに聞きたかった事を質問する。
実際には事実の確認作業だが。
「若葉さん、森平が司令室に設置した爆弾。アレ、どうしました?」
笑顔でにっこり質問する俺に対して、彼女の顔は驚愕に染まって冷や汗が垂れている。
「ば!? ば! ば……、ばばん」
「ストップ! 危険な台詞はやめて下さい!
それより爆弾は、どうしましたか? ちゃんと、答えて下さい?」
「や、ややわぁ、朝春さん。そない大昔の事、ウチよう覚えとらへんわぁ」
別に追い詰めようってわけじゃ無いんだけどな。
「状況証拠は挙がってるんだから、後は貴女の自白だけですよ?」
「それが追い詰めとるっちゅうんや! ウチは良かれと思ってここに置いただけや!
どうせ爆発さすんなら多い方がええやろって……それだけや!
こないな事になるなんて思って無かったんや! 信じてぇや! 刑事はん!」
『漫才はもういいから。結局、若葉さんが爆弾をここに置いたって事だよね?』
「そ、そうや……。爆弾そのままにしといても……爆弾処理班? が必要なんやろ?
んな面倒掛けるのも悪いし、ついでに爆発させたったらええやんって……」
「その結果が変電所の一部損壊です。桜木さんに悪意が無かった事は理解できましたが、事はライフラインに関わる問題なので……」
いつの間にか会話に参加してきた酒蔵さんに少々ビビる。そもそも俺は若葉さんを追い詰めたいのでは無く、事実確認がしたかっただけだ。
「今回の作戦で結果的には変電所設備の一部が壊れてしまいましたけど、人質は全員無事、森平の死体もそこに。
俺達は報酬を得るに相応しい働きをしたと思いませんか?」
元々報酬なんて期待していなかった。何を要求するか考えるのも面倒だったのでちょうど良い。
「報酬はいりませんから、その代わり変電所破壊の責任を不問にして下さい」
今回の作戦で最も貢献したのは若葉さんだ。変電所の被害如きで彼女の貢献が汚されるなら、報酬なんていらない。
「その割にはさっきから報酬報酬と連呼しておるようじゃが?」
「そ、そんな事はないぞ! やだなぁ、桜花。人の心を読むのはマナー違反だぞ?」
「ダダ漏れじゃったが……?」
「蘭堂君、桜木さん。自分は桜木さんの爆弾の処置は適切だったと考えます。
ですので不可抗力として上に進言するつもりです。貴方達に責任を負わせる事は無いと、自分が保証します」
淡々と述べる酒蔵さんだったが、最後に口の端が僅かに上がった。ほんの微かに笑った彼の笑顔が月の光よりも柔らかく、俺の心に染み渡った。
「男や! あんたは漢や! カーッ! たまらんなぁ!
漢同士の熱い友情! 深まる信頼! そんで育まれる情愛!
ウチを萌え死にさすつもりかぁ!? たまらんわぁ!」
「母上……? そろそろ落ち着いて欲しいのじゃが、如何かな?」
桜花から不可視の『圧』が放たれる。
しかし若葉さんの脳内では如何なる場面が想像されたのか? 身震いがしたので考える事をやめた。
「はい、すんまへん……すみません。大人しくします。あたしに構わず、話を続けて下さい」
とうとうキレた桜花によって、若葉さんがようやく大人しくなってくれた。
なにを話してたんだっけ?




