四十七 変電所とエコー。作戦と現実を見極めろ。
九月十四日。晴れ。二十一時三十分。
変電所の建物内部から見えないように、付近の住宅の陰に隠れて待機する。
俺の隣にはぶかぶか戦闘服の桜花と、ブルマ姿で騎馬の態勢を整えたアリス達が待機中。
騎馬は先頭がアリス。黒髪長髪ストレートでキツい……いや、クールビューティーと言おう。加えて眼鏡が知的な印象だ。赤い必勝ハチマキとブルマが目印である。
アリスの右後方にイリス。たれ目で茶髪、アップヘアの彼女は見た目がキャバ嬢……いや、ギャル系美人だ。
青を彼女のイメージカラーにした。桜花が。
アリスの左後方はウリス。黒髪ボブカットで童顔の彼女はゆるふわ系美人と言えよう。
赤、青ときたので、黄色をイメージカラーに、桜花がした。
三人のイメージカラーを信号に例える桜花のセンスに戦慄する。
十歳にしてこのセンス。さらに小さめの体操着にブルマをチョイスする辺り、こだわりとロマンに対する執着は俺以上かも知れない。
タイプの違う三人ながら騎馬に最適な身長と、俺好みの巨乳で揃えてくる桜花の手腕に驚きと嫉妬と期待を禁じ得ない。俺は、俺の持つ知識の全てを桜花に伝授して……
「もー! ご主人様! なにボーっとしてるの!? 若葉さんが行くよ!?」
む。脳内で色々考えたり解説したりは陰キャのサガだな。
「若葉さん、お願いします!」
「っしゃあ!! 任しとき! 夜になってウチの力が増しとるんが分かる! やったるでぇ!!」
霊主であるスペクターはホラー系だからか、夜においてこそ本領を発揮出来るらしい。
本人は「ヤル気が上がるで!」と意味不明な供述をしているが、多分基礎能力の底上げ程度だろう。そう言えばカーミラのあきらさんも夜間は強化されると言ってたな。
若葉さんが変電所内の建物へ向かう前に、『完全変化』を実行する。
『人化』状態だった彼女の姿が薄れていき足が消え、腕が骨だけの姿に変わる。……なんか頭部も頭蓋骨が透けてるんですけど!?
目も暗闇に変化して瞳の部分には青い炎のような何かががほんのりと光っている。完全にホラーだ。
エリーが俺の後ろでガタガタと震えているのもしょうがない。
『それじゃあ行ってくるで。期待して待っといてやぁ……てやぁ……やぁ……』
頭の中に言葉が響いた!? エリーが俺にしがみ付いて「ひぃぃ……」と涙声で震えているので、彼女の頭の中でも同様に響いたのだろう。
語尾にエコーが掛かるあたりが憎い演出だが、関西弁によって怖さが若干軽減される。
『ん? 何やこら? オモロイなぁ……イなぁ……なぁ……』
ちょっと若葉さん!?
『一番! 桜木若葉! 歌うでぇ……うでぇ……でぇ……』
「うえぇぇん! 怖いよご主人様ぁ! 助けてぇ!」
とうとうエリーがガチ泣きした。カラオケじゃねぇんだから遊んでないでさっさと行けぇ!
『あぁ、怖がらしてスマンかったなぁ、エリーちゃん……ちゃん……ゃん……』
だから早く行けって!
ようやく出発した若葉さんは建物をガン無視してすり抜けて、目的地まで真っ直ぐ飛んでいく。
その姿に周囲の自衛官達も戦慄したようだ。
無理も無い。彼等が行ってきた訓練にホラーやオカルトに対する備えは無いのだから。
「確かにその通りですが。蘭堂君、そちらのいかがわしい格好をしたゾンビについて聞かせて頂いてもよろしいですか?」
泣きじゃくるエリーを抱きしめて――その柔らかさを堪能しつつ――頭を撫でて落ち着かせるのに忙しいんだけど?
「俺の身体能力は一般人と変わりませんから、騎馬戦の要領で移動速度の向上を実現しました。
格好については桜花の趣味ですが、貴方達の戦意向上にも繋がると思っています」
俺が自衛官だったら「気が散るから余計な事すんな!」って怒鳴る自信がある。
「ちょ! 主殿! 余のせいにする気か!?」
「せいも何も、俺はブルマまで要求しなかったぞ?」
「ぐぬぬ……! 確かにそうじゃが! じゃが! 私服とブルマ、主殿はどっちを選ぶのじゃ!?」
「ブルマに決まってるだろ? 分かりきった事を一々聞かないでくれ」
「ほれみぃ! お主等も聞いたじゃろ? 余は主殿が喜ぶように、やる気になるように気を回したに過ぎぬ!
問題有るなら事前に戦闘服でも私服でも、着替えさせれば良かったのじゃ!」
「ほぅ? あくまでも俺の意志でブルマが採用されたと? そう言い張るワケだな?
俺がアリス達と初顔合わせしたのは出発直前のトラックの中なんだけど?」
「ほぅ? リッチーたる余に喧嘩を売ると言うのか? 主殿の性癖に一番の理解を示し、他の上位種達を抑えられる唯一の存在である余に楯突くと言うのじゃな?」
「済みませんでしたぁー! 悪いのは俺です! 桜花に罪はありませんから蔑むのは俺だけでお願いします!」
俺のセクハラに唯一理解を示して……一緒に悪ふざけをしてくれる桜花を敵に回すのは得策では無い。
無いので土下座して許しを請う。
「最初から素直に認めていれば良かったのじゃぞ? んん?」
『王階級』でもあり、最上位格の彼女が否と言うなら従うのが今後の為だ。たとえそれで自衛官達に悪評が流れても俺は気にしない。……むしろ今更な話だ。
重要施設奪還作戦に付き合うのは今回だけだからねっ!
「で、殿下! ご主人様をいじめないで! 殿下が意地悪するなら……ボクは容赦しないよ!」
今朝の惨劇を繰り返すつもりか!?
茶番に本気にならないで!
「カハハ。単なるじゃれあいじゃから本気になるな。それよりも、そろそろ時間じゃぞ? 各自準備は良いか!?」
桜花に台詞を取られてしまった。いや、ここからが本番だ!
桜花に作って貰った俺の必勝ハチマキ――白地に黒で必勝の二文字。必と勝の間には真っ赤な●が日の丸よろしく燦然と輝く。
必勝ハチマキを締めてアリス達の騎馬にまたがる。すっくと立ち上がる彼女達のおっぱいがたゆんたゆんと揺れて男達の視線が集まる中、俺の戦闘準備が完了した。
桜花は通常の上位種に比べて身体能力にマイナス補正が掛かるらしく、機敏な動きは期待できないが、それでも一般人よりは動けるようなので問題は無い。多分。
若葉さんが気配を消して鳥野郎に近づく。デパ地下や中学校でこちらが警戒していたにも関わらず、相手の上位種に気付けなかったのだ。
練習してみると案外すんなり習得出来たようで、察知する能力がポンコツなのか、元々気配を消す能力が高性能なのか……後者という事にしておく。
鳥野郎に幻覚魔法が成功したらゾンビネットワークを通じて桜花に連絡が入り、それを合図に作戦が開始される流れだ。
「来たぞ! 母上の幻覚は成功したようじゃ!
自衛隊共! 作戦開始じゃあ!!」
それ、俺の台詞……
酒蔵さん達が百名のゾンビを引き連れて変電所に向かう。そして敷地入り口で彼が声を張り上げた。
「テロリストに告ぐ! 貴様が要求した民間人百人を連れてきた! おとなしく人質と施設を解放しろ!」
いかにも罠がありそうな交渉の台詞だが、実際に百人を連れてきたように見える――ハズだ。――森平将介がどう動くか。
奴の反応によってこちらの対応が変わる。始まった作戦の指揮を執る俺は彼等の後方、目立たない位置でゾンビ美女の騎馬に乗りながら、腕組みして状況を見守る。
若葉さんが森平に施した幻覚は、
百名のゾンビ達が生きた人間に見える。
酒蔵さん以外の自衛官及び俺達がゾンビに見える。
ついでに建物内と周辺のゾンビに、人間がゾンビに見えるように幻覚を掛けて貰った。
ゾンビ相手にも幻覚が効くようで、つまり彼らは視覚に頼って――匂いや音も判断材料になっているようだが――人間かそれ以外かを判断している。
要求通りに民間人を連れてきたように見せかけて、その隙に人質を救出する作戦だ。
ちなみに要求された食料他の物資をバカ正直に持ってくる意味は無い。なので酒蔵さんの後方に空の段ボールをそれっぽく積んでおいた。
作戦の要は人質から森平を遠ざける事。
若葉さんの事前調査によって判明した犯人は森平一人だけ。……やる気あんのか? それともボッチなのか?
とにかく敵が上位種一人だけと確定したのは幸いだ。相手にヤケクソを起こさせないように、じわじわと追い詰めていけば作戦終了だろ。
「このような時間に交渉に来るとは、自衛隊の皆さんはいささか常識が欠如しているようですね」
窓から飛び立ち、一度羽ばたいてから地面に降り立った彼が、慇懃無礼に挨拶を述べる。テロリストに常識を問われるのはどうかと思うけど?
ていうか人質から離れて良いの?
「テロリストに常識を問われる筋合いは無い。無抵抗で捕縛されるのなら、多少は便宜を図ってやってもいいぞ?」
酒蔵さんの言葉に彼は「ははん」と笑って「会話中に私の隙をみて人質を解放するつもりでしょう?」……と。
あれ? バレてる?
「無駄ですよ。彼等の周囲と階段には貴方のかつてのお仲間だったゾンビを配置してあります。
銃声が聞こえたり、ゾンビ達から襲撃の合図があれば爆弾を爆発させます」
言って彼は右手を掲げる。何かを握っているような形のその手には、何も存在しない。
「主殿、リモコンは既に母上が回収済みじゃ。奴は幻覚でリモコンを所持していると思い込んでいるだけじゃ。
爆弾は母上が安全な場所に運んでおるから安心して良いぞ」
おお。若葉さん大活躍だな。酒蔵さんにその旨を無線で伝え、幻覚の件がバレないように演技をお願いする。
あなたの演技力に期待しますよ!
「クソっ! なんて非道な! 貴様に人の心は無いのか! 恥を知れっ!」
普段淡々と喋る酒蔵さんが感情豊かに森平を罵倒する。台詞棒読みのポンコツ演技を期待してたのに……
続いて建物裏手で待機している救出チームにも連絡。
「周辺と建物内のゾンビには幻覚が掛かっていますし、念の為桜花の支配下に入れてますから襲ってきません。
中に入るまではゾンビっぽい動きでゆっくり歩いて下さい」
酒蔵さんが森平に占拠の目的や連れてきた民間人をどうするつもりだ? などと質問して時間を稼ぎ、相手の注目を引き付けてくれている。
その間に入り口に向かう救出チーム。大丈夫だと言われても、敵地のど真ん中でテロリストの支配下――だった――ゾンビに自分から近づくのはさぞや勇気の必要な行為だろう。
万が一、このタイミングでゾンビに襲われてしまったら作戦が台無しだ。
しかし、彼らの不安が的中する事は無くゾンビは無反応。無反応?
――よぉ。見ない顔だけど新入りさんかい?
――なんか最近支配者がコロコロ変わって大変だよなぁ?
――そうそう。命令が変わって苦労するのは現場なんだからよ。いい加減にして欲しいぜ。
――デュフフ。全くでゴザるな。拙者、儚げな童女を食したくて疼いているというのに『食すを禁ず』とは。拙者達ゾンビを路傍の礫とでも思っているのでゴザろうか? デュフフ。
などという会話がゾンビと自衛官達の間で交わされたとか、交わされなかったとか……最後のゾンビ、色んな意味でヤバくない?
救出チームが入り口手前でゾンビ達に愚痴られているが――あくまでも俺の妄想だ――、彼らは中に入っていかない。何やってんの?
「森平。今ならまだ引き返せる。人間である自分にお前の苦悩は分からない。
しかし! 世界がゾンビで溢れてしまった今! 無能な政治家連中はその権力を失った!
生きる希望を失わない、生命力溢れる人間達が、これから世界を変えていくのだ! ゾンビや上位種達との共存も夢では無いのだ!
だからヤケになるのはやめて、未来を生きる子供達の為に、お前の力を貸してくれないだろうか!」
森平が若干動揺しているように見える。酒蔵さんは時間稼ぎをしているのか、あるいは本気で森平を説得しようとしているのか……多分両方なんだろうな。
そんな彼の演説を聴いていると救出チームから無線が入った。
「蘭堂君! 入り口が自動ドアなんだ。どうしたら良い?」
……それって事前に確認出来ていたハズですよね? 何やってんの? 無能なの?
「計画ではゾンビ達と一緒に侵入する手はずだっただろう?
警備のゾンビが動かない以上、森平に気付かれる可能性があるぞ!」
それは良くないな……桜花、若葉さんは?
「四階で待機中じゃ」
じゃあ自動ドアをサイコキネシスでそーっと開けて、上の方に自動ドアの電源スイッチがあるはずだからそれをオフにして……
桜花を中継して指示を出すのは少々面倒だがしょうがない。それにしても、このまま人質を救出して森平の説得も成功すれば言う事無しだな!
「ボクの出番は!?」
「エリー、作戦成功が第一だ。分かってくれ……」
「そうだけど……そうだけどぉぉ!!」




