四十五 変電所と魔法。魔法とミリメシ。
九月十四日。晴れ。午前十時。
「蘭堂君、説明してもらえるか?」
小林一等陸佐がこめかみに青筋を浮かべながら笑顔で聞いてくる。例によって目は笑っていない。
「建物内における有効的な戦闘と新たな能力の発露を目的とした訓練です」
再び会議室に連行されて、先程のおっさん達を前にして堂々と言い放つ。罪悪感を持ったら負けだ。
だからちょっと風通しが良くなった位で文句を言われる筋合いは無いと、開き直る。
「明日葉! お前が付いていながら何たるザマだ!」
「お言葉ですが小林一佐、私に上位種の暴走を止める力など有りません。それに蘭堂君は奪還作戦の為の訓練だと主張しております。
作戦の成功率を上げる為に訓練をするのは当然であり、不慣れな彼女達が壁を壊してしまったのも不可抗力だと、私は考えています」
――お前の詭弁などどうでもいい!
――誰が責任をとるんだ!
――やはり素人になぞ、任せられん!
――魔法を使ったのか!? 私にも見せてくれないか!?
――上位種とはそれほどまでの強さを持っているのか……
等々、明日葉が俺達を庇って……いや、アイツは責任を負いたくないだけだ!
そして俺達に恩を売って何か見返りを要求する気だな!
騙されないぞ、このイケメンリア充め!
「あの程度の魔法で余の実力を推し量られても迷惑じゃ。余が本気を出せばこんなチンケな建物なぞ、一発で消滅させられるぞ? カハハ」
「! ボクだって本気出せばこんな建物一瞬で微塵切りだよ!」
だから張り合うなって……
「余が壁の穴を塞いでやるから、それなら文句はなかろ?」
「塞げるのか!? もしかして魔法で!?」
おっさん連中がざわめく。幻覚魔法だけじゃ満足出来なかったのか?
カラーコーンで囲まれた事件現場の壁は応急処置だろう、ブルーシートで覆われていた。
おっさん連中と野次馬が見守る中、若い自衛官が取り付けて間も無いシートを不機嫌そうに外す。
内心では無駄な作業させやがって……と、憤慨しているのだろう。一度下された命令が即座に撤回されたのだ。心中察して余り有る。
カメラで撮影する自衛官。よく分からない機器で何かを計測? する準備をしている自衛官。
壁の修理が物々しくなってきたな。
「当然だよ。有原君の治癒粘液もだけど、上位種の特殊能力はこれまでの科学の概念を変える程の発見だそうだよ」
ふーん。科学で考察するファンタジーか、ちょっと面白そうだな。
準備が整ったようだ。
桜花、よろしく!
「カハハ、一瞬たりとも目を離すで無いぞ!」
桜花が手をかざすと、壁の断面から土が盛り上がり、瞬く間に穴を塞いでしまった。静かに。
……え? 終わり?
「もっとこう、『何とかクリエイト!』とか『土の精霊に壁の復元を命じる!』とか無いの?」
「そんなもん無いぞ? ていうか『何とかクリエイト』って何じゃ……」
「魔法の名前だよ! ファイヤーボールとかウインドエッジとかそう言うの!」
「名前なんぞ無いし、何なら詠唱も無いぞ?」
おっさんを含めた一部の自衛官連中が、がっかりしている。気持ちは分かるぞ!
「桜木さん、魔法の名前を叫んだり詠唱したりするのはこう、ロマンを感じないか?」
「む? 言いたい事は分かるが……」
「分かるが?」
「面倒じゃ。大体、ファンタジーに限らず、技の名前を事前申告する現在の創作物の在り方に余は疑問を感じていたのじゃ。
『右ストレートでぶん殴る』なんて予告したら避けられるに決まっておろうが?」
「いや、あれはまた別の話の別のシチュエーションで……。それに技名を叫ぶのは作品を盛り上げるための要素であってだね?」
「分かっておる! しかし現実世界では不要な制度じゃ。余は事前申告などせんぞ?
大体主殿、遊んでおるヒマはあるのか?」
そうだった! エリーと若葉さんは別行動で幻覚魔法の検証中だが、そっちはどうなったかな?
じゃ、俺達行くんであとヨロシクー。明日葉! 行くぞ!
「やれやれ、人使いが荒いなぁ」
「お前が居ないと迷子になるんだよ! 好きでイケメンなんか連れて歩くか!」
「昨日から気になってたんだけど、君はイケメンに恨みでもあるのかい?」
「あぁん!? お前はフツメン陰キャの気持ちが分かるのか? イケメンリア充と比較される俺の気持ちが分かるってのか!?」
「あ、主殿。落ち着くのじゃ……」
「何だか根が深そうだね……。私は君達の味方のつもりだから、いずれ友達になれる事を願っているよ」
最上級にカチンと来た!
「明日葉! 貴様はもう黙っておれ! 主殿も落ち着かぬか! 時間が無いのだろうが!」
ちっ! 確かに明日葉に構っているヒマは無いな。
深呼吸して落ち着こう。ヒッヒッフー。
「主殿……余にツッコミ役は出来ぬぞ?」
今、明かされた驚愕の真実!
駐屯地近所のスーパー跡地――食料はもう無い――の駐車場で、若葉さんとエリーが二十人程のゾンビを集めて色々と実験を行っていた。
「二人とも! お疲れー!」
エリーが笑顔になり、明日葉に気が付いた若葉さんの顔が曇る。
今は明日葉の他にも今夜の――作戦決行は今夜だ――作戦で随伴する自衛隊のチームを指揮をする、酒蔵 団十郎さんと彼の部下が四名。
魔法や特殊能力を計測する研究者が数名同行している。
酒蔵さん――名字に反して下戸らしい――達は作戦の詰めと連携の確認。研究者の方々は言わずもがなだ。
二人によく冷えたスポーツドリンクを渡して酒蔵さんを紹介する。
「自分は今夜の作戦で自衛官を指揮する酒蔵団十郎です。自分達は蘭堂君の指揮に従いますが、不測の事態に陥った場合は自分の指揮に従って貰いますので宜しくお願いします」
渋い声で淡々と挨拶する酒蔵さん。
作戦の都合で俺も現場に赴く羽目になってしまったが、安全なところでゾンビや桜花に守って貰うから万が一の事態は想定していない。
むしろ変電所や人質よりも俺の安全の優先順位が彼女達の中では上になっている位だ。
不測の事態とは味方が分断された時に酒蔵さんの側に若葉さん達が居た場合、彼の指示に……従わないんだろうなぁ……
「今夜の作戦の大筋はあたしが敵上位種とゾンビに幻覚を掛けて騒ぎを起こす。
その間に貴方達が人質の救出でしょ? 特に貴方に従う展開にはならないと思うけど?」
「それでも指揮系統の優先順位を事前に決める事は重要です。蘭堂君の身が安全で、しかし予想外の事態が起こった時は自分の指示に従って頂きたいのです」
これは俺も承諾している。上位種とは言え、戦闘訓練を受けていない素人だ。想定外の事態に備えて指揮権第二位を酒蔵さんに任せる事にしたのだ。
抗体者というだけの完全一般人の俺が言えた台詞では無いが。
今、予想外の出来事に言及してもしょうがない。
酒蔵さん達救出メンバー達にも幻覚魔法の効果実験に協力してもらい、俺は変電所見取り図と周辺の航空写真を元に作戦の内容を吟味する。
研究者達は計測機器を睨めつつ「空間の揺らぎが!」だの「放射線は確認できたか!?」だの「これはミノ何とかスキー粒子に違いない!」と騒いでいる。
鬱陶しいから黙ってて貰えないかな?
やがて昼になり、腹も減ってきたところで本日の昼食を開始する。
俺の希望で昼食には自衛隊戦闘糧食Ⅱ型と呼ばれる、レトルト食品を中心としたいわゆるミリタリーメシを提供して貰った。
以前乱悟さんにもⅠ型と呼ばれる缶詰中心の戦闘糧食とⅡ型を少量分けて貰ったが、実食は今日が初めてだ。
美味しいと評判の糧食に女性陣も興味があるらしく、俺を含めた四人で数品を味見する事にした。
「加熱材……これ? で、水を入れて……あちちっ!
レトルトのおかずを湯煎する……カセットコンロでお湯沸かした方が楽じゃないの?」
「ほのぼのキャンプではありません。作戦にカセットコンロなど持って行けません」
そうでした。酒蔵さんのツッコミが冷静過ぎてちょっと調子が狂うな。
ノリは自衛隊メシを屋外で味わってみよう! 的な感じで、酒蔵さんを筆頭に自衛官の方々が親切に手ほどきしてくれる。
自衛官直々の手ほどきで食べるミリメシ……数ヶ月前なら動画でどれ程の再生数を稼げたであろうか?
それにしても、何で若葉さんとエリーに自衛官が集中するのかな?
一人、桜花に熱心にミリメシ――ミリタリーメシ――の魅力を語っている自衛官がいるけど……彼はそういう人ですか?
ほのぼの? とした雰囲気で湯煎も終わり、用意しておいた紙皿に食事を取り分ける。
今回のメニューは鶏飯・山菜ご飯・ハンバーグ・ビーフシチュー・豚しょうが焼き・沢庵だ。
滅茶苦茶な組み合わせだが、逆にそれだけ自衛隊の戦闘糧食が種類豊富だと言える。
……実際は適当に選んだだけ、だけどね。
「ちょっと濃いめだけど美味しいね?」
「そうね。戦闘糧食はカロリー高めって聞いてたけど、思ってたより食べやすいわね」
「ならば量を抑えんといかんかの?」
上位種……って言うかアンデッドって太らないんじゃないの? ゾンビもグーラーも胃袋ブラックホールだったしさ?
「……ちなみに一食あたりのカロリーってどれ位なの?」
「女性の一日の必要カロリーは二千キロカロリーとされています。そして戦闘糧食の一食の平均カロリーはおよそ千三百キロカロリーです」
つまり一日で倍近くのカロリーか。戦闘糧食だけあって、高カロリーが大前提らしい。……むしろ俺が一番気を付けないといけないのでは?
忘れがちだが、アンデッドの女性陣と違って俺は『太る』可能性が高い。……運動してないから。
「みんな。残りは食べて良いよ……」
「あら、駄目よ。朝春さん? よく食べて体を動かすのが健康の基本よ?」
「そうですね。食事制限だけでは健康に影響があります。
よろしければ自衛隊式の健康体操一式をお教え致しますが?」
キツそうだから遠慮します……ていうか一式って何? いや! 怖いからイイデス! 何もキコエマセン!
「そうですか。では今夜の作戦について話しましょう。蘭堂君が食事中にこういった話を嫌う事は伺っていますが、時間の余裕がありませんので受け入れて下さい」
その点については異論は無いけど……酒蔵さんは渋いイケボな割に会話が事務的と言うか機械的と言うか……感情が感じられないからちょっとやりづらいんだよな……
本人は丁寧で紳士的だから俺の中では『いい人』枠なのだが。
「実際のところ、蘭堂君は今回の作戦の成功率はどれ程だと考えているのですか?」
いきなり確信を核心を突いてきたな。全体指揮を買って出た以上、下手な台詞は吐けないが敢えて言おう!
俺の予想がハマれば百パーセント成功すると!




