四十四 変電所。テロリストとまぼろし。
九月十三日。午後六時。
自衛隊大宮駐屯地。第一会議室。
「改めて事件の概要を説明します」
九月十日未明。
市内の変電所『さいたま第一変電所』が何者かによって占拠される。
同日午前九時。
現地からの定時連絡が無い為、確認の部隊を派遣。
変電所の占拠を確認後、県庁及び関係各所に一報。
警備に当たっていた五十名の自衛官及び有志の市民のゾンビ化を確認。生存者はゼロ。
同日正午。
犯人と思われる人物が埼玉県庁宛に犯行声明を電話で表明。
変電所職員二十名を人質にとり、民間人百人の身柄と各種物資を要求。
期限を九月十七日正午までとし、これが守られなかった場合は変電所の破壊と職員のゾンビ化を予告。
犯人の氏名は森平 将介。男性。年齢不詳。
同日午後一時。
県庁から大宮駐屯地に犯行声明の内容が知らされ、同時に変電所の奪還を要請。これを受諾。
かねてから捜索中だった朝比奈ひなたの捜索を強化。
「こんな流れだよ。何か質問はあるかな?
ああ、ちなみに犯人と思われる上位種の写真がこれだよ」
細身で中年の男性が写っていた。背中の赤黒い翼以外に特徴は無いが、目線がこちらを向いているので撮影者に気付いていながら姿を晒したのか。
「これだけでは種族の特定は難しいのぉ」
「抗体者は確認できて無いんですか?」
「残念だけどね。ゾンビ化した自衛官や有志の市民達がそのまま彼の配下になって施設の警備を続けているから、迂闊に近づけないんだよ。
ゾンビは上位種に服従とは言え、かつての仲間が全員寝返ったようなものだからね……」
「過ぎた事をぐちぐち言っても始まらん! オレの部下をゾンビにしてくれた礼はキッチリ返してやる!」
吠えてないでさっさと作戦決めましょうよ。そう言えば建物内部の見取り図は無いの? これ?
……なんか普通のオフィスって感じだな。
「変電設備そのものは屋外に設置されているからね。建物内部で重要なのは四階の制御室だよ」
「恐らく人質の職員はそこに集められてるだろうな。で、犯人の鳥野郎も一緒に違いない」
それは単独犯の場合だが……犯人の人数も上位種の人数も種族も何も分かっていない。
人質は二十人で設備を壊したら広範囲が停電。復旧は絶望的と……詰んでね?
「だからこそ君達に応援願ったんだ! 何でも良い、犯人の生死は問わないから力を貸してくれ!」
エリーは近接格闘と嗅覚、聴覚。
若葉さんは物質透過、浮遊、サイコキネシス。
桜花は亜空間収納に各種魔法。
有原は回復しか取り柄が無い。
若葉さんに潜入して貰って……あきらさんも霧化出来るんだったな。じゃあ二人で……それにしても眠い。
「あの、今日はもう寝させて貰って良いですか? 頭が上手く回らなくて……」
「ん? まだ六時だぞ? 随分早寝なんだな」
うちは日没したら寝るんだよ。照明の明かりは余計な連中を招き寄せるからな。
「じゃあ明日葉、部屋に案内してやれ。お嬢さん達はどうする?」
皆はこのまま会議を続けて……
「あたしが朝春さんの護衛をするわ。二人はもうしばらく会議に付き合ってあげてね?」
「ズルいぞ母上!」
「そうだよ若葉さん! 護衛はボクがするよ!」
「夜はあたしの領域だから聞き分けなさい。朝春さんもそれでいいでしょ?」
それでいいから早く寝させて……。もう若葉さんにセクハラする気も起きないよ……
「あの、ここは安全だから護衛は必要無いよ?」
「あぁん!? ……コホン。朝春さんに何かあったら貴方責任取れるの?
朝春さんと貴方の命は等価じゃないのよ?」
「う……、わ、分かったよ。好きにすれば良いさ。じゃあ、二人部屋に案内するよ」
「ええ。そうしてちょうだい」
ビジネスホテル……よりは質素だが、小綺麗な部屋でベッドにダイブ。そのまま眠りにつく。
「もう、朝春さんたら……」
九月十四日。午前八時。
目が覚めると三人がジッと俺の顔を見つめている。ナニ!?
「起きちゃった……もうちょっと寝顔を堪能したかったのに……」
「ワガママ言わないの、エリーちゃん。朝春さんの寝顔だったらいつでも見せてあげるから」
なんだって?
「ほれ、母上の種族を決める時にスペクターが『幻覚』の異名を持つとか何とか言っておったろ?
で、会議が終わった後に色々と試しておったら他人に幻覚を見せる能力を発見した。という訳じゃ」
ははぁ、それでか。……それって多人数に同時に掛ける事って出来る?
「まだ桜花とエリーちゃんにしか試してないけど、二人同時は大丈夫。
だけど上位種が抵抗したら無理っぽいわね。エリーちゃんには強めに掛けたら成功したから、格や種族で耐性が異なるのかも知れないわ」
このタイミングで新たな能力追加とは何ともご都合主義な……いや、奪還作戦の方向性が見えたかも。
あとは幻覚の効果検証だな。
「ご主人様、朝食は九時までだって。どうするの?」
あまり期待は出来ないが食べに行くか。三人はどうする? 食べないけど付いてくるの? ですよね。
「おお、蘭堂君にお嬢さん達、お早う! 良く眠れたか?」
食堂で小林のおっさんと遭遇。彼もこれから朝食らしい。遅くない?
「朝から仕事が立て込んでててな。いつもより遅いが、君達と出くわしたのは丁度良い! 食べながら昨日の続きを話すか」
ゆっくり食べさせてよ……
「そうもいかん! 作戦の大筋が決まらないと準備も出来んからな! 期限当日を除けばあと三日しか無いんだ!
ゆっくりしているヒマなど無いぞ!」
大筋はもう、決まったから。だからゆっくり……
「何だと! もう決まったのか!? さすが抗体者! いや、プレッパーは頭のデキが違うな! そうだ! メシなんて食ってるヒマは無いぞ! 早速作戦会議だ!!」
田楽寺乱悟ぉーー!! あの野郎! 余計な事をペラペラと!!
「ちょっと待て!! メシくらいゆっくり食わせろぉ!!」
エリー達の協力によって何とか朝食抜きは回避された。
本日のメニューは根菜のカレーだ。大宮駐屯地は朝カレー派か。具の無いコンソメスープと駐屯地産の二十日大根の漬物。デザートにチョコクッキー。
なんか、夜より豪華じゃない? いや、肉も卵も使っていないから質素な部類に入るのか。
カレーという事で女性陣も食べる気になったようだ。食事をトレーに乗せて、窓際のテーブルにつく。
四人用のテーブルなんだから、おっさんはあっち行け。
「そう邪険にするな! メシは大勢で食べるのが旨いんだぞ!」
わざわざ椅子を持ってきて通路側に座るおっさん。狭いな。
「それで? どんな作戦なんだ?」
「それは後で話します。食事中に仕事の話はしません」
「なんだ、本当に聞いてた通りの性格だな」
あのトカゲ、今度会ったらすり身にしておでんの具にしてやる!
カレーは肉抜きだが、中々の味だ。肉のうま味の代わりに和風だしが効いていて、蕎麦屋のカレーっぽい感じだが……だからか、コンソメスープがイマイチ合わないな。
「まぁ、うちは大所帯だからな! 食材調達も苦労しているんだ。
今や肉と卵は貴重品になっているのは理解してるだろ?
上位種は有原君一人しか居らんから、食料調達には一部隊ずつしか派遣出来ないしな。
恩着せがましく言うつもりは無いが、君達の昨夜の食事は無茶な頼みをしたせめてもの見返りに用意させたんだ」
スライムとは言え上位種。ゾンビよけとして駐屯地の食の生命線を担っているようだ。人数が多いと大変だな。
卵はともかく、俺達は肉どころか刺身まで所有しているなんて絶対に言えない。
「小林と言ったな。あの小僧を余に近づけさせるなよ。鬱陶しくて敵わんわ」
昨夜も俺が抜けた後で一悶着あったらしい。
「まぁまぁ、桜木さん。彼は年が近い貴女と友達になりたいだけだろう。そう嫌わなくても……」
「鬱陶しいと言っておる。余の願いが叶わぬなら今回の作戦、余は引くぞ」
「ま、待て待て! 分かった! 分かったから! 蘭堂君! 君からも何とか言ってやってくれ!」
「桜花が引くなら俺達も引くけど?」
「分かった……有原君の件は徹底させよう。しかし、そこまで不快だとは……」
埼玉の電気事情など俺には関係無いが、事は豚と鶏の行く末に関わる問題だ。
ついでに危険なテロリストの上位種も排除して、自衛隊に恩を売りつつ自分達の敵も排除する。関わってしまった以上は手加減抜きだ。
朝食を終えると昨夜の会議室に連行された。おっさんに食休みという概念は無いのか?
何故か会議室にはお偉いおっさん連中がスタンバっていて、むしろ俺達が遅刻した空気を醸し出している。ちょっとおかしくない?
朝食終わって間が無いんだけど? いつの間に招集したんだ!
「とにかく作戦の大筋が決まったみたいだね。それじゃあ蘭堂君、説明してくれるかな?」
くそぅ、明日葉め。リア充爆発しろ。
「えー。蘭堂朝春デス。変電所奪還作戦の指揮を執るんでよろしくー」
おっさん達のこめかみに青筋が浮かぶ。ピキピキっと。ガキに主導権取られてカンカンなご様子だ。
俺はおっさん連中にアゴで使われるつもりは全くない。だから先手でカマして主導権を握る。作戦の要はこちらの上位種だし、当然だよね!
「小林一佐、いつから彼が指揮を執る事になったんですか?」
「存じ上げませんな。しかし、我等は彼等に頼らざるを得ない状況。
上位種を作戦に組み込む以上、信頼関係にある彼が指揮を執るのは自然だと思うが?」
小林のおっさんはここのトップと聞いていたが、力関係が色々と複雑なようだ。ゾンビ世界で権力にこだわっても意味無いと思うけど?
「作戦の説明の前にちょっとした実験をします。こちらの桜木若葉さんによる、幻覚ショーです。
それでは若葉さん、どうぞ!」
おっさん達の了承を得ずに、複数人に幻覚を見せる実験を始める。最初は無難に周囲の風景を変える。
「な、なんだ! いきなり草原になったぞ!」
「怪しい術を使って何を企んでいるんだ! 早く元に戻せ!」
「これは凄い! 草原の風も草花の香りも感じられるな! これが幻覚の術か!」
「まるでアルプスの高原に居るかのような爽やかな空気だ。出来れば水着の若いねーちゃんを……」
「素晴らしい! 草原に瞬間移動したかのようだ! 草花の香りも感触も感じられる! 幻覚だと分かっていてもここまでのクオリティか!」
反対一票。賛成二票。
その他一票。変態一票。
複数人に掛けるのは問題無いようだな。
「彼女の幻覚の魔法が作戦の要になります。……理解して頂けましたか?」
反対していたおっさんは渋い顔だが、代案が無いようで大人しくしている。
敵の上位種の能力が分からない現状、綱渡りの作戦だが……いざとなれば変電所を破壊して敵を仕留めればそれで良い。
俺の目的が敵上位種の処分である以上、最悪桜花の『ドカン』で済むから多少は気が楽だ。……建前は人質救出と施設奪還だから、それに沿った計画を立てるけどな!
おっさん連中に作戦の概要を説明して解散。罠の準備を任せる。
その間に俺達は幻覚能力の検証と実験を行う。担当は明日葉二等陸尉になったようで、年上の――若葉さんから見れば年下だが――イケメンをこき使う愉悦に俺と若葉さんが調子に乗った。
「あら? あたしが頼んだのは微糖の缶コーヒーでしょう?
なんでこれはブラックなの? 二等陸尉様はあたしの話を聞いて無かったのかしら?」
「俺が頼んだのはコロッケパンじゃなくてメンチカツパンだけど?
あぁ、二等陸尉様は庶民が食べる惣菜パンなんて知らないんでしたね。済みません、俺の認識不足でした。以後気を付けますのでご容赦下さい」
明日葉の顔が引きつっていく。
「主殿と母上は楽しそうじゃのう……」
「うん。特にご主人様の嫌みったらしさが半端ないよね。メンチカツパンなんて、ここには存在しないのに……」
「うむ。余の伴侶ながらあの無遠慮っぷりは恐れ入る」
「ちょっと待って殿下。ご主人様は殿下を伴侶と認めていないけど?」
「なんじゃ、エリー。嫉妬か? 余と主殿が結ばれたのは事実じゃから、認めるも否も無いぞ? 『王階級』の余が正妻。
あとはお主らで側室の順番を決めれば良かろう。余は寛大じゃからな。側室は何人いても構わぬぞ」
「ご、ご主人様は確かに女好きだけど! スタイルの良い女性が好きなんだよ!」
「ほぅ……エリーよ。其方は余に喧嘩を売ると……そう申しておるのじゃな?」
「ご主人様のロリコン疑惑を晴らす為なら、ボクは殿下に喧嘩を売るよ!」
かくして自衛隊大宮駐屯地における不死者の乱。
突発的な無差別破壊及び爆発事件は幕を開けた……誰が責任を取る事も無く。




